第10話 蘇りし亡骸 (2)
─これ、もしかして、何かの儀式だったのか⋯?
そう思った瞬間、声が響いた。
『ようやく、忌まわしき封印から解き放たれたか』
それは静かで、底から響くような重圧感のある声。
『余を打ち倒した、賢者よ。封印からの解放、感謝の証に褒美をくれてやる』
─は?待って⋯賢者?封印?解放?褒美?⋯は?⋯何?
ジンの困惑をよそに、眼前の人物が痙攣し、大きく体を跳ね上げた。
直後、その体から圧倒的な負の力が溢れ出す何かが浮上した。それは、濃密な瘴気となり、狂気を孕んだ闇そのものが形を成したような存在へと変貌。
そして、その異形の存在が、ジンの内へと侵食していく。
全身を稲妻が駆け巡り、神経を焼き切るような激痛が、絶え間なく襲いかかる。肉体が内側から蝕まれ、耐え難い苦しみがジンを襲う。
耐えきれず、ジンは激しく嘔吐した。体を打ちつけ、もがき苦しむ。
『使いこなせ』
─な、んなんだ、よ⋯!
苦痛に歪むジンの言葉に、返答はない。しかし、直後、彼の体は急速に癒え始めた。
干からび、ひび割れた皮膚が、みるみるうちに潤いを帯びる。
骨と皮ばかりだった細い腕に、ゆっくりと肉が盛り上がった。
「⋯意味わかん⋯ッ!声が!声が戻った!」
ジンは飛び跳ねる。ミイラの体から普通の人間の姿形に戻ったことに心底安堵する。
「⋯さっきのヤバイ奴に何かされたのはビビったけど、人間に戻れたのはマジで嬉しい」
ジンは直ぐ側に転がる人物を見た。そして瞠目した。
その人物はミイラと化していた。
「褒美をくれてやる。そう言ってたな。あの感じだと元々この人に何かしらがあって、それが俺に移ったってこと⋯か?」
だとすると、辻褄が合う気がする。
ジンは能力を開示した。そして言葉を失う。
【属性】
【聖】【陽】【闇】【陰】【瘴】【霊】
【異能】
【信仰】
敬う絶対的支配者から加護を得る。また信仰を受ける場合、加護を得る。
【奇跡】
自己に幸運をもたらす。
【瞑想】
疲労及び魔素の回復を促進させる。
【魔導】
呪文詠唱の短縮・使用魔素量半減・魔力感知・害魔力抵抗。
【解析】
視認及び接触したものの性質・状態を知覚する。
【動死体】
個体名シャナはアンデッドである。無疲労・無痛覚。
【精神異常無効】
精神に及ぼす害を無効化する。
【霊力】
霊体の視認を可能とする。霊体に接触が可能。属性に霊を付与。
【原初〈灰〉】
〈原初召喚〉
【使徒能力】
〈使徒領域【瘴気】〉任意で周囲に精神異常を与える。・死者を傀儡させることが可能。
〈情報封鎖〉
自己及び対象の情報を異能による看破を防ぐ。
〈超再生〉
魔素を消費することで負傷・欠落部位を復元する。
食い入るように自分の能力を見たジンはようやく口を開いた。
「⋯何だ⋯この量の異能は」
気になる点が多すぎる。
動死体⋯今の俺の状態の事だ。体は人間のようになったけど、それでも死人であることは変わらないらしい。
そして、個体名シャナ。
「誰だよ。シャナって。⋯もしかして、この体の持ち主がシャナ?それしか考えられねぇ。と、なると今の俺は?」
ああああああああ!とジンは頭を抱えた。
「なに、つまり俺は死んだあとこのシャナって奴の体に生まれ変わったってことなのか?」
これが俗に言う転生ってモノなのだろうか?
人の体に宿る。死んでいる体とはいえ非常に気持ちが悪い。
しかし、もう起きてしまってることだ。嘆いてもなにも始まらない。気持ちを切り替えて話を戻す。
属性が六つ。普通固体が神の祝福によって与えられるのは多くて三つまでと聞く。聖と陽、闇と陰の違いはよく分からないが上位の属性。霊は希少だと聞く。瘴は恐らく原初に関する物だろう。
「⋯原初」
そう、原初だ。はっきり言って分からない。
言葉の意味を紐解くとするなら単純に始まりだ。
つまり古代の力を得たということになる。こんなあっさりと?
使徒という単語もわからない。しかし、能力をみる限り強力なところ。特別な存在なのだろう。
原初と使徒は繋がっている。
原初召喚⋯?
ふと、先ほどの出来事を思い出す。
─褒美をくれてやる。
─使いこなせ。
「─まさか、さっきのが原初って奴か?⋯そして、その力を宿した俺が使徒ってことになるのか⋯?」
意識が覚醒するや否や、怒涛の如く押し寄せる現実。
ジンは嘆息した。原初の力を得て使徒となった。そう自己解釈し、今は残された謎と向き合うことにした。
水晶体を囲むように配置された棺桶だ。
間違いなく、この中に眠っているのは故人だ。
それは、おそらく、この体──シャナの仲間たち。そして、原初の主が口にした封印と深く関わる者たち。
「力を得た今なら、蘇らせることができるかもしれない」
ジンは適当に選んだ一つの棺桶に近づいた。
結晶体が砕け散ったおかげで、棺桶を拘束していた鎖は解けている。
ジンは、躊躇なく棺桶の蓋を開いた。
目に飛び込んできたのは、煤けた黒を基調とした、絢爛豪華なゴシック調の衣装。
複雑な刺繍が施され、ふんだんに散りばめられた煌びやかな宝石。
幾重にも重なるレースやフリルが、朽ち果てた体を覆い隠している。
ミイラ化しており、性別は判別できない。しかし、長く美しい紫色の髪と、豪奢なドレスから察するに、女性だろう。
当然、息はしていない。
「今は闇の属性を持っている。これで回復魔術が成功すれば」
そもそも、神聖魔術を闇の属性で行使できるのか?疑問が頭をよぎるが、ジンは物は試しと魔導書を片手に魔術を行使した。
濃紫の魔法陣が浮かび上がり、怪しい燐光が舞う。
すると、光は目の前のミイラを包み込んだ。
ミイラがぴくりと動いた。
「⋯⋯成功したか?」
どうやら、闇の属性でも神聖魔術を行使出来るようだ。
神聖の概念が砕けてしまったが。今は喜ぶべきだ。
魔術がかけられた体は、みるみるうちに肉付きを取り戻していく。
くすんだ皮膚は潤いを生み、真珠のように白く滑らかな肌へと昇華する。
熟した果実のように潤いを湛え、艶めく唇は、見る者を惹きつけてやまない。
長い睫毛が震え、ゆっくりと瞼が開いた。紫紺の瞳が、ジンを射抜く。
「⋯⋯しゃ、シャナさん?」
開口一番、彼女は眠たそうに瞼を擦り、シャナの名を口にし、首を傾げた。
そして、すぐに何かを思い出したかのように険しい表情になり、棺桶から飛び出し、凄まじい速さで水晶体があった方へ駆け出した。
「ちょっ!」
ジンは驚きの声を上げ、彼女を追いかけた。
「これは⋯」
水晶体の残骸を見て、彼女は驚愕した様子を見せる。
「シャナさん。これは一体、どういうことなのでしょうか?」
地面に転がる人物を見つめながら、彼女はジンに問いかけた。
どう答えたらいいのか分からず、ジンが言葉に詰まっていると、彼女は続けた。
「何故。何故、私たちが命を賭して施した封印が崩壊しているのでしょうか?そもそも、何故、私然り、貴方は封印の要から外されているのでしょうか?」
内心は焦っているのだろう。冷静な口調を装っているが、まくし立てる言葉の端々に焦燥感が滲み出ている。
彼女は、鋭い視線をジンに向ける。
どうしたものか⋯。ジンは狼狽える。正直、何もかもが分からないことだらけだ。
「⋯ごめん。何も分からないんだ」
彼女は怪訝そうに眉を顰めた。
「そ、その⋯。今、起きていることが何も分からないんだ。あんたが言っている封印だとか⋯」
砕け散った水晶体の破片を見て、ジンは言う。
「いや、それっぽいな⋯とは思ったけどさ。あと⋯あんたのことも、俺のことも」
話の途中、「あんたのことも」という言葉に、彼女は眉をぴくりと動かした。
「それは⋯つまり」
言いづらそうに、彼女は続ける。
「記憶がないと?」
ジンは顔を歪めた。実際のところ、前世の記憶はある。しかし、シャナという者の記憶はない。
そう、記憶がないというのは、間違ってはいない。
ジンは何も言わず頷いた。
彼女は悲痛な表情を見せる。
それにジンは申し訳なくなる。
女性にこんな顔をさせるなんて、なんで!シャナの記憶を引き継いでないんだよ!と嘆きたくなる。
ここで、実はシャナではないんだと告白するのも絶対に出来ない。
「⋯あぁ、でも言えることは、ある」
痛ましい彼女の姿に、何か言わなければと思った時、ジンは、彼女に伝えなければならないことがあると悟った。
今、この現状を一番気にしているであろう彼女に、伝えなければならないことがあると。
ジンは、自身に起きたことの顛末を語り始めた。
ジンは、起きた出来事の顛末を語った。
突然、意識が目覚めてしまったこと。封印を壊してしまったこと。そして、原初の力を得たこと。
要約すれば、わずかこれだけの内容だ。
言葉にできないことが多すぎて、どうしても端折らざるを得なかった。
冷徹そうな彼女は、ジンの拙い説明に唖然とした表情を見せる。納得しかねている様子は明らかだった。
「ええと、反芻します」
そう言うと彼女は一度、間を置いてから確認するように口を開いた。
「意識を取り戻した貴方は、封印術式の要であったにも関わらず棺から抜け出し、そのまま封印を破壊。そして、封印されていた使徒が保有していた原初の力を簒奪。さらに、得た力を用いて私を蘇らせた─つまり、そういうことでしょうか?」
少し引っかかる箇所はあるが、概ね間違ってはいない。
ジンは、ぎこちなく頷いた。
「それにしても、随分と大胆なことをしましたね。
命を犠牲にして白の原初が作り上げた封印をたった一人で解こうとするなんて。
⋯記憶を失っていたのですから無理もないですね。
でも、貴方が無事でいてくれて良かった⋯本当に」
彼女が話し出すと、どうやら止まらないようだった。
あるいは、こんな状況だからこそ、口にしておきたかったのかもしれない。
だが、ジンに向けられた憐れみの表情が、彼の心に痛みを走らせた。
「⋯いいのか? それで」
「ええ。こうして、無事でいてくれたことが何よりですから」
彼女は小さく微笑んだ。
自分は、彼女が想っているシャナではない。
そうわかっているのに、彼女の言葉は温かくて優しすぎた。
まるで、自分の正体に気づいていない子供を騙しているような、そんな後ろめたさが胸を締め付ける。
「⋯他にも聞きたい事がある。質問してもいいか?」
「ええ、もちろん」
ジンは、彼女の言葉の中で気になった部分を問いただすことにした。
「俺が記憶を失って壊してしまった封印についてなんだけど⋯事の顛末を詳しく教えてくれないか」
シャナという存在を受け継いでしまった今、それを知る責任がある。
彼女は頷き「少し長くなりますが」と真剣な表情で語り始める。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます