第5話 夢、と呼べるようなもの

「失礼します」


「はい。最後、カレンさんね。どうぞ」


 一気に就活の面接みたいな雰囲気になる。「面接官」も西條さんの他に3人くらい増えていて、緊張が増した。


「どう? 面白かった?」


 ドクドクと鼓動が鳴り止まない。これまでの就活のどれよりも口の中がカラカラだった。


「面白かった。正直、楽しかったです。みんなと笑い合って励まし合ってここまでやってきて。ファンのみんなとも楽しい時間を作れたし」


「うん。配信もレッスンもどんどん輝いていく姿が見れました。それで、オーディションを受けてみてどうだった?」


 私は、素直に話した。オーディションを受ける前のこと、そしてオーディション中のこと。こんなに語れる自分がいることに驚きながらも、言葉は次から次へと止まらなく出てくる。


 だけど、西條さんは一瞬だけ唇をかんだ。悪い予感が背中に走る。その予感は的中して。


 「不合格」──という言葉だけがはっきりと聞こえた。


 私はアイドルになれなかった。



「カレンちゃん!」


「えとちゃん、どうし──」


 全体への合格者発表のあと、駆け寄ってきたえとちゃんがハグしてくる。


「イヤだ! なんで? なんでカレンちゃんがいないの?」


 なんでってそれは選ばれなかっただけ。


「やる気がなかったからかな。やっぱり、えとちゃんみたいに頑張ってきた人がアイドルになれるんだよ」


「やる気がないなんてウソだよ!」


 えとちゃんがさらにキツく抱き締めてくる。


「頑張ってたよ、カレンちゃんも! 最初は違ったかもしれないけど、カレンちゃんだって本当は思ったでしょ? アイドルになりたいって!」


「アイドルに? 私が?」


 わからない。アイドルになるなんて思ってもいなかった。なれるなんて思ったこともなかった。


 だけど。


「楽しかった。みんなといれて楽し、かった……よ」


 なぜか涙が落ちてくる。我慢しようとしても止まらない。自分のことなのに自分がわからない。大学生にもなって、こんなことは初めてだった。



 みんながいなくなったあと、私はSNSを見ていた。応援してくれた人たちの励ましと応援のメッセージが何個も何個も書かれている。


「カレンさん」


 そこへ現れたのは西條さんだった。


「夢中になれるもの見つかった? 人生をかけられるようなそんななにか」


「見つかってません。十何年生きてきて見つからなかったんです。そう簡単に見つかるわけない」


「そう」


「でも、夢、と呼べるようなものなら見つかりました。……アイドル。もう遅いかもしれないけど」


 西條さんはくるりと背を向けた。


「実はね、急遽、追加でメンバーを探すことになったの。みんながもう一人絶対必要だって言うから」


「それって──」


「受けてみる? オーディション?」


 私は涙を拭うと、心の底から返事をした。背中に熱いものが流れていた。


 


 


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無気力症 フクロウ @hukurou0223

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