第10話 新たな旅立ち

 盗賊たちを追い払い、村に再び静寂が訪れた。


 その夜、俺は家族や村人たちから感謝の言葉を浴び続けた。村人たちは興奮気味に俺を囲み、口々に称賛を送った。


 「アレン、本当にありがとう! 君がいなければ、私たちはどうなっていたか……」


 村長が深々と頭を下げる。他の村人たちも口々に感謝の言葉を投げかけ、子供たちは憧れの眼差しで俺を見上げていた。


 しかし俺は、どこか冷めた気持ちでその光景を見つめていた。


 (どうせ、今だけのことだ)


 過去の転生で何度も経験したことだ。最初は英雄扱いされるが、時間が経つにつれ、その力は恐れられ、やがて排除されるのだ。



 数日後、予感は的中し始めた。村人たちが遠巻きに俺を眺め、明らかに距離を置くようになったのだ。笑顔はぎこちなく、ひそひそと囁き合う声が耳に届く。


 「あの子、本当に普通の人間なのか……?」


 「子供があんな力を持っているなんて、恐ろしいわ」


 村の空気は重苦しくなり、俺は再び孤立し始めていた。心の中に冷たい諦めが広がっていく。


 俺は村の外れの川辺に座り込み、水面をぼんやりと眺めていた。村人たちの態度に落胆している自分に嫌気がさしていた。


 その時、小さな足音が近づいてきた。


 「アレン」


 振り返ると、シーナが立っていた。彼女の瞳には心配そうな光が宿っている。


 「一人で何をしているの?」


 「……特に何も」


 俺が曖昧に答えると、シーナは小さくため息をついて隣に座った。


 「村の人たち、あなたのことを怖がっているみたいね……でも、私はあなたのことを怖くないわ」


 彼女の穏やかな声が胸に響く。


 「ありがとう。でも、いずれ君も俺を恐れるようになる」


 俺の声に込められた苦さを感じたのか、シーナは真剣な目で俺を見つめた。


 「そんなこと、絶対ない。あなたは私を助けてくれた。何があっても、私はあなたを信じているわ」


 シーナの強い言葉に、俺は少しだけ心が救われた気がした。



 だが、村の空気は日を追うごとに悪化していった。


 ある夜遅く、俺は村長の家に呼び出された。村長の家には数人の村人も集まっていたが、彼らの表情は厳しかった。


 「アレン、話がある」


 村長は重い口調で切り出した。


 「君の力があまりにも強すぎる。我々は君を恐れているのだ。このままでは村に不安が広がり、いずれ大きな問題になるだろう」


 「だから……?」


 俺が問いかけると、村長は申し訳なさそうに視線を逸らした。


 「申し訳ないが、この村を出て行ってもらいたい」


 村人たちの視線が一斉に俺に注がれる。そこには恐怖と敵意が渦巻いていた。


 (結局、こうなるのか……)


 俺は静かにため息をついた。


 「分かった。出ていく」


 俺の言葉に、村人たちはほっとしたように表情を緩めた。その態度が俺の胸に深い傷を残した。


 (だが、この村を去るとしても……)


 俺は決意を固める。


 (シーナだけは絶対に守る)


 その夜、俺は旅立つ準備を始めた。



 俺は村を去る準備を整え、夜明け前の静かな村道に立っていた。月の明かりが静かに降り注ぎ、俺の影を細長く伸ばしていた。


 「アレン……本当に行ってしまうの?」


 背後から、震えるような声がした。振り返ると、そこには涙を堪えながら俺を見つめるシーナがいた。


 「俺がここにいては、君たちが安心して暮らせない」


 俺の声は平坦で冷静だったが、胸の奥には苦い思いが渦巻いていた。


 「そんなことないわ……! 私はあなたが怖くない、絶対に」


 彼女の真っ直ぐな瞳が、俺の心に深く突き刺さる。だが俺にはわかっていた。いくらシーナが理解を示してくれても、村全体の不安は消えないことを。


 「君は優しすぎる」


 俺は静かに彼女の手を握った。その小さな手が微かに震えているのが伝わった。


 「アレン……お願い、私を置いていかないで」


 シーナの声がかすかに震える。俺の中の感情が揺れ動き、何度も封じ込めたはずの痛みが蘇った。


 「シーナ、君を巻き込むわけにはいかない」


 それだけを告げ、俺は背を向け歩き出した。シーナが泣いていることは振り返らなくても分かった。



 村を離れ、深い森の中を歩いていると、背後から足音が近づいてきた。


 「アレン!」


 振り返ると、そこには息を切らしたシーナがいた。彼女の目は決意に満ちている。


 「私も一緒に行く」


 「……馬鹿を言うな」


 「馬鹿じゃない! 私はあなたを信じている。あなたがいなければ、私はあの時とっくに死んでいた。だから、私もあなたと一緒に行く!」


 彼女の声は力強く、俺の胸に深く響いた。


 「本当にいいのか?」


 俺の問いに、シーナは迷わず頷いた。


 「あなたがどこへ行こうとも、私はあなたのそばにいる」


 その言葉に、胸が温かくなった。


 俺たちは二人で村を後にした。新たな旅路が始まる。迫害と孤独に満ちた俺の人生に、初めて自分以外の誰かがいる。その温もりを噛み締めながら、俺は新たな一歩を踏み出したのだった。


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