第25話

ビルの下に降り立つと、魂の姿がはっきり見えた。

――男だ。

年齢は二十代後半くらいか?

スーツ姿のまま、ぼんやりと宙を見つめている。

「……おい、お前」

オレが声をかけても、男の魂は反応しない。

魂ってのは、死後すぐに自分が死んだことを理解できるやつと、そうじゃねぇやつがいる。

この男は、明らかに後者だな。

「ヴェスペル、これどーすんの?」

「とりあえず、話聞くしかねぇな...聞けるかわかんねぇけど」

オレは男の前に立ち、もう一度ゆっくりと声をかけた。

「お前、何してんだ?」

すると、男の魂がピクリと動いた。

ゆっくりと、焦点の合わない目がオレを見つめる。

「……帰らなきゃ……」

「帰る?」

「……あぁ、まだ……仕事がある……帰らなきゃ……」

――あぁ、これは。

オレはミラージュと目を合わせ、軽く肩をすくめる。

「未練が仕事って、どんだけ社畜だよ。」

「うわぁ……」

ミラージュが露骨に嫌そうな顔をする。

「お兄さん、もう死んでんだから帰る必要ないぞ~?」

「……そんなこと、ない……」

「いやあるから。私たち死神だから」

男の魂は、それでもブツブツと呟き続ける。

……なるほどな。

こいつ、死んだことを理解してねぇわけじゃない。

"理解したくねぇ"んだ。

多分、死ぬ直前まで仕事漬けで、それがすべてだったんだろう。

だから、"まだ終わってない"っていう感覚が残ってる。

でもな――。

「悪いけど、お前はもう帰れねぇよ」

オレは男の肩に手を置く。

「お前の仕事は、もう終わったんだ」

「……でも……」

「でもじゃねぇよ。いい加減、休め」

男は――少しの間、呆然としていた。

そして、やがて力なく目を閉じる。

「……休めるの、かな……」

「休めるさ」

オレがそう言うと、魂の輪郭が徐々にぼやけていく。

もう未練はねぇ。

「お疲れさん」

最後にそう呟いて、オレはそっと男の魂を回収した。

仕事漬けで終わった人生、幸せだったのかはわからねぇけど――せめて、もう働かなくていいようにしてやるよ。

「……終わったな」

「うん、社畜ってすごいね……」

ミラージュは複雑そうにため息をついた。

「で、ダルク先輩?」

オレは屋上を見上げる。

さっきまでダルク先輩がいた場所には、もう誰もいなかった。

「……あの野郎、またどっか行きやがったな」

「まーたサボってんじゃない?」

「……だな」

オレとミラージュは顔を見合わせ、軽く笑いながら夜の街へ飛び立った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る