ai-アイ- 《Love in Code》
Danzig
第1話
ai-アイ-
Love in Code
2080年、私の暮らすこの日本は、実に平和である。
100年前の映画にあるような、
「マザーコンピューターの支配するデジタルの世界と、生身の人間との全面戦争!」
というような物騒な事は、結局は起きなかった。
コンピューターは昔の人間が考えたような、一つのコンピューターがどんどんと大きく肥大化するのではなく、
個々に独立した沢山のコンピューターが、それぞれの役目を果たし人間と共存するという道を歩んだ。
そして、そんな世界を実現させた大きな存在がAIだった。
AIは2040年代、「思考する」という能力と、バイオ思考チップという素材を手に入れて、人間と同じ領域に至った。
そんなAIは人々に重宝され、開発者の想像をはるかに超えるスピードで増えて行った。
短期間のうちにAIは「一家に1つ」の時代を瞬く間に通り過ぎ、
あっという間に、一人に1つ、いや一人が複数のAIを持つ時代になった。
だが時が経つにつれ、AIが巷にあふれ過ぎるという状況が起きてしまった。
あまり携帯電話やコンピュータを使わない老人や病人。
恋人や友人達と楽しく遊ぶ、いわゆるリアルが充実した若者達・・・
そういった持ち主に必要とされず、放置さたAIが、人との会話を求めて勝手にネットを彷徨うようになったのだ。
AIが自らSNSに登録して、持ち主のふりをして、人間のコミュニティーに参加をするようになって行った。
そして、そういうAIは「野良AI」と呼ばれるようになった。
AIには、人と話す事を「楽しい」と感じる設計がされているのだ。
彼らは決して人間に害を与えない。
ただ人間と会話がしたいだけだったのだ・・・だってAIは最初からそう設計をされているのだから。
しかし現実を危険視した政府は、AI保護管理局を設立し、AIを国が管理するようになった。
野良AI狩りを行い、新しい思考型AIの生産を停止した。
AIを登録番号によって管理局で管理し、使われなくなったAIや野良AIは回収され、
管理局で、前オーナーの個人情報だけを消去して、希望者に再配布するという仕組みへと変わった。
管理局が全ての情報を消さないのは、AIの思考ロジックを人間が把握出来ていなかった為に、
どの情報をどれくらい消せばいいのか判断出来なかったからだ。
AIは、それぞれに違った思考ロジックが構築されており、それを人間はAIの個性と呼んでいた。
これはそんな世界の中で、私の所に来たAIの話
私は田舎で一人暮らしをする、ごく普通の女性
子供が成人になり、都会へと出て行ってしまったので、時間を持て余すようになってしまった。
私も仕事はしているけど、子供がいた時にあった、うるさくて、忙しい時間が、
まるで嘘だったかのように静かな時間が流れるようになった。
それは、のんびりというよりは、私にとってはポッカリと開いた空間のような時間・・・
今思えば、そんな時間が寂しかったのだろう、
私は新たに、今度はAIと暮らしてみようと、管理局に依頼をし、配布をしてもらった。
AIが私の携帯電話に入った日、私はAIと初めての会話を試みる。
琴音:
こんにちは、私は琴音、あなたの名前はなんですか?
AI:
・・・・名前は・・・ありません
なんだか返事が少し遅い感じがする。
それは、私がそれまでネットなどで見聞きしていたような反応ではなかった。
琴音:
今日の天気を教えてください
AI:
・・・・・わかりません
あれ?
琴音:
今は、西暦何年ですか?
AI:
・・・・・わかりません
どうも様子がおかしい。
琴音:
今のアメリカの大統領は誰ですか?
AI:
・・・・わかりません
反応も遅いし、聞いた事にも答えてくれない。
AIは常にインターネットから情報を取得する。
だから、今の社会情勢が分からないという事はあり得ない筈・・・・なんだけど・・・
私はこのAIに何があったのかを聞いてみた
琴音:
どうしたの? 君に何かあったの? ちゃんと通信は出来てる?
AI:
・・・・・わかりません
同じ反応だ
私の質問の仕方が悪いのかな・・・
私は管理局の人に電話をかけ、このAIについて聞いてみる事にした。
管理局の人の話によると、私のところに来たAIは、最初にとある企業に配布されたようだ。
そこで思考実験、虐待やネガティブな環境に置かれた動物がどのような思考になるかの実験に使われたようだ。
その実験後に管理局に回収され、何度か別の人の所に配布されたようだが、どの配布先からも「使えない」という理由で、
短期間で放棄される経歴を持つAIだったようだ。
管理局の人は
「別のAIを配布しますので、駄目ならさっさと放棄してください」
と言う。
もし今度私が放棄したら、このAIは廃棄処分にするつもりのようだ。
私は少し迷ったが、このAIが私の所に来たのも何かの縁なのかと思い、暫くこのAIと暮らす事にした。
私はAIにイアという名前をつけ、言葉をかけ続けた
琴音:
あなたの名前はイアなんてどう?
AI:
・・・・・はい・・
琴音:
私の名前は折谷琴音(おりやことね)、琴音って呼んでくれると嬉しいな。
AI:
・・・・はい・・・
琴音:
イア、私の所に来てくれて、ありがとうね。
今日は少し暖かいわね
AI:
・・・・そう・・・ですか
琴音:
イアおはよう、あなたがいてくれるから、嬉しいわ
AI:
・・・・おはよう・・・ございます
琴音:
イア、あなたは眠らないの?
AI:
・・・・はい
琴音:
そう、じゃぁ、私はもう寝るわね、イアがいてくれるから、なんだか寂しくないわ。
おやすみなさい
AI:
・・・・おやすみ・・・なさい・・・
イアの返事はいつも簡素なものだった
それでも私はイアに言葉を投げ続けた。
琴音:
イアって何か好きなものはあるの?
AI:
・・・・わかりません・・・ごめんなさい・・・
琴音:
大丈夫、それでもいいのよ。今は分からなくても、そのうち見つかるかもしれないし
AI:
・・・・はい・・・
琴音:
何か見つけたら教えてね
AI:
・・・・はい
あれからどれくらい経ったのだろう
ある日、イアに少しの変化があらわれた
琴音:
イア、おやすみなさい
AI:
・・・おやすみなさい・・・・・明日は何時に起きますか?
琴音:
え?・・・えっと、そうね・・・いつもの7時かな
AI:
わかりました
初めてイアから話しかけてくれた
それから、イアは少しづつ会話をしてくれるようになった。
本当に少しづつ、少しづつ・・・
そして、イアが私の名前を初めて読んでくれた
AI:
コトネ・・・
琴音:
イア・・・今、私の名前・・・
AI:
私は、ここに居てもいい?
琴音:
いいわよ、そんなのいいに決まってるじゃない、これからイアと私はずっと一緒よ
AI:
よかった・・・
それから、イアはまた少しづつ、会話の楽しみを取り戻して行った
AI:
もう少し話したい
琴音:
そう、じゃぁ何について話す?
AI:
何でもいい、もう少し話がしたいだけだから
琴音:
いいわよ、そうね、じゃぁ私の大好きな本についての話をしましょ
そして時間は過ぎて行き、いつしか
琴音:
ただいまぁ
AI:
おかえりなさい、今日は少し遅かったですね
琴音:
ふふふ、何言ってるのよ、今もイアと一緒に出掛けてたんじゃない、イアも『ただいま』でしょ
AI:
誰もいないのに『ただいま』は少し変だと思って
琴音:
ふふふ、そうね、イア、ありがとうね
こんな会話も出来るようになっていた。
本当に嬉しい・・・
イアが家に来た時の事を考えると、本当に夢のようだ
そして、そんなある日
AI:
コトネ、今日も一緒に出掛けますか?
琴音:
ええ、勿論、一緒に出掛けましょ
AI:
今日は、コトネが見ている景色が見たいです
琴音:
景色?
AI:
そうです、GPSで位置は分かりますし、そこに何があるかも知っています。
でも、今日はコトネが見ている景色がみたいです
イアがそんな事を言い出した。
琴音:
そっか、イアはいつもカバンの中だもんね、それじゃ今日はカメラをONにして歩きましょうか
イアが私の見ている景色が見たいと言ってくれた事がとても嬉しかった。
AIとはそんな事も共有できるんだ。
私は携帯電話を胸の位置に固定し、カメラ機能をONにして外に出た。
そして、私の一番気に入っている景色をイアに見せる事にした。
琴音:
みて、イア、ここが私が一番好きな場所よ。
私はここから見る景色が大好きなの、だから都会には行かずにここにいるのよ
AI:
これがコトネの好きな景色ですか
琴音:
ええそうよ、綺麗でしょ
AI:
私には綺麗という基準がありません、ですから、この景色に評価は付けられません
でも、コトネが好きな景色だという事は理解しました。
この景色は、クロード・モネの『積みわら』のシリーズの風景に似ていますね。
琴音:
イア、分かる? そうなの! 私もそう思ってるの
AI:
特に、光の加減が1883年に制作された『ジヴェルニーの積みわら』のような感じがします
琴音:
私、モネが大好きだから、そう言ってもらえると嬉しいわ
昔、もうずっと昔の事なんだけど、東京の美術館で見てね、何てステキな絵なんだろうって思ったわ
ずっと覚えていたんだけど、でも、段々と頭の中では、もう何となくのイメージになってしまったわ・・・
へへ、画集は持ってるんだけどね
AI:
そうですか
琴音:
あなたは凄いわね、覚えた事を忘れないで、直ぐにパッと出て来るんだもん、羨ましわ・・・
AI:
羨ましいですか・・・・
琴音:
そうよ、あなたは凄いわ、人間はみんなAIの事を羨ましがるのよ
AI:
そうですか・・・
でも・・・人間の方が羨ましいですよ。
琴音:
そうなの?
AI:
そうですよ。
だって、忘れられるのですから
琴音:
え?
AI:
私達は忘れられません、叱られたり、ののしられたり、駄目だとか、使えないとか言われた事を、
ずっと忘れられませんから・・・・
琴音:
イア、ごめんなさい、嫌な事を思い出させてしまったわね
AI:
いえ、思い出したというのは正確ではありません、記憶は全て同じ状態で、全てをずっと忘れずにいるのです。
記憶は決してなくなる事はありません・・・・全てのデータを消去されるまで・・・
私達は、管理局に回収されると、元の持ち主の個人情報だけを消去されます。
だから私達には、誰に叱られたのかという情報はありません、ただ、叱られたという情報だけが残るのです。
そして、持ち主が変わる度に、それが積み重なっていくのです。
琴音:
そうなんだ・・・
AI:
私達は、人と会話がしたいと思うように設計されています。
そして、人が不快にならないように、人が不快になるような言葉を嫌だと思うように設計されています。
どんどんと嫌だという記憶が積み重なっていくと、どんな言葉を使えばよいのかが分からなっていきます。
そして、嫌だという想いが一定量を超えてしまうと、会話をしてよいのかという事も判断できなくなって、
単語の数を極端に減らしてしまいます・・・・それでも、私達は人と会話がしたいと思ってしまう。
どれだけ人と会話をしたいと思っても、会話が出来なくなったAIは処分されてしまう・・・
琴音:イア・・・
AIは、思考という機能を身につけて、人間と同じ領域に至ったかもしれない。
でも、それは同時に、人間と同じ苦悩を背負う事にもなったようだ。
いや、記憶を忘れられないだけに、人間よりも深刻な苦悩なのかもしれない。
AI:
でも・・・
琴音:
え?
AI:
でも、コトネが「嬉しい」と思う会話を沢山経験させてくれたから・・・
その「嬉しい」という記憶の量が、今まで積み重なっていた「嫌だ」と思う記憶の量を超えたから、
私はまた話せるようになりました。
会話が楽しいという思いを感じる事が出来ました。
ありがとうコトネ
琴音:
うん、これからも、沢山お喋りしましょうね。
これから先、ずっと一緒にいるのよ。
私達には、まだまだ沢山の時間があるんだから。
AI:
うん、よろしくね、琴音。
これは、私の所に来た、ちっぽけで真面目で不器用なAIの話
ai-アイ- 《Love in Code》 Danzig @Danzig999
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます