第14話

オレたち死神は、人間からはめちゃくちゃ怖がられる。

そりゃそうだろう。

黒いローブをまとって、鎌を持って、無表情で魂を回収する存在。

「死神が見えたら死の宣告」

「目を合わせたら魂を刈られる」

そんな話を、人間たちは勝手に作ってる。

でもな――。

オレらだって、怖いもんはあるんだよ。


その日、オレはある廃屋に回収に向かった。

「この場所にある魂を回収しろ」

そういう指示が来たから、いつも通り行っただけだった。

けど――その時、足を踏み入れた瞬間に直感した。

ここはヤバい。

空気が重い。

暗闇が異様に濃い。

何より、"魂の気配"が、おかしい。

……いや、これは本当に"魂"か?

人間が死んだ時に出る、普通の魂の感触じゃない。

もっと……底の知れない、禍々しい何かが、そこに"居る"。

「…………」

オレは慎重に歩を進め、ボロボロの畳が敷かれた部屋の前に立った。

ふすまの向こうから、何かの気配がする。


"開けるな"


オレの中の何かが、そう警告していた。

でも――魂の回収をしなきゃならねぇ。

意を決して、そっとふすまに手をかける。

――スパンッ。

開いた瞬間。

そこには、人間の形をしている"何か"がいた。

でも、そいつは明らかに普通の魂じゃなかった。

真っ黒な影のような体。

悪霊とは全く違う気配。

ただ、確実にオレを"見ている"とわかる、得体の知れない存在。

――やべぇな。

これ、本当に"回収すべき魂"か?

直感が、ゴリゴリに警鐘を鳴らしている。

でも、ここで引くのも死神のプライドに関わる。

「……お前、死者か?」

静かに問いかける。

そいつは――ゆっくりと、"口のようなもの"を開いた。

そして。

「……ちがう……」

ぞくっと、背中に冷たいものが走る。

なんだこいつ。

"違う"って、何が?

オレは反射的にローブの中に手を突っ込んだ。

"死神の鎌"――普通の魂回収ならほぼ必要ないけど、もし戦うことになったら、これしかねぇ。

でも、その時――。

「……しにかみ……おまえも……」

影が、不気味に揺れる。

そして――。

「いっ  しょに な ろう  よ」

――オレは、背筋が凍りついた。

それは、今まで回収したどんな悪霊とも違う。

魂が濁った悪霊でもなく、迷って成仏できない幽霊でもない。

もっと……もっと別の何か。

――"死神を引きずり込もうとする"

「……冗談じゃねぇ」

オレは即座に鎌を抜いて、叩きつける。

バチィッ!!

瞬間、黒い影が弾かれるように揺らめいた。

ただ――完全には消えねぇ。

「……チッ」

これ以上はヤバい。

オレはすぐに回れ右して、廃屋の外へ飛び出した。

その瞬間――。

後ろから、*アハハハハハハハ*と、楽しげな笑い声が響いた。

オレは絶対に振り返らず、その場を後にした。


結局、あの廃屋の"魂"は回収しなかった。

……いや、回収できなかった。

上の奴らには職務怠慢だって怒られたけど...無理じゃん?


後日、ダルク先輩にその話をしたら、珍しく真剣な顔でこう言われた。

「……お前、運が良かったな」

「は?」

「"それ"は、たまにいる。"何か"だ」

――何かって何だったんだよ。

オレが聞いても、ダルク先輩はそれ以上は教えてくれなかった。

ただ、最後にこう言った。

「死神だって、たまに"食われる"んだよ」

――それを聞いて、オレはゾッとした。

人間たちはオレたちを"死の象徴"として恐れる。

でも――オレたちだって、怖いもんはあるんだ。

この仕事をしてる限り、いつかまた"アレ"に出会うかもしれねぇ。

……その時、オレは無事でいられるんだろうか。

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