第8話 立ち向かう勇気
闇に暮れたドドン山岳をユウキとリン。
ゲン、ヘイト、ショット、イア達が前進していた。
リンがついて行くと発言したら
その場に居たゲン達、タレッタが豆鉄砲を食らったかのようか顔をした。
「いやいや、流石に今回のは危ないって!」
「さっき、あなたに視線を送ったのはそういう事じゃないのよ!?」
いやいやと首を振る二人にリンは言った。
「タレッタさん、冒険者になったんだからちゃんと仕事してね。って言ったじゃん」
「それはそうだけどぉ⋯」
困るタレッタ。
「困ってる人が目の前にいて、何か出来ないのは嫌だよ。わたし、力になれそうにない?」
リンのその言葉に皆が顔を顰め「くっ」 と仰ぐ。
「わたし、頑張るよ」
リンがそう上目で言うと皆は更に呻いた。
『ね、ユウキくん。わたし達なら大丈夫だよね?』
ユウキはそれを聞いた瞬間、胸が天使の矢に撃たれたように感じた。
そんなのズルイってぇ。
結果、皆はリンの意地に負けて、リンは任務遂行者の一員となったのだ。
そして、今に至る。辺りは非常に暗い。魔物が活性化する時間帯だというのに異常に静かだ。それが気味悪く感じる。
ユウキを除く彼等は冒険者組合で支給された暗視鏡という魔道具を目に掛ける。
その魔道具は込められた魔素を要いることで視野の明るさを調整出来るゴーグルだ。
彼等はそれで視野を確保していた。
ユウキは霊なのでどれだけ暗かろうがお構い無し。
「あの魔道具も僕が生きていた頃にはなかったのになぁ」
歩く度にずれる暗視鏡を「むー」と唸りながら掛け直す、リンの姿を見て思った。
支給されたのは暗視鏡だけではない。
今のリンの格好は軽装な鎧を身に纏っている。その下からは可愛らしい子供服がちらりと覗く。
また、首元には魔導宝珠という魔道具が掛けられている。
その魔道宝珠は所持してる自身の魔素を注入する事で組み込まれている刻印術式が稼働し、所持者に様々な効果を与える。
ユウキが持つ異能、解析で見たところ、今回与えられた魔導宝珠には身体能力の向上と防御膜の効果が付与されていた。
効力はどれほどなのか分からないが、こんな危険だと言われる任務だ。無いよりあった方がいい。
他にも小道具を持たされたが後々使っていくだろう。
「─うっ」
「⋯こりゃあ、酷い」
静寂な森を進み続けるとあるものが目に映り込み、皆が顔を歪め、同時に鼻を摘んだ。
激しい悪臭が漂っているらしい。
冒険者の亡骸があった。
腐敗していて無残な形となっていて、見るに堪えない姿だった。
中身が溢れていた。害虫が肉に纏わりつき蠢いていた。唯一無事なのは身につけていたのであろう装備品だけだった。
ユウキはそれを見て顔を顰めた。
他の面々は真っ青になり嫌悪や恐怖を感じ取っているようだ。
リンは涙目になりながらも表情に怒りを宿していた。
危ない任務だからと覚悟はしていたが、やはりこういう場面に直面すると精神的にくる。
「多分この先にもまだ遺体があるはずだ。見つけたら遺品の回収をするぞ」
ゲンはどうにか平静さ保とうとしているようだ。
そう、冷静に告げた。
それからも、歩き続け、遺体を見つける度に遺品の回収をする。
ヘイトが見つけた遺体の遺品を袋に詰めていた。
その時だった。
地響きのような轟音が森を震わせた。
木々がざわめいた。鳥たちが甲高い鳴き声を発し一斉に飛び立った。
感じるピリピリとした威圧感に皆の表情に緊張が走る。
どこからか凍りつくような殺気を感じた。
「⋯なにかくる─」
ヘイトが呟いた。その刹那だった。
「がああああああ!」
後方に位置取っていたショットの悲鳴が響いた。
皆が反射的に振り返った。
目にしたのは全長四メートルはある巨狼の魔獣だった。
敵意剥き出しの鋭い眼光。灰色に染めるその毛皮は厚く、生える体毛は鋭利さを持っていて一本一本が針のように思えた。
リンと出会ったあの日に目にした魔獣だ。
恐らく今回の任務の標的だろう。
その巨狼が口に銜えたショットを噛み砕いた。
鈍い音が鳴ると、ショットの断末魔がぷつりと止む。
彼の体が牙に裂かれ血の飛沫が舞った。
「ショットぉおおおお!」
「クソがあああ!」
イアとヘイトが怒号の叫びをあげる。
「クッソぉおお!夜払い始めぇええッ!」
激昂したゲンが叫んだ。
夜払い。それは、魔素を込めることによって爆発的な光を発する小道具だ。
ゲンの叫びに応えるように、全員が懐から白く丸い晶石を取り出すと魔素を込め、頭上に放り投げた。
そして、視野を防ぐために顔を腕で覆った。
宙に放たれた晶石から閃光が弾けた。瞬く間に辺りが白く染め上げられた。
強烈な光で視界を奪われた様子を見せる巨狼。
顔を覆った腕を退けて、それを見たゲン、ヘイト、イアが戦闘態勢に入った。
鬨の声をあげたゲンとヘイトが巨狼に接近した。
すると、接近を感知したのか巨狼が身を震わす。
巨狼の体毛が逆立ち、盛り上がった。
何かくる。そう思った矢先、
巨狼の体を覆う体毛が爆ぜるように飛び散った。
雨のように降り、それが地に、木々に突き刺さる。
「ぐっ、あああああ!」
それは巨狼に接近したゲンとヘイトに直撃し、二人は声を上げた。
「きゃぁ─」
「うっ─」
こちらまで飛び火したようで
イアは蹲り、リンも痛そうに顔を歪めた。
魔導宝珠で防御膜を張っているが完全に防げはしないようだ。
それをちらりと見たゲンとヘイトは歯噛みをした。
それでも、痛みを堪え巨狼に襲いかかっていく。
『リンちゃん!』
「い、痛い⋯」
ユウキはリンの状態を見るために異能の解析を行使した。
確認したところリンに刺さった針のような毛には毒など状態に害するものないようだ。
にしても、痛々しい。リンに突き刺さった針の周囲に血が滲んでいる。
ユウキはリンに刺さる針に手を伸ばし一本一本抜いていく。
抜き終えたら憑依をする。
痛みが走った。
─痛い、痛い、痛すぎる。
リンの苦しみが憑依したことで伝わってくる。
ユウキは直ぐに異能の再生を行使した。
じわじわと皮膚の穴が塞がる。
それでも痛みは消えないようでジンジンと嫌な感覚が残っている。
『⋯ユウキくん。皆にもお願い』
潤んだ瞳のリンに頼まれたので
ユウキは「わかった」と頷いて異能で分裂体を作り、皆にリンにしたことをした。
「これは⋯嬢ちゃんの、術⋯か?」
「⋯ありがとう、リン」
各々がそう感謝を口にした。
ユウキは少し気だるく感じた。
三体分裂体を作るのには結構魔素を消耗するようだ。
それに加えて再生。これもまた魔素の消費が激しい。
それに、複数の分裂体を操作するのもお手の物でもない。
ユウキは割と反則的な能力持っている。そう自負しているが、それを扱うのにまだコスト・パフォーマンスが見合ってない。
「⋯どうにか余力だけは残しておかないとなぁ」
「正直、無茶すぎる。また、あの針が飛ばされたらたまったもんじゃない。⋯連発されないあたり、あれには何かしらの制限があるのか?」
ユウキはひとりでブツブツと口にしながら考えていた。
それをよそにゲンとヘイトが巨狼を叩き、イアが後方から土魔術を放ち、リンが魔術で生み出した植物の根で仲間を補助していた。
「おい!嬢、ちゃん!なん、とかっ出来ねぇか!」
視覚を奪われた巨狼は荒れ狂ったような動きで攻撃を仕掛けてくる。
それを躱しながら、ゲンがふと気付いたように声高にして言った。
「得意の爆発魔術を、コイツにっ、ぶち込んでっやれ!」
余力を残しておきたいって言ったそばからか⋯。
『ユウキくん』
リンが名前を呼んだ。
何を思ったのだろうか。これは任せるよって意味なのだろうか。
現状、夜払いのおかげで巨狼の行動力が落ちている。
いつでも相手の不意をつける今が好機なのかもしれない。
しかし、こちらは不意打ちで仲間を一人失って、戦力が不足している。
夜払いの効果がいつ消えるかは分からない。
無理に戦わずに、戦闘を諦めて逃げた方がいいとユウキは思うが、そうではないのだろう。皆には意思がある。
一矢報いたいのだろう。
局面を変える大きな一手が欲しいのだ。
『やっても、いいけど⋯』
結果どうなるのかが重要だ。
確かにユウキの自爆技は威力の高い一撃ではある。
だが、その一撃に耐え忍ぶものだっているのだ。
「はやくしてくれぇ!」
「リン!お願い!」
「頼む!」
ユウキは皆の叫びに顔を顰めた。
そうだ、今は躊躇ってる場合ではない。
賭博みたいな感じなのは嫌いだが、やるしかないのだ。
『じゃぁ、一発かますよ。─それと、君だけは守ってみせる』
そう言って、ユウキは魔素を回復させるために全ての分裂体をユウキに帰着させた。
これでゲンたちはユウキの加護を受けれなくなる。
ユウキはリンの体から離れて巨狼の方へと向かった。
それを見たリンが
「皆ここから離れて!」
と大声で叫び、前衛の二人を魔術で引っ張り上げた。
「今からドカンってするから、気をつけて!」
リンの言葉に皆が大きく距離を取り備えに入った。
各々が魔導宝珠に魔素を注ぎ、イアは魔術で即席の土壁を作りあげた。
リンはそれにならってイアが作った壁に自分の魔術を重ねるように行使した。
「エクスプロージョン・デ・マダンテ!!」
体内で暴走した魔力を放つと青紫の光が迸り魔力の花火が起きる。
空気を震わせ衝撃は辺りの木々をへし折り、地を砕いた。
イアとリンが作った壁も簡単に吹き飛ぶ。その拍子に皆も地に何度も体を打ちつけながら転がった。
毎回恒例。砂煙が舞う。
体を起こす皆がゲホゲホと咳き込んだ。
「どうなったか」
魔力を使い果たしたことで体が重い。ユウキが気怠げに呟いた。皆も同じ事を考えているだろう。
─瞬間。影が土煙を突き破るかのように飛び出た。
影の正体は勿論、巨狼だ。
体のあちこちの皮膚が爛れ、内側の肉を晒していて、醜いものとなっていた。
「クソッ─」
それが大きな牙を剥き出しにしてヘイトを襲った。
凄まじい勢いで巨狼がヘイトを連れ去っていく。
あの様子だと視野が回復したようだ。
「ヘイト─!」
皆はヘイトの名前を叫びながら追いかけた。
追いついた先。 極めて危険な状態ではあるがヘイトの生存を確認した。
ヘイトは巨狼の大口に大盾をつっかえさせて一命を取り留めていた。
それに巨狼が煩わしそうにして大きく頭を振りかぶった。
ヘイトがその力に負け吹かれるように飛ばされ、体を木に打ち付けた。
急いでヘイトの方によれば、
「クソッ」
ゲンが吐き捨てた。
ヘイトは気を失ってしまったようだ。
とことん追い詰められるな。
巨狼を見た感じだと大きなダメージを与えたのは確かだが。
追い詰められているのも確かだ。
ユウキは歯噛みした。
巨狼が口に挟まった大盾を吐き捨てた。
そして、こちらを鋭い眼光で射る。
巨狼の毛が逆だった。一度見た光景だ。
─またくる。
ユウキはリンに憑依し、地面に手をつく。
リンの体内の魔素を扱い咄嗟に魔術を行使した。
イアとリンがユウキの爆発の威力を抑えるために作った防御壁をユウキは見様見真似で作った。
土属性は以前、ゴーレムを倒した時に手に入れ、木属性はリンの特性を利用した。
「魔術下手くそなのに、いきなり二重魔術⋯。出来は悪いけどやってみるもんだな」
ユウキは魔術の扱いにはまだまだ慣れておらず高度な事は出来ない。そのため、術の完成度は低い。
それでも盾として役割を果たしてくれるだろう。
巨狼が飛ばした針が激しく魔術で作った壁を打つ。
ニ分程か、雨のように続いた攻撃が止んだ。
ユウキが作った壁は針山のようになっていた。
耐久性はあるようだ。
突如、ふらりと体がよろめいた。
リンの口から「うぅ」と声が漏れる。
やっぱり、下手に魔術を使ったせいでリンの体に影響を与えてしまったようだ。
『ごめん、強引にリンちゃんの魔力使っちゃって』
『ううん、大丈夫。ありがとう、守ってくれて』
「⋯助かったよ嬢ちゃん」
ゲンが息を吐いて言った。
ゲンは懐に手をいれると球形の道具を取り出した。更に、マッチを取り出し火を付ける。
火を球形の導線に着火させるとそれを巨狼のいる方へ放り投げた。
次第に煙が上がり、目の前は真っ白な煙で覆われた。
ゲンとイアが無言でヘイトを担いでこの煙臭いこの場から離れていった。
リンは戸惑いながらもそれについて行く。
少し歩いた場所。
巨狼の死角だろうか。こちらからを巨狼の動き確認出来る場所に移動した。
「ああああああああ!」
「クソッ!クソ!クソぉ!」
イアが崩れるようにして膝を地面につけ慟哭をあげ、
ゲンが抑えきれない憤怒を露わにして地面を拳で何度も叩いた。
ショットを失った事に感情が爆発してるのだろう。
きっとこんな任務になんか受けなければと後悔してるのだろう。ユウキは叫ぶ二人を見てそう思った。
ユウキはいたたまれない気持ちになる。
リンは悲しげにそれを眺めたあと、表情を変えた。掌に力を込め握り拳を作った。
幼い見た目に関わらず強い力だった。握る手が痛い。それが憑依してるユウキに伝わる。
リンは気絶して寝かされるヘイトに寄ると彼の魔導宝珠をひったくるように掻っ払った。
それから踵を返した。
リンの背後にはリンの行動に戸惑い訝しがる視線。
ユウキも「⋯リンちゃん?」と思わずリンの口で呟いた。
懐に手をいれると小さな袋を取り出し、そこから紫色の小さな飴のようなものを手のひらでは収まらないくらいに取り出した。
冒険者組合から支給された魔素玉だ。
これを口にすることで体内の魔素の循環を促進させ、無理やりに魔素を回復させることが出来るらしい。
リンの瞳には強い意思が宿る。
手に乗る零れ落ちそうなほどある魔素玉をリンは口の中に放り込んだ。
そして噛み砕く。口の中では甘くほろ苦い味が広がり、その欠片が舌に突き刺さる。唾液と血が混ざる。
咀嚼する度に鼓動が速くなり、体が何かに、侵されるような感覚に苛まれた。
─煙幕を抜けて巨狼と対峙する。
首に掛けた二つの魔導宝珠に魔素を注ぎ込んで刻印術式を展開させた。
体が重い。それなのに軽く感じて気色が悪い。
「ユウキくん、わたしをちゃんと守ってね」
この子は⋯本当に無茶な子だ。
ユウキは困るように笑った。
「言われなくても、そうするよ」
●
リンは疾走する。普段とは違う、脚力が飛躍している。
自分の速さについていけず、何度も縺れて転けそうになった。
『ドーピングしすぎたね』
言ってると、そのままリンは巨狼一直線に走り続けた。
「─てか本気!?もうちょっと頭捻らない!?」
リンが猪突猛進すぎる。ユウキは頭を抱えたくなる。
巨狼が大きな腕を振るいリンを迎えうとうとする。
リンはそれを大胆に転んで躱してみせた。
「─危ない!危ない!危ないってぇ!リンちゃん!」
「信じてるから!」
そう叫べばそう返事がくる。
─荷が重い⋯!
リンが飛び込んだ先にヘイトの大盾があった。リンの背丈より大きい。
リンはそれを拾って構えた。
魔導宝珠のおかげで身体能力が向上している今では重たい物でも軽々と持てる。
「⋯何する─ッ!?」
言いかけるとまたリンは巨狼に向っていく。
巨狼は大きな口を開け牙を覗かせた。
距離が縮まりゼロ距離だ。
直後─強い衝撃が襲う。
目の前には赤黒い背景。生臭さに生温かさ。足元にも頭にも嫌な粘り気を感じた。
巨狼の口に飛び込み、大盾をつっかえさせたのだ。
巨狼が激しく首を振り、それに抵抗をする。
─誰かと同じ鉄踏んでるよ!?
リンの場合自ら飛び込みに行ったのだが。
「ユウキくん!今!」
「─これ狙ってたの!?」
確かに今は弱点を晒しているようなモノだけど⋯!
─リンちゃん、ちょっと勇敢すぎない?!
しかし、どうしたものか。考えてる時間もない。いっそ巨狼の口の中で自爆したいところだが
リンに被害が及ぶ。
それにユウキ自体魔素切れを起こしてる。
リンの体内にある魔素を使うのも論外。
シンプルに口内をリンの得物で突いてもいいが、その拍子に口が閉じて危険な目に遭いそうだ。
「ユウキくん!」
リンが叫ぶ。どうやらこの体勢を維持するのがキツイようだ。
どうにか優位であらなければ。
リンに憑依したユウキは体を大きく捻って巨狼の鼻の上によじ登った。
「─ッ!」
そのまま勢いでリンの得物を引き抜いて頭を穿つ。
─堅い。剣頭が通らなかった。
「─ならばその眼光を潰してやるッ!」
大きく振りかざし巨狼の敵意あるその瞳に剣身を突き刺した。
「────ッ!」
巨狼が嘆くように嘶いた。
激しく身を震わせる。
─振り落とされる!
ユウキは必死に抵抗し、
「落ちる前に!」と続けてもう片方の目を貫いた。
耳をつんざく巨狼の悲鳴。
巨狼が大きく身を転がすようにした。
そしてリンの体は振り落とされる。
地面に強く体を打って激痛が走る。
リンの声なのかユウキのものなのか、その痛みに呻いた。
「─ま、まだ!」
リンはそう叫ぶと地に伏せた状態で魔術を行使した。
ありったけの魔素を使ったようだ。体から一気に魔素が削られていくのを感じた。
巨狼の足元には、今までリンが使ってきた魔術では見たことの無い大きな魔法陣。
緑の光を放つと同時に地面が裂け勢いよく巨大な植物の根がいくつか現れた。
それが巨狼を絡めるように捕らえる。植物の根は圧縮するかのように巨狼を押さえつけていく。
「んんんっ!」
リンは顔を蒼白にし、鼻から血を垂らす。
無理に魔力を酷使したせいか、リンはそろそろ限界のようだ。
だが、ここが一番の決め手だ。
─今しかない。
そう思った時だった。
視界が徐々に灰色に染まっていき砂嵐のようなものが見えるようになる。チカチカと目が眩んだ。
ユウキは慌てて憑依を解いてリンから離れた。
「リンちゃん!」
─今にも気を失ってしまいそうだ。
ユウキは解析でリンの状態を確認した。
その結果、
【不調】
【魔素回路不良】
【魔素不足】だった。
魔素を酷使し続けた結果だろう。魔素不足を魔素玉で解決したら次は魔素回路に影響が出てしまう。
ユウキは歯噛みした。
このままリンを戦前から引き下げよう。
そう思った時、
「─てぇええええ!」
土の槍が飛来しリンを通り越すと、奥で悶絶する巨狼に直撃した。
「リン!」「嬢ちゃん!」
イアとゲンがリンのもとに駆け寄ってきた。
「─意識が⋯」
「 ⋯すまねぇ。俺たちが不甲斐ないがためにっ」
二人は心底心配そうに、悔しそうな顔をした。
「イア!行くぞ!嬢ちゃんがここまでやったんだ!─ケリをつける!」
そして、二人の猛攻がはじまった。
リンの捨て身からのユウキの目潰し、そして魔術での拘束で完全に完封された。巨狼は二人にされるがままとなっていた。
イアがこれでもかというくらいに魔術を放ち。
ゲンが重たい一撃何度も叩き込み巨狼の手足を削いだ。
巨狼は誰から見ても、もう終わりだ。
「⋯頃合いかな」
リンを安全な場所に運んだユウキはそう呟いた。
意識は失ったようだが、呼吸には問題がないようだ。
小さい息がこぼれている。
ユウキはリンの髪を梳くった。
そしてユウキは巨狼の方へ向かう。
ユウキは巨狼に憑依を試みた。
ここまでやったのだ。成功するだろう。そう思った。
巨狼に触れた瞬間。
ユウキの目に映る世界が変わった。
感覚が狂いそうになる程に黒い世界だった。そして、恐ろしい程に静寂。
─呑まれた?
ふと、嫌な考えが頭を過った。
奥からは波がただ寄せている。 ユウキは意を決して奥の方へを向かった。
暗闇を進めば進むほど波が強くなる。
きっと波の発信源があるのだろう。
次は波動を感じた。それがユウキを拒むように押し退こうとする。
それでもユウキは前に進み続けた。
そして、強大で揺らぐ灰色の炎を眼前にした。
─これは魂だ。
『─悍ましい。霊風情が。』
声が響いた。目の前の魂から掛けられたのだろう。
「なかなかに酷い言われよう。負け犬如きが」
『黙れ』
そう言われたから、ユウキは何も言わずに魂との距離を詰めていく
『死に逝った者が何故、人に力を貸す』
「⋯それは僕がそうしたいと思ったからだよ」
『愚かなことだ。下等な人間などの肩を持つ奴の気が知れんな。よりによってあんな、貧弱な餓鬼に』
「黙れ、お前の方が下等だ。僕の前であの子の悪く言うことを許さない。─それに、僕が力を貸さなくてもあの子は十分に強い」
『フッ、笑わせてくれる。溺愛してるようだな。本当に解せん』
ユウキは更に足を踏み出した。
「お前はやりすぎだ。お前みたいな魔物がいるから辛い目に遭う子だっている」
魂との距離がゼロになった。
『愚かなのは人間の方だろうが─』
このまま話しても拉致があかない。魔物と人間では価値観が違うのだ。
「吠えるのはそれで最後だ。負け犬」
ユウキはそう言って異能、魂喰を使い魂を掌握した。
「─ッ!?」
直後、体が火照るような感覚。ユウキの中に知らない情報が次々と刷り込まれていった。
─煙の中から現れた憎悪に顔を歪めたリンの姿だ。
─声を上げながら必死に逃げ惑う冒険者の姿だ。
─どこの山だろうか。天辺から眺める、緑いっぱいの光景だ。
─荒れ地だ。そこには多くの死人がいた。
─広がる炎だ。それが木々を燃やしていた。⋯巨狼の同胞だろうか。息絶えた狼の魔獣が何体も地に転がっていた。
─仲間と戯れている。小狼は沢山の仲間に愛されていた。
これは巨狼の記憶だろう。
ユウキはその記憶を追体験して何も言葉が出なかった。
─魔物と人間では価値観が違う。そう思ったが⋯。
記憶の流れが途中でぷつりと止んだ。
すると、真っ暗な世界に戻った。
しかし、先程までいた空間とは違うようだ。
─痛い、痛い、痛い!
あまりの痛さにユウキは巨狼から憑依を解いた。
すると視界は晴れ、森の形が見えた。
すぐ側には命尽きた見る影もない巨狼の姿。
「─やっと、やっと!死んでくれたか!このクソがっ!」
息絶え絶えのゲンが怒号を浴びせ巨狼の死体に蹴りを入れた。
─鈍い音が何度も続いた。
近くではイアが蹲り鼻をすする。
その二つの音だけが森の中で響いた。
●
疲れ果てた各々がその場に眠りかけてしまった。
ユウキは彼等が目を覚ますまで見張りをすることにした。
夜が開け、空に朝日が昇った。オレンジ色に輝く景色が綺麗だ。この景色をリンに見せてやりたい。そう思った。
そんな時、気配を感じユウキは目を眇めた。
「⋯冒険者か?」
現れたのは亜人族の男女二人。
獅子を思わせるような男と猫耳の女。両者共若い。
見た目二十代。黒白の服装に単眼鏡をお揃いにした男女二人。
漆黒の装束。その装束は丈が長く口元を覆い隠し、手元も萌え袖。ぼーっとした印象を持つ黒髪の女。
その五人だけだ。
彼等は辺りを見渡すと嘆息して口にした。
「なーんだ。せっかく来てやったのに終わってやがる」
「まぁ、仕事をしにゃいで、お金が貰えるんだから、いいんじゃにゃい?」
「激しい戦闘があったようね」
「あれが、噂に聞いた魔獣か」
など。
漆黒装束の女がリンのもとに向かってきた。
ユウキは警戒しその女の動向に注意するよう身構えた。
漆黒装束の女リンのもとにしゃがむと首元に手を運ぶと優しい手つきで魔導宝珠を手に取った。
そして、何やら操作をすると魔導宝珠が光を放ち、映像を生み出した。
「⋯そんな機能があったんだ」
映された映像はリンが巨狼と戦闘をする光景だった。
「この子。無茶苦茶」
漆黒装束が呟いた。それを聞いた他の者たちがぞろぞろとやってきて一緒になってその映像を見つめる。
「面白ぇ」「危なかっしいにゃん」「死に立ち向かえし者」
映像見ている途中で魔導宝珠を別の者に渡すと
漆黒装束はリンを揺さぶり
「起きれる?」と声をかけた。
まだ、状態がよくない。
ユウキは一度リンに憑依して状態を確認してみようと思った。
リンの体に移ると、
─深い睡魔に襲われる。
ヤバイ、コレ、僕まで─
ユウキの意識が落ちそうになったその時
悲しく泣くような声で
「おかぁさん」と小さくこぼした。
───────────────────
追加能力
ユウキ
異能
【超嗅覚】通常より強力な嗅覚(肉体に憑依している時に使用が可能)
【変化:巨狼(霊体)】
リン
異能
【勇気】格上の存在と対峙した際、恐怖を払拭する。身体能力を向上させる(効果:小)
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