第11話

視界が歪んで、ぐるぐると回る感覚。


薄暗い部屋。

空気がどんよりと重い。

そして――聞こえてくる、女のか細い声。

「痛い…もう嫌だ……」

耳に直接響くような、怯えと絶望に満ちた言葉。

オレは思わず眉をひそめた。

これ……まさか。

視線を向けると、そこには痩せこけた女がいた。

床にうずくまり、細い肩を震わせている。

顔は見えねぇ。

でも、直感でわかる。

こいつが、さっきの魂の本体。

――でも…こいつ、まだ死んでねぇのか?

その時、ドアの向こうから、ズシズシと重い足音が響いた。

「……っ!」

女の体がビクッと跳ねる。

「……おい、また泣いてんのか?」

低く、ねっとりとした男の声。

そして――バシンッ! という乾いた音。

「っ……!!」

女の体がはじかれるように床に倒れた。

けど、声を上げない。

慣れてんのか? それとも、もう声を出す気力すらねぇのか?

オレの胸の奥が、何とも言えねぇ嫌な感じでザワついた。

「はぁ……はぁ……」

床に這いつくばる女の呼吸が荒くなる。

苦しそうに、喉を押さえる。

目の焦点が合ってねぇ。

――あぁ、ダメだ。

こいつ、何度もこうやって暴力を受け続けて、ついに心が壊れかけてんだ。

だから、魂だけが耐えきれずに"抜け出した"。

これは、生き霊――"まだ死んでねぇ魂"だ。

つまり、あの神社にいたのは、こいつの"魂だけ"ってことか。

オレは一気に現実に引き戻された。

「――っ、は!」

気がつくと、オレはまた神社の境内に立っていた。

目の前には、さっきの女の魂――生き霊。

「……お前、まだ死んでねぇぞ」

そう呟くと、女の魂はぼんやりとオレを見つめた。

オレの言葉が、理解できてるのかどうかもわからねぇ。

でも――どうする?

このまま放っといたら、こいつ、遅かれ早かれ本当に死ぬ。

で、その時には間違いなく悪霊になる。

……くそ、こんなの、オレの仕事の範囲外だろ。

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