第9話 前とは違う

 深い夜の闇が村を包み込んでいた。穏やかな月明かりが差し込み、虫の鳴き声だけが聞こえる静かな夜――しかしその静寂は突如として破られた。


 「盗賊だ! 盗賊が来たぞ!」


 村の中心から響く切羽詰まった叫びに、俺は飛び起きた。窓の外には燃え上がる炎が見え、村人たちの悲鳴が夜空を裂く。


 「またか……」


 俺の口から、思わず苦い呟きが漏れた。転生を繰り返す中で、村が盗賊に襲われることなど珍しくもなかった。何度も何度も、嫌というほど見てきた光景だ。


 だが、今回だけはいつもと違っていた。


 ――シーナ。


 彼女の存在が頭に浮かんだ瞬間、俺の心臓が小さく跳ねた。彼女は俺が最初の人生で出会い、守れずに死んだ少女だ。そして今、この村に再び彼女が現れた。


 (この村は、彼女のために守らなければいけない)


 自分でも驚くほど強い感情に突き動かされ、俺は駆け出していた。



 村の広場には盗賊たちが集まり、村人を追い詰めていた。彼らは無慈悲に家々に火を放ち、村人の悲鳴と助けを求める声が耳に刺さる。


 俺は冷静にその光景を眺める。怒りも悲しみもない、ただ冷徹な判断力だけが脳裏を支配していた。


 「おい、なんだあのガキは?」


 盗賊の一人が俺を指差しながら笑った。だが俺はその挑発には反応せず、静かに彼らの前に立ちふさがった。


 「邪魔するなら殺すぞ!」


 盗賊が剣を振りかざして突進してきた。その刃が俺の身体に触れた瞬間、硬い金属音が響いた。


 【硬化】のスキルが自動で発動し、俺の身体を鋼のように固めていた。


 盗賊は驚き、目を大きく見開いた。


 「な、何だお前……!?」


 「悪いが、無駄だ」


 俺は落ち着いた口調でそう告げ、【俊足】のスキルを発動。風のように動き、盗賊の腹部に拳を叩き込んだ。盗賊は悲鳴をあげ、地面を転がったまま動かなくなった。


 他の盗賊が慌てて俺を囲む。


 「やれ、殺せ!」


 四方から剣が迫るが、俺は【瞬間加速】を駆使して容易にその攻撃をかわした。流れるような動きで敵の攻撃を回避しながら、奪い取った剣で盗賊を次々と切り伏せた。


 残りの盗賊たちが恐怖に震えて後退する。


 「化け物だ……!」


 彼らの恐怖を煽るように、俺は【火炎操作】を発動した。手から放たれた紅蓮の炎が盗賊たちを飲み込み、悲鳴とともに次々と倒れていった。


 盗賊たちが全滅したかに見えたその時、村人の悲鳴が俺を振り返らせた。


 「シーナ……!」


 数人の盗賊がシーナを捕らえているのが目に入った。



 (怖い……助けて、アレン!)


 シーナは必死に暴れながら、心の中で俺の名前を叫んだ。涙が止まらず、恐怖で身体が震えている。


 彼女は必死に俺を探した。


 そして、その視線の先に――彼女を見つめる俺がいた。



 「やめろ!」


 俺は声を張り上げ、盗賊に向かって駆け出した。胸の奥で久しぶりに感じる感情が燃え上がり、その熱が俺を突き動かした。


 村人たちの視線が俺に集まる。その中に恐怖が混じっていることに気づきながらも、俺は止まらなかった。


 「シーナを離せ!」


 俺は盗賊に向かって飛び込み、その腕を掴んだ。盗賊は驚きと怒りで俺を睨みつける。


 「このクソガキが……!」


 俺は感情を押し殺し、ただ冷ややかに相手を睨み返した。


 俺は盗賊の腕を強く掴み、そのまま力任せに引き剥がした。盗賊は驚きのあまりよろめき、バランスを崩す。


 「ちっ、このガキが!」


 盗賊が怒りに満ちた目で剣を振り上げるが、俺は冷静にそれを避けると、すぐに盗賊の手首を掴み捻り上げた。苦痛に顔を歪める盗賊の手から剣が落ちる。


 「アレン!」


 シーナが怯えた表情で俺を見つめている。彼女を守るためならば、俺はどんなことでもする覚悟だった。


 (この感覚は一体何だ……?)


 自分自身の中に芽生えた不思議な感情に戸惑いながらも、俺はすぐに意識を戦闘に戻した。


 「おい、誰かあのガキを止めろ!」


 リーダー格の盗賊が怒鳴る。残った仲間が再び剣を手に迫ってくるが、俺は落ち着いて【瞬間加速】を発動し、一気に間合いを詰めた。


 盗賊たちが攻撃する前に、俺は素早く彼らの武器を奪い取り、そのまま地面に叩きつける。彼らはもはや戦意を喪失し、怯えて動けなくなった。


 「もう二度と、この村に近づくな」


 俺は冷たい視線で盗賊たちを睨みつけると、彼らは互いに助け合いながら逃げていった。


 静寂が戻り、村人たちは息を呑んで俺を見つめていた。安堵と感謝、そして恐怖が入り混じった複雑な視線だった。


 「アレン……ありがとう……」


 震える声でシーナが俺に言った。彼女の瞳は涙で潤み、不安と安心が入り混じっていた。


 「シーナ……大丈夫か?」


 俺は静かに彼女に尋ねると、彼女は小さく頷いた。


 「怖かった……でも、アレンがいてくれて本当に良かった」


 その言葉が俺の胸に強く響いた。これまでの人生で感じたことのない感情が、ゆっくりと広がっていくのを感じた。


 だが、村人たちは俺を恐怖と警戒の目で見つめていた。


 「あの子は普通じゃない……」「あんな力を持つ子供がいていいのか……?」


 囁き声が耳に届く。いつものパターンだった。俺は強くなればなるほど孤立し、恐れられることを知っていた。


 だが、今回はそれほど気にならなかった。


 (俺が守りたかったのは、彼女だけだから)


 その夜、俺は一人で村の外れに立っていた。夜風が心地よく肌を撫でる。


 「アレン……」


 背後からシーナの声が聞こえ、振り返ると彼女は静かに近づいてきた。


 「一緒にいてもいい?」


 俺は何も言わず頷いた。二人は静かに星空を見上げた。


 「ねえ、アレン……あなたって本当に不思議な人ね。とても強くて、でもどこか悲しそう」


 シーナの言葉に胸が締め付けられる。


 「俺は……ただ、君を守りたかっただけだ」


 その言葉を口にした瞬間、俺は自分自身に驚いていた。ずっと繰り返してきた転生の中で、初めて心から誰かを守りたいと思ったのだ。


 「ありがとう、アレン……あなたに出会えて良かった」


 シーナが優しく微笑む。


 その微笑みを見ながら、俺は心の中で決意を固めていた。


 (もう、二度と彼女を失わない。何があっても、この人生だけは絶対に守り抜く)


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