第3話
「恋人ムーブをしましょう」
「……は?」
昼休み、ライトノベルを読んでいると、不意にそんな言葉で邪魔される。
「なぜに?」
「昨日、美咲ちゃんにも怪しまれたじゃないですか。普通のカップルらしいイベント
消化も大事だと思うんです」
「まあ、確かにそれは否定しないが……。で、一体何をするんだ?」
聞いてみれば、彼女は自信満々に手を出す。
「……なに、お手でもしろって?」
「そうじゃなくて、恋人繋ぎ放課後デートですよ。恋愛シュミレーションゲームとか、ライトノベルの定番じゃないですか。そこで見せつけていくんですよ」
「定番かどうかは知らんが、なるほど一理あるな」
「あと、これもやりましょう」
そう言って、鞄からゴソゴソと何かを取り出すと、自信満々にそれを見せつける。
「……イヤホン?」
「そうです。これもまた定番、イヤホンシェアイベントです」
「ノリノリだな」
「イベントシーンは極力回収したい派なので」
「ゲーム脳ここに極まれり……」
「そんな、褒めたってなにも出ませんよぉ」
「いや、だから褒めてはねぇが⁉ つか、イヤホンシェアなんて今更過ぎないか?」
「まあまあ、そう言わずに。見せつける事こそが、重要なのです」
「まあ、確かに、そうだな?」
僕は差し出されたイヤホンを手に取ると、耳につける。そんなに長いものでもないので、肩を密着させながら、寄り添うように音楽が流れだすのを僕は待った。
直後、耳から男同士の喘ぎ声が響き渡る。思わず顔をしかめると、隣にいた夏美は微動だにせずスマホの再生ボタンを止める。
「すいません、間違えました」
「おい、BL狂い」
「……はい」
「一応弁明を聞こうか?」
「お気に入りフォルダのものを間違えて再生してしまいました」
「どこの世界に野郎同士の喘ぎ声をシェアするカップルがいるんだ?」
「大変申し訳なく思っております」
「二度目はないからな?」
「はい、分かっています」
気を取り直して、彼女はスマホの画面をタップする。そして、流れ出したのは最近話題のアニメのオープニングだった。
このアニメは作画もさることながら、声優にも力が入っている。今期で間違いなく一番と言えるアニメだ。
それにしても、イヤホンのシェアなんて本当に今更な話だった。僕がラノベを読んでいると、よく何かのゲームの音楽を聞けとイヤホンを半ば無理やり耳にねじ込んでくる。
そんな事が日常的なので、今更ときめいたり、ドキドキしたりなんてするはずがなかった。
身長差から、夏美の頭がこつんと肩にぶつかる。そう言えば、こうやってイヤホンのシェアをしたことはなかったな、と不意に思い出す。
いつもなら、こんなに密着するようにイヤホンを付ける事はなかった。右肩から、ほんのりと夏美のぬくもりを感じる。不覚にも何か言いようのない感情が、胸から込み上げた。
視線を彼女の方に向けて見れば、夏美の西端な顔立ちが目に入る。
陶器のように白い肌、光に当たって煌めく睫毛、琥珀色のその瞳が儚げに色めく。
じっと見つめていると、心臓がトクン、トクンと確かな脈を打つ。儚げな彼女の視線と、確かに交わる。
それが何だかこそばゆくて視線を少し下に下げると、彼女の持つ二つの大きなふくらみが視界に入り、思わず顔を背けた。
「痛っ、ちょっと、いきなり顔を離さないでくださいよ。ちょうどサビ前の良いところだったのに……」
「……悪い」
いきなり顔を離してしまった事により、イヤホンが抜けてしまった夏美が不満そうにこちらを見つめる。それから、何かを察したように、にんまりと意地の悪い笑みを浮かべた。
「もしかして、照れちゃいました?」
「うるさいな、そんなんじゃないって」
「本当ですかぁ?」
「ほんと、ちょっと黙ってろ」
何を照れているのだ。そう、これは彼氏のフリ、フリなのだ。こいつにときめくなんて、万が一にもあり得ない。
何度も自分に言い聞かせて、僕は静かに深呼吸をする。
「さっきのは、その……たまたま? 目にゴミが入って驚いただけだ」
「ふふっ。じゃあ、そう言うことにしておいてあげます」
クソッ、完全に笑ってやがる。ここに人目が無ければ、お前なんかに照れるかと大声で訂正できるのだが、如何せんクラスメイト達の視線が痛い。
「あの二人、付き合ってるって噂、本当だったんだね」
「彼氏の方、パッとしないけど初々しくて、ちょっと可愛いかも」
こういう時に限って、噂話がやけに鮮明に耳に入る。きっと夏美にも聞こえていたのだろう。彼女はより一層笑みを深めて、生暖かい目を向けて来る。
屈辱だった。だが、これも限定プラモの為だ。我慢するのだ。我慢だ。
こうして、近年まれにみる屈辱的な昼休みは過ぎ去っていった。
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