第2話 淡い想いと一緒に

 夏休みになってからは、ずっと三浦君と会えない日が続いた。

 今はスマホで連絡先を交換すれば、いつでもどこでも繋がれる。

 でもその頃はまだガラケーすらなくて。

 電話番号を知っていたって、固定電話で連絡すると親がでてきて、それだけで緊張した。

 もちろん、三浦君の家の電話番号なんて知らないから、そんなことさえできない。


 お互いに部活動はやっていなかったから、学校に行くこともない。

 

 ふと思い立って、制服を着て学校へ行ったんだ。

 そこへ行ったって、彼はいない。

 でも、同じ時間を過ごした場所、そこにいられることで、ちょっとは気持ちが軽くなるかな。

 そんな軽い思いつきだった。


 遠くから運動部のかけ声が聞こえる。

 蝉時雨が高く鳴って、夏の青空の中へと消えていく。


 だれもいない教室に入って、ほっと溜息をつく。

 いつもはあんなに賑やかなのに、今はこんなに静かなんだね。

 三浦君の机の脇に立って、指先でそれをそっとなぞった。


 と、突然に、扉がガラリと開いた。


「……あれ? 久保田さん?」


「み……三浦君!! なんで……!?」


 入ってきたのは、制服姿の三浦君だった。

 毛穴から心臓が飛び出しそうになって、慌てて指を引っ込めた。

 

「宿題をしようと思ったんだけど、参考書が見当たらなかったんだ。だから、学校に置きっぱなしだったかなって思って、探しに来たんだ」


「そ、そうなんだ。そそっかしいね。あははは!」


「まあね。そういう久保田さんは、なんでここにいるんだ?」


「私は……えっと……」


 どうしよう、答えに困る。

 まさか、あなたに会えるかもって想ってだなんて、口が爆発したって言えない。


「私も、同じだよ。ちょっと忘れ物をして。えへへ」


「そっか。久保さんも俺と同じ、そそっかしいな」


 三浦君と同じ……その言葉だけで、なんだか心が躍った。

 それより、こんな偶然ってある?

 今回は運命の神様が、私に味方をしてくれたんだ。


「で、探し物は見つかったのか?」


「う、うん。大丈夫だよ!」


「そっか、良かったな。俺の方はどうかな」


 机の中やロッカーを、ごそごそと引っかき回す三浦君。


「見つからないや。もっかい家に帰って探すかなあ」


 ばつが悪そうな顔で頭を掻く姿が、なんだか可愛い。


「じゃあ俺、帰るわ」


「あ、うん……」


 そっか、そうだよね。

 用事が済んだら帰るよね。

 それは分かってる。けど……

 彼が出て行った教室で一人きりになって、また彼の机を撫でた。

 一目だけでも会えたんだ、そのことに感謝しよう。

 そう思い直して顎を上げると、


『ガラっ!!』


「わっ!?」


 また扉が開いて、そこに三浦君がいたんだ。


「あ、あのさ、久保田さん……」


「……なに……?」


「俺、英語の成績が上がったんだ。久保田さんに教えてもらったお陰だよ。だから……」


「……うん……」


「なにか、お礼がしたい」


 真っ赤な顔ね。

 でもそれはきっと、私も同じだった。

 胸の鼓動が痛くて、顔がとっても熱くて。


「うん……ありがとう……」


 素直に口から洩れて、一緒に並んで、人がいない静かな廊下を歩いた。

 本当は、お礼なんかいらなかったんだ。

 ただ三浦君と、同じ時間を過ごせたら。


「えっと、ここでいいかな? コーヒーが飲みたくなった時、たまに来るんだよ」


「あ、うん……」

 

 夏の日差しが眩しい。

 通学路の脇にあった喫茶店に入って、せっかく二人きりなのに、あまり喋れない時間を過ごしたっけ。

 でも私にとっては、珠玉のひと時に感じていたんだよ。

 ずっとこの時間が続いてくれないかなって想いながら。


 やがて、夏の暑さがまだ残る季節に、文化祭の準備が始まった。

 私たちのクラスの出し物はお化け屋敷。

 私も三浦君も、裏方の仕事だった。

 毎日遅くまで残って、絵の具で絵を描いたっけ。

 お墓の絵とか、古いお寺の絵とか、看板とかね。


「上手だな、久保田さんは」


「そうかな。でも、絵を描くのは好きなんだよ」


「俺はダメだ。こういうのは苦手だ」


 確かに、三浦君はあんまり上手じゃなかった。

 色の使い方もおかしいし、変なとこがはみ出しているし。


「ここはもうちょっと、暗い感じの色の方がいいよ」


「……そっか、そんなものかな」


 慣れない筆遣いだけど、でも丁寧に直していく三浦君。

 ぶっきらぼうに見えても、真面目なんだ。

 二人で肩を寄せ合って、同じ絵を紡いでいく。

 こんな時間が、何だか愛おしい。


「久保田さ~ん、それが出来たら、こっちもお願い!」


「は~い。じゃあ私、行くね」


「ああ。ありがとな」


 もっと傍にいたかったけれど、他にも沢山やることがあった。

 みんなで走り回って、ワイワイと騒いで、暗い夜道を一緒に帰った。

 三浦君はいつも無口で、一番後ろからついて来ていたっけ。

 かく言う私だって、似たようなものだったんだけど。


「お墓の絵、上手にできてたよ」


「そうかな。ありがとう、久保田さんが教えてくれたお陰だよ」


 たまに見せてくれる、照れたような笑顔が嬉しくて。


「なあ、腹減らない? たまにはファミレスでも寄ってかないか?」

「あ、いいわね、それ賛成!」

「おう、行こうぜ行こうぜ!! なあみんな!?」


 クラスの子が、そんな言葉で盛り上がっている。


「ねえ、三浦君はどうするの?」


「俺はどっちでもいいかな。久保田さんはどうするのさ?」


 三浦君は、あんまり乗り気じゃないみたい。

 でも楽しそうだな、たまにはこんなのも。


「い、行ってみようよ、せっかくだからさ! お腹も減ってるし」


「……そだな。じゃあ、そうしようかな」


 二人で一緒に帰ろうって言うことだってできたけど、それを口にする勇気はなかった。

 それに、みんなとの時間も大切にしたいって思った。

 きっとこんな時間だって、今しかないかもって思ったから。

 その夜は遅くまで、ファミレスで騒いだっけな。


 三浦君はご飯を食べた後、ずっとチビチビとメロンソーダを飲んでいるだけだったけど。

 でも、口元はちょっとだけ笑ってた。

 みんながいるからあまり話しかけられなかったけれど、同じ時間を過ごしているんだなって思えて、嬉しかったよ。


 文化祭の当日は、どこの教室も、人でいっぱいだった。

 私たちのお化け屋敷も忙しくって、裏方の私たちも、呼び込みをしたり、看板を持って立ったり。


「朝美~、一緒に回ろうよお!」


「あ、うん!」


 みんなで順番に、他の場所を見て回ることになっていた。

 三浦君は……今は校庭で、看板を持って立っているんだっけ。


 一緒に回りたかったけど、それは叶わなかった。

 次はどうかな、いつか一緒に見て回りたいな。

 笑い声が弾ける学校の中で、そんなことを想ったっけ。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る