第9話 夏美の独白
「たっくん、少しは私のことを意識してくれたでしょうか……」
夜、私は一人ベッドの上で、猫の抱き枕を抱きしめながら、悶々と考える。
彼のことは、幼いころからの憧れだった。なんでもそつなくこなす彼を、心から尊敬していた。幼い頃のたっくんは、憧憬と羨望の対象だった。
そんな私の思いは、時間が経つごとに肥大化していって、気が付いた時には既に恋心に変わっていた。
でも、それを伝える勇気もなく、かといって諦めることもできずにいたある日、クラスの女子たちの間でとある話題が上がった。
『クラスの男子で彼氏にするなら誰がいい?』
不意に上がったその話題に私は最初、特に興味もなく聞いていた。だが……。
『ちーちゃんはどうよ?』
『わ、私ですか?』
ちーちゃんの愛称で親しまれる吉田千里(よしだちさと)は、普段クラスでも大人しい部類の女の子だ。
顔は整っているし、出るとこは出ているので、学校でも一定の人気がある子だった。見た目だけで言えばだが、いわゆる文学少女というやつだ。あくまで、黙っていればの話だが……。
『やっぱり、サッカー部のイケメン王道の原田君? それとも、意外に野球部の熱血
キャプテン大久保君?』
『私も気になるな』
『そうですね……。クラスの中だと、私は西村卓也くん、とかですかね』
『えっと……誰それ?』
『ほら、教室の端にいつもいる……』
『ああ、あの子ね』
その瞬間、私の心臓はドクンと脈打つ。恐る恐る顔を上げると、ニコリと笑うちーちゃんと目が合う。
焦燥感にも似た感覚を覚えた私は、その日のうちにすぐさま行動に起こした。
ストレートに告白をするつもりだった。でも、直前になって怖くなって嘘をついてしまった。
『あくまで、付き合うフリです』
その言葉のせいで、ここまで苦しむことになるとは思わなかった。だからせめて、彼に意識してもらえるようにしようとしたところまではよかった。だが、問題は今更たっくんに意識してもらえる様なことがないということだった。
良くも悪くも、私たちは十年以上の付き合いだ。いいところも、もちろん悪いところだって全部知られている。そんなたっくんを振り向かせるのは容易ではない。
幼馴染という立場に甘えて、今までアプローチをしてこなかった自分が、憎くて仕方がない。
「もっと、たっくんをドキドキさせないと……」
私は近くの机に手を伸ばすと、そこから一冊の手帳を手に取る。
「水族館デートはやりましたし、恋人繋ぎもしました……あとは……」
私は手帳に書かれた項目にチェックを付けると、次の項目を見て顔が熱を帯びる。
「……ハグなんて今更ですけど、私にできるでしょうか」
私たちはスキンシップなんてほとんどしない。徹夜明けの変なテンションで、ハイタッチするのが関の山だ。
「大丈夫です。私ならできます。絶対にたっくんを振り向かせるんです」
何とか意気込むと、頬をぺちぺちと叩く。
くじけている暇はない。なんてったって、私の戦いは始まったばかりなのだから。
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