04 バラバラなクラス







 "AIさがし"は、日に日に加熱していった。


 テレビやネットニュースでもたびたび取り上げられるようになり、校門前に集まる記者は20人、30人と増えていった。とうとう、学校側が校門に警備員を立たせた。

 しかし、学校も政府も、AIに関しては「そんな事実はない」「事実確認中」と最初に発表したのみで、続報はない。


 生徒たちの間でも、みんな日課のように「あいつがAIかも」と話し合っていた。だれかが作った『AI候補者リスト』なんてものも、裏で出回っているらしい。

 あっちこっちで"AIさがし"が白熱するなか、学校は体育祭の準備に突入した。


「女子全員の競技とかあるんだ……」

「うわ、ムカデ競争? 練習にすら来なさそうだな、うちのクラスの女子」

「だよね~……」


 委員会の集まりを終えて、体育委員の日奈と渡は、体育祭の競技種目を見ながらため息をついた。

 特進科は30人の少数精鋭で、他のクラスよりも人数が少ない。

 1学期の球技大会では、出場予定の生徒が試合会場に来ないなど、試合にすらならなかった。


 そんな、ただでさえ個人主義なA組。

 さらに今回の"AIさがし"のせいで、クラスはまとまるどころかバラバラになりかけていた。


「渡、佐倉! ちょっといいか」

「なんスか、越智先生」


 廊下で2人を呼び止めたのは、担任の越智先生。

 ゴツい見た目をしているが、生物を担当している。


「あのな、どんな手を使ってもいいから、今回の体育祭はクラス全員参加させろ」

「は? どういうこと?」


 なぜかコソコソと小さな声で話す越智先生に、渡は眉を寄せた。


「先生の学生時代は、学校行事では一致団結したもんだ。みんなでお揃いのTシャツ作ったりして……」

「出た出た、令和懐古厨」

「人を過去の遺物みたいに言うなよ、渡」


 越智先生は、いわゆる“令和世代”。

 ICT教育の始まりの頃の世代で、学校行事への向き合い方も今とはだいぶ違っていたようだ。


「とにかく、しっかり練習してB組には勝つぞ」


 そう言って2人の肩をポンと叩くと、越智先生は行ってしまった。


「さてはB組の担任と賭けでもしてるな」

「あはは……」


 特進科であるA組に対し、B組は普通科の選抜クラス。つまり、2番目に学力が上位のクラスとなる。

 B組の生徒はA組をライバル視……というか、毛嫌いしていることが多い。

 成績はそこまで変わらないのに、特進科というだけでなにかと優遇されることが多いからだろう。

 そういう背景を知ってか知らずか、担任教師同士も違う意味で張り合っている様子だ。







「今日のA組のグラウンド使用時間は、16時からの40分です! 帰らず、残っていてくださいー!」


 放課後、渡がクラスメイトに呼びかける。

 体育祭までの放課後、各クラスにグラウンド使用の練習時間が割り当てられている。

 事前にアナウンスはしていたものの、クラスメイトは「マジかー」「今日塾なんだけど」と不満の声をあげる。渡と日奈が予想していた通りだった。


 そんななか日奈は、騒がしい教室からコソコソと出ていく女子を見つけ、その後ろを追いかけた。


品田しなださん、瀬名さん! 今日、残れない……かな?」

「げ、バレたか」


 品田しなだ亜由里あゆりと、瀬名真白だった。1学期の球技大会をサボった2人だ。

 亜由里は困ったように頭を掻く。


「これって強制? 行かなきゃダメ?」

「きょ、強制ではないんだけど……」


 当然、2人を強制的に参加させることはできない。

 だからこそ球技大会の時は、『やりたくないなら無理に誘わなくていいや』と思い、日奈は声すらかけなかった。


「あんまクラスに仲いいヤツいないし、モチベも低いっつーか……ムカデ競争は特にイヤっつーか……」

「あたしはフツーに運動苦手。こういう熱いのも苦手」


 亜由里は、令和ギャルをリスペクトする、A組唯一のギャル系女子。

 申し訳なさそうに言葉を並べる亜由里に対し、瀬名は表情を変えず静かに言い放つ。


 2人は派手な見た目もあいまってか、あまりクラスに馴染んでいるとは言えなかった。

 とくに瀬名は、AIロボットではないかと疑われたことで、これまで以上にクラスメイトに対して壁をつくっている様子だった。


「他のやつらも、あんまやる気なさそうだしさ」

「で、でも、なんだかんだ全員揃ったらちゃんとやろうって空気だとは……思う!」

「まぁ、みんなマジメだしな。うちらと違って」


 食い下がってはみるものの、亜由里はやはり練習に参加する気はないようだ。

 しかたなく、日奈は奥の手を突きつける。


「全員参加したら、越智先生が打ち上げでジュース奢ってくれるって」

「え、マジ?」

「順位がよかったら、ピザとチキンもつけるって」


 越智先生は、『どんな手を使ってもいいから』と言っていた。

 これくらいは、セーフだろう。


「マジかよ! うち行くわ!」

「え、うそ」


 打ち上げ作戦で、亜由里が落ちた。驚いた様子で、瀬名が声をあげる。


「ほら、瀬名っちも行くぞ」

「いや、マジでヤなんだけど~……」


 亜由里が促すものの、瀬名は本気で嫌そうだった。


「とりあえず今日だけ、どう? ついていけなかったらゆっくり走ってもいいし、みんなで合わせる練習だけでも」


 日奈が言うと、瀬名は渋々頷いた。







「すごい、日奈! ふたり連れてきた!」


 3人がジャージに着替えてグラウンドに降りるとすでに、学級委員の葵衣が主導となって練習を進めてくれていた。


「ピザ……じゃねぇや、佐倉っちの熱い想いに根負けした。みなさん、待たせてすんません」

「アタシほんとに運動苦手だし、足引っ張るよ。ゴメンね」


 亜由里と瀬名が続けざまに謝ると、待っていた女子生徒たちは「とんでもない」といった様子で手を振る。


「運動苦手なのに来てくれてありがとー」

「やりたくない気持ちもわかるし、この時間だけメリハリつけてがんばろ!」

「そうそう。練習終わったら、明日の課題みんなで片付けてもいいし!」


 女子たちの言葉に、亜由里は拝むように両手を合わせた。


「天使かよ、みんな……! 自己チューしてほんとすんません……!」


 亜由里が謝ると、女子生徒は「まだ時間あるし、気にしないで~」とフォローを入れる。


「おー、女子全員揃ったの? すげぇじゃん」


 声をかけてきたのは、男子体育委員の渡。男子も騎馬戦のチーム分けが済んだようで、騎馬を組む練習をしていた。


「品田、『ムカデ番長』の意地見せろよ~」

「おい渡、言うなよ!」


 渡と亜由里の会話に、葵衣が「なにそれ?」と口を挟む。


「品田さ、中3のムカデ競争で先頭立って、ぶっちぎりの1位だったんだよ。早すぎてしばらく『ムカデ番長』って呼ばれてて」

「だからヤダったんだよ、ムカデ競争は……!」


 渡と亜由里は、同じ中学だったようだ。

 亜由里が練習に拒否的だったのは、競技自体にも問題があったのだと、日奈は納得する。


「まぁ……一旦、ガチでやってみようか? 並び順は? まさか出席番号順とか言わないよな?」


 渡に過去をバラされて吹っ切れたのか、ムカデ競争の列を見ながら亜由里は腕を組んだ。

 亜由里が練習を引っ張ってくれそうだったので、日奈もほっと胸をなでおろす。

 渡は「それはいいとして……」と、キョロキョロと周囲を見回した。


「佐倉、鈴鹿見なかった?」

「見てない。いないの?」

「そう。あいつ騎馬やってほしいんだけどな、背高いし」


 たしかに、渡を含め男子3人は、騎馬を組まずに練習を眺めているだけだった。

 紘斗がいないために、騎馬を組むことができないのだろう。


「わたし、居場所わかるかも。探してきていい?」

「マジか! 頼む!」


 女子の練習は亜由里と葵衣に任せて、日奈はグラウンドを後にした。






 日奈が向かった先は、南校舎と北校舎をつなぐ2階の渡り廊下。

 そこからは、南校舎1階にある第1音楽準備室の様子が見える。

 覗きの趣味はないけれど、以前、たまたまここから紘斗の姿を見かけたのだ。


「あれ、今日はいない。……けど、鞄はある……?」


 音楽準備室の床には、学生鞄が無造作に投げ出されていた。

 鞄の持ち手にヘッドホンが引っかかっている。恐らく、紘斗のものだろう。


(戻るかもしれないし、ちょっと待ってようかな)


 音楽準備室の隣の音楽室では、合唱部が練習をしている。

 心地よい歌声に引き寄せられるように、ふと音楽室の方に目をやると―――


「えっ」


 音楽室の窓際に置かれた、黒いグランドピアノ。

 その前で伴奏をしていたのは―――鈴鹿紘斗だった。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る