第4話
地獄の昼休みを乗り越えた放課後、僕らは久々に寄り道をしていた。理由は明白。そう、放課後デートである。
「この腐った人生で、放課後デートなるものをする日が来るとは思わなかったぞ。あれ、都市伝説じゃなかったんだな」
「大袈裟ですねぇ。まあ、こんな世紀の美少女と一緒にデートできるんですから、驚くのも無理ないですけど」
「自分で言うやつがあるかってんだ。家での写真、学校でばらまくぞ」
「営業妨害反対です‼」
そう言って、夏美は頬をむうと膨らませて、不覚にも可愛いと思ってしまうような抗
議をした。
そんなこんなで行き着いた先は、最近インスタで話題らしいクレープ屋。らしいというのも、インスタなんてハイカラなものを僕はやっていないからである。
「今日はここでイベント回収です」
「ここ、死ぬほど人並んでいるんだが」
「インスタで人気のお店ですから、そりゃ人もいますよ」
そう言って、僕らは長蛇の列に並びだす。
「その辺のクレープ屋じゃダメなの?」
「ダメに決まってるじゃないですか」
「なんでダメなんだよ。こんな並びたくないんだけど」
「ただのクレープ屋には興味ありません。宇宙人、未来人、超能力者……」
「おいバカやめろ。そのパロディは危険だ。あと、ネタが古い」
「嘘だ‼」
「ひ〇らしもやめろ。そのネタも古いんだよ。ここはインターネット老人会か」
「老人会と言えば、最近の子って、ぬるぽって言っても通じないらしいですよ」
「今どき、誰もガッて言わないだろ。つか、そもそもな話、ぬるぽってなんなんだろうな」
「NullPointerExceptionの略ですね。プログラム用語で、例外処理なんかの時のメッセージです」
「じゃあ、なんでガッて言うんだ?」
「それは……なんでなんでしょうね……」
「分からんのかい」
「そりゃあ、例外処理に対してガッて意味わかんないじゃないですか」
「まあ、そりゃそうだな」
そんなくだらない事を話しているうちに、列は進む。
「やっぱさ、人多くね?」
「そりゃあ、そう言うお店ですから」
「僕はもう帰りたいよ」
「まったく、堪え性のない人ですね。早漏はモテませんよ?」
「おい、自称美少女」
「客観的事実なんですが⁇」
「じゃあ、百歩譲ってお前が美少女だとして、美少女的には早漏はセーフなん?」
「んー? ギリアウトですかね」
「口を慎めよ、小娘」
「失礼な、サンの一人や二人、簡単に救えますよ」
「節子、それは小僧の方や。あと、そろそろ各方面から怒られそうだから黙ろうな」
そんなやり取りをしているうちに、列も進み僕らの順番がやって来る。
「どれにしますか?」
「うーん、そうだなぁ」
メニューを全体的に見てみるも、如何せん数が多くて悩むところだ。
視線を高速で行ったり来たりをさせているうちに、夏美は既に決めた棟で、こちらの顔を覗き込む。
「大丈夫ですか?」
「え? ああ。ちょうど決めたところだ」
「そうですか」
全く決まっていないのだが、まあいいだろう。それっぽい適当なのを頼めば、万事オッケーだ。
「じゃあ、ガトーショコラクリームと、トッピングでこれとこのフルーツをお願いします」
「こっちは黒蜜抹茶あずきをひとつお願いします」
店員さんは笑顔で注文を聞くと、素早くクレープを作り上げていく。
薄く焼かれた生地から香る香ばしくて甘い匂い、盛り付けられる色とりどりの具材たち。普段そんなに甘いものは食べないのだが、こればかりは見ているだけで随分とお腹が減って来る。
「お待たせいたしました」
渡されたクレープを手に、僕らは早速近くのベンチに腰を下ろす。
「クレープなんて、生まれて初めて食べるわ」
「まあ、女の子がよく食べるイメージありますし、そういう人もいますよね」
「夏美はよく食べるのか?」
「たまに美咲ちゃんと一緒に食べに来ますよ」
「意外だな。出不精だと思ってたから」
「本当に失礼ですね。私だって友達と青春イベントの一つや二つこなしているんで
す。そう言うたっくんはどうなんですか?」
「なにがだよ」
「青春イベントこなしてるんですか?」
「こ、こなして無くても生きてはいけるが⁉」
そう言うと、彼女はニヤリと嫌な笑みを浮かべる。僕はその笑みがどうにも居心地が悪くて、さっと視線をそらした。
「そ、それより、ほら、早く食べよう。うまそうだなぁ」
「こういう時の話題をそらすセンスは、相変わらず壊滅的ですね」
そうも言いながらも、夏美はクレープにかぶりつく。今はこいつの変な優しさが、どうにもありがたい。
僕もクレープにかぶりつくと、すぐに目を丸くする。
「うまい……」
普段甘いものはあまり食べないのだが、そんな僕からしてもなかなかにうまい。さすが人気店というべきなのだろう。味のみならず、見た目もいい。
ただ気になる点があるとすれば、カロリーだろうか。女子という生き物の、甘いものへの執着は目を見張るものがある。
「流石としか言えないな……」
「でしょう?」
「なんでお前が得意げなんだよ」
思わずツッコミを入れると、彼女はむふーと胸を張る。
「私のオススメですから、実質私の手柄です」
「いや、そういうもんじゃねえから」
「え……違うんですか?」
「当たり前だろうが……」
衝撃の事実を告げられたように目を丸くする夏美に、僕はあきれ気味に残ったクレープにかぶりつく。
「そういえばなんだが、お前って友達いたんだな」
「いや、私を何だと思っているんですか……」
「コミュ障、引きこもりゲーマー」
「えへへ、そんな褒めないでくださいよ」
「だから褒めてねぇ」
彼女は嬉しそうに頭をかくので、僕は思わずツッコミを入れる。こいつは相変わらず、どこか感性がおかしい。
「まあ、冗談はさておいて、友達くらいいますよ」
「コミュ障なのに?」
「自分で言うのもなんですが、たっくんと違って顔がいいので人は寄ってくるんです」
「おい、一言余計だったんじゃないか?」
「何の話です?」
自分は何も知らないといわんばかりに白を切る夏美に、僕は抗議の意味を込めて軽くにらみつける。だが、彼女は自分は関係ありませんよと言わんばかりにそっぽを向いた。
「でも、まあたっくんもモテるんじゃないですか? クラスの女子からも一部からは好評みたいですし」
「おい、待て。その話詳しく」
「ダメです」
「なんでだよ。いいじゃん少しくらい」
「嫌です。今は私がたっくんと付き合ってるんです」
「フリだけどな」
「それに、女の子とデート中に他の女の子に興味を示すのはよくないです」
「でも、気になるし……」
「今は私だけを見てください」
「ダメかぁ……」
こうなると、基本的に夏美は折れない。なので諦めるしかないのだが、それでも気になる。だが、意地になっている彼女にこれ以上言っても機嫌が悪くなるだけなので、僕は小さくため息をついた。
「まあ、いいや」
僕はそう言って、クレープを食べ終えた彼女に手を差し伸べる。
夏美は一瞬キョトンとした顔になったが、少しだけ機嫌を直したのか、嬉しそうに手を取った。
僕は繋いだ手を見て、不意に昼休みでの出来事を思い出す。そしてゆっくりと手を繋ぎなおした。
隣から驚きのまなざしが突き刺さる。僕は言い訳をするように早口で口を動かした。
「恋人繋ぎ放課後デートだったろ?」
そう言うと、夏美は朱色に頬を染めて、さっと下を向く。
「たっくんのくせに生意気です。ずるいです」
「なんだよそれ」
抗議の意味を込めて手をにぎにぎと動かすと、くすぐったかったのか、隣からくすくすと笑い声が漏れる。お返しと言わんばかりに握り返された手が、少しだけくすぐったくて、僕も笑ってしまった。
帰宅まで続いた僕らの攻防戦は、どこかくすぐったくて、暖かかった。
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