第3話 別れの時
木枯らしが吹く季節、冬のお休みは、毎年楽しみだった。
クリスマスがあって大晦日があって、お正月があって、何だか胸が躍った。
家族と一緒にクリスマスケーキを囲んで、プレゼントを交換し合った。
でもその歳は、何故だか物足りなく感じたんだ。
三浦君はどうしているんだろう。
家族と一緒かな、それとも、他の誰かと……そんなことが頭にあって。
今みたいにメールやメッセージを気軽に送り合えるなんてことができないから、想像が膨らんで、想いが募ってしまう。
家に電話をしようにも番号を知らないし、そんな勇気もないし。
お正月、家族と出向いた初詣で、有名な神様に祈った。
(来年も、三浦君と同じクラスになれますように)って。
叶うといいな。
神様、こんな時だけお願いごとをして、ごめんなさい。
でも、どうか……
冬休みが終ると、あっという間に三学期が過ぎて行った。
バレンタインデーは……何にもなく終わってしまったな。
一応、チョコは用意したんだよ。
でも、三浦君にどうやって渡そうか、迷ってしまって。
手紙を添えて机に……それって、なんだか告白みたくって、重くない?
だから軽い感じで、ギリチョコの手渡しがいいかな。
でも、周りに人がいると、恥ずかしくてそんなのもできないし。
で、結局渡せないまま、その日彼は帰ってしまいました。
チャンチャン。
自分で食べたチョコの味は、いつになく苦かった。
春を間近に控えた終業式の日、教室の窓から見上げた空は青かった。
あっという間の一年間、楽しかったな。
「あの、久保田さん……」
「! あ、はい、三浦君」
「俺帰るから、それじゃ」
「う、うん。さよなら」
制服姿の彼の背中を目で追っているうちに、胸の中が熱くなって、声を出さずにはいられなかった。
「あの、三浦君!!」
「……うん?」
その場で立ち止まって、振り向いてくれたっけね。
「一年間ありがとう。次も同じクラスだといいね!」
「うん、そうだね。神様に祈っておこうかな」
たったそれだけの会話が、高校一年生での最後になった。
もっと色々と言いたいこと、訊きたいもあったのに。
何やっていたのかな、あの頃の可愛い私。
きっと今のあなたは、そんなことを訊いても、覚えていないよって言って笑うんだろうな。
そんな私たちに、神様は振り向いてはくれなかった。
2年生の新学期は、三浦君とは別々の教室にいた。
そうなると、顔を会わることも、話をすることも、ほとんど無くなってしまって。
それは高校生活最後の年になっても、同じだった。
課外授業、修学旅行、体育祭や文化祭、楽しい思い出がたくさんできた。
でもその中に、三浦君はほとんど登場しないんだ。
クラスが別々なんだから、仕方がないのだけれど。
遠く離れた場所から、ずっと三浦君のことを眺めてた。
寂しくて苦しくて、でも、それ以上のことはできなかった。
違うクラスに乗り込んで行って話しかけるなんて、そんなの無理……
あなたには話していないけど、他の男の子から、告白されたことだってあるんだよ。
放課後に校舎の屋上に呼び出されて、その子と向かいあった。
「久保田さんのことが、す、好きです。よかったら、付き合って下さい!」
名前も顔もよく知らなかったけど、とっても誠実で優しそうな男の子。
体をガチガチに固くして、手が震えていたっけな。
嬉しかった。
でも私の返事は、
「ありがとう。でもごめんなさい。その気持ちには、応えられません」
だって私の心の中には、別の人の姿があったから。
頬を撫でる秋の風が、とっても冷たく感じたっけ。
人を好きになるのって、ドキドキして幸せな気持ちになるけれど、でも辛く感じることだってあるんだね。
だんだんとそんなことが分かってきて、溜息が増えた17歳。
高校での三年間は、本当にあっという間だった。
『仰げば尊し』、色んな理由があって今はあまり謳われなくなったって聞いたことがある。
でも私は、この歌は好きだった。
お世話になった先生、一緒に過ごしてくれたクラスのみんなや友達、ずっと通った学び舎、色んなことを思いだしながら謳った卒業式。
三年間、ありがとう。
歌を声にしながら、楽しかった時間に感謝。
でも同時に、寂しさが胸いっぱいに溢れてきていた。
大学受験シーズンを迎える二学期のある日に、廊下で偶然に、三浦君と会った。
「あ、あの、三浦君!」
たまらず声をかけてしまった。
「やあ久保田さん、久しぶり」
この学校で初めて喋った時より、少し背が伸びていたけれど、物静かで不器用に笑うところは、変っていない。
「うん。あの、ちょっと訊いていいかな?」
「うん。なに?」
「大学、どこを受けるの?」
ずっと気になっていたけれど、まだ訊けてなかった。
「俺は、W大学を受けようと思ってるんだ。そこの法学部をね」
その大学は私も知ってる。
有名な私立大学だ。
「久保田さんは?」
「私は……この近くの大学を、いくつか受けようと思ってるよ」
「そうか。お互いに頑張ろうな」
何食わぬ顔でそう言葉を残して、三浦君は遠ざかっていった。
私はしばらくその場に佇んで、廊下の窓ガラスをそっと指でなぞった。
『さよならかな三浦君』
そんな文字を。
四月になったらきっと、離れ離れになるんだ。
ぼんやりと、見るものが滲んで見えた。
もっと話しておけばよかったな。
そんな後悔と一緒に。
「「「今こそ、別れ目~~♪」」」
唱歌で流れる言葉が、私の胸を穿った。
とうとう、その時間が近づいているんだ。
謳いながら自然に、涙が頬を伝った。
卒業式が終って、教室で一人一人に、卒業証書が手渡された。
先生からお別れの挨拶があってから、みんなで記念写真を撮り合った。
「じゃあみんな、行こうか!?」
「うん、そうしよ! いっぱい謳お~!」
これからクラスのみんなで、カラオケとご飯を食べに行く約束なんだ。
もうこの学校とも、本当にさよならなんだな……
みんなと一緒に教室から出ると、優しい声に呼び止められた。
「あの、久保田さん!」
「あっ、三浦君!」
その主は、私と同じように、卒業証書を抱いたあなただった。
「えっと、あの……今までありがとう。久保田さんに教えてもらったお陰で英語が好きになれて、大学にも合格できたよ」
「そうなんだ。じゃあ春からは東京だね?」
「うん、今までありがとうな。じゃあ、クラスのみんなが待ってるから行くわ」
「うん。こっちこそありがとう。元気でね」
たったそれだけの会話だったけれど、私と話すために、わざわざ来てくれたみたいだった。
『また会いたい』
本当は、そんな一言を伝えたかった。
『制服のボタンが欲しい』
そこまでは、恥ずかしくて言えなかったかな。
彼の背中を目で追いかけながら、言葉に出すことができなかった。
勇気がなかった。
それに、夢に向かって新しく飛び立とうとしているあなたを、邪魔したくはなかったから。
さようなら、元気でね。
心の中で、もう一度呟いた。
「朝美~、どうしたの、行くよ~!」
「あ、うん。ごめん!」
クラスの友達に呼ばれて、あなたとは反対の方に向って歩き出した。
早春を思わせる暖かい陽光が、廊下の窓から優しくさし込んでいたっけな。
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