第8話 1000回目の転生

 もう何度、自分の胸に刃を突き立てただろうか。


 最初の頃は、死が恐ろしくて仕方がなかった。盗賊に刺された時の激痛、村人に石を投げられた時の惨めさ、病に侵されたときの絶望――。しかし、転生を繰り返すたびに、それらの感覚は鈍く、曖昧になっていった。


 俺は何百回もの人生を生き、無数のスキルを得てきた。


 【火種起こし】で村の火を管理する職人になったときは、魔物に襲われ全てを焼かれ、命を失った。村人が燃える光景は忘れられなかったが、いずれそれも薄れた。


 【水中呼吸】を得た人生では、海の近くで漁師として暮らした。穏やかな海辺の生活は心地よかったが、大嵐の日、津波に巻き込まれて終わった。


 【微弱治癒】を授かった人生は期待と失望の繰り返しだった。最初は人々の感謝を得たが、やがて疫病が村を襲い、その程度の治癒力では対応できず、怒り狂った村人たちに殺された。


 【剣才(小)】を得た時は初めて戦士として戦場に出たが、その微妙な才能では戦いに耐えきれず、結局惨たらしく殺された。


 無力なスキルを授かった人生は無数にあった。そのたびに失望は深くなった。


 転生を繰り返す中で、徐々に俺の中にある考えが浮かんでいた。


 ――自ら死を選べば、もっと早く次のスキルを試せるのではないか?


 最初はその考えに恐怖を覚えた。自ら命を絶つなど、まともな人間のすることではない。どうしても踏み切れず、何度もためらい、夜通し苦しんだ。


 だが、繰り返される無意味な人生に疲れ果てていくうちに、その恐怖よりも、次こそはという期待が勝っていった。


 そして、初めて自死を選んだのは【草刈り】というスキルを得た人生だった。


 「こんなスキル、試す価値もない……」


 俺は崖の端に立ち、下を見下ろしたとき、身体が震えた。だがそれも一瞬だった。


 (大丈夫だ。すぐに終わる……)


 恐怖に震える心を押し殺し、俺は崖から身を投げた。


 一瞬の激しい痛みと衝撃――それが終わったとき、俺の心に奇妙な安堵感が広がった。


 それから徐々に自死を選ぶことが当たり前になった。


 【魚釣り】【足音消し】【微光発生】――微妙なスキルを得る度にため息をつきながら、その日のうちに命を絶った。次第に、胸に刃を突き立てる行為すら日常の一部になり、心は麻痺していった。


 それでも時折、有用なスキルを得ることもあった。


 【千里眼(弱)】を得た人生では、盗賊の襲撃を事前に察知し初めて村を守ったが、その後すぐに不吉がられ孤立した。


 【火炎操作】のスキルを手にした時は強さに酔い、盗賊の群れを焼き尽くしたが、その圧倒的な力を恐れられ、村を追われた。


 【硬化】というスキルを得た時は怪我への恐怖が薄れたものの、結局食料難に耐えられず餓死した。その時はもう絶望など感じなかった。


 人間らしい感情は徐々に薄れ、すべてがどうでもよくなった。どれだけ関係を築いても、どうせ死ねばリセットされる。無駄な感情は邪魔でしかなかった。


 そして、ついに転生回数は1000回目を迎えた。


 「次のスキルは何だ?」


 慣れ切った手つきで短剣を胸に押し当てる。一瞬の痛みが過ぎ、意識は闇に沈んだ。


 ――目覚めた瞬間、俺は目を見開いた。


 (この天井、覚えている……)


 見覚えのある木目、懐かしい匂い。ここは俺が最初に生まれた村だった。


 1000回の転生で、一度も戻ったことがない場所。胸が激しく鼓動した。


 「元気な子だね、アレン」


 母の優しい声が胸を締め付けた。懐かしさと悲しみが入り混じり、俺は戸惑った。


 (また、ここでやり直すのか……?)


 そして、俺が五歳になったある日、村の広場で遊んでいると、遠くから銀色の髪と青い瞳の少女が歩いてきた。


 (シーナ……)


 二度目の人生で出会い、初めて命を懸けて守ろうとした少女。胸の奥で何かが強く揺さぶられた。


 彼女が俺に気づき、小さく微笑んだ。


 「ねえ、あなた……どこかで会ったことがあるかしら?」


 俺は息を飲んだ。彼女に転生の記憶はないはずだ。


 「いや……ないと思う」


 シーナは不思議そうに首をかしげた。


 「そう……でも、不思議ね。初めて会った気がしないの」


 彼女の笑顔が、俺の閉じていた心をゆっくりと開いていくのを感じた。


 1000回を超える転生の果てに、初めて俺は自分の意思とは無関係に感情を揺さぶられていた。


 ――この転生で、俺は何を掴めるだろうか。

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