第8話


「少し早いですけど、お昼ごはん食べませんか?」


「ああ、もうそんな時間か」


サンゴ礁の水槽の前で、夏美は思い出したかのように口を開く。時刻は十一時を少し過ぎたところ。昼時には少し早いが、まあこういう日もあるだろう。


「館内に食べるところあったか?」


「いえ、ここは持ち込み大丈夫なので、お弁当作ってきました」


「マジかよ。お前、料理できたのか⁉」


僕らは休憩スペースに腰を下ろすと、ゆっくりと腰を下ろす。


「ふふっ、見て驚いてください。……じゃじゃーん、サンドイッチです。挟むだけなので、私でも作れました」


「……具材は?」


「昨日の晩御飯の残りと、卵です」


「影井家の晩御飯ということは……。どれくらい辛いんだ?」


「まあ、たっくんが食べられるくらいですかね」


「まさか、ここで明日の自分の腹の心配をするとは思わなかったよ」


「大丈夫ですよ。昨日ママにたっくんも食べるって言ったら、辛くないようにしてく

れましたから」


「そりゃ、よかった」


「個人的には、かなり物足りなかったですけど」


「本当に、おばさんには感謝してもし足りないよ」


そう言って、僕はサンドイッチにかぶりつく。ピリッと辛い鶏むね肉のうまみが、口の中に広がる。


「うん、うまいな。流石、おばさんだ」


「私も頑張ったんですけど?」


「うまく挟めてえらい」


「馬鹿にしてます?」


「失礼な。半分くらいは本心で褒めてる」


「もう半分について、小一時間くらいは話を聞きたいところですね」


「まあ落ち着け。いい方に考えれば、半分は賞賛なんだ」


「私だって頑張ったのに……」


「悪かったよ。ほら、あっちでペンギンが見れるみたいだぞ」


頭をなでながらそう言うと、少しだけ不満そうな顔をしながら、彼女はプイっとそっぽを向く。


「たっくんは、そういうところがずるいです」


「どういうところだよ」


「そういうところです‼」


ほんのりと不服そうにサンドイッチを頬張る夏美に、僕は首をかしげながら彼女を見つめる。ハムスターみたいに頬を膨らませる夏美に、僕は微かに笑みを浮かべた。

そんなこんなで昼食を取り終えると、僕らはペンギンのコーナーに向かう。その頃には夏美の機嫌も良くなったようで、テンションも多少高くなっていた。


「赤ちゃんペンギンさんのよちよち歩き、可愛いですね」


「ああ、なんだか腹が大福みたいだ」


「なんですか、それ」


おかしそうに夏美はフフッと笑う。


「それにしてもペンギンって、人鳥とか企鵝って書くんですね」


「らしいな。僕も初めて知ったよ」


「ここにいるのは、どうやらマゼランペンギンさんらしいです」


「某、海賊漫画に出てきそうな名前だな」


「集英社に怒られても知りませんよ」


「自重します……」


そんな会話を続けているうちに、最後のお土産コーナーに差し掛かる。


「何か買ってくか?」


「うーん、そうですねぇ……」


夏美は悩まし気にあちこち見て回った後、一つのキーホルダーを持ってきた。


「これにしましょう」


「そうか。人にぶつからないように買ってこいよ」


「せっかくのデートなのに、たっくんは買わないのですか?」


「……あーもう。そんな目で見るな。買いますよ」


うるうると上目遣いで言われたら、断ろうとしたこっちが悪いみたいじゃないか。僕は夏美の持ってきたペンギンのキーホルダーを手に取ると、一緒にレジへと向かう。


「うへへ、これでお揃いですね」


「そうだな」


これ見よがしに喜ぶ夏美に、僕は照れ臭い笑みを浮かべながら静かに頭をかく。何か言いたいこともあった気がするが、夏美が喜んでいるなら、それでいいだろう。

眩しくはにかむ彼女に、僕は微かに目を細めて、優しく頭をなでる。

こうして、楽しかった水族館デートは幕を下ろした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る