幼馴染は偽装カップルの夢を見るか

ミジンコ大戦士

第1話

完璧、それは、彼女のためにあるような言葉だ。


影井夏美(かげいなつみ)。彼女は成績優秀、容姿端麗、人望も厚い。長くよく手入れされた、綺麗な薄茶色の髪。琥珀色の澄んだ瞳に、それを縁取る長い睫毛。形の良い桜色の唇。乳白色の白い肌。


そんな彼女は、その儚げなさから、お姫様なんてあだ名を付けられていたりする。

同じクラスだから特にその噂をよく聞くが、彼女の評判はかなりのものだ。だが、それも学校での話。


「たっくん、それは甘えだと思います。防御など愚劣、攻撃こそが正義なのです」


休日の昼下がり、カーテンを閉め切った部屋で、僕、西村卓也(にしむらたくや)は幼馴染の影井夏美と一緒にゲームをしていた。


「ふざけんな、前回も裸縛りだったじゃん。防御振らないと一撃なんだが⁉」


「当たらなければどうという事はないのです」


「お前はどこのシャアなんだよ。つか、フレーム回避、僕にはできないんだが」


「ふっ、まだまだですね」


カチャカチャとコントローラーを操作するが、すんでのところで回避をミスり、僕のキャラはあえなく散っていく。


僕はコントローラーを投げると、後ろにあるベッドに倒れ込む。

彼女とは幼馴染、と言うか腐れ縁に近い。家が間隣りだし、小さい頃からよく一緒に遊んでいた。泊りなんてゲームで日常茶飯事だし、ベッドなんてほとんど共有物だ。


男女が一つ屋根の下。そんなの、きっと普通の男子ならドキドキとかするんだろうが、こいつに限ってそれはない。


確かに容姿こそ整ってるし、学校での人気も高い。でも、実際は極度のゲーム狂い。放課後も休日も、夜までずっとゲーム。お洒落なんて言葉欠片も無い部屋着。

別に嫌と言うわけではないのだが、少なくとも女子と言う感じはしない。いいところ妹と言ったところか。しかも、それで成績もいいのだから腹が立つ。


「あ、そうだ」


彼女は不意に手を止めて、こちらを向く。


「どうした」


「私たち、付き合いましょう」


「……は?」


脳みそがフリーズする。こいつは一体何を言っているんだ。


「お前、僕の事好きだったの?」


「すす、好き⁉ そ、そうじゃなくて、あくまで、フリです。フリ」


「すまん、話が見えてこないんだが……」


すると彼女はコホンと咳払いをする。


「この前、とある子に私の彼氏を取らないでと怒られちゃって」


「コミュ障のくせに男漁りの趣味があったとは意外だな」


「そんな、人をなんだと思ってるの……」


「ゲーム狂いの狂人?」


「そんな褒めないでよ」


「褒めてねぇ」


 夏美は何故かえへえへと嬉しそうに頭をかく。そんな彼女を見て、俺は小さな溜息を吐いた。


「で? それがなんで付き合うだなんて話になるんだ?」


 話を本題に戻ると、彼女は思い出したように口を開く。


「ああ、それでね。その子の彼氏、私の事が好きとか言って別れちゃったんだって。

そう言うのやだなぁと思って」


「つまりは男避けになれと?」


「簡潔に言うなら、そう言う事。私たち、基本ずっと一緒にいるじゃん? だから、もし付き合ってるってことにすれば、気兼ねなくたっくんと遊べるし、他の男子の恋愛対象からも外れるじゃん? 私って天才」


むんっと胸を張る夏美に、僕は更に溜息を吐いた。


「それ、僕一切得なくない?」


「私と付き合えるんだよ?」


「フリだけどな」


「いいじゃん。来週のお一人様一つの限定プラモ、付き合うし」


「……まあ、それならいいけどさ。でも、そもそもな話、僕じゃ無理じゃない?」


幼馴染の頼みだ。出来る事なら力になってやりたい。だが、僕に恋人のフリなど出来るのだろうか。

結論としては無理だ。


「どうしてよ」


「僕の教室の立ち位置を考えても見てくれ。どう考えてもモブぞ? 男避けにすらならんぞ?」


「大丈夫だよ、何とかなるって。それとも、誰か好きな子でもいるの?」


「いや、いないけどさ……。まあ、いいか」


一抹の不安を抱えながらも、何とかなるだろうと、そんな事を考えていた。この時までは。

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