第4話 再会は風に吹かれて
そんなことがあってから随分と時が経って、私は東京の街にいた。
地元の大学を卒業してから、新卒者の採用で、配属がここになったんだ。
あれ? 携帯が鳴っているかな?
だんだんとガラケーが普及してきて、一人一台が当たり前になりつつあった。
会社の上司からだ。
『今日の会議の議事録、明日朝一で頼む』
はいはい、分かりました。
明日は早朝出勤だなあ。
今日は真っすぐ家に帰って、早めに寝るかあ。
幾千の人が行き交う夜の通りは華やいでいた。
店頭は綺麗にデコレーションがされていて、飾り付けがされたツリーが色々な所に立っている。
喧騒に混ざって、遠くからジングルベルの歌が流れてくる。
そう、もうじきクリスマスなんだ。
年の瀬を迎えると、会社も何かと忙しい。
もうアラサーになっていた私は職場にもすっかり慣れて、後輩の面倒も見るようになっていた。
上司からも頼られて嬉しかったけれど、その分無茶ブリも多くて。
今日は少しだけ早めに上がれたから、どこかでご飯でもと思っていたんだけどな。
通り過ぎていく恋人たちの顔が明るい。
いいな、今年は独りぼっちだ。
そんな私には、ビルの谷間を抜けて吹きそよぐ夜風は、冷たく感じた。
こんな私でも、今までに何人かとは付き合った。
「結婚しよう」
そんな言葉をくれる
嬉しかったけれど、でもなにかその気になれなくて、あと一歩が踏み出せなくて。
返事をしないままでいると、その人は遠くに離れて行ってしまっていた。
だから仕方がないよね、一人でいるのは。
帰って炬燵の中で丸くなろうかな、猫ちゃんのように。
『ビュウ~~!!!』
「わっ!」
強い北風に急に吹かれて、その場で立ち止まってしまった。
なんなのよ、もう……
冷たくなった手を擦りながらはあっと息を吹きかけると、白いモヤがふわっと舞って、すぐに夜の空気の中に吸い込まれた。
「あの、すみません」
だれかに呼び止めらてた気がして、そっちへ首を向けた。
―――― えっ? えっ???
途端に、その
トクンと高鳴った心臓は、やがて早鐘を打つように、動きが激しくなってく。
……ど、どうして……?
「久保田さん、だよね……?」
すぐに分かった。
ちょっと歳は取って、大人になっていたかな。
でも、全然変わっていなかった。
背格好も、髪の形も、そして不器用だけれど優しいその笑顔も。
「三浦、君……?」
「うん。やっぱり久保田さんだ。久しぶり」
本当に久しぶりだったよね。
高校を卒業してからお互いにアラサーになるまで、全然会ったことがなかった。
同窓会にだって、あなたは顔を出さなかったんだから。
「うん。本当に久しぶりだね。元気にしてたの?」
「うん、何とかね。こっちへ出て来てたんだ?」
「大学を出てから、会社がこっちになったからね。三浦君も、こっちで仕事をしているの?」
「うん。俺は大学を卒業してから、ずっとここだよ。なんか懐かしいなあ」
本当だね。
三浦君との思い出のほとんどは、高一で同じクラスだった一年間だけ。
それがこんなにも、懐かしく思えるなんて。
遠い記憶が、走馬灯ように、頭に流れてくる。
「今は仕事の帰り?」
「うん。三浦君は、何の仕事をしているの?」
「会社の法務部にいるよ。契約書を書いたり、役所に届ける書類を書いたり。色々さ」
そうなんだ。
法律に関わる仕事がしたいって言ってたね、夢は叶ったのかな。
きっと頑張ったんだね、三浦君は。
私はどうだったかな。
結局目的も見つからないまま大学で勉強をして、会社の就職面接を受けて。
特に仕事の希望を言わなかったら、ここで働くようにと言われた。
なんだか、流され感でいっぱいだ。
でも、それなりにはやれてるよ。
仕事は多くて残業だっていっぱいで大変だけど、職場の仲間とは楽しくやれてる。
同期で入社した子たちはちらほらと結婚の二文字を口にするので、ちょっと焦ってはいるけれど。
「あのさ久保田さん、もしよかったらなんだけどさ」
「うん?」
「俺、今から暇なんだ。一緒にご飯でも行かない? せっかくこうして、久しぶりに会えたから」
そんなの、答えは決まっているじゃない。
明日の仕事は早いけれど、でも何とかしよう。
今は、この時間を大事にしたい。
「うん、いいよ」
頷くと、また不器用な笑い顔が返ってきた。
やっぱりいいな、それ。
三浦君と二人……一度、一緒に喫茶店に行ったきりだな。
英語を教えた、そのお礼とかで。
まさかまた、そんなことに巡り会えるなんて。
今いるこの場所で、強い北風に吹かれて立ち止まらなかったら、それも無かったのかな。
そう思うと、名前も知らないどこかのだれかに、感謝したい気持ちでいっぱいになった。
ついさっきまで冷たかった街の空気が、途端にあったかく感じられた。
近くの居酒屋に行って、二人で乾杯をしたね。
三浦君は、とってもお酒好きになってた。
嬉しそうに楽しそうに、どんどんと杯を重ねていく。
「へえ。二つ星商事って、凄いじゃないか」
「マグレだよ。でも、本当は地元にいるつもりだったのにさ、こっちに出て来ることになっちゃって。最初は焦ったなあ」
「俺だって、最初は同じさ。右も左分からなくて、友達だって全然できなくて。六畳のアパートで一日中過ごすことが多かったよ。今はなんとかやれてるけどさあ」
昔から、人付き合いは、あまり上手じゃなかったよね。
そんなところも、あまり変わってないのかな。
なんだか可笑しいな。
でもそんなところも、私は好きだったんだよ。
東京に配属って言われて、とても戸惑った。
両親とも地元の友達とも離れ離れになって、一人で大丈夫かなって。
思った通り、最初は苦労したよ。
仕事で落ち込んでも、直ぐ傍に相談できる人はいなかったし。
毎日毎日、目の前のことをこなすのに必死だった。
元彼ができたのは、もう何人も後輩が入社してからだった。
その人とも、もうお別れをしちゃったし。
そんな日々も、今はもう懐かしい。
そして、ありがとうって言いたい気持ちになる。
ここで頑張っていなかったら、今こうして三浦君と一緒にいられることなんて、きっとなかっただろう。
昔の私、本当にありがとう。
頭なでなでだよお。
別れ際に、どちらともなく、携帯電話の番号とメアドを交換した。
これでやっと三浦君、そう、今のあなたとつながれた。
10年近い月日を隔てて、二人とも少年少女から大人へと変わってから、やっと。
携帯を胸に抱いて、思わず泣きそうになった。
でもその日は、それだけでは終わらなかったんだよね。
「あのさ、クリスマスのことなんだけど……」
あなたの言葉のお蔭で、私にとってはモノトーンだった街が、いろんな色で溢れる夢の国へと変身した気がしたんだ。
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