第8話 怪獣島の冒険。
それから数カ月たって、俺は、怪獣たちと変わらずお客様たちと触れ合いながら仕事をこなしていた。
相変らず、子供たちには人気者の怪獣たちだった。
その日も朝に出勤して、いつもの朝礼に参加した。
「今日も、よろしくお願いします」
園長の朝の話はいつも短い。学生時代に、朝礼と言えば校長先生の長い話だったので園長の短い話は、とてもうれしい。話も終わり、俺は、怪獣たちを連れて、開演を待つお客様たちがいる正面ゲートに行こうとする。
「ちょっと、星野くん、話があるんだけど、いいかな?」
俺は、園長に呼び止められた。
「ハイ、何でしょうか?」
「私の代わりに、出張をお願いしたいんだけど、行ってくれないかな?」
「ハイ、いいですけど、どこに行くんですか?」
「怪獣島だ」
「ハイ?」
朝から思考回路が止まりそうになった。なんだ、怪獣島って・・・
「えっと、よくわからないんですけど、怪獣島ってなんですか?」
「怪獣たちが住んでる無人島だよ」
ますます、わからない。そんな無人島なんて聞いたことがない。
地球のどこにそんな島があるんだ? 怪獣が住んでいる無人島なんて、あるわけがない。思考回路が停止する俺に、園長は話を始めた。
「キミが知らないのも無理はない。実際、地図上には、そんな島は存在しない。存在しないことになっているけど、実際には、あるんだよ」
ダメだ、なにを言ってるのか理解できない。俺は、世界地図を頭に思い浮かべた。
でも、そんな無人島なんて、どこにもないはずだ。すると、園長は、世界地図を持ってきて説明した。
「ここに、あるんだよ」
指を刺されても、そこは海の上だ。大西洋のど真ん中だ。
「世界的に、怪獣だけの島なんて、認めるわけにいかないだろ。だから、どの国も知らないことになってる。でも、その無人島には、怪獣がホントにいるんだよ」
「そこに、俺が行くんですか?」
「そう」
「えっと、何しに行くんですか?」
「実はね、その島に住んでる怪獣たちが、出産してね。様子を見てきてほしいんだ」
「俺がですか?」
「ホントは、私が行くべきなんだけど、いろいろ仕事が忙しくて、手が離せないんだよ。そこで、キミにお願いしたいんだ。もちろん、キミ一人じゃないよ。カネドンにグースカ、ピグタンもいっしょだ」
俺は、後ろに控えている3匹の怪獣を見た。すると、怪獣たちもビックリしたのか、目をパチクリさせている。
「もう一つ聞きますけど、そこまで、どうやって行くんですか?」
「ラプロスが連れて行ってくれるから心配ない」
もう、何が何だかわからない。完全に固まった俺に、カネドンがそっと耳打ちした。
「ラプロスっていうのは、空飛ぶ怪獣だよ」
そんなことを聞かされても、わかるわけがない。
「今度の月曜日から、2泊3日で行ってきてもらいたい。調査目的は、どの怪獣が、何匹子供を産んだのか調査してくること。無人島と言っても、それほど広いわけじゃないから、1日あれば、わかるはずだ」
「あの、怪獣ですよね」
「そうだよ」
「でも、カネドンとか、グースカみたいな怪獣じゃないんですよね」
「そうだね。だいたい、身長は、50メートルくらいあるかな」
「危険すぎますよ。巨大怪獣がいるんでしょ。踏みつぶされたり、食われたりしたら、死にますよ」
「だから、そんな時のための通訳として、カネドンたちを同行させるんだよ」
俺は、不安一杯で、3匹の怪獣を見た。信用できるのか? 絶対、俺を見捨てて逃げるに決まってる。
「いいか、お前たちは、星野くんをしっかりサポートするように。わかったな」
「任せてください」
「大丈夫です」
「ピグゥ~」
胸を張る3匹だったけど、ホントに信用してもいいのだろうか?
イヤ、俺は以前の俺じゃない。怪獣たちを信用しよう。それに、怪獣同士なら、話も分かるはずだ。
「わかりました。行ってきます」
「ありがとう。よろしく頼むよ。資料と調査の書類は、作っておくからね」
俺は、笑顔の園長に見送られて、仕事に行くことにした。
とはいえ、ホントに大丈夫なのか? かなり心配だぞ。
その日は、怪獣たちを引き連れて、いつものように園内を散策しながら、お客様たちと触れ合った。
すると、アトラクションの係員をしている、他の従業員たちから、たくさん話しかけられた。
「怪獣島に行くんだって。アソコには、ゴメラっていう、でかいのがいるから気を付けろよ」
「確か、シーゲラスとシーメンスとか言う、夫婦怪獣がいるから、怒らせないようにね」
「それと、キングタートスっていう、巨大亀の怪獣がいるから、海に落ちたら死ぬからね」
「とにかく、生きて帰って来いよ」
「お土産を待ってるからね」
などなど、たくさん話かけられたけど、どれもこれも頭に入ってこない。
恐ろしい怪獣が、うようよいるわけだ。そんなところに、こんなちっぽけな人間が行って、大丈夫なんだろうか?
それに、子供が生まれたということは、母親は、かなり気が立っているはずだ。
近づいたりしたら、確実に殺される。生きて帰ってこられる保証は、限りなくゼロに近いだろう。
「ねぇ、カネドン。ホントに、大丈夫なのかな?」
俺は、不安一杯な気持ちを聞いてみた。ところが、返ってきた答えは、俺の期待する返事とは違った。
「大丈夫だよ」
「みんな、言うほど狂暴じゃないから」
「ピグゥ~」
気軽に考えすぎだろ。こっちは、死ぬか生きるかの問題なのに、怪獣たちは、のん気そのものだ。
それだけではない。帰宅してから、母さんに相談したら、これまた、想定外の返事だったのだ。
「あらまぁ、アソコに行くの? いいわねぇ。お母さんも行ってみたかったわ。しっかり、がんばってきなさいね」
と、笑顔で言われた。電話で相談した父さんの返事も俺の不安を解消できなかった。
『なに? 怪獣島に行くんだって! お父さんは、一度だけ調査で行ったことあるけど、おもしろかったぞ。いい経験になるから、行ってきなさい』だった。
不安しかないのに、俺の両親は、おもしろいとか、行ってみたいとか、遠足に行くんじゃない。
危険しかないのに、子供をそんなところに行かせていいのか? 止めてくれると思った俺は、肩を落とした。
園長にもらった資料を見てみる。そこには、写真付きの説明文が書いてあった。
『ゴメラ・怪獣島の王様。肉食で狂暴。火炎放射、もしくは、放射能を吐く。全長、50メートル、体重、5万トン(推定)。普段は、物静かだが、怒ると手が付けられない』
「リドン・空を飛ぶ鳥の怪獣。口から超音波を吐く。武器は鋭いクチバシ。羽を広げると、全長200メートル。空をマッハ3の速度で飛ぶ』
『メスラ・蛾の怪獣。子供は、芋虫のような姿をして、サナギから成虫に変化する。口から糸を吐く。成虫で全長80メートル、幼虫で10メートル』
『シーゲラス、オスの2足歩行の怪獣。体長30メートル。角から稲妻を発する』
『シーメンスは、メスの4足歩行の怪獣。体長20メートル。シーゲラスとは夫婦』
『キングタートス、オスの亀怪獣。体長40メートル。口から火炎を吐く』
『クイーンタートス、メスの怪獣。体長30メートル。口から、卵爆弾を吐く。キングタートスとは夫婦』
その他にも『カマゲラス』という、巨大なカマキリの怪獣。『グメンガ』という、巨大蜘蛛の怪獣。『パドラン』という、熊の怪獣。『ガラザウルス』という、恐竜のような怪獣。『ドラゴンザウルス』という竜の怪獣、『スネゴン』という、巨大ヘビの怪獣などなど、見れば見るほど、恐ろしい怪獣たちのオンパレードだった。
俺は、途中で見るのをやめた。
そんな怪獣たちの子供が生まれたという。どんな怪獣だ?
もちろん、子供だから、きっとカネドンやグースカサイズだろう。
以前、怪獣の子供たちを怪獣ランドに招待して、いっしょに遊んだことを思い出して
子供怪獣なら、それなりに可愛いかもしれないと思った。
大丈夫だ。俺ならやれる。自分に暗示をかけるように、一人呟きながら、自信を付けた。
しかし、怪獣に名前が付いているというのは、ちょっとおかしくなった。
確かに、名前があったほうが、わかりやすい。とはいえ、犬や猫とは違う。
怪獣たちに、自分の名前なんてわかるわけがない。呼んだところで、来るとは思えない。
さて、どうしたらいいものか? 俺は、考えた。でも、いくら考えても、答えが見えない。
まずは、行ってみないことには、わからないと思って、考えるのをやめて、寝ることにした。
そして、出発当日がやってきた。リュックには、着替えやタオルと必要な分だけの食料を入れて、怪獣ランドに出勤した。
朝礼の時に、俺のことを説明すると、従業員たちが、みんなで拍手をして励ましてくれた。それだけを心に秘めて、怪獣島に行くことにした。
園内の一番広い、ピクニック広場に行くと、そこに巨大な鳥が鎮座していた。
まさか、アレに乗っていくのか? 空飛ぶ怪鳥のようだ。体が赤茶色で、大きな翼を広げて黄色の鋭いクチバシ、真っ黒の目、頭部に鶏冠のようなものが見え、両足には、鋭い爪がある。
こんなに大きな鳥を見たのは、生まれて初めてなので、かなりビビった。
「これが、ラプロスだよ」
園長に言われても、俺は、言葉が出なかった。見上げるくらいでかい鳥を前にして足が震える。
「ラプロスは、園長の3つのシモベの一人なんだよ」
カネドンが教えてくれた。3つのシモベって、どういうことだ? 朝から、思考回路が止まる。
「園長には、3つのシモベがいて、空飛ぶ怪鳥のラプロスと、何にでも変身できるラデムがいるの。普段は、ほら、そこのポニーの姿をしてるんだよ」
そう言って、グースカが指さす方向を見ると、いつも子供たちを背中に乗せて、園内を散歩するポニーがいた。それは、俺も知ってる。でも、まさか、そのポニーが、園長のシモベだとは知らなかった。
「最後の一人が、ポセイダンだよ。普段は、動かないけど、万能巨大ロボットだよ」
そう言って、カネドンが指を刺すと、広場に立っている巨大ロボットだった。
それは、俺もよく見てるから知ってる。怪獣ランドのマスコット的存在だった。
身長が50メートルもある、全身が銀色の巨大ロボットだ。目が金色で、頭部に二本の角のような突起物がある。
台座を昇って、記念写真が撮れるので人気だ。それが、動くなんて今の今まで知らなかった。
「三っつのシモベは、園長の命令で動くんだよ。すごいでしょ」
まるで、自分のことのように自慢するグースカもさることながら、俺は、改めて園長が何者なのか知りたくなった。
「ピグゥ~」
ピグタンが、俺の腕を引っ張って、ラプロスに連れて行こうとする。
「あの、園長。これって、どうやって乗るんですか?」
とてもじゃないが、こんな鳥の背中に乗って、空を飛ぶなんて不可能だ。途中で振り落とされる。すると、園長は、あっさり言った。
「口の中に入っていれば、落ちることもないし、風圧も感じないから寒くないよ」
完全に思考回路が停止した。口の中に入る? それって、食べられるってことだろ。
怪鳥のエサになんてなりたくない。
「無理です。口の中になんて入ったら、そのまま食べられるでしょ」
「大丈夫だよ。ラプロスは、ロボットだから、人を食べたりしないから」
園長は、笑いながら言った。信用していいのだろうか??
「ほら、行くよ」
カネドンたちに連行されるように、俺はラプロスに近づいた。
「おーい、ラプロス、口を開けて頭を下につけろ」
園長が大声で言うと、ラプロスの目が光った。そして、長い首を動かして地面に降りてきた。そして、口を大きく開けたのだ。
「乗って、乗って」
グースカに背中を押されて、俺は、大きく開けた口の中に入る。
後から、カネドンやグースカ、ピグタンも乗ってくる。
口の中は、クチバシの中だけに、細長いけど狭くはない。腰を降ろしても決して、きつくは感じなかった。
「それじゃ、がんばってね」
「いってらっしゃい」
「がんばれよ」
「しっかりねぇ」
俺は、園長や従業員のみんなに見送られて、一路、怪獣島に出発した。
ラプロスは、首を持ち上げると、クチバシを閉じた。すると、中は、真っ暗だ。
クチバシを閉じているので、外が見えない。不安一杯だ。やっぱり、行かなきゃよかったかも・・・
すると、体がフワッと浮いた。どうやら、空に飛び上がったらしい。
「カネドン、ホントに、大丈夫なの?」
「平気だよ」
「でも、空を飛んでるんだろ? 真っ暗でわからないし、何にも見えないよ」
すると、グースカが手を動かした。
コンコンと、金属の音がすると、クチバシが微かに開いた。
そこから、光が入って、口の中が少しずつ見えてきた。
「見てごらん」
カネドンに言われて這うようにして、クチバシの開いた隙間から外を覗いた。
すると、眼下には、巨大なビルがものすごく小さく見えた。
その合間に、白い雲も見える。
「マジかよ・・・」
生まれて初めて空を飛んでいることにビックリした。しかも、巨大な鳥のクチバシの中から空を見るなんて、貴重な体験とか言う前に、人生で一度しか味わうことができない経験だ。
ラプロスは、ものすごい速さで空を飛んで、雲を突っ切って、青い空を豪快に飛び続けた。隙間から入る光でも、十分口の中は見えるくらい明るい。
余り口を開けると、風が吹き込んできて、座っていられない。
「すごいよ」
「ピグゥ~」
俺は、思ったことが素直に口に出すと、ピグタンもうれしそうに笑っていた。
「ところで、怪獣島まで、どれくらいかかるの?」
「たぶん、30分くらいだよ」
「マジか!」
世界地図を思い浮かべると、大西洋のど真ん中くらいに怪獣島がある。
飛行機でも、何時間もかかるはずだ。それが、東京から、たったの30分で着くのか?? いったい、ラプロスは、どれくらいの速さで飛んでいるんだろう・・・
俺は、その短い時間の中で、これからのことを打合せすることにした。資料を開いて、三匹の怪獣と相談する。
「それで、向こうに着いたら、まずは、何からする?」
「着いたら、まずは、キャンプを張らなきゃ。寝るところを確保するんだよ」
「そりゃ、そうだな。でも、テントなんて持ってきてないぞ」
「ほら穴がいくらでもあるから、そこでいいよ」
「そこで、寝泊まりするの?」
「そうだよ。その後は、食料を探しながら、島の中を歩いてみよう」
「歩くって言っても、迷子になったりしないの?」
「ちゃんと目印をつけておけば迷子にならないよ」
怪獣島は、巨大怪獣がたくさん住んでいるけど、それほど大きいわけではない。
海に囲まれた怪獣島は、グルッと一周するのに、6時間ほどらしい。
正確な広さは、誰も図ったことがないので、わからない。
また、無人島なので、人が住むようなホテルや宿泊施設もない。調査するような人も近寄らない。
まったくの手つかずの自然の島なのだ。そこに、世界中から、怪獣を集めて住まわせたらしい。
それをしたのも、もしかしたら、園長かもしれない。檻や囲いもない、自然の放し飼い状態なのになぜ、怪獣が勝手に島から出て行かないのかも謎だ。
しかし、怪獣が別の島に上陸したというニュースは聞いたことがない。
ということは、怪獣たちは、この島から逃げたりしないということだ。謎が多すぎて、俺は、考えるのをやめた。
なんてことを思っていると、急降下し始めた。
「ど、どうした、まさか、墜落・・・」
俺は、クチバシの隙間から外を見ると、海が近くなってきた。
「怪獣島に着いたんだよ。もうすぐ、着陸するよ」
グースカが言うと、ホントに海が近くなってきて、島が見えてきた。
「アレが、怪獣島?」
「そうだよ」
空からだから小さく見えるけど、実際に見ると、無人島と言っても、大きく見える。やがて、ラプロスの速度が落ちて、大きく揺れると、首ごと下に伸びた。
クチバシが開いた。どうやら、怪獣島に着いたらしい。俺は、恐る恐る顔を出してみると、そこは砂浜だった。さらに、顔を出すと、今度は、打ち寄せる波が見えた。
「無事に、着いたみたいだな」
俺は、ホッとして、体を外に出そうした。
「危ないよ。周りを見てから出ないと、怪獣が来るよ」
グースカに言われて、慌てて体を引っ込める。
そうは言っても、いつまでもラプロスの口の中にいるわけにはいかない。
「ピグゥ~」
ピグタンが、俺を押しのけて先に口から外に飛び出した。
そして、砂浜に降り立つと、周りを見てから、俺たちに手招きした。
「ピグゥ~」
「大丈夫みたいだな」
俺は、注意しながらラプラスの口から外に出た。
降り立った砂浜から見える景色は、まさに南国のジャングルという感じだった。
青い海。打ち寄せる白い波。砂浜は柔らかく、とても気持ちがいい。頬を撫でる風は最高だ。見上げれば、緑の樹木が揺れて、森と林で囲まれて、自然が満喫できる。
何ていいところだろう・・・ 俺は、一人余韻に浸っていた。
「秀一くん、行くよ」
カネドンに言われて、砂浜を歩いて、森の中に入る。
すると、ラプロスは、翼をはためかせて青空に飛んで行ってしまった。
「お、おい、行っちゃったぞ」
慌てて振り向くと、グースカが笑いながら言った。
「ちゃんと戻ってくるから大丈夫だよ」
そうかもしれないけど、どこに飛んで行ったのかわからない怪鳥を、誰がどうやって呼ぶんだ?
まさか、この無人島に置いてけぼりなんてことにはならないだろうな。
そんなことを思いながらも、木々を分けて怪獣たちは進んでいく。俺は、その後ろを歩くしかなかった。
しばらく歩くと、大きな見上げるような巨大な山のようなところに辿り着いた。今にも崩れそうな岩山だ。
「とりあえず、アソコの洞穴に荷物を置いて、調査に行こう」
グースカに言われるままに、ポッカリ空いた洞穴に入る。荷物を降ろし、一度腰を降ろした。
「荷物を置いて大丈夫かよ。盗まれたら大変だぞ」
「盗むような人間はいないから大丈夫だよ」
カネドンに言われて、俺は、なるべく奥の方に荷物を隠した。
そして、水筒と地図を持って、散策に出かけることにした。
ここでは、頼りになるのは、三匹の怪獣だけだ。何しろ相手は、巨大怪獣たちだ。
話が通じる相手ではない。何かあったら、踏みつぶされて一巻の終わりだ。
俺は、怪獣たちに守られながら、まずは、砂浜に沿って歩くことにした。
聞こえるのは、打ち寄せる波の音だけだ。海水浴だったら、最高のプライベートビーチだ。しかし、そんなのん気な思いは、ほんの一瞬だった。五分も歩かないうちに、変な鳴き声が聞こえた。
「なんか、聞こえたよな」
「早速、怪獣のお出ましだよ」
そんな軽く言わないでほしい。どんな怪獣かもわからない。そんなことを思っているうちにも、あちこちから、怪獣の鳴き声が聞こえてきた。
「ちょっと、まずいんじゃない」
「大丈夫だって。秀一くんは、怖がりだね」
グースカは、そう言いながらずんずん歩いて行く。
俺は、周りに注意しながらゆっくり歩く。すると、突然、森の木々の中から、巨大怪獣が現れた。
「で、で、出たあぁ~」
俺は、情けないことに、その場に崩れ落ちた。腰が抜けたのだ。
大きな顔。巨大な牙。鋭そうな爪。俺は、心臓が止まったかと思った。
「グオォ~」
怪獣は、吠えながら森を別けてやってきた。
「カ、カ、カネドン、助けて・・・」
「大丈夫だって」
「だ、だって、怪獣だぞ」
俺は、腰が抜けて立てないどころか、声も振るえて満足に話せない。
大きな顔が近寄ってくる。絶対、このまま食われる。そう思った時だった。
ものすごい風が俺に吹いた。それは、怪獣の鼻息だった。
グースカが、何事かその大怪獣に向かって囁いた。
「ガオォ~」
その怪獣は、一声鳴くと、踵を返して、森の中に入って行った。
助かった。とりあえず、命は、助かったのだ。
「秀一くん、しっかりして」
カネドンに助け起こされて、立ち上がっても、足が震えていた。
後ろからピグタンに支えられなかったら、立っていられない。
「い、今のは・・・」
「シーゲラスだよ。これから、ゴメラのところに挨拶に行くから、ついて来いって」
「ゴ、ゴメラ・・・」
確か、ゴメラは、怪獣島の王様だったはず。まずは、ここを仕切っている怪獣に挨拶に来いという意味か。
ヤクザの仁義じゃないんだから、そこまでするのかと、俺は心底ビビった。
俺は、怪獣たちの後について、道なき道をジャングルをかき分けて歩いた。
しばらく歩くと、いきなり視界が開けた。そこは、だだっ広い、岩が転がっている、どう見ても危険なところだった。
山がそびえ、見たこともない大きな木々に囲まれ、岩が転がっている。
その広場には、大怪獣たちが、何匹も動いている。というか、ケンカしているのか、怪獣同士の争いが始まっていた。
巻き込まれたら一大事だ。俺のような小さい人間は、踏みつぶされて終わりだ。
俺は、大きな木の陰に隠れることにした。
「ガオォ~」
「グオォぉ・・・」
「ギャアウゥゥ~」
目の前で繰り広げられる怪獣同士の戦いから目が離せない。
恐怖に震えながらも、俺は、ただ見上げているしかできなかった。
「秀一くん、写真撮らなきゃ」
カネドンに言われて、肩から下げているカメラを怪獣たちに向けた。
そして、夢中でシャッターを切る。こんな写真が世間にバレたら大スクープだ。
俺は、写真を撮ると、資料を開いて怪獣のチェックをする。
「えーと、アレは、シーゲラスで、こっちのは、たぶん、カマギラスだな。それと、あの怪獣は、パドランでゴメラがいないぞ」
俺は、資料を捲って、怪獣たちを確認する。そこに、ひときわ高い遠吠えが聞こえた。耳をつんざくような大きな吠える声だった。争っている怪獣たちも、ピタッと動きが止まった。
そこに現れたのは、他の怪獣たちとは、一回り以上も大きな大怪獣が姿を見せた。
「ゴアァァ~ン」
それが、ゴメラだった。全身黒光りする巨体に、鋭く吊り上がった目。大きな口からは、牙がいくつも見える。
鋭い爪と太い手足、長く太い尻尾を動かしている。
「秀一くん、カメラ」
グースカに言われて、俺は、震えながらシャッターを切った。
カメラのファインダーを覗くと見ると、ゴメラと目が合った。
「やばい」
目が合った時、心臓が止まりかけた。その時、ピクタンが俺の前に飛び出し、ゴメラの足元で飛んだり跳ねたりして鳴き喚いた。
「ピグゥ~」
「ピグタンやめろ。危ないぞ」
ピグタンのような小さな怪獣なんて、ゴメラから見たら、一たまりもない。
しかし、ピグタンは、やめなかった。
「ピグゥ~」
鳴き続けるピグタンをゴメラは、見降ろした。
「ウオォォ~ン」
「ピグゥ~」
「グオォん」
「ピグゥ~」
なんだか怪獣同士で会話をしているようだった。
でも、話が通じるのか? ゴメラが怒ったら、俺たちなんて、虫けら同然の存在だ。
「秀一くん、もう、大丈夫だよ」
カネドンが安心させるように言った。でも、何が安心なのか、さっぱりわからない。
「ピグタンが話を付けてくれたから、もう、大丈夫だよ」
「ピグタンが・・・」
俺は、呆気に取られて、ピグタンを見た。
「ピグゥ~」
振り向いたピグタンは、両手をブラブラさせながら、飛んだり跳ねたりを繰り返す。その後ろをゴメラが、踵を返して去って行く。
歩くたびに地震のような地鳴りがした。巨大な足音をさせながら歩いている。
俺の頭の上を太くて長い尻尾が振り回される。風圧で髪がなびき、俺は、頭を抱えてしゃがみこんだ。
山の中を去り行くゴメラを見ながら、俺は、呆然と見送ることしかできなかった。
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