第9話 蘇りし亡骸
そこは、ユウキたちが拠点とするウルカディアから遥か遠く離れた場所。
ユウキが霊になったその時に時間は遡る。
生命の息吹が途絶えた殺風景な大地。幾重にも重なる魔力の領域が、異様な静寂を支配していた。
─ッ!?
意識が目覚めた時、ジンは暗闇の中にいた。身じろぎすれば、鈍い衝撃が体を打ち、鈍い音が響く。
「─ッ!⋯─。〜!?」
声の調子が可笑しい。
発声器官が悲鳴を上げているかのような、掠れた声。まるで、末期の老人のようだ。
それよりも、ジンは自身が何かに閉じ込められている事に気づく。狭い空間で体を動かすたび、硬い壁に阻まれている。
─どういうことだ!?どういうことだ!?
─俺はどこにいる!?
ジンは奇声を上げながら壁を叩き続けた。しかし、返ってくるのは鈍い衝撃と、空虚な反響だけ。
─誰か、助けてくれ⋯!
すると、必死の願いが届いたのか、壁が軋む音と共に、金属が落下する音がした。
ジンを閉じ込めていたのは何かの箱だったらしい。その蓋が、ようやく開いた。
しかし、必死にもがいていたジンは、蓋が開いたことに気づかず、勢い余って棺桶から転がり落ちてしまう。
転倒したまま顔を上げたジンは、目の前の光景に息を呑んだ。
そこは、先程までの暗闇とは対照的な、眩いほどの白い世界。
地面には、異様な光を放つ神聖文字のようなものが、不気味なほどびっしりと刻まれている。
奥には、強烈な光を放つ何かが圧倒的な光を放っていた。
それを取り囲むように点在する棺桶。それらは、白い鎖で厳重に拘束され、鎖は光を放つ物体へと伸びている。
─棺桶⋯?鎖⋯?何が起こっているんだ?
ジンは背後を振り返る。そこにも、先程まで自身が閉じ込められていたものと同じ棺桶があった。そして、やはり白い鎖が垂れ下がっている。
─全く意味が分からねぇ。⋯俺は、あの棺桶に閉じ込められていたのか?
混乱するジンは頭を抱えた。そして、自身の体に違和感を覚えた。
肌に触れる感覚がない。手を見ると、土気色に変色し、光沢を失っている。
「─ッ!?──ッ!!」
皮膚はひび割れ、深い皺が刻まれている。
頭に手をやると、くすんだ緑色の髪が抜け落ちた。
腕は信じられないほど細く、衝撃を与えれば容易く砕けそうだ。
舐めるように自分の体を見た。
聖職者が身に纏うような衣類を着ている。指に緑の光沢を持った指輪が嵌められている。
ペタペタ体に触れる。どこもかしこも薄い肉付きで角ばり、皮を引っ張れば今にも引きちぎれそう。
─まるで、ミイラ、だ。
得体の知れない恐怖に、ジンはただ発狂することしか出来なかった。
─そういえば、俺は死んだのか
叫び疲れ、ようやく冷静さを取り戻したジンは、死の瞬間の光景を思い出す。
ユウキとルーシィが怪物を引きつけたが、すぐに倒れてしまった。残されたジンとナユキも、逃れる術はなかった。
─まさか、ここは死後の世界なのか⋯?この白い世界は、神聖な何かを感じる
天国はもっと楽園のような場所だと思っていたが、現実はそうでもないみたいだ。
律儀に棺桶まで用意されている。
─いや、天界で棺桶など用意するものか⋯?それに、棺桶の数は七つ。俺たちは四人だったはずだ
白い世界、数の多い棺桶、鎖、地面に刻まれた文字。謎が多すぎる。
しかし、考えるには情報が少なすぎる。ジンは、現状を把握するため、腰を上げた。
─正直、見て見ぬふりをして逃げ出したい⋯。今の姿は醜いし、もしここが天界でなかったら、酷い目に遭いそうだ⋯
人里に下りた瞬間頭を撃ち抜かれそう。
ジンは歯をカタカタ鳴らしながら自嘲する。
─まずは、自分を閉じ込めていた棺桶から
ジンは棺桶に近づいた。装飾のない、白い棺桶。その中には、汚れ一つない厚い本が一冊あった。魔導書のようにも、聖書のようにも見える。
その本を手に取り、最初のページをめくる。
─見慣れない文字なのに、読める⋯。気味が悪いな⋯。ええと、神聖魔術⋯?
本には、神聖魔術の導きが記されていた。
─この衣装といい、この本といい、まるで聖職者じゃないか
さらにページをめくると、ジンは一つの記述に目を留めた。
─神聖回復魔術⋯?もしかしたら、このボロボロの体をどうにかできるかもしれない
藁にも縋る思いで、ジンは記述に従い魔術を行使する。
しかし、直後、全身を激痛が襲う。ジンは悲鳴を上げ、魔術を中断した。
─どういうことだ!?回復魔術じゃないのか!?どういうことなんだよ!?
意識が遠のきそうだ。回復魔術で自滅など、冗談ではない。
─棺桶、脆弱な肉体、回復魔術が通用しない。まさか、俺は⋯。
ジンは、ようやく状況を理解した。
─まさか、俺は⋯アンデッドになってしまったのか?ふざけんな!受け入れたくない!認めたくもねぇ!こんな体で、これからどうすればいいんだよ!?
また嘆きに嘆いた。絶望的な事実に打ちひしがれながらも、ジンは気持ちを切り替える。
残された謎を解き明かすしかない。
棺桶に巻かれていた白い鎖は、今は地面に落ちている。手に取ってみようか。
しかし、触れるとまた酷い目に遭いそうだ。
─鎖が伸びている方向へ行ってみるか
ジンは、鎖が示す方向へと歩き出した。進むにつれて光の圧力を感じ、全身に熱が奔る。
─もう、何をやっても駄目じゃねぇか。
ジンは心底うんざりする。
それでも、前に進むしかなかった。進めば何か得られるものがある気がした。冒険者として培った勘が、そう告げていた。
しかし、朽ちかけた体は、一歩進むごとに悲鳴を上げる。灰になり、消えてしまいそうだ。
引き返そう。
何度もそう思った。しかし、引き返したところで、何も得られない。
光の圧力に抗いながら、ようやくジンは、強烈な光を放つ要因のもとに辿り着いた。
それは、七つの鎖で過剰に拘束された、巨大な水晶体だった。
周囲を圧迫するほどの眩い光は、見る者の意識を奪いそうだ。しかし、同時に、抗いがたい魅力でジンを惹きつける。
ジンは、固唾を飲み込み、それに吸い込まれるように手を伸ばした。
─ッ!?ヤバイ!
水晶体に触れた瞬間、手のひらが水面に沈むように、水晶体の中に引きずり込まれていく。
─マズイ!本当に呑み込まれる!
必死に抵抗するも、抗えない。意識を覚ましたら棺桶に閉じ込められていて、アンデッドになっていて、挙句の果てにこれだ。
─こんなところで、終わりたくないッ!
その時、指先に何かが触れた。それが何なのか、ジンには分からない。しかし、直感的に、それを壊せば状況を打開できると感じた。これさえ壊してしまえば。
─そうか、壊せばいい!
ジンは、体内の魔素を指先に集中させ、全力で魔力を放出した。
ありえないほどの魔力の流れを感じる。自分にこんな魔力があるだなんて思いもしなかった。
生を渇望する者は死に際に秘められた力を解放すると、よくあるが。こういう事なのだろうか。今まさにそれだ。
放出した魔力が、水晶体にひび割れを生み出す。ピシピシと音を立てる。次第に勢いが乗り最後には弾けるように砕け散った。粉々になった結晶の塵が舞う。
水晶体が砕け散ると、先ほどまで放っていた強烈な光が消え、苛む体の痛みも引いた。地面に描かれた文字は瞬く間に消えた。
砕けた水晶体の中から、人影が現れた。
それは、地面に落下し、鈍い音を立てる。
強烈な光のせいでわからなかったが水晶体の中に人が閉じ込められていたようだ。
─本当に訳がわからねぇよ。
さっきから訳がわからないこと続きだ。息をつく暇もない。
ジンは屈んで結晶体に閉じ込められていた人物を見た。
豪奢なローブを羽織り、フードを脱がせば、黒い肌が覗く。露出した皮膚には、太い血管が蠢いている。
─生きている⋯?意識はないようだが。それにしても、異常に黒い肌だ。
改めて状況を整理する。
水晶体の中に閉じ込められていた人物。
水晶体を破壊したことで止んだ光。消えた地面の文字。
水晶体を拘束していた鎖。そして、七つの棺桶。
地面に描かかれた文字が瞬く間に消えた。
─これ、もしかして、何かの儀式だったのか⋯?
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