第8話 甦る前世の記憶
エリザベートが旅立って三年、特に変わること無く、勉強と修行に打ち込んだ。
淡々と何時もの日常を繰り返すうちに、エリザベートも卒業して戻って来た。期待していた恋愛の事を聞くと
「う~ん、何かね、皆頼り無くてそういう感じには慣れなかったわ」と少し影のある表情をしていたのが印象的であった。
そして皆がいる日常が当たり前になった頃、ケインが学園へと入学する時が近づき
「血が滾るぜ!また一皮向けて帰って来るから帰ったらまた模擬戦だぞ!」
そう言ってお互いの拳を合わせ旅立って行った。
この頃位から少しずつ魔の森へと入るようになり、少しずつ魔物との戦闘をするようになった。
アギトが12歳になる頃、長兄のギエラがルビザック男爵家から嫁を貰った。
ルビザック男爵家は王国の南に小さな領をもっており、アレクがスイード子爵に長男の結婚の事で相談したら紹介され、トントン拍子で決まったのである。
翌年には長姉のユリヤが自身直属の騎士団の団長と結ばれた。ゆっくりと
アギトが13歳になり年を越して3ヶ月も立つとケインが戻って来た。
何と兄弟で誰も成し得なかった伴侶を連れての凱旋である。騎士爵の長女で名をミラネスと言い緑髪をした大人しそうな娘ではあるが、博識の才女で内政でヘイラム家を助けてくれるのではと期待されている。
二人が帰って来てからは娯楽の少ないこの領では、恋愛話を聞くため、ヘイラム家の女衆が二人に群がっていた。
そして、アギト15歳。いよいよ翌年には学園に入学である。
因みに次兄のケインが20歳になり、成人の義を行い、大人の仲間入りを果たした。とは言っても、成人する前とした後でもやる事は変わらない。人手の無いこの領では出来る事があれば、幾つであっても働くのだ。
アギトが10歳頃は領民は1000人にも満たない状態であった。過去にあったドラゴン襲来により激減した人口を徐々に増やしている所であり、まだまだ領が発展するには時間が掛かると思われたのだが、ここで王国の方で事件が起きる。北側の辺境伯領での干ばつである。
これにより食糧難から結構な餓死者が出てしまい。餓えた領民を何とかする為に白羽の矢が立ったのがヘイラム男爵領だった。
ヘイラム男爵領の人口が減った事も知っていたのだが、それよりもほとんど自領だけで食糧を賄っている事が決め手であった。何せ、過去一度も食品の交易を求められた事がないのである。
この話をヘイラム男爵に知らせる為にスイード子爵の元へ使者を送った際、都合よくヘイラム男爵自身が長男の事でスイード子爵の所にいたので話はスムーズに決まった。最初に受け入れる人数は500名程度と決まり、ヘイラム男爵が
ヘイラム男爵領の人が住む場所は強力な魔物の骨を加工した塀に、魔物から取れる魔石(魔素を貯める器官と考えられている)を利用した結界魔法が施されているので、いくら魔の森と言えど魔物の侵入を許す事はない。…過去一度の例外を除いて
突然訳の分からない人々が、住人の半数近く増えるとなったら当然不満も出るので新しく土地を拡張して受け入れた。
建物等は掘っ立て小屋みたいな物でギリギリ雨風を凌げる程度であったが、元々の場所と大差なかったようで特に不満も出なかった。そう言う階層の人々をこちらに送ったのだろう。
これにより更に巡回場所が増えたので、ケインが帰って来て早々に巡回組に回された。
ヘイラム男爵領の兵はさ300人程と住民の割合からしたら異様に多い。とは言ってもこの兵は普段町の治安維持の他、インフラなどの土木作業、塀の周りの比較的安全な場所での狩りを行うなどしている。
その上に、騎士団があり、それぞれのトップに初代、男爵、ギエラ、ユリヤ、エリザベート、ケインと居て、それぞれの隊を従えている。隊の人数は7名で、普段は隊長が隊を率いて塀の周辺より少し奥を巡回するが、定期的に、圧倒的な実力があるヘイラム家の者が率いて更に奥の危険な魔物を退治している。因みにお婆婆は、相談役兼呪術士兼助産師兼薬師である。
ここは弱肉強食の魔の森である。塀の外に出るには当然縄張りを主張出来るだけの実力が必要だ。
だからヘイラム領の兵は塀の外に出て魔物を狩れるだけの実力を持つ精鋭である。更に奥で縄張りを主張出来る騎士団は一騎当千の猛者である。その上のヘイラム家の物は文字通りの化け物である。
アギトは、そんなヘイラム家でも類を見ない、
今日も最近ハマっている魔物の討伐に向かっている。
アルテマ種と言うのは、その種の魔物の最終進化した物らしい。アルテマ種は、アルテマ何々と呼ぶ。
俺がハマっているのはオーガのアルテマ種でダークグレイの色をしていて、なんか金属みたいな光沢もあり、見た目通り異様に硬い。
このアルテマオーガ、相当強いみたいで単独で行動している。お陰様で邪魔の無い一対一の全力の戦いが出来て最高だ。
早速アルテマオーガを見つけたので剣を抜き、挨拶代わりに後ろから脳天目掛けて必殺の一撃を放つ。アルテマオーガは当たる直前、右足を軸に回転して避け、その勢いのまま横薙ぎにどす黒い棍棒を振るった。アギトは自身の左脇の隙間に勢いよく剣を刺して、剣先で棍棒を止めた。
アギトは棍棒を受け止めた衝撃を利用して勢いよく前方に飛んで、距離を取ると振り返り
今までのアルテマオーガと比べて頭一つは抜きん出た実力を感じて、獰猛な獣の様に口角を上げ、真正面から突っ込んだ。
アルテマオーガも己の縄張りに入って来た愚か者を屠るべく同じ様に真正面から突っ込んだ。
そこからは、獰猛な獣同士の一歩も引かぬ打ち合いだった。周りの木々が吹き飛ぶ程の衝撃の中、二頭の獣は一歩も動くこと無く近距離の打ち合いを続ける。引いた方が格下だと言わんばかりに。
何百合打ち合った頃だろうか、経験の差なのだろう。アルテマオーガは棍棒で今まで通り完全に受けるのでなく、受けながら軽くいなした。そして僅かにバランスを崩したアギトの側頭部に激しい衝撃が来た。ヘルメット型の兜はひしゃげて吹き飛び、棍棒を受けたアギトは野球ボールよろしくぐるぐる回転しながら飛んで木々に衝突しながら止まり、身動き一つする事はなかった。
確かな手応えに、仕留めたと確信したアルテマオーガはゆっくりと獲物の方へと歩き出した。
熱を帯びた側頭部からは血が垂れ流しで顔を赤色に染めていた。
あまりの衝撃で打たれた頭部の熱を帯びた辺りがジンジンと脈打つ以外に感覚がない。頭から下が取れたと言われても信じる位に何も感じない。
でも、そんな事はどうでも良いのだ。自分は早く立ち上がり舐めたまねしくさったあの野郎を、ぶちのめさないといけない。…なのに体が動かせない。あまりの悔しさに、何も感じないはずの体の奥からじゅくじゅくと膿んだ傷のような痛みがしてくる。じゅくじゅくに膿んだ傷口は自分の中の何かを腐らせる。
自然と一滴の涙が溢れた。
その時、頭の中を一陣の風が吹いた。風は映像を伴い激しく脳内を突き抜けたーーー やがて、前世を理解した。
だが、そんな事はどうでも良いのだ。やる事は一つ、あの舐めた野郎をぶちのめすだけだ。
前世を思い出して更に怒りが増した。こんな野郎に負けるなと情けないぞと
自然と身体が動きだし、腐臭を放っていたはずの胸の奥は、漲るエネルギーに満たされた。
頭も妙にスッキリしている。殴られて気合いが入ったからなのか、前世を思い出したからなのか、確かなのは、今の俺には、あの
自然と舌舐めずりをしていた。
二度の失敗はしたくない!衰えぬ力を求めて… 菊一文字 @shin4040
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