第2話

昼休み、いつも通りの学校。いつもと違うところがあれば、ただひとつ。


「卓也氏、なんか注目凄くね?」


そう、教室中の視線が集まっている事だ。


「それにしても、隅に置けませんなぁ。まさか、あのお姫様と付き合うだなんて。卓也氏、一体どうやったんです?」


「……知らないよ。どうしてこうなったかなんて、僕が知りたい」


オタク友達の清水俊也(しみずしゅんや)にそう言うと、僕は静かに頭を抱える。

夏美と僕が付き合いだした。その噂は、光の速度で学校中に広がっていった。正直、夏美の人気度を見誤っていた節はある。


「針の筵ってこういう事を言うんだろうな……」


「そりゃ、こうもなるでしょう。卓也氏は知らないかもしれませんが、お姫様と言えば、他の学校からも注目される美少女ですぞ。うちの学校、ファンクラブもありますし」


「お前はゲーム序盤に出て来る説明役かよ」


「説明や解説が必要なら、某に任せて欲しいでござる」


「今のところ必要とはしてない事だけは確かだな」


「そうでござるか……」


しゅんとする俊也に僕は苦笑しつつも、周りの視線が痛すぎて顔を伏せる。

辛い、辛過ぎてもう笑える。胃の痛みが限界突破しそうだ。こんなことになるなら、安請け合いするべきではなかったと後悔する。


「ねぇ、卓也君」


不意に書けられた声に顔を上げると、そこには夏美がいた。

つくづく思うのだが、学校でのこいつは別人に見える。キラキラしているというのだろうか。人見知りをこじらせているくせに、スクールカースト上位の風格がある。羨ましい事この上ない。

というか、気が付けば俊也が消えていた。あいつの危機察知能力が高すぎる。


「なに?」


「お昼一緒に食べようかなって。友達も一緒だけどいい?」


「構わないけど」


彼女の後ろに控えるは、スクールカート上位のギャルと名高い早藤美咲(はやふじみさき)。正直怖いし、何故夏美にこんな友達がいるのかも謎だ。


「絡み初だよね。私早藤美咲、よろ」

「西村卓也です」


半ば無言で机を合わせると、半分地獄の昼食会が始まる。


「で? で? 二人はいつからピになったん?」


「……ピ?」


「彼氏彼女のことらしいです」


「ああ、なるほど」


やたらテンションが高い。すでに苦手だ。


『で? どこまで言っていいんだ?』


夏美にアイコンタクトを送ると、彼女は少し困ったように眉を顰める。


『どこまでどころか、幼馴染であることすら言っていませんから』


『初歩の初歩すら言ってねえじゃねえか』


もはや手詰まりである。どうしろと言うのだろうか。


「ちょっと、二人の空間作ってないで教えてよ」


僕と夏美は思考する。試行して志向して、出した結論は、成り行きに任せるというどうしようもないものだった。


「昨日の放課後からですよね?」


「あ、ああ……」


「どっちから告ったん?」


「卓也君から?」


「なんでそこ疑問形なん?」


不思議がる早藤さんに、僕と夏美は再びアイコンタクトをする。


『なんつーキラーパスかましてくれてんだ』


『しょうがないじゃないですか。私キャラ的に告白なんてしないですよ』


『それは僕も同じなんだが⁉』


「ねぇ……」


アイコンタクトで会話をしていると、不意に早藤さんが顔を出す。


「二人って、本当に付き合ってるの?」


「「え⁇」」


驚きのあまり、思わずハモッた。それはもう、見事なまでにハモッた。動揺全開である。


「な、何でそう思うんですか?」


「だってさぁ。なーんか、初々しさ? みたいなの無いしさぁ」


「そ、そう言うカップルもいますよ。ね? 卓也君?」


「そ、そうだ。俺たちはもう以心伝心だからな」


「本当かなぁ……」


「それよりもほら、早くお昼食べましょう? 時間もあれですし」


そう言って、僕らはお弁当箱を開く。早藤さんは未だ疑っていたが、このままだと実際時間が無くなるのも事実だったので、仕方がないと言わんばかりに彼女もお弁当を開けた。


お弁当は基本的に自分で作る。理由は簡単で、母が忙しく毎日作れないというのもあってだ。

まあ、基本的に夏美と深夜までゲームをして、その夜食の残りを詰めるだけなので、さほど時間と手間はかからない。いわば残飯処理だ。


夏美の弁当箱に卵焼きと唐揚げを放り込むと、返礼と言わんばかりにプチトマトとアスパラの肉巻きがこっちの弁当箱に放り込まれる。


「「いただきます」」


「ちょっと待ったぁぁぁ」


手を合わせた直後、何故か早藤さんから待ったが掛かる。この人、本当にテンション高いな。疲れないんだろうか。


「何、今の流れるようなおかずシェア」


僕と夏美は顔を見合わせ、首を傾げる。


「何かおかしなところありました?」


「さぁ……」


「さぁ……、じゃないでしょ。何の打ち合わせも無く? テレパシーかよ」


夏美は弁当のおかずだと、卵焼きと唐揚げが好きだ。そしてトマトが苦手。だから、唐揚げと卵焼きは、あればあげるようにしている。そうすると、苦手なトマトと何かしらのおかずがお礼として帰って来るのだ。

いつもの事だと思っていたが、どうやら僕らの行動は間違っていたらしい。


「ほら、私たち以心伝心ですし?」


「……ちょい、無茶あるかなぁ」


疑惑の目は深まるばかり。やはり、全てゲロった方が早いのではないだろうか。そんな事を考える。


「た、たまたまだよ。たまたま。な?」


「え、ええ、たまたま偶然です」


「ホント……?」


視線が痛い。何とかその視線から逃れようと夏美を見てみれば、青ざめた表情で、まるで油の差していない機械のように、ぎこちのない動きをしている。


お前はどれだけ嘘が下手なんだ。ババ抜きだったら一生勝てないぞ。……いや、そういやこいつ、トランプ死ぬほど弱いんだった。


「本当ですよ。ね、卓也君」


「本当だよ、な」


「……今はその言葉を信じてやろう」


一旦は落ち着いたその疑惑の視線に、僕らはほっと胸を撫で下ろす。こうして、胃が痛くなるような昼食会は過ぎ去っていった。

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