第5話 ドタバタ怪獣ショー。

 そうこうしているうちに、我が家に着いてしまった。

当たり前だが、降りるしかない。いつものように、運転手にお礼を言って電車を降りる。すると、後ろから彼女もいっしょに降りた。

「ホントにウチに来るんですか?」

「今更、なにを言ってる」

 彼女は、そう言うと、まるで自分の家に帰るように、玄関を開けた。

「お~い」

 俺より先に、家に入るとは思わなくて、慌てて中に入った。

「ただいま。母さん」

「ハ~イ」

 母さんの声が聞こえた。奥からパタパタとスリッパの音をさせて出てきた。

「あらまぁ、キリカちゃん。久しぶり。また、一段ときれいになったわね」

「副園長こそ、あの頃とちっとも変わらないな」

「なにを言ってるのよ。もう、あたしもおばちゃんよ」

「イヤイヤ、そんなことはない。地球一の美人だぞ」

「そんなこと言ってもらえて、うれしいわ。さぁ、あがってちょうだい」

 母さんは、すごい喜びようで、彼女を歓迎した。その前に、俺のことなど、眼中にないのが腹が立つ。

「ちょっと、母さん」

「秀一、いたの?」

「いたのじゃない」

 実の息子にそんな言い方はないだろう・・・

「ウチの子が、迷惑かけてない?」

「かけているぞ。地球人なのに、空気を全く読めない。しかも、吉本を知らないとは、嘆かわしい」

「そうなのよ。この子は、ホントに空気が読めなくて、世間のお笑いなんて、全然知らなくて、困っちゃうわ」

 これでは、まるでホントの娘と母じゃないか。俺は、唖然として二人を見ていた。

「とにかく座って。今、お茶を入れるからね。もうすぐ、お父さんも帰ってくるからご飯作るからね」

「楽しみにしてるぞ。久しぶりの地球の飯だからな。特に、副園長の作る飯は、うまかったからな」

「今夜は、キリカちゃんの好きなものをたくさん作るから、一杯食べてね」

 いったい、母さんとキリカさんとは、どんな関係なんだろう?

俺が物心をついたころは、彼女がウチに来たことはない。ということは、二人は、俺が生まれる前からの知り合いということになる。

「ベルは?」

「お姉ちゃんは、結婚して、独立してるから、今は、秀一とお父さんと三人なのよ」

「そうなのか。ベルにも会いたいな」

「ごめんね。お姉ちゃんは、お腹に赤ちゃんがいるから、余り動けないのよ」

「そうか。子供が生まれるのか。それは、めでたいな」

 彼女は、まるで、自分のことのように嬉しそうに話している。

それはそれで、うれしいけど、姉ちゃんとも仲がいいというのも、俺は知らなかった。

なんか、俺だけ仲間外れになった気分だ。俺は、部屋に戻って、着替えることにした。

 部屋着に着替えて一階に戻ってくると、父さんが帰っていた。

「キリカちゃんは、しばらく会わないうちにきれいになったな」

「そうなんですよ。よく言われます」

「そうだろ、そうだろ。宇宙じゃ、モテモテじゃないのかい」

「実は、そうなんです」

「そうよね。キリカちゃんくらい美人なら、放っておかないものね」

 俺は、三人の会話を聞いて、思考回路がオーバーヒートした。

いつから、彼女は、ウチの家族になったんだ。まるで、ホントの娘のように接しているじゃないか。

父さんも母さんも彼女のことを普通に受け止めて楽しそうに話している。

このウチで、ホントの子供は、俺だけだぞ。

「秀一、そんなこととこに突っ立てないで、座ったらどうだ」

 父さんに言われて、現実に戻った。

「それで、どうなんだ? 怪獣ランドでは、ちゃんとやってるのか?」

「えっ、イヤ、やってるよ」

「なにを言ってるのよ。三バカたちに振り回されてるじゃない」

 彼女が俺の話を遮って、笑いながら言った。

「ち、違うよ」

「そうかしら?」

 意味深な笑みを浮かべる彼女に言い返せないのが悔しい。

「カネドンとか、グースカたちは、元気なのか? ピクタンは、相変わらずか」

「いつも通りよ」

「久しぶりに会いたいな」

 俺をさて置き、三人で盛り上がっている。

「ハイ、お待たせ。キリカちゃんが好きな、すき焼きよ。たくさん食べてね」

「うまそうだな。早速、いただくぞ」

 そう言うと、彼女は、宇宙人らしくない手つきで、生卵を器に割ると、箸でかき混ぜて、早くも肉を鍋から掴み、卵に付けて一口食べる。

「うまい! やっぱり、副園長の料理は、いつ食っても最高だな」

「ありがとね、キリカちゃん」

 彼女は、母さんがよそってくれたご飯を食べながら、モリモリすき焼きを食べている。

父さんは、ビールを飲みながら彼女の食べている様子を嬉しそうに見ている。

「おい、青年。どうした、食べないのか。うまいぞ」

 口をモグモグさせながら彼女に言われて、ハッと気が付いた。

彼女の食べっぷりに箸が止まっていた。豪快な食べっぷりは、どう見てもお姫様には見えない。お姫様なら、もっと上品じゃないのか? 

彼女は、ホントにお姫様なのか?

俺は、やっと箸を鍋に伸ばした。しかし、そこに残っていたのは、野菜しかなかった。

「ちょっと、肉ばっかり食うなよ」

「お前が遅いのが悪い」

 俺のクレームは、あっさり却下された。

「ハイハイ、ケンカしないの。お肉は、まだあるから、一杯食べてね」

 母さんは、追加の肉を鍋に入れてくれた。

「お前は、頭の回転が悪いから、もっと、野菜を食え」

 そう言うと、彼女は、勝手にネギや春菊を俺の器に入れてきた。

なんだか納得できないままに、俺は、野菜を食べた。

 その後、彼女は、ご飯を三杯もお代わりして、すき焼きもお腹一杯食べた。

「ご馳走様。いやぁ、うまかった。あたしの星には、すき焼きなんてないからな。地球は、食べ物がうまくてホントにいい星だ」

 なんだか、違う感想に聞こえる。すき焼きは、地球にしかないらしい。

すっかり食べ終わると、母さんが入れてくれたお茶を飲みながら、彼女は、父さんたちと宇宙の話を始めた。

自分の星のこと。これから、後を継いで女王になること。そのために、星の王子様と結婚すること。話が壮大すぎて、俺は、まったくついて行けなかった。

なのに、母さんも父さんも、真剣に耳を傾けて、話を聞いている。

「キリエルくんも元気にしてるなら安心だけど、やっぱり、キリカちゃんのことになると心配なんだ」

「そうよ。いくつになっても、娘のことは、父親は心配してるのよ」

「う~ン、そうは思えないけど」

「久しぶりに、キリエルくんにも会いたくなったな」

「ダメよ。パパは、地球人て嫌いだもん」

「相変わらずか」

「そうよ。園長とおじ様たちがいるから、渋々あたしを地球によこしてるけど、ホントは、イヤなのよ」

「まだ、あの時のことを根に持ってるのか?」

「そうなのよ。困ったもんでしょ。ママも、苦労してるわ」

 話にまったくついていけない。キリエルくんて誰だ? 話の内容からして、彼女の父親らしい。地球人のことが嫌いって、何があったんだ? 聞いてみたいような、聞きたくないような・・・

なんだか、人生相談みたいになってきたけど、それにしては、話のレベルがすごすぎてついていけなかった。

 その後、彼女は、当たり前のように、ウチのお風呂に入った。

着替えの心配をしたけど、母さんに聞いたら「キリカちゃんを誰だと思ってるの?」と笑いながら返された。何がどうなるのか、さっぱりわからなかった。

しかし、浴室から出てきた彼女は、違う服に着替えていた。ここに来るときは、何も持ってなかったはずだ。

ウチに彼女が着ているような服はない。どうしたんだろう?

「地球の風呂は、格別だな。気持ちがよすぎる」

「時間があれば、温泉に行ってみたらどうかしら?」

「そうなんだ。温泉に行ってみたい。でも、忙しいから、時間がない」

「だったら、銭湯でもいいじゃないか。この近くにあるぞ」

「そうなのか。ぜひ、行ってみたいぞ」

 彼女は、地球に仕事に来てるのか、遊びに来てるのか、わからない。

温泉に行きたいとか、観光に来ているつもりなのか?

俺は、半ば呆れて話を聞いているだけで、口を挟む余地はない。

 なんだか、会話に入れない感じなので、俺は、風呂に入ることにした。

温かいお湯に全身を浸かっているときも、明日からの怪獣ショーのことばかり考えていた。台本を思い出し、段取りを確認して、お客様を前にしても、緊張しないように、そればかり考えていた。

人前で、なにかするなんて、生まれて初めてのことだ。俺としても、晴れの舞台だ。

絶対に、失敗してはいけない。そんなプレッシャーを感じていた。

果たして、うまくいくだろうか? お客様たちを楽しませることができるのか?

失敗しないように、がんばるしかない。俺は、気を引き締めていた。

 それなのに、風呂から上がると、三人は、大いに盛り上がっていた。

「秀一、明日からショーをやるんだってな。がんばれよ」

 いきなり、父さんに言われて、言葉に詰まった。

「大丈夫かしらね? この子が人前でなにかするなんて、初めてだから、お母さんは心配だわ」

「キリカちゃんがいるから、大丈夫だな」

「そうね。キリカちゃん、この子をお願いね」

「大丈夫だ。あたしに任せろ」

 俺は、必死で返す言葉を考えた。

「その前にさ、キリカさんも台本と段取りを覚えてよ」

「お前は、まだ、そんなことを言ってるのか? その必要はない」

「でも・・・」

「お前、さっきの吉本のビデオを見たか?」

「見たけど、それがどうしたの?」

「お笑いというのが少しはわかっただろ。人を楽しませるというのが、どんなに大変か、子供から大人まで、盛り上げるには、どうしたらいいか、わかっただろ」

 そう言われても、俺は、お笑い芸人じゃないし、人を笑わせるとかそんな難しいことはできない。

「ショーは、お笑いじゃないし・・・」

「まだ、そんなことを言ってるのか」

 彼女は、俺を見て、盛大な溜息をついた。

「秀一は、昔から頭が硬くて困るんだよな。考えてからじゃないと、行動できないというか、アドリブができないというか、すぐに固まっちゃうんだよ。キリカちゃんには、気を使わせるな」

 父さんが、腕を組みながら、難しい顔をして言った。

確かに、俺は、脳内で考えて、納得してからじゃないと、動けない性格だ。

だから、人よりもワンテンポ動きが遅れがちなのだ。それが、俺の悪い癖なのは、子供のころからわかっている。

「心配するな。地球人の一人や二人、変えさせるなんて、お茶の子さいさいだ。このあたしに、不可能はない」

「キリカちゃんだけが頼りよ。この子をお願いね」

 母さんまでが、彼女を頼りにしている。そんなに俺は、頼りないのか?

「とにかく、がんばれよ。お父さんたちも見に行きたいんだけど、仕事が忙しくてな」

 むしろ、見に来たら緊張するので、やめてほしい。

「明日もあるから、先に休むよ。おやすみ」

 俺は、居たたまれなくて、二階の自分の部屋に戻ることにした。

階段を昇っているときも、三人の笑い声や楽しそうな声が聞こえた。

両親とキリカさんの関係も気になるけど、明日のことで頭が一杯だった。


 翌朝、俺は、母さんに見送られて、彼女と二人で送迎電車に乗って、怪獣ランドに出勤した。俺は、席に座ると、今日の怪獣ショーの台本を読み始めた。

セリフと段取りを頭に叩き込む。すると、前の席に座っていた彼女が顔を覗かせると

いきなり持っていた台本を取り上げた。

「ちょ、ちょっと・・・」

「まだ、こんなの読んでるの? こんなのいらないって、言ったでしょ」

「でも、心配だし、返してくれよ」

「ダ~メ」

 そう言うと、彼女の目が青く光ったかと思うと、台本が目の前で消えてしまった。

「なにすんだよ」

「こんなのに頼ってちゃダメよ。こんなのおもしろくないもん。昨日も言ったけど、ショーは、生なのよ。お客さんを楽しませるのが第一。段取り通りなんて、ちっともおもしろくないでしょ。あたしに任せない。お前は、あたしの言う通りにしてればいいから」

彼女は、そう言って、自信満々の顔をしているが、俺は、不安で一杯だった。


 そして、予想通り、この日の俺の初舞台は、散々に終わった。

司会役の俺は、台本通りにやった。最初の挨拶をして、子供たちに挨拶した。

そこまではよかった。しかし、その後は、もうグダグダだった。

原因は、言うまでもなく、キリカさんだ。なのに、ショーは、大成功に終わった。

子供も大人も大喜びで、声をからしての大声援と笑いの渦で、みんながみんな笑顔だった。園長も大喜びで褒めてくれた。でも、俺は、複雑だった。

 怪獣ショーも段取りなんてなかった。怪獣たちは、舞台狭しと走り回り、

もはや、台本なんて誰も読んでなかった。俺は、懸命に台本通りに進めようとした。

なのに、ドンドンずれていく。怪獣体操をしても、ドつき漫才に変わった。

見ている人は、腹を抱えて笑っている。俺が、台本通りにセリフを話そうとしても

キリカさんや怪獣たちに邪魔されて、その通りに行かない。

 俺は、事務所の食堂で、疲れ切ってぐったりしていた。

他の従業員たちは、そんな俺の気持ちを知らず、みんなが楽しそうに話していた。

「今年の怪獣ショーは、例年になく盛り上がったな」

「お客さんたちも、みんな大喜びだったもんね」

 そんな言葉を聞いても、素直に喜べない俺だった。

「よぉ、青年。どうした、そんな顔して?」

 キリカさんと怪獣たちがやってきた。

「二回目のステージも期待しろ。次も、バンバン笑わせて、楽しいステージにするからな」

 キリカさんは、浮かない顔をして俯いている俺の肩をバンバン叩いて楽しそうだ。

「あのさ、次は、ちゃんと台本通りにやってよ」

「まだ、そんなことを言ってるのか? 怪獣ショーは、大成功だっただろ」

「そうだけど、アレじゃ、お笑いじゃないか」

「お笑いのどこが悪い? 見ていた客は、みんな笑って楽しそうだったじゃないか」

「でも、俺たちは、お笑い芸人じゃないんだよ」

「お前、お笑いをバカにしてるだろ。萩本欽一を見ろ、ツービートを見ろ、渥美清だって、由利徹だって池野メダカも間寛平も、横山やすし、明石家さんまも人を笑わせる努力をしていたんだぞ。人を泣かせるより、笑わせる方が、どんなに大変か、お前はわからんのか?」

 彼女は、腰に手を当てて座ってる俺を見下ろしながら力説する。

「だから、俺たちは、お笑いじゃないんだって」

「もういい。お前を当てにしたあたしがバカだった。今度のステージは、お前はいらん」

 そう言うと、怪獣たちを引き連れて事務所を出て行った。

もしかして、俺は、彼女を怒らせたのか? 何か怒られるようなことを言ったのか?

怪獣ショーをクビになったのか? そんなはずはない。俺は、台本通りに進めようとしただけだ。俺は悪くない。なのに、なんで彼女の機嫌が悪くなったんだ?

俺は、慌てて彼女たちの後を追った。まもなく、二回目のステージが始まる。

俺は、司会者として、ステージに上がらなくてはいけない。

「ちょっと待って」

 俺は、彼女たちに追いつくと、怪獣たちに言った。

「待ってくれ。俺も行くから」

「青年、二度目は、ちゃんとやってくれよ」

 ちゃんとやるのは、どっちなんだ? 俺じゃなくて、彼女の方だろ。

「それは、こっちのセリフだよ。次は、段取り通りやって・・・」

 そんな俺の額に彼女は、デコピンをした。

「痛っ!」

「寝言は寝て言え。さぁ、行くぞ」

 彼女は、そう言って、颯爽とステージに向かって歩き出した。

「秀一くん、諦めて、ちゃんと付いてきてよ」

「キリカちゃんは、言い出したら聞かないからね」

「ピグゥ~」

「ウビャ~ン」

 怪獣たちは、俺を慰めるようなことを言って、ステージに歩いて行く。

そう言われても、台本がなければ、俺はどうしたらいいのかわからない。

段取りというものがなければ、どうしていいかわからないじゃないか。

俺は、不安しかない気持ちで、二回目のステージに上がった。

「みんな、こんにちは」

「こんにちは~!」

「もう一度、こんにちは!」

「こんにちは~」

 子供たちも大人たちも、元気に答える。ここまではいい。問題は、この後だ。

どうすればいい・・・ 台本なら、次は、怪獣たちを呼んで紹介する段取りだ。

俺は、マイクを握ったまま、固まってしまった。セリフが出てこないのだ。

見ている人たちの全員が、俺に視線を向けている。ダメだ・・・ 思考回路が停止した。

「うわぁ~」

「おおぉぉ・・・」

 その時、客席から一斉にどよめきが起きた。何事かと顔を上げると、客席を割って、彼女が現れた。

しかも、怪獣の背中に乗っている。ロンの背中に乗った彼女が、客席から出てきたのだ。子供も大人も彼女に群がっていく。

「ロンだ」

「怪獣だ、怪獣」

「どけ、どけ。ガキども、道を開けろ」

 群がる子供たちに、下品な声を上げる彼女に、俺は青ざめた。

子供であっても、お客様だ。その、お客様に向かって、ガキとは何だ、ガキとは・・・

「ウビャ~ン」

 ロンは、鳴きながら舞台に歩いてくる。そして、舞台に上がると、彼女は俺のマイクをひったくった。

「お前ら、元気か!」

「元気だよぉ~」

「よぅし、愚かな地球人ども、よく来たな。カネド~ン! グースカ! ピグタン、出てこい!」

 大きな声で怪獣たちを呼んだ。すると、三匹の怪獣たちが現れた。

と言っても、段取り通り舞台の袖から出てきたわけではない。

カネドンは、客席から現れた。客たちは、雪崩を打って、カネドンに集まる。

「カネドんだ」

「カネド~ン」

 客席は、大混乱だ。すると、今度は、グースカが舞台の下から現れた。

「グースカだ」

 舞台の中央部分がせり上がるようにして出てきたグースカに、一斉に手を振る子供たち。そんな演出は、台本になかったぞ。第一、そんな装置は、この舞台にはなかったはずだ。

 そして、とどめは、ピクタンがバカでかい風船に乗って降りたきた。

「見て、ピグタンだよ」

「ピグタ~ン」

 風船に捕まって、舞台に降りてくるピグタンに手を振る子供たち。

もはや、収拾がつかない。俺は、どうしたらいい・・・

唖然としている俺に彼女が耳打ちした。

「青年、怪獣どもを紹介しろ」

 俺は、ハッとして、我に返ると、マイクで怪獣たちを紹介した。

「えっと、カネドンです」

 次の瞬間、俺の後頭部に衝撃が起きた。見ると、彼女の手には、ハリセンが握られていた。

「この、バカちんが! そんな紹介の仕方があるか」

 彼女に怒られて、またしてもハリセンで頭を叩かれた。客席は、大爆笑である。

そして、舞台に上がってきた三匹の怪獣たちが言った。

「カネドンで~す」

「グースカで~す」

「ピグゥ~」

 すると、彼女は、ピグタンにハリセンをお見舞いした。

「ピグゥ~じゃない。ちゃんと、名前を言え」

「ピグゥ~」

 ピグタンは、ピグゥ~としか言えない。わかっていながら、突っ込む彼女に客席は、さらにうけまくった。

続いて、子供たちといっしょに怪獣体操を踊る段取りだった。

ところが、ちゃんと踊れない怪獣たちに、いちいちハリセンで突っ込む彼女。

客席は、大爆笑の嵐だった。怪獣の歌を歌うときも、音痴過ぎる怪獣たちにダメ出しをする彼女。

子供も大人も大笑いで楽しそうだ。でも、こんなのは台本にない。

アドリブが弱い俺は、何一つついていけない。

「カネドンが好きな人、拍手!」

 キリカさんの声に、反応して、会場は拍手喝采だった。

「それじゃ、グースカが好きな人、拍手」

 またしても、会場は、拍手の嵐が起きた。

「最後は、ピグタンが好きな人、拍手」

 割れんばかりの拍手だった。

「おまけで、このお兄さんが好きな人、拍手」

 会場は、シーンとしてしまった。

「ほら、スベッたじゃないか」

 彼女に言われて、ハリセンを受けた。すると、今度は、大爆笑が起きた。

もう、何が何だかわからない。俺は、叩かれた頭の痛さより、呆然とするしかなかった。

 その後も舞台は、ドタバタな展開が続き、笑いが絶えない楽しい舞台となった。

子供を数人舞台に上げて、怪獣たちと体操をしたり、歌を歌ったり、会場は大盛り上がりだ。

なのに、俺だけ蚊帳の外のような雰囲気で、マイクを持ったまま舞台の隅で立ち尽くしている。

「ウビャ~ン」

 そこに、ロンがやってきた。長い首を俺の足に絡ませてくる。

「ウビャ~ン」

 なにが言いたい。何がしたいんだ。俺にどうしろというんだ。怪獣語がわからない俺は、通訳がいないとわからないじゃないか。

ロンは、俺のズボンの裾を噛むとそのまま歩いて舞台の中央に連れて行く。

「おい、ロン、なにを・・・」

「ウビャ~ン」 

 舞台の前に連れてこられた俺は、どうしていいかわからない。

すると、カネドンが俺の体を持って、ロンの背中に乗せたのだ。

「これから、競争だ。お前ら、ロンに付いてこい!」

 そう言うと、ロンは、舞台を下りて行った。俺は、落ちないように首にしがみ付くことしかできない。

「青年、落ちないように、しっかり捕まってろよ」

 彼女が舞台の上から大声で叫んだ。

「無理だって。落ちるよ」

 俺は、ロンの背中に乗って、首にしがみ付いたまま揺さぶられている。

どうやっても、落ちそうだ。そのままロンは、子供たちを引き連れて早足で歩きだした。馬に乗っている気分だ。もちろん、乗馬なんてしたことない。

「ちょっと、止まって、止まって・・・」

 俺は、振り落とされないようにしがみ付きながらロンに叫んだ。

「ウビャ~ン」

「ロ~ン!}

 後ろから子供たちが追いかけてくる。ロンは、楽しそうに右に左に駆けずり回る。

その度は、俺は、体を揺さぶられて落ちそうになる。それが面白いのか、子供たちと追いかけっこしていた。

 やがて、ロンが止まると、子供たちに囲まれて、俺は、ホッと一息だ。

俺は、ロンから降りると、今度は、子供たちが競ってロンの背中によじ登る。

俺は、その輪の中から逃げるように這い出すと肩で息をした。

完全に運動不足だ。息切れ状態で、顔を上げることもできない。

「おい、青年。なんだ、その様は。まったく情けない」

 彼女と怪獣たちが目の前にいた。そう言われても、俺は、息が上がって言い返すこともできない。

ロンは、子供たちを何人も背中に乗せて走り回っている。それを怪獣たちが追いかける。

 みんな笑顔だった。汗だくになった顔を上げると、そんな子供たちの姿を見た。

「ご苦労だったな。落ちなかっただけでも合格だ」

「あのさ、キリカさん」

「なんだ?」

「こんなことして、いいんですか?」

「なにが悪い?」

 キリカさんは、眉に皴を寄せて不思議そうな顔をした。

俺から言わせれば、いくらおとなしいとはいえ、怪獣は怪獣だ。

もし、子供たちに怪我でもさせたら、大問題で怪獣ランドの責任になる。

そんな危険なことは、してはいけない。これは、世間的な一般常識だと思う。

なのに、彼女は、そんなことは一ミリも思っていない。

「お前、あの子供たちを見て、なんとも思わないのか? ホントに危なかったら、親が黙ってないだろ」

 見ると、みんな笑顔だった。楽しそうに怪獣を追いかけまわし、怪獣に抱き付いたりしている。

その親たちも笑って写真を撮っている。中には、父親らしい男性が、子供を怪獣の肩に乗せている人もいた。

「だけど、もし、何かあってからじゃ・・・」

「お前、あいつらを信用してないのか? 怪獣だからと言って、差別しているのか?」

 俺は、慌てて首を横に振った。もちろん、三匹の怪獣たちとは、知り合ってまだ短いとはいえちゃんとコミュニケーションを取れるようになったし信用している。

「だったら、問題ない。あいつらも子供が好きなんだ。それでいいじゃないか」

 彼女は、そう言うと、怪獣に群がる子供たちの間に割って入るとこう言った。

「よぅし、そこまで。怪獣ショーは、これで終わりだ。また、明日、会おう。みんな、バイバイ」

「バイバ~イ」

 子供たちは、素直に言うことを聞いて、怪獣たちから離れる。

そして、怪獣たちに手を振っている。彼女は、怪獣たちを引き連れて、事務所に向かって歩き出す。

怪獣たちも子供たちに手を振っている。俺は、急いで後を追った。

ようやく追いつくと、彼女は、俺に言った。

「どうだ、ショーというのは、いつも同じじゃない。だから、おもしろいんだ。少しはわかったか? 明日からも頼むぞ」

 そう言って、怪獣たちを引き連れて歩いている。その姿は、まるで、水戸黄門の黄門様のようだ。

その後ろ姿を見て、なにか、不思議なオーラのような、人を引き付ける何かが見えた気がした。 


 

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