第6話 怪獣大集合。
それからの一週間は、ホントに大変だった。
それでも、三日もやると、少しずつ慣れてきて、彼女や怪獣たちのアドリブにもついて行けるようになった。
ハリセンで叩かれると、大袈裟に倒れて見せたり、台本や段取りなど忘れて、
舞台狭しと怪獣たちと踊ったり歌ったりするようになった。
時には、即興で漫才なんかもするようになった。帰宅すると、吉本のビデオを擦り切れるくらい見て覚えたボケとツッコミもできるようになった。
怪獣ショーは、一度たりとも同じ展開はなかった。毎回、違うのである。
打合せとかもない。今日は、どんな展開になるのかはわからない。それでも、不安な気持ちはいつの間にか失くなっていた。むしろ、今日は、どうなるのか、楽しみになってきた。
ショーが終わって、事務所に戻るといつも疲れた。それでも、明日が楽しみになっていた。
怪獣たちも、今日の反省と明日のショーのことで、話し合いもするようになってきた。それに、俺も加わって、こんな時はこうする。こうされたらこう返すなど、出来るようになってきた。
ショーは、毎回違うので、お客さんの中にも毎回来る人も出てきた。
彼女の無茶ブリにも対応できるようになった俺は、次第に楽しくなってきた。
仕事が終わると、彼女は、毎晩、ウチに泊まるようになった。
まるで、自分の家のように当たり前のように帰り、俺の両親と食事をして、話をして寝るのだ。
父さんも母さんも、娘のように接して、家族四人になったような感じだった。
そんな一週間は、あっという間だった。長いと感じた連休も、今日が最終日だ。
そして、毎回、ドタバタだったショーも、無事に最後の舞台を終えた。
お客さんたちは、大喜びで、みんな笑顔で帰って行った。
大成功と言ってもいい。大盛り上がりのウチに、ショーは終わったのだ。
俺たちは、帰って行くお客様たちを見送りに正面ゲートに向かった。
帰って行く子供も大人もみんな満足そうな顔をしていた。なぜだか、それが、俺はうれしかった。
次第に、自分が変わっていくような気がして、今じゃ思考回路が停止することもなくなった。
俺たちが事務所に戻ると、従業員や園長が拍手で迎えてくれた。
「お疲れ様」
「よかったよ」
「今年のショーは、例年になく盛り上がってたな」
「みんな、お疲れ様でした。キリカちゃん、星野くん、怪獣たち、ホントにお疲れ様でした」
なんか、俺は、恥ずかしくなって、顔が熱くなってきた。
「何を今更。あたしは、当たり前のことをしただけだ」
俺の気持ちとは裏腹に、彼女は、堂々と胸を張って、ドヤ顔で言った。
「キリカちゃん、ホントにご苦労様。もう、帰るのかい?」
「まぁな。園長、また、来年来るから。イヤ、忙しいときは、いつでも呼んでいいぞ。あたしは、いつでも来るから」
その言葉に、俺は、驚いて顔を上げた。
「キ、キリカさん、帰っちゃうの?」
「当り前だろ。あたしは、姫だぞ。星に帰らないといけないんだから。こう見えて、忙しいんだ」
イヤ、それはわかるけど、急すぎないか? たった今、最後のショーを終えたばかりだ。例えば送別会とか、お疲れ様会とか、そういうことはないのか?
しかし、そう思ったのは、俺だけだったらしい。キリカさんは、さばさばした顔だった。
「もう、帰るの?」
「あたしの仕事は終わったんだ。それに、もうすぐ、パパから迎えが来るからな」
確かにこの一週間は疲れた。でも、楽しかった。仕事を終えた充実感と満足感で一杯な俺なのに彼女は、もう、明日のことを考えている。それに、キリカさんは、星のお姫様なのだ。地球でバイトしている暇はないのだ。
「青年、お疲れ。よく付いてきてくれたな。褒めてつかわす」
そう言って、俺の肩を何度も叩いて労ってくれた。でも、上から目線なのは気になる。
「キリカさん、ありがとうございました」
俺は、そう言ってもらえてうれしくて、頭を下げていった。
「最初は、何が何だかわからなかったけど、なんだかこの一週間で、自分が変わった気がします」
「それがわかれば十分だ。お前は、よく頑張った。それに、変わったことが自覚できたならそれでいいんだ。ご苦労だったな。それに、お前とは、また、会える気がする」
最後の一言が気になったけど、俺だって、これでお別れとは思いたくなかった。
「カネドン、グースカ、ピグタン、お前たちもご苦労だったな」
彼女は、そう言って、三匹と抱き合って握手をしている。
「それじゃな。青年、元気でな。お前の両親にも世話になった。よろしく言っといてくれ。ロン、行くぞ」
「ウビャ~ン」
彼女は、そう言って、ロンを促して事務所の外に出た。外は、すっかり夜になっていた。夜空を見上げると、月がきれいだった。
「それじゃ、園長、青年、みんな、元気でな。また、会うのを楽しみにしてる」
そう言うと、彼女とロンの姿が青く輝き出した。そして、青い球体に包まれると
あっという間に夜空に飛び上がった。目で追うと、青い光が夜空に向かって、飛んで行くのが見えた。
アレが、キリカさんなのか? 俺は、いつまでも、夜空を見上げていた。
「秀一くん、ダックストレインの時間だよ」
カネドンに言われてハッとする。もう、帰る時間なのだ。
「カネドン、グースカ、ピグタン、ホントにお疲れ様。それと、ありがとう」
俺は、三匹の怪獣たちにも感謝の意味で、心からお礼を言った。
「なに言ってんの。秀一くんは、がんばったんだよ」
「そうそう、明日からもよろしく」
「ピグゥ~」
三匹の怪獣にそう言われて、泣きそうになった。
「だけど、やっと終わったよね」
「キリカちゃんも、やっと帰ったね」
「ピグゥ~」
三匹の怪獣は、そう言って、大きく伸びをした。
「明日から、ゆっくりできるね」
「ホントホント」
「ピグゥ~」
俺の感想とは違って、三匹は、清々した顔をしていた。
明日からは、ショーはない。いつもの平常に戻る。でも、明日からもがんばろう。
俺は、そう思いながら、裏口に向かった。
それからというものは、俺は、気持ちを切り替えて、怪獣たちとより仲が深まった気がした。
お客様たちとも、従業員のみんなとも、笑顔で接して、優しくなれた気がした。
そして、何日も過ぎた。六月になった。当たり前だが、今は、梅雨時だ。
毎日雨ばかりで、来園する人も極端に少ない。雨の日に、遊園地に来る人はいない。
園内を怪獣たちと歩くこともできない。屋根がある、ふれあい広場で、お客さんを待っている。
「雨ばかりで、お客さんも来ないよね」
「晴れてくれないかなぁ」
「ピグゥ~」
三匹の怪獣たちも降る雨を見ながらうんざりしていた。
ふれあい広場にいる、うさぎやモルモット、ヤギたちと戯れるばかりで、人の姿はなかった。そんな時、園長が傘を刺してやってきた。
「星野くん、話があるんだけど、いいかな?」
「ハイ、何ですか?」
園長は、傘をたたんで、ふれあい広場に入ってきた。
俺は、ベンチに座って、膝に乗せていたウサギを撫でながら言った。
「今度の水曜日なんだけど、年に一度の休園日なんだよ」
「そうなんですか?」
怪獣ランドは、基本的に年中無休なのだ。でも、年に一度だけ、休みがあるらしい。
「その日は、アトラクションの点検とかするんだけど、その日は、特別のお客様をお迎えするんだけどキミに案内役をやってほしいんだよね。本来なら、休園日だから、休みなんだけど、キミさえよければ、やってほしいんだよね。休日出勤にしておくから頼むよ」
そう言われたら、断る理由はない。俺は、引き受けることにした。
園長は、俺の手を取って、喜んでくれた。何度も頭を下げるので、なんか申し訳なくなった。
「お前たちも頼むよ」
「任せてよ」
「大丈夫だよ」
「ピグゥ~」
怪獣たちもうれしそうだ。ところで、特別なお客様って、どんな人だろう?
「その日は、年に一度、ここに来るのを楽しみにしている怪獣たちが来るからね」
待て待て、今の一言は、聞き捨てならないぞ。久しぶりに、思考回路が停止しそうになった。
「あの、園長。今、怪獣が来るって言いませんでしたか?」
「そうだよ」
「そうだよって・・・」
俺は、完全に思考回路が停止した。なんだか、すごく久しぶりな感じだ。
「ここは、遊園地でしょ。子供たちには、人気があるんだよ」
それはわかる。子供たちには大人気だ。
「それは、人間だけじゃないんだよ。怪獣たちだって、来てみたいじゃないか」
「か、怪獣ですか?」
「子供だから、この子たちみたいに小さいから大丈夫だよ」
「イヤイヤ、でも、怪獣でしょ。カネドンたちとは、違うと思いますよ」
「大丈夫だよ。みんな、可愛い子供怪獣だから」
園長は、そう言うと、俺の肩を叩いて、事務所に戻って行った。
またしても、不思議体験をするようだ。思考回路を元に戻して、カネドンたちに聞いてみた。
「今、園長が言ったことって、ホントなの?」
「そうだよ」
カネドンが即答した。
「でも、怪獣だろ。キミたちとは、違うんじゃないの?」
「同じだよ」
グースカも即答した。
「怪獣だって、子供は、遊びたいんだよ。遊園地に来てみたいんだよ」
「だけど、みんなで来たら、大騒ぎになるでしょ」
「ピグゥ~」
「だからさ、年に一度、休園日の日にだけ、貸し切りにして、怪獣の子供たちを招待してるんだよ」
「園長って、怪獣にも優しいんだよ」
「ピグゥ~」
なるほど、事情はわかった。確かに、その通りだ。人間も怪獣も、遊園地は楽しい。遊びに行きたいと思っても、不思議じゃない。でも、怪獣だから、遊園地には来られない。園長の言うこともわかる。子供は子供で、怪獣も人間も関係ない。
「よし、わかった。俺も、そんな怪獣たちのためにがんばるよ」
「ありがとう、秀一くん」
「その気持ち、うれしいよ」
「ピグゥ~」
三匹の怪獣たちは、嬉しそうに俺の手を取った。だったら、俺もがんばろう。
人間だろうが、怪獣だろうが、差別はいけない。俺は、気を引き締めた。
でも、実際に、小さな怪獣たちを目の前にしたとき、固まってしまったのは、言うまでもない。
休園日がやってきた。しかし、この日もあいにくの雨だった。
朝からパラパラした小雨が降り続いている。天気ならいいのにと思いながら、正面ゲートの前で怪獣たちと今か今かと来るのを待っていた。
開園の歌が流れると同時に、ダックストレインがやってきた。
いよいよ来たなと、俺は、傘を片手に笑顔で迎えた。
電車のドアが開いた。出てきたのは、まさに怪獣軍団だった。
俺は、その瞬間、傘を落とした。
「ギャオォ~」
「ピギャ~」
「ウギャ~ン」
えっと、この子たちが、今日のお客様なのか・・・
怪獣には違いない。姿形が、まんま怪獣としか思えない。しかも、はしゃぎっぷりは、人間の子供と同じだ。
どう収集したらいいのかわからず、呆然と雨に濡れるしかなかった。
そこに、一番最後に小さな女の子が現れた。
「皆さん、並んで。そこの子供たち、ちゃんと言うこと聞きなさい」
人間の言葉を聞いて、俺は、すごく安心した。
「よかった、言葉が通じる人がいて助かった」
心の底からそう思った。
「秀一くん、傘」
カネドンが落ちた傘を拾ってくれて、それを手にして、やっと現実に戻った。
俺は、傘を刺したまま、その女の子の前に出た。
その子は、小学生くらいの小さな女の子で、赤い傘を刺して、まるで、ツアーの添乗員のような小さな旗を持っている。
赤いチェックのスカートに白いブラウスに水玉模様のジャンパーを着ている。
小さな丸い目に、鼻も唇も子供らしく可愛い感じだ。
「あの・・・」
「なに?」
背が低いので、俺を見上げる形で目が合った。でも、その目には、子供らしさがない。どこか冷ややかで、冷たい冷静な目に見えた。
「俺・・・ イヤ、ぼくは、怪獣ランドの星野秀一です。本日の案内係を担当します。よろしくお願いします。よかったです。言葉が通じる人がいて、助かりました」
俺は、ホッとしたので、笑顔で挨拶する。
「あなたが担当者ね。私は、シェリー。よろしく」
「ハイ、それにしても、怪獣の添乗員て、大変ですね」
「仕事だから、もう慣れたわ。ちなみに、私も怪獣だから。ホントの名前は、
カイン。便宜上、人間の姿をしてるだけだから」
「か、カインさん・・・ ですか」
「別に、さん付けしなくていいから」
子供に見えて、実は、怪獣って、どういうことなんだろう? カインて怪獣なのか?
「皆さん、並んでください。星野さん、紹介します」
電車から出てきたのは、20人ほどだった。小さな子供怪獣もいれば、親子で来た怪獣もいる。
「こちら、ラビンさんとお子さんのラベンくん。見ての通り、海底原人です」
「ミギャァ~」
丁寧にお辞儀をする海底原人親子は、見たまんま半漁人を思わせる姿だった。
全身緑色で、二足歩行の手足には、水かきもついている。小さな目に薄いピンク色の唇。胸が膨らんでいるので、どうやら母親と子供のようだ。
「こちらは、ムグムグくん。古代熊の怪獣です」
「モギュ~」
全身真っ白いクマの縫いぐるみのように愛くるしい。俺と同じくらいの身長だけど、横にも大きい。見た目は可愛くて白い毛がモフモフしている。
「それから、ネズコングさんと、お子さんのネズゴンくんです」
「チュチュ~」
全身黒い毛で、大きな耳と、細い目になぜか鎧を着て、背中に刀を差している。
どうやら、父親と子供らしいが、まんまそっくりだ。きっと、怒らせたらその刀で切られるだろう。
「パンドラさんとお子さんのバンドちゃんです」
「ウミャ~」
丁寧に挨拶するのは、コアラの怪獣のようだ。全身がグレーの毛で覆われて、頭に角もある。
目がクリクリしてて可愛らしい。母親と娘らしいが、女の子の怪獣は、毛がクリーム色をしていて俺の腰くらいのサイズで、ちょこちょこ歩くのが見ているだけで癒される。
他にも、長い尻尾で全身が白と黒で、目の代わりにアンテナのようなものが二つあって、グルグル回っている、エレビーという怪獣。全身真っ黒で、両目が真横に突き出ている宇宙人のような姿のペガッタというミニ怪獣。その他にも、いろいろと紹介されたけど、とてもじゃないけど、一度に覚えられない。
せめて、名札でも胸に付けて来てほしい。何しろ、こんなに一度にたくさんの怪獣を見たのは初めてなのでどう返事をしたらいいのかわからない。
その前に、子供怪獣は、言葉が話せないので、なにを言っているのか、さっぱりわからない。
三匹の怪獣たちに、通訳してくれないとわからないのだ。三匹の怪獣たちと、毎日付き合っているから、怪獣慣れはしているものの、これだけの怪獣軍団を見ると、コミュニケーションが心配だ。
「それにしても、今日は天気が悪いわね。これじゃ気分が台無しね」
カインさん・・・ じゃなくて、シェリーさんは、雨降る空を見上げながら言うと、傘を閉じて、両手を曇り空に向けた。何をする気だ?
シェリーさんは、掲げた両手から、白い光が発射された。
「マジ・・・」
俺は、驚いて見上げるだけだ。すると、灰色の雨雲が見る見るうちに流れて青空が見えてきた。
空に太陽が顔を出し、気が付けば雨はやんでいた。この人・・・イヤ、怪獣は、天気を操ることができるのか?
見た目は子供なのに、やっぱり、特殊能力がある怪獣なんだ。
「秀一くん、雨はやんでるよ」
カネドンに言われて、俺は、ハッとして傘を閉じた。空は、明るい日差しが降り注ぐ青空が広がっている。
思考回路が停止寸前だ。いったい、どうなってるんだ?
「それで、今日の予定は、どうなってるの?」
シェリーさんに言われて、俺は慌ててメモを開いた。
「えっと、今から自由時間なので、好きに遊んでください。アトラクションや乗り物は、無料開放しているので好きに遊んでください。お昼に食事があるので、12時になったら、事務所の前に集まってください」
俺は、そう言って、みんなに園内の地図を渡した。
「皆さん、わかりましたか? お昼に事務所前に来てください。では、解散」
シェリーさんがそう言うと、子供たちは、走り出した。親が慌てて後を追っていく。こんな光景は、いつも見ている。ホントに人間の子供と同じだ。
俺は、三匹の怪獣たちと手分けして、子供たちを見守ることになっている。
やはり、人気があるのは、ジェットコースターとかバイキングのような乗り物だった。子供の好きなものは、怪獣も人間も同じだ。
早速、アトラクションに乗ると楽しそうに騒いでいる。
「ミギャ~」
「ムグゥ~」
「ピギャ~」
いつもの人間の子供とは違う声が聞こえるのは、ご愛敬だ。
俺は、楽しそうにしている親子を見ながら、自然と笑顔になっていた。
すると、傍のベンチでコーヒーを飲んでいるシェリーさんに気が付いた。
「隣いいですか?」
「どうぞ」
俺は、シェリーさんの隣に腰を降ろした。
「シェリーさんは、遊ばないんですか?」
「あたしは、仕事で来てるから」
「でも、一人じゃ、寂しいじゃないですか。みんなといっしょに楽しんでもいいんじゃないの」
「気にしないで。あたしは、一人が好きだから」
彼女は、ニコリともしないでそう言った。
彼女とは、どうコミュニケーションを取ったらいいのかわからなくなって、会話が途切れてしまった。
「みんな楽しそうですね」
やっと、口をついたのは、この程度の一言だった。
「怪獣だって、子供は遊園地みたいな楽しいことは好きなのよ。人間と同じってこと」
「そうだね。みんな楽しそうだもん」
「でも、人間は、自分と見かけが違うものに対して、必ず差別をする生物でしょ。いくら、おとなしい子供でも、見かけが怪獣だったら大騒ぎするわ。だから園長は、この日だけは、怪獣たちに開放してるのよ」
話を聞くと、とてもいい話だ。彼女の話に俺も賛同する。
「でもさ、いつか人間の子供と怪獣の子供と、いっしょに遊べる日が来るんじゃないかな」
「それは、理想だけど、現実的じゃないわ」
「そうかな・・・」
「だって、怪獣は、いつか巨大化するのよ。今は、小さな子供でも、成長すれば巨大化するの」
確かにそれはそうだ。今は、小さいから乗り物に乗れても、何十メートルまで大きくなったら乗る前に壊してしまう。
「だから、そうなる前に、いい思い出を作ってあげたいの。と、園長が言ってたの」
園長は、とても素晴らしい気持ちを持ってる人なんだな。素直に尊敬できる。
それなら、今日一日は、楽しい思い出をたくさん作ってあげよう。俺は、ベンチを立った。
丁度、ジェットコースターから子供たちが降りてきた。
「みんな、次は、何に乗りたい? どこに行ってみたい?」
「ウミャ~」
「ミビュ~」
「ムグゥ~」
子供たちは、ニコニコしながら俺を見上げて鳴いている。でも、なんて言ってるのかわからない。
困ったぞ。誰か通訳してくれ。周りを見ても、カネドンもグースカもいない。
すると、彼女が、やれやれという顔をしながらやってきて通訳してくれた。
「アレに乗りたいらしいわよ」
指を刺した方向を見ると、コーヒーカップやメリーゴーランドがあった。
なるほど、アレか。それなら、子供向けだ。
「よし、それじゃ、行こうか」
俺は、子供たちの手を引いて乗り物がある方に向かった。
後から親たちもついて来る。親たちは、そんな子供たちを微笑ましそうに見ていた。
俺のことを少しでも信用してくれたら、この仕事は、とてもやりがいがある。
乗り物に乗って動き出すと、声をあげて親たちに手を振っている。
その姿は、人間と全く同じだ。そのそばを、ミニ機関車に乗った親子がやってきた。
運転するのは、グースカだ。
「ウミャ~」
「ギャアォォ~」
みんな大はしゃぎで楽しそうだ。その後、ふれあい広場で動物たちと戯れた。
「みんな、うさぎとかアヒルは、食べちゃダメよ」
子供たちにシェリーさんが言った。やっぱり、怪獣なんだな。
生き物は、食べ物でもあるのか。俺は、そこまで気が付かなった。
でも、子供怪獣たちは、みんな優しそうにうさぎを抱き上げて撫でている。
ヤギに野菜を上げたり、アヒルを追いかけたり、みんな楽しそうだ。
「ピグゥ~」
「なに、ピグタン」
「ピグゥ~」
ピグタンが俺のそばにやってくるとカメラを渡した。
「これで、写真を撮ってやれってこと?」
「ピグゥ~」
「よし、わかった。任せておけ」
ピグタンの気遣いに感謝して、俺は、カメラを構えた。
「みんな、こっち向いて」
俺は、怪獣親子に言いながら手を振る。それにこたえるように、みんなも手を振った。俺は、何枚もシャッターを押した。
「みんな、集まって。行くよ。ハイ、チーズ」
俺は、仲睦まじい怪獣親子たちの写真を何枚も撮り続けた。
みんな楽しそうだ。やっぱり、遊園地は、人間も怪獣も好きなもんは好きなんだ。
俺は、とても遣り甲斐を感じるようになっていた。
「それじゃ、今から、お昼休みになります。好きなものを食べてください」
俺は、事務所の休憩室に集まった怪獣たちに言った。
この日は、社員食堂も開放している。食事を作ってくれるおばちゃんも、大張り切りだ。もちろん、全部無料だ。しかも、食べ放題なのだ。
ただし、人間が食べるもの限定なので、果たして、ラーメンやうどんやカレーライスなど、怪獣の口に合うのか不安だ。
しかし、そんな不安は、まったく無用だった。
子供怪獣たちは、先を争って食事を始めた。
水かきが付いた指や爪が生えているのに、器用に箸やスプーンを使って食べている。
親たちも同じで、みんなおいしそうに食べているのを見て、俺もうれしくなった。
この日ばかりは、食いしん坊の三匹の怪獣たちも、子供怪獣たちのお世話をしている。俺も負けていられない。俺は、水を運んだり、お茶をくんだり摂待係に徹した。
「ちょっと、余り余計なことはしなくていいわよ」
シェリーさんが俺を捕まえて小さな声で言った。
「でも・・・」
「いいのよ。みんな自分でやれることは自分でやるから。それもここに来た楽しみの一つだから」
なるほど。そういうことか。人間の食事を食べるなんて、年に一度しかない。
いろんな意味で、全部が楽しみにしていることなら、余計な手出しはしない方がいい。何か言われたら、助ければいいと思い直す。
「やぁ、みんな、楽しんでますか?」
そこに、園長がやってきた。みんなが、歓声を上げる。
「いいから、食事を続けて」
園長は、そう言って、子供たちの頭を撫でたり、親たちと言葉を交わしている。
「シェリー、今年もご苦労様」
「これくらい、どうってことないわ」
「星野くん、なにか心配事はないかね?」
「ハイ、言葉が通じない以外は、何とかやってます」
「大丈夫だよ。そのウチ、キミにも怪獣の言葉がわかるようになるから」
園長は、いつものようにニコニコしながら言ってくれた。
果たして、ホントに俺にも怪獣の言葉がわかる日が来るのだろうか?
俺だって、ピグタンと話がしてみたい。子供怪獣たちと話をしたい。
「ミグゥ~」
そう思っていると、小さな半漁人が俺のズボンの裾を引っ張った。
確か、ラビンくんとか言ったっけ? 俺は、名前を思い出しながら、しゃがんで目線を合わせた。
「どうした?」
「ミグゥ~」
小さな半漁人は、水かきが付いた手であるものを指した。それは、ジュースだった。
「これか?」
「ミグゥ~」
「これは、オレンジジュースって言うんだ。甘くておいしいよ」
俺は、そう言って、コップに注いで渡した。初めて飲むのか、最初はニオイを嗅いだりしていたけど一口舐めると、目を輝かせて、あっという間に飲んでしまった。
「ミグゥ~」
よほどおいしかったのか、俺にお代わりをねだった。でも、そんなにたくさん飲ませていいのか? 少し不安になったところで、親が出てきた。
「ミギャア~」
そう言って、子供の手を引いて席に座った。子供の半漁人は、まだ、欲しそうにしていたけどタダをこねたりせず、ちゃんと親の言うことを聞いているのは、子供ながらえらいと思った。
この子だけではない。どの子供怪獣も、みんな礼儀正しい。子供らしく、はしゃいだり、遊んだり走り回っているけど、ちゃんと親の言うことも聞くし、俺の言うことも聞いてくれる。
躾ができているんだなと、感心してしまった。
昼食がすむと、午後は、三匹の怪獣たちと遊ぶことになっている。
俺も、もうひと頑張りだ。楽しい思い出作りに俺もやる気が出てきた。
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