KAC20253 妖精が飛び交う丘で……

久遠 れんり

思い出の場所

「ごめんね」

「仕方が無いよ。親の引っ越しじゃあな」

「離れても、ずっと好きだから」

 そう言った彼女から、手紙の一つも来なかった……


 まだスマホが一般的ではない遠い昔。

 彼女は引っ越しのため俺の元から消えた。


 初めてキスをしたこの場所に、なんとなく今年も来てしまった。

 切ない青春の……


 昔は、チャリに乗り、死にそうになってやっと登ってきたこの丘…… 丘と言うより山頂だけどな。

 山奥にあり、人はめったに来ない。

 町もなぜ、こんな所にアスレチック場を造ったのか。

 郷土資料館に、誰も泊まっているのを見たことのないバンガロー達。


 ちなみに、バンガローを使おうと思えば平日の昼間に、町役場へ行って鍵の貸し出しと料金を払わなければいけない。ここから二十キロの道のり。

 何もなく、泊まるだけで一泊八千円もするんだぜ。

 


 ただ、何たら彗星が来るときには、わずかに人が湧く。



 俺ももう四十歳、いい加減やめようと思いながら、来てしまった。

 来てナニをする訳でもない。

 最近は、ポータブル七輪を持って来て、網で鳥を焼き、ビールを飲み星を眺める。


 そう免許がなかった昔と違い車があるのだよ。

 軽ワゴンだが、中にはちょっとした小道具を使い、今の時期なら釣りのセットや、キャンプ道具が積まれている。

 無論職質対応で、危険物は発見できないようにしている。

 あいつらすぐに銃刀法や特殊開錠用具の所持の禁止等に関する法律違反で捕まえようとするんだ。

 懐中電灯を持っていれば、泥棒に行く気だったのか? と聞かれるし、マイナスドライバーも同じ。


 おかげで、十徳ツールは所持できなくなった。

 釣りに行ったときに、防波堤の上で魚を捌いていたら、文句言われてさ、ナイフ無しでどうやって捌くんだと聞いたら、スーパーで切り身を買ってこいと言いやがった…… 渡船で沖に出たときとかどうすんだよ。

 

 災害が起こったときにも、スーパーは開いてないんだよ。


「やれやれ、今のおかしな日本じゃ、精神的にすさむばかりだ……」

 人を見れば犯罪者、原因を受け入れるから駄目なんだよ。

 その尻拭いを国民にさせやがって。

 ぼやきながら、鳥モモに霧吹きで酒を掛けて、塩胡椒を振って、網に乗せる。

 酒スプレーと塩水スプレーは意外と便利なんだよ。


 少しすると落ちた油が炭で焼けて、どうしようもないくらい暴力的な匂いがする。


 そうして優雅な時間を楽しんでいると、一台の車がやって来る。

 すわっ警官かと、警戒するが普通の一般市民だったようだ。


「ちっ、じゃますんじゃねぇよ」

 つい聞こえない程度に毒づく。


 マニアなアベックかと少し警戒する。


 人気の無い自然の中でエッチするナチュラリスト達、たまに出くわすと微妙な空気になるんだよ。


 河原とかさぁ。

 それと違って、首でブランコする奴とかも居るし……

 色々大変だ。



「おじさん何してんの?」

 見た感じ若そうな女の子。物騒な事だ。

 おじさんが狼だったら、食われちまうぞ。


「うん? 毎年この日は、ここに来ることに決めているんだ」

 一応素直に答える。

 だが……

「そうなんだ。暇なんだね」

 思わずその物言いにぶち切れる。

「ああっ? 泣かすぞこのガキ」

 そう言うと流石に、数歩下がった。


 だけど、また寄ってくる。


「それ、すんごく美味しそうな匂い何肉?」

「コモドオオトカゲだ」

 そう言うと、ビクッとする。

 なんかおもしろい。


「本当に?」

「嘘だ」

「もう、本当かと思ったじゃない。本当は?」

「ネズミ。さっき捕まえた」

「そうなんだ。少し頂戴」


 奇妙な返事に俺の方が驚いた。

 深さのある紙皿にタレを入れる。

 お気に入り市販品スペシャルブレンド。

 醤油だけではなく味噌だれも合わせてある。

 そして、焦がしニンニクを入れて終わりだ。

 翌日も、確実に匂うが美味い。


「ほらよ」

 渡すと怖々箸でつまみ皿へ。

 口に入れて、噴き出す。


「あちゅい」

「そらそうだ」

 飲み物と思ったが、酎ハイしかない。


「すぐ帰るのか?」

「あーいや、どうしよ。どうしたの?」

 彼女はかわいい舌を出して仰いでいる。


「飲み物が酎ハイしかない。あとは、水とコーヒー豆」

 そう朝に飲もうと思っていたコーヒー。

 それ用の水。


「水…… いやチューハイで。昼になれば大丈夫よね」

「多分ね」

 クーラーの中を見せると、ライムを取ったがそれストロングだぞ。


 無論忠告はしない。彼女が選んだのだ。


 そうして焼き肉は、豚肉を経て、牛肉へ。

 今日のために高い金を出して買ったあかうし。


 彼女は遠慮も無く、うまうまと召し上がる。

「これ美味しいねえ」

「だろう。グラム千円ちょっとする」

「へえ、結構安い」

 俺は驚く、こいつどこのお嬢さんだ。


「お前名前は?」

「さあ、なんでしょう? 名前を聞くなら先に名乗らないと。おじさんなのに」

「やかましい。俺はまだ四十歳だ若い」

 そう言ったら、彼女の答えに俺は驚く。


「四十歳なら、うちのお母さんと一緒だ」

 当然俺はショックを受ける。


「お前まさか、中学生とかじゃないよな?」

「違うよ、お母さんが二十の時に私を産んだの」

「そうなのか……」

 そうか二十で子どもを作れば、もう子どもが二十歳になるんだ。

 結構キツいぞ。意識の中じゃ、中学生くらいからあまり意識は変わっていないし。


「そう…… まあそれで、少しあって……」

「ふーん。生きてりゃ色々あるさ」

 適当なことを言う。


「うちの親って仲がよくって、でもお母さんには昔好きな人が居てさ、その人を思って落ち込んでいたときに、お父さんが慰めたんだって」

「そうかお父さん、上手いことやったな」

「えっあ、そうね」


 そう言いながら、箸が止まらない。

「ふわっ食べたぁ」

「野菜もくえ」

「えー…… あっおいし」

「だろ」


 でだまあ、飲めば出る物がやって来る。


 此処トイレはあるんだが、電気は点かないんだよ。


 普段は、いま車にぶら下げているランタンタイプLEDを、ドアにぶら下げるが、慣れない人間はお尻の下にぽかっと開いている、ぼっとんトイレの闇が怖いらしい。


 創造力次第だが、手とか、顔とかでてくると怖いよね。


「ねっねえ、トイレってあるの?」

「あるよ。こっちだ」

 焼けかけの肉を移動させて、ランタンを持って移動する。


 昔のトイレ。

 一つは男性用の小便器。

 そして、ドアが付いた大便器。


「此処だ」

「これどこかに吊るすの?」

「ああ俺はドアに吊るすが」

「そう……」


 一段上がった先に、地面に埋まった和式便器。

「これって跨ぐんだよね」

「そう、ひょっとして、使ったことが無いのか?」

「うん」

「ズボンのポケットから、落ちそうな物は取りだしておけよ」

 そう、しゃがむと意外と色々な物が落ちたりする。


「うん」

 ちなみに紙はないので、ティッシュをケースごと持って来ている。

 数枚敷いて、貴重品を置く。


 そして、彼女はズボンを脱ぎ座ろうとしたが、慣れないとさ、人間てしゃがめないんだよ。


「うわこける。無理無理無理」

 ガシャッと音がする。

「おじさん、こっち見ないで、でもこっちへ来て、背中側で支えて……」


 うーん、多少酔っていたのと我慢の限界だったのかなぁ。


 見ず知らずのオッサンに、そんな事を頼んでしまった。


 足がぷるぷるで、素直に座っていられない彼女。

 考えた末、彼女の背中側に張り付くように俺がしゃがみ、それ以上転けない壁となる。

「これでいけそうか?」

「うん何とか」

 すると我慢をしていたのだろう、結構盛大な音が聞こえる。

 女の人って勢い強いよね。


 俺だって二十三歳とかに付き合った彼女がいた。

 なんとなく良い子だったが、続かなかった。

 やはり彼女を引きずっていたのか……


 ガサゴソと彼女が拭き、立ち上がると、ライトに照らされてかわいいお尻が丁度良い高さになる。そうしゃがんでいるから目の前に……


 ズボンを穿いて、振り返ると、しゃがんでいる俺と目が合う……

「うー、えっち」

 真っ赤な顔。だがその時にふと浮かんだ顔。

 二十何年前、キスをしてあの時は、懐中電灯に照らされた彼女の顔。

 考えれば同じアングル。


「怜奈……」

 つい口から出た。


「えっ? わたし結月ゆづき。玲奈はお母さんの名前……」

 結月はズボンかどこかに、名前を書いていたかと、ふと思った。


「結月か良い名前だ」

「ありがとう」

「おじさんトイレは? お返しに見ていてあげる」

 そう言って、嬉しそうな顔を見せる。


「男のは見てもつまらんだろう。まあライトが要るからちょっと待っていてくれ」

 そう言って、小便器で始めたのだが、本当に覗いていやがった。


「男の人って便利ねえ」

「ああ、機能美の極地だろ。お前彼氏とか居ないのか?」

「いないの、なんでだろ」


 そう言いながら、ふと考える。

 なんでお母さんの名前? しし座流星群を見に、彼と一緒に二〇〇一年十一月十八日にここへ来て……

 キスをした。嬉しかったと書いてあった日記。


 まさかねえ。えっでも四十歳? えっえっまさか?


窪田 裕介くぼた ゆうすけ?」

「うん。何で俺の名前を知っている?」

 その答えに驚いた。

 日記には、ゆーちゃんとしか書いていなかったが、別れるときに貰っただろう、寄せ書きの中にその名前があった。



「そうなんだぁ。なんかロマンチック。ゆーちゃんはずっと来ていたの? 毎年十一月十八日に?」

「なんでそんな事?」

「鈍いわね。ごめんなさいね。お母さんが浮気者で。住所が判らなければ直接会いに行けば良かったのに。ねえ」

 その言葉に驚く。


「お前まさか」

「そう、家のお母さん、旧姓は渡辺 玲奈わたなべ れな好きな人と別れて、住所が判らず、連絡が取れなくて泣き暮らした馬鹿な人」

 そう言って、にへらと笑う。


 そして、少し踏み込んだ話をしながら、焼き肉のつづきをする。


 たださっきよりも、彼女の目が気になる。

 なんだろう。

 なんだか、むずがゆくなる。


「さあこれで終わりだ。足りたか?」

「うんまあ、ごめんね。これ一人分だったんでしょ?」

「まあ。だが、余分には持ってきた……」

 そう言いながら思いだした。


「これがある」

 つまみ用のスルメの一夜干し。

 これが美味いんだ。


 網に乗せて焼き始めると、また暴力的な匂いが立ちこめる。

「うわぁ、美味しそう」

 焼いている間にマヨ七味醤油を用意する。


「これで食ってみろ」

 焼き上がった物を、切り分ける。


「うわ、美味しい……」

 そう言って嬉しそうな顔。

 だが……


「ねえ聞いて良い?」

「うん何を?」

「お母さんのことまだ好きなの?」

 そう聞かれて、思わず吹きだしてしまう。


「なんだ突然?」

「だって、二〇年以上も、此処、思い出の場所に来てたんでしょ?」

「そりゃまあ、でも最初の頃はそうだが、なんだろうなこの時期になると、なんとなく来なきゃいけない気がしてさ」

「来ても、絶対お母さんは来ないよ」

 なぜか彼女は言い切る。

「それはそうかもしれないが…… 何が言いたい?」


「別に……」

 そう言って、ぷいっと顔を背ける。


「変な奴だな」

「いーだ」

 そう言って顔を背ける。


 言われてみれば仕草とか似ているかもな。

 つい笑ってしまう。


「なに?」

「親子と言われれば、確かに似たような仕草をするなと思ってな」

「そう?」

「ああ」


 でだ、飲めば……


「またトイレ、付き添いを所望する」

「なんだ、俺は他人だぞ。いいのか?」

「いいの。もしかしたらお父さんだったかもしれない人だし」

「そういう未来もあったのか?」

「なくてよかったけど……」

「うん?」

「何でもない」

 そうして、二回目なので、なんか慣れた。


「ふうっ、やばかった」

「我慢をすると膀胱炎になるぞ」

「だって、やっぱり勇気が要るのよ」

 そう言って、彼女はなぜか回れ右をする。


 服を捲り挙げる。

「どうお母さんと比べて?」

「ちょっと待て、お母さんとはそんな関係じゃない。キスしたくらいだ」

「へっそうなの?」

「ああ」

「そうなんだ」

「なんで嬉しそうなんだ?」

「にぶちん」

 そう言って、へらへら笑っているが、どこを見て良いか判らん。


 そして、また車へ。


 流石にもう飲めん。

「コーヒーいるか?」

「うん。ステキなセリフね。モーニングコーヒーを一緒に飲まないかって?」

「耳がおかしいのか?」

「良いじゃない」

 そう言って、またふくれ面。


 そうして、別れてそれぞれの車で寝たのだが……

 コンコンと、ノック音。


「あーけーてー。寒いし怖い」

「こっちがビックリだよ」

 俺の軽バンは、後ろがフラットになる。

 封筒型の寝袋を使っているのだが、それを取られる羽目に。


「さっきの七輪を入れれば、暖かいかも」

 そんな、ぼけたことを言い出す。


「それをしたら、朝には死んでいるぞ。一酸化炭素中毒で」

「そうなの?」

「そうなの!!」

 そう言いながら、眠たそうなのにじっとこっちを見る。


「入らないの?」

「バカだろ。こんなオッサン相手に揶揄うな」

「親子ってさあ、好みが似るのかなぁ?」

「なんだそりゃ」

「一緒に寝ない? 手を出して良いから」

「お前な、お母さんと同じ歳のオッサンを揶揄うな」

「揶揄っていないし。早く」

 仕方ないから、中に入る。


 すぐに張り付いてくる。

「暖かい」

「こら、おとなしく。こら本気か?」

 彼女は、変なところをさわり始める。


「ねえっ」

「ったく、お母さんが知ったら泣くぞ」

「なくかなぁ」

「多分な」


 でまあ、なる様になったのだが、朝方起こされた。

「ねえ見て綺麗」

 彼女が指さすのは、外。

 霧が出て、朝陽がキラキラと反射をする。


 そこに、妖精が飛んでいた。

「あれは、なんの光だ?」

 まさに妖精。

 翼の生えた小人が乱舞していた。

 それはキラキラと光り、まさに幻想的な光景。


「あれだ」

 彼女が指さした所には遊具の飾り。


 風により、クルクルと人型の飾りが回る。

「あれで、こんな光景になるか?」

 ここには、たまに精霊が現れるとか噂はあった。

 だがしかし……


「良いじゃない。きっと祝福よ」

 どうやら彼女は、何処までいっても前向きなようだ。 


 彼女と連絡先を交換する。

「お母さんと、よりを戻したら泣くわよ」

 そんな奇妙な約束をして別れた。


 さて、どうなることか。

 尋ねて行った時の悲劇が目に浮かぶ。

「俺、刺されないよな……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

KAC20253 妖精が飛び交う丘で…… 久遠 れんり @recmiya

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ