第7話 怪獣少女との再会。

 午後の予定は、ステージに上がって、怪獣たちと遊んだり、踊ったりする。

カネドンやグースカ、ピグタンが躍り出すと、子供怪獣たちも一緒に踊り出す。

ゲーム大会とか、歌を歌うなど、舞台狭しと子供たちとはしゃぎまわって、みんな楽しそうだった。

それを見ている親たちもいっしょになって、踊り出すのも見ていて微笑ましい。

「みんな、楽しそうですね」

 俺は、客席で見ながら隣のシェリーさんに言った。

「一年に一度だからね」

「そんなこと言わないで、月に一度とかできないんですか?」

「無理よ。だって、怪獣だからね」

「でも、みんな楽しそうだし、子供のうちならいいんじゃないですか?」

 俺は、素直な感想を言ってみた。成長すれば大きくなるし、人間たちに見つかったら騒ぎになる。

でも、子供のうちならいいと思った。こんなに楽しそうにしているのに、自由に遊べないのは可哀想だ。

「普段は、みんなどうしてるんですか?」

「人間に見つからないように、海の底とか山の中とか、静かに暮らしてるわよ」

「う~ン、何だか可哀想ですね。自由にできるといいのに」

「所詮、怪獣と人間は、わかり合えない存在だから仕方がないのよ」

 考えさせられる問題だった。確かにそうかもしれない。でも、目の前にいる怪獣たちは、どれも人間に危害を与えるような怪獣ではない。

人間ともうまくやれると思う。

後は、人間側の問題だ。自分も人間だけに、何とか共存できないかと悩む。

「あなたのような人間がいることだけでも、みんなうれしいと思うわよ」

 怪獣だからというだけで差別されたり、攻撃されたり、それだけはしてはいけない。彼らだって、怪獣に生まれたくて生まれたわけじゃないんだ。

「ほら、みんなが呼んでるわよ」

 彼女に言われて顔を向けると、舞台の上から俺を呼んでいた。

「ミギャ~」

「ムグゥ~」

「フギャ~」

 俺は、怪獣たちの声を聞いて、笑顔で舞台に上がった。

子供怪獣に囲まれて、俺は、いっしょに歌って踊った。

水かきが付いた小さな手、爪が生えてる可愛い手、他にも大きな肉球が付いた手、ゴツゴツした手、いろんな怪獣の手だったけど、つないだ手と手から、愛情が感じられる。俺は、一人一人と手を繋いで踊った。子供怪獣は、みんな笑っているように見えた。人間のような表情は豊かではない。それでも、楽しそうにしているのはわかった。客席では、親怪獣も手拍子している。我が子を見る目は、親そのものだ。

なんて素敵な親子なんだろう。人間の親子でも、そこまでじゃない。

 俺は、感動して、泣きそうだった。

それでも、楽しい時間は、あっという間だった。閉園の時間になった。

俺は、三匹の怪獣たちを見送りに行った。園長も来てくれた。

「今日は、楽しかったかい?」

「ガウウ~」

「ウミャ~ン」

「グルルゥゥ~」

「ミギャ~」

「それは、よかった。また、来年も楽しみにしてるよ。それまで、元気でね」

「ガウルゥ~」

「フギャ~」

「ゴルルゥ~」

 言葉がわかるのか、園長は、怪獣たちと会話している。

俺も怪獣の言葉がわかりたい。ホントにそう思った。

「さぁ、行くわよ。電車に乗って」

 シェリーさんは、そう言うと、怪獣たちがダックストレインに乗り始めた。

その時、俺は、我慢できなかった。俺は、怪獣に駆け寄ると、一人一人と抱き合った。

「今日は、ありがとな。また、来てな」

「ミギャア~」

「元気でな。また、来いよ」

「ウミャ~」

「俺は、忘れないからな」

「グアゥ~」

 俺は、子供怪獣としっかり抱き合って話しかけた。

なにを言ってるのかわからない。俺の言葉が通じたのかもわからない。

それでもいい。俺は、子供怪獣たちに感謝の気持ちを込めて話しかけた。

「ガオォ~」

 親怪獣には、両手で握手して話しかける。

「また、来てくださいね」

「ゴオォ~ン」

「元気で、また、会うのを楽しみにしてます」

「ギャオォ~ン」

 怪獣たちは、俺の手をちゃんと握ってくれた。

そして、なぜか俺は、泣いていた。頬を伝う涙も気が付かなかった。

「またな、さよなら」

 怪獣たちは、電車に乗ると、窓から手を振ってくれた。ダックストレインのドアが閉まり、少しずつ走り出した。人には見えない線路に沿って電車は走り出した。

「さよなら、またな。元気でな」

 俺は、夕焼けの空に走り去る電車が見えなくなるまで手を振り続けた。

「さよなら~、元気でな~」

 俺は、大きな声で両手で手を振り続けた。そして、電車は、小さくなって、見えなくなった。

「秀一くん」

「ありがとう」

「ピグゥ~」

 その場に残った怪獣たちが、俺の肩を叩いて慰めてくれた。

「俺・・・」

 言葉にならなかった。

「星野くん、今日は、お疲れ様。よくやってくれたね。大丈夫だよ。怪獣たちは、元気でやってる。そうだ、今度、キミの方からあの子たちに会いに行ってきたらどうだい?」

「園長!」

「キミならできるよ。それに、あの子たちもうれしいんじゃないかな」

「ハイ。ぜひ、お願いします」

「だったら、もう、泣かないで、明日からもよろしく頼むよ」

「ハイ、園長、ありがとうございます」

 俺は、園長に深く頭を下げて言った。

「秀一くん、疲れたでしょ。帰る時間だよ」

「明日もがんばろうね」

「ピグゥ~」

「うん、明日からもよろしく」

 俺は、怪獣たちにも感謝を忘れなかった。俺にとって、この日は、最高の一日になった。

自分が変わったような気がした。俺を変えてくれたのは、あの怪獣たちだ。

きっと、怪獣たちに会いに行く。そして、ちゃんと俺の方から、感謝の気持ちを伝えないといけない。

俺は、心の中で誓った。よし、明日からも、がんばろう。


 翌日からの仕事は、怪獣ランドに来たお客様たちに対する態度を改めた。

子供にも大人にも、優しく接するようにした。

カネドンたちとも、積極的に話しかけて、コミュニケーションを取るようにした。

なんとなくだけど、俺の中で何かが吹っ切れたような気がした。

 そんなある日のこと。その日は、休みだったので、久しぶりに買い物に行ってきた。少し離れた繁華街まで足を延ばしてみた。そこは、駅に直結されたショッピングセンターがあるので買い物をするのも楽だ。まずは、靴を買おうかなと思いながら、何階にあるのかビルの入り口にある案内を見ていた時だった。

俺の目の端に、知ってる人が映った。

「えっ!」

 俺は、思わず声が出てしまった。そして、その人物を目で追った。

そのまま、足が自然と動いて、早足になっていく。

「まさか、こんなとこに・・・」

 俺は、信じられないものを見た感じで、追わずに入れらなかった。

「あの・・・」

 俺は、その人物に追いついて声をかけた。振り向いたその人は、あのシェリーさんだった。

「あの、キミ、シェリーさんだよね?」

「そうだけど。なんで、あなたが?」

 俺は、その子を見下ろしたまま、言葉が出てこなかった。

まさか、こんなところで会うなんて夢でも見ているようだ。

もう一度、会えるとは、思わなかったから信じられなかった。

でも、目の前にいるのは、まぎれもなく、あのシェリーさんだった。

 肩まで伸びる黒い髪、白のブラウスに水玉の上着を着て、ブルーのスカートを履いていた。

しかも背中には、赤いランドセルを背負っている。どこから見ても、小学生の女の子だ。

 しかし、ただ一つ違うことは、彼女の隣にかなり太めの白髪のおじいさんがいたことだった。

彼女のおじいさんなのか? イヤ、そんなはずはない。彼女の正体は、カインという名の怪獣なのだ。

てことは、このおじいさんも怪獣なのか? 俺はそんなことを考えていると、いつものように思考回路が停止した。

「ちっとも、変わってないわね。進歩がないわよ」

 彼女にズバリ言われて、やっと現実に戻った。

「こんなとこで、何をしてるんですか?」

 俺は何を聞いているんだ。他に聞くことあるだろ。俺は、自分で言ってて、恥ずかしくなった。

「学校の帰り。この人は、私の保護者。買い物に行く途中なの」

 言われてみれば、当たり前だ。でも、保護者って・・・

「もしかして、キミは、星野くんかな?」

「ハ、ハイ」

「話は、シェリーくんから聞いておるよ。わしは、岩本昭彦という。ここで会うのも何かの縁じゃ、

ちょっとお茶でも飲もうか」

「センセ、時間ないんだけど」

「いいじゃないか、ちょっとだけじゃ」

「いいけど、ケーキセットは、ダメだからね」

「シェリーくんは、厳しいなぁ・・・」

「なにを言ってるのよ。病院の先生に甘い物の取り過ぎに気を付けるようにって言われてるでしょ」

「ハイハイ」

「ハイは、一回」

「ハイ。それじゃ、星野くん、行こうか」

 どこからどう見ても、老人と孫の会話だ。しかも、微笑ましいやり取りだ。

俺は、岩本さんというおじいさんの後について、近くの喫茶店に入った。

 喫茶店の店員が注文を取りに来ると、彼女が言った。

「コーヒーと私は、オレンジジュースのケーキセット。ショートケーキでお願いします。あなたは?」

「俺も、コーヒーでいいです」

 注文を聞いて、店員は、水を置いて言った。

「自分ばっかり、ずるいのぉ・・・」

「仕方ないでしょ。センセは、糖尿なんだから」

 そんな会話を聞きながら、二人はどんな関係なのか気になる。

「あの、お二人は、いったい・・・」

 俺は、恐る恐る聞いてみた。もしかしたら、触れてはいけないことかもしれない。

「私の保護者よ。だって、私は、小学生だから」

「小学生って・・・ キミは、怪獣ランドの・・・」

「声が大きい。それは、秘密だから、こんなとこで話さないの」

「すみません」

 やっぱり、聞いてはいけないことだったのかと、素直に謝った。

注文したものが運ばれてきて、俺と岩本さんはコーヒーをすすった。

ケーキを一口食べて、ジュースを飲むと、彼女は、口を開いた。

その話は、驚くことの連続で、思考回路がついて行くのが大変だった。

「私が怪獣なのは、知ってるわよね」

 俺は、黙って頷いた。

「私、こう見えて、もう300年くらい生きてるのよ」

「ええっ!」

「シェリーくん、それは、言い過ぎじゃよ。ざっと、400年くらいじゃよ」

「そんなの、どうでもいいでしょ」

 イヤイヤ、300年と400年では、かなり違うぞ。それよりも、300年も生きているって、意味がわからない。

「あの、どういうことなのか、俺にもわかるようにお願いします」

 すると、彼女は、ケーキを食べてジュースを飲んでから話し始めた。

「私は、ずうぅ~っと昔に卵で生まれた怪獣なの」

「た、た、卵・・・」

「私を産んだ親のことは知らない。卵は、そのまま土の中に埋まったまま、年だけが過ぎて300年だっけ、400年か、どっちでもい良いけど、ずっと埋もれていたの」

 イヤイヤ、そんな話は、ウソに決まってる。ヘッボコ大学を卒業した俺でも知ってる常識だ。

卵から孵るのは、爬虫類とか両生類で、俺たち哺乳類は、卵からは生まれない。

だったら、目の前の彼女は、カエルとかヘビとか魚となる。

「ビックリしたじゃろ。でも、この話は、ホントなんじゃよ」

 今度は、岩本さんが話を続けた。そして、ポケットから、一枚の名刺を出した。

「これが、わしの肩書じゃ」

 名刺には、日本生物学研究所・所長と書いてあった。また、いろいろな大学で生物学の教鞭をとっているようで、有名な大学の客員教授と書いてある。

俺は、まじまじと目の前の老人を見ていた。

「驚くのも無理はない。これでも、わしは、偉いんじゃ」

「どうだか・・・ ただのオタクでしょ」

「シェリーくんは、厳しいのぉ」

 岩本さんは、白髪頭を恥ずかしそうにかいている。

「あの、それで、シェリーさんのことなんですけど」

 話を元に戻す。俺は、その先が聞きたい。

「今から、十年くらい前かな、ある地方で地震があってね。山崩れがあったり、津波があったりして、異常事態となった。わしは、そんな地域の生物の研究に行ったんじゃよ。その時、地中から、卵が出てきてな。わしは、こっそり持ち帰ったんじゃ」

 そう言って、両手を広げて卵の大きさを見せてくれた。

「わしの研究所で調べてみたら、その卵は、まだ、生きていることがわかった。

だったら、孵化させてみようと思ったんじゃ。見事、成功して、生まれたのがシェリーくんじゃ。もっとも、その時は、怪獣の姿だったがね」

 俺は、腰を抜かしそうになった。もはや、思考回路は停止したまま動かない。

「そりゃ、わしも驚いたよ。まさか、怪獣が生まれるとは思わなかったからな。もっとも、その時はまだ、生まれたばかりの赤ん坊だから、小さくて可愛かったぞ。ゴジラのミニチュア版といった感じかな」

 俺は、頭の中で想像した。映画で有名な、あのゴジラを小さくした姿だった。

でも、怪獣は怪獣だ。可愛いとかいうレベルの話じゃない。

「調べてみたら、大昔に生息していた、カインディクスとか言う草食の恐竜でな。だから、カインと名付けたんじゃ」

 聞けば聞くほど驚く話だ。俺は、思考回路を全開にした。

「しかし、怪獣じゃからな。犬や猫とは違う。成長するのも早いし、体もどんどん大きくなるからの」

 それはそうだろ。怪獣だから、大きくなってもペットというわけにもいかない。

どう考えても、持て余すだろ。第一、家に怪獣がいたら、破壊されるだろ。

それが、俺の前で、ジュースを飲んでいる彼女とは、どうしてもイメージできなかった。

「わしも、困ってな。かといって、手放すわけにもいかん。それに、世間にバレたら、えらいことじゃ」

 それこそ、保健所とか動物園とか、それどころではない。もしかしたら、自衛隊とか国を挙げての大騒動に発展するだろう。でも、そんな話は、過去にも聞いたことはない。

「そんなとき、どこで聞いたのか、園長の早田くんが突然、訪ねてきてな」

「えっ!」

 思いがけない名前を聞いて、俺は思わず声が出てしまった。

またしても園長だ。いったい、園長は、何者なんだ?

「園長は、シェリーくんを見て言ったんじゃ。人間の子供として、育てる気はあるかってね」

「そ、それで・・・」

「もちろん、わしの娘というか、孫として育てることにしたんじゃよ。すると、園長は、不思議な魔法をかけてカインを人間の子供にしてくれたんじゃ」

 俺は、椅子から転げ落ちそうになった。園長って、どんな能力があるんだ?

怪獣を人間の姿にするなんて、どう考えてもできるわけがない。俺は、目を皿のようにして、目の前の彼女を見詰めた。

「なに? あたしの顔になんかついてるの」

「イ、イヤ、そうじゃなくて、ホントにシェリーさんは、怪獣だったの?」

「そうよ。ホントの姿を見たいの?」

 俺は、首を横に振ったのは言うまでもない。

「それにしても、園長って、いったい何者なんですか?」

「それは、秘密じゃ」

 そう言って、岩本先生は笑った。

「園長は、人間と怪獣の懸け橋にしようと思って、怪獣ランドを作った。どちらの気持ちもわかるシェリーくんは、うってつけだったんじゃ。そこで、シェリーくんに、怪獣たちの相談役にしたんじゃ」

「面倒だったけどね。でも、人間にしてもらったんだから、それくらいはやるわよ」

 そう言って、彼女は、最後の一口のケーキを食べた。

「人間になったんじゃから、名前も付けなきゃいかん。外国からの転校生ということで、シェリーという名前にして小学校に通うことにしたんじゃよ」

 確かによく見ると、胸に名札をぶら下げている。

それには『帝丹小学校・3年2組、岩本シェリー』と書かれていた。

「ホントに、小学生なの?」

「そうよ」

 本人がそう言っても信じられない。目の前の赤いランドセルを背負っている小学生が、元は怪獣だなんて、俺の思考回路では理解不能だ。

「園長には、感謝してるのよ。だから、怪獣ツアーなんてやってるの。これでも、小学生だから、学校に行ったり友だちと遊んだり忙しいのに・・・」

「まぁまぁ、そう言わんと」

 どこからどう見ても、普通の小学生の女の子だ。こんな秘密は、誰にも言えない。

「普通に小学生として、学校に通ってるって、それじゃ、友だちもいるんだよね?」

「当り前でしょ。ちなみに、学校じゃ、少年探偵団の一人だから」

「な、なに、それ?」

「なんにでも首を突っ込んでくる男の子がいて、その周りにいる男子と女子のグループがあるの。あたしは、そんなの興味なかったんだけど、成り行きで入ることになっただけ」

「もちろん、キミが怪獣だってことは・・・」

「そんなこと言えるわけないでしょ。もっとも、言ったところで、誰も信用しないけどね」

 彼女は、いつだってクールだ。飲み終えたジュースをテーブルに置くと、立ち上がった。

「話は、もういいでしょ。そろそろ帰らないと、夕飯の準備があるから。センセ、もう、行くわよ」

 そう言って、ランドセルを背中に背負うと、喫茶店を出て行った。

「そういうわけで、彼女とは、また、会うときもあるだろうが、秘密は守ってくれよ」

「もちろんです。秘密は、守ります」

「それじゃ、また。園長にもよろしく伝えてくれよ」

「ハイ、わかりました」

 そう言って、岩本先生は、喫茶店を出て行った。そして、彼女と並んで歩いて行く後姿を見ていた。

支払いを終えても、俺は、少しの間、立ち上がることができなかった。

夢のような話を聞いて、なぜだか、また、彼女に会いたくなっていた。

 その日の夜のこと。珍しく父さんが帰ってきたので、園長や岩本先生のことも聞いてみた。食事の後、お茶を飲んでいる父さんに話を聞くことにした。

「父さん、園長って、どんな人なの?」

「どんなって、・・・前に話さなかったか。若い頃は、いっしょに防衛軍にいたって」

「そうじゃなくて、何か不思議な力を持ってるんじゃないの?」

 そう言うと、父さんは、少し笑いながら言葉を選んで話してくれた。

「お前がどこまで知っているのかわからないけど、確かに園長は、魔法のような力を持っているな」

「岩本先生とシェリーさんのことも知ってるの?」

「怪獣先生にも会ったのか? シェリーというのは、カインのことだな」

「父さんも知ってるの?」

「園長を紹介したのは、この私だからね」

「それじゃ、シェリーさんのホントの姿って・・・」

「それは、秘密だ。彼女が見せたいというなら、話は別だがね」

 そう言うと、俺は、何も言えなくなってしまった。

「なぁ、秀一。お前は、今、とても大切な経験をしているんだ。学校じゃ教えてくれないとても貴重な経験だ。私や母さんが、お前を怪獣ランドを紹介したのは、なぜだかわかるか?」

 俺は、黙って首を横に振る。

「父さんは、お姉ちゃんのように、どんな生き物も、人間も怪獣も差別しない、素晴らしい人間に成長してもらいたくて、怪獣ランドに行かせたんだ」

「姉ちゃんのようにって?」

「お姉ちゃんは、ちょうどお前の年のくらいの頃は悩んでいた。大学に行っても、将来の目標というのを見つけられなかった。だから、お母さんと相談して、怪獣ランドを紹介した。おかげで、お姉ちゃんは、将来の夢を持って、就職できたし結婚もできた。お父さんは、お前も怪獣ランドで、なにかを見つけてほしいと思ってるんだ」

 言われてみると、姉ちゃんは、大学に行ってからすごく明るくなった気がする。

それまでは、勉強はできても、どことなく暗い雰囲気があった。余り家族と話をするようなこともなかった。

俺との会話もあまり記憶にない。それが、大学生になってから、ガラッと変わった。

明るく笑うようになって、高校生だった俺ともよく冗談を言うようになった。

 俺も、怪獣ランドに行って、変わることができるのだろうか??

「明日も仕事だろ。風呂に入って、早く寝たらどうだ。ダックストレインに乗り遅れたら遅刻だぞ」

 そう言って、父さんは笑った。父さんと園長とは、昔の友だちというか、いっしょに働いていた仲間なのはわかる。

でも、それ以上の関係があるのかもしれない。その辺のことは、今は、聞かないでおこう。

それでも、俺が大人になって、変わることができたときは、聞いてみようと思う。


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