第6話

「今日も放課後デートをします」


「あ、はい」


放課後、ライトノベルを読んでいると、夏美にそう言われ、僕は視線も動かさず淡泊に答える。


「で、今度はどこに行くって?」


「ふふっ、よくぞ聞いてくれました。ここです」


そういって突き出されたスマホに表示されていたのは、なんだかよくわからない恋愛映画。見て何が楽しいんだ、これ。


「これ、お前の趣味?」


「いえ、私はどちらかというと、こっちのアニメ映画ですかね」


「だろうな。で、なんで恋愛映画?」


「友達に聞いたんです。世のカップルは、恋愛映画を見て仲を深めるそうです」


「つまり?」


「今日も今日とて、イベント回収です」


もはや安心感のある返答に、僕は思わず笑ってしまう。


「わかったよ」


そう言って、僕は読んでいた本を閉じた。



「で、今回の予定は?」


「映画の後にカフェで感想を語り合うパートがあります」


「ん、りょーかい」


放課後、映画館の併設されたショッピングモールのエレベーターでそんなことを話す。


「あっ……」


エレベーターを出てすぐ、僕の視界にはあるものが映る。

ゲームセンターだ。色とりどりに光る閃光。気になっていたアーケードの機体。それらが僕を強く誘惑する。


「いやいや……」


なんとか顔をそむけることに成功すると、身体の向きを正す。

そうだ、今日はこの後映画に行くのだ。今は耐えなければ……。

そう思って夏美のほうを見ると、彼女の足も止まっていた。


「あの、夏美さん……? 映画館はあっちですぜ」


「たっくんはさ、あれを見て我慢できるというのですか?」


視線の先はもちろんのこと、ゲームセンター。当たり前である。


「いや、正直行きたくて体が震えてはいるが……。いいのか? 映画館に行くんだろ?」


「予定変更です。ゲーセンデートというのも、ありなのではないでしょうか」


「イベントシーンの回収とやらはいいのか?」


「それはまた次回ということにしておきましょう」


僕らは互いに顔を合わせるとニヤッと笑い、まるで子供のようにゲームセンターへと駆けていく。


「この機体、アケード版に移植していたんですか⁉」


「みたいだな。この機会に一度はやっておきたい」


「賛成です。……どうです? 何か賭けますか」


「いいのか? 知ってるだろ、僕このゲーム得意だって」


「ふふん、ここで怖気づいてはゲーマーの名折れです」


「ほんじゃ、負けたやつはジュースおごりで。いっちょやってやりますか」


お金を投入すると、僕らは席に座る。カウントダウンの合図とともに、僕らの熱い戦いが始まった。


「ちょちょちょ、それはずるです。卑怯です」


「ずるも卑怯もあるかよ。お得意のフレーム回避で何とかしてみるんだな」


「このゲームはモーション回避が最強なんですが⁇ そして私には出来ないんですが⁉」


「フハハハハ、おとなしく負けを認めるんだな」


夏美の体力ゲージを少しづつ削っていく。地味な攻撃の連続だが、こいつにはこれが一番よく効く。

相手に何もさせず、ただ一方的に自分のやりたいことを押し付けていく。いわゆる即死コンボというやつだ。


「卑怯とは言うまいな」


「くっ……」


ゲージも残り半分を切ったというところで、不意に服の裾を引っ張られる。


「たっくんのずるっこ……」


視界を一瞬隣に移すと、目に涙を浮かばせる夏美が目に入った。

長いまつげが、照明に反射してキラキラと色めく。不覚にもそれが綺麗だと思った。ずっと見ていたいと思えるほどに。その儚げな表情に、触れてしまいたいと思えるほどに。そう、思ってしまった。

直後、画面の向こうからキャラクターのダメージボイスが響き渡る。


「へへっ、引っ掛かりましたね」


「あっ、ずりぃ」


必死に抵抗を試みるが、機械のように精密な連続攻撃になすすべもなく、僕のキャラ

クターの体力ゲージはゼロになった。


「そんなのありかよ」


「盤外戦術ってやつです」


「クソっ……」


夏美はむんっと胸を張って笑う。こいつが腹立つのは当たり前として、一番むかつくのは、そんな手に簡単に引っかかった自分自身にだ。


「負けたほうはジュースおごりですよね?」


「クッ、男に二言はない……」


僕は自販機で飲み物を買うと、夏美に投げ渡す。


「で、次は何やるんだ?」


「おや? 懲りずにまた勝負を挑むので?」


「この僕が勝ち逃げを許すと思うなよ」


「流石たっくん。そう来なくっちゃ」


夏美はニヤリと笑うと、持っていた飲み物を突き出す。


「二度目の勝利も頂いちゃいますね」


「今のうちにほざいておくんだな。次は負けん」


そう言って僕らは、ゲーセンの奥へと向かっていく。

射撃ゲーム、レースゲーム、エアホッケー。勝敗は二勝二敗の引き分けが続き、それはもう盛り上がった。

きっと僕らは、恋人っぽいムーブをかますよりも、こうしてゲームで競い合っているほうが性に合っている。


そういうのが嫌ってわけでもないけれど、僕らの温度感は、僕らの生きる世界は、きっとここにあるのだ。


「次は何をしましょうか」


「そうだな、迷うところではある」


お互い、額に滲む汗をぬぐうと、店内を見回す。


「クレーンゲームとかどうだ?」


「クレーンゲームですか……」


「何か問題でも?」


「いえ、こういうのって景品は可愛いんですけど、結局使う値段が可愛くないといい

ますか……」


「あー、まあ分かる」


「たっくん、昔結構やっていましたよね」


「一時期、プライズ品集めにはまっていた時期があったからな」


「その名残で、今も押し入れパンパンですしね」


「……あんま見ないでやってくれ」


別の場所に行こうとした次の瞬間、夏美はハッとした表情を浮かべて、それから僕の腕に抱きついた。

柔らかい感触が腕に伝わる。微かな熱が、全身へと伝播していく。


「たっくん……」


 微かなささやき声が、妙に妖艶に感じる。顔全体に、確かな熱が広がっていくのを感じた。


「……な、夏美さん?」


「しっ……。後ろを見てください」


彼女の視線の先を見てみると、そこには早藤さんがいた。


「卓也君、私このぬいぐるみが欲しいです」


「しょ、しょうがないな。僕がとってやるよ」


そう言って、僕はお金を投入する。

怪しまれないためにも、ここは見せつけていかなければならない。これは僕の感だが、多分バレて一番面倒くさいのは早藤さんな気がする。

僕は慎重に横から確認しながら、アームを操作していく。恋人ムーブをするとしても、僕はゲーマーだ。ここで日和っては名が廃る。


まず、最初の百円はアームの強さと可動範囲を見るための捨てコインだ。そこから戦略を立てて、目標は五百円から八百円以内にとる。

計画を立てながら、少しづつ景品を近づけていく。そして……。

ガコン。


「やった。取れましたよ。やった、やった」


嬉しそうにぴょんぴょん跳ねる夏美に、僕はぬいぐるみを手渡す。

結局、使った金額は千円と予定を超えてしまったが、まあ夏美が喜んでいるし、よしとしよう。

あたりを見渡してみれば、いつの間にか早藤さんはいなかった。これは、何とか切り抜けたといっていいだろう。


「へへっ、いいデートの思い出ができましたね」


屈託のない笑顔を浮かべる夏美から、僕は少し視線をそらす。


「……そうだな」


居心地悪く頭をかくと、僕は彼女の笑顔を横目に盗み見る。

こいつが少しだけ可愛く見えたのは、今だけの秘密だ。

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