第4話 お姫様がやってきた。

「皆さん、おはようございます」

「おはようございます」

「今日から、ゴールデンウィークが始まります。忙しくなりますが、事故やケガなどないように、よろしくお願いします。さて、今年も、キリエル星から、キリカさんが来てくれました」

 そう言って、園長がいつもの朝礼の挨拶をする。紹介された、お姫様というのが、

どんな人なのか、実は、昨日からドキドキしていた。

そして、園長に紹介されて一歩前に出てきたのは、俺が想像したよりも、すごい美人だった。

「オッス! 今年も来てやったぞ。また、よろしくな」

 見かけと違う言葉遣いに、俺の脳みそが、早くも思考停止した。

スラっと背が高く、茶色の髪がサラサラと肩まで伸びて、目もパッチリして、鼻筋が通り、ピンクの唇がとても可愛らしい。同じ制服ではなく、白いシャツに水色のフレアスカート。

そこから伸びる白くて長い脚。足元は、ピンクの鮮やかなスニーカーを履いている。

いかにも可愛らしい女の子という感じで、とても、お姫様には見えない。

それでも、美人には変わりない。テレビで見るような、アイドルとも違い、すっごい美人なのだ。それだけに、言葉遣いが残念で仕方がない。

「キリカちゃん、今年もよろしく」

「任せろ。親父にも言われてきたから、ミラクル・・・じゃなかった、園長に迷惑かけないように、しっかりやってやるから、安心して任せろ」

「頼もしいねぇ。それじゃ、キリカちゃんといっしょにやってくれる人を紹介するね。こちらが、星野くん。キミも知ってると思うけど、前の園長の息子さんだよ」

 そう言いながら、俺を紹介する園長は、すごく笑顔だ。

「よろしく、星野秀一です」

「フゥ~ン、アンタがあの人の息子なの。頼りなさそうね」

 俺の足先から頭のてっぺんまで、一瞥した彼女の第一声だった。

なんか、トゲがある言い方だ。なんか、気に障ることでも言ったのか?

「ほら、お前たちも一年振りなんだから、ちゃんと挨拶しなさい」

 園長に言われて、陰に隠れていた怪獣たちが、おずおずと前に出てきた。

「どうも、ご無沙汰です」

「また、会えてうれしいです」

「ピグゥ~」

 言葉とは裏腹に、怪獣たちは、余り覇気がない。

「なんだ、その挨拶は。もう一度、やり直し。元気がない」

 彼女は、腰に手を当てて、怪獣たちに檄を飛ばした。

「ハ、ハイ、おはようございます」

「キリカさん、お元気ですか?」

「ピグゥ~」

「声が小さい、もう一度」

 怪獣たちは、姿勢を正して、何度も挨拶を繰り返した。

「明日から、一度で、それくらいやれ」

 なんだ、この子は? お姫様じゃないのか? どっかの大学の体育会系のノリだ。

俺は、もともと文科系なので、このノリは、ついていけない。

 すると、もう一人、イヤ、一匹現れた。

事務所のドアを開けて入ってきたのは、まさに怪獣だった。

「ウミャ~ン」

 入ってきたのは、四つ足の怪獣だった。俺は、後ずさり、声も上げられない。

思考回路は、完全に停止状態だ。その怪獣が、彼女に近寄って行った。

 危ない!! 俺は、そう思ったが、声も出なければ、体も動かない。

我ながら、男として情けないが、仕方がない。怪獣を目の前にして、咄嗟に動けるはずがない。

「ウミャ~ン」

 怪獣は、猫のような変な声で鳴きながら、彼女にすり寄っていく。

「こら、お前は、外で待ってろって言っただろ。勝手に入ってくるな」

「ウミャ~ン」

 怪獣は、彼女の足元にすり寄ると、体を寄せて長い首を上げて見上げてる。

しかも、彼女は、逃げようともしない。いったい、どういうわけだ?

「ほら、お前がいきなり来たから、この人間がビックリしてるだろ」

 そう言うと、その怪獣は、今度は、俺の方を見た。まずい、襲われる。

俺は、震える足で少しずつ動いて、三匹の怪獣たちを見た。

しかし、三匹の怪獣たちは、驚くようなことを言った。

「久しぶりだね」

「元気だった」

「ピグゥ~」

 なんと、カネドンたちは、その怪獣に言葉を投げた。もしかして、怪獣同士、知り合いなのか?

「あ、あの、この怪獣は・・・」

 これだけいうのが精一杯だ。

「この子は、あたしのペットだ」

「ペ、ペ、ペット?」

「ロンて言うんだ。よろしくな。ほら、この人間に挨拶しろ」

「ウミャ~ン」

 四つ足の怪獣は、俺を見ると、ゆっくり近づいてきた。

そして、俺の足元に首を寄せていく。

「ちょ、ちょっと、怪獣が・・・」

「おい、青年。今、怪獣って言ったか?」

 俺は、ゆっくり首を縦に振る。

「言っておくが、この子は、怪獣ではない。立派な宇宙恐竜の子供だ。怪獣じゃない。間違えるな」

 今なんて言った? 宇宙恐竜って言わなかったか。恐竜だぞ、恐竜。

しかも、宇宙恐竜って、もはや理解不能だ。宇宙怪獣というのは、聞いたことがあるが宇宙恐竜なんて聞いたことがない。俺の頭は、完全にオーバーヒートを起こした。

許容範囲が想定外すぎて、パンクしたのだ。

「おい、どうした? しっかりしろ、青年」

 俺は、彼女に肩を揺さぶられて、やっと正気に戻った。

目の前にいる四つ足の怪獣・・・ じゃなくて、宇宙恐竜は、子供とはいえ、大きい。セントバーナードより、一回り大きく、全身が茶色で背中に鱗のようなものもある。尻尾も長く、首も長い。小さな頭に大きな口。頭には、角のようなものもある。

口を開ければ、立派な牙が見える。でも、よく見れば、子供らしく、目も小さくてちょっと可愛い。鳴き声が、猫のような、犬のような、微妙な声だ。

 俺は、固まったまま立ち尽くすしかなかった。

「ところで、青年」

「えっ?」

「なんだ、お前は。朝から元気がないな。青年と言ったら、お前しかいないだろ」

 青年て、俺のことか。名前を呼んでくれないとわからないじゃないか。

「さて、もうすぐ開園時間だろ。正面ゲートに行くぞ」

 そう言って、キリカさんは、先に立って歩きだした。慌てて後について行く俺と怪獣たち。

金色のサラサラヘアーをなびかせて、大股で颯爽と歩く姿は、とてもお姫様には見えない。

「あの子、ホントにお姫様なのかよ?」

 俺は、小さな声で、怪獣たちに聞いてみた。

「そうだよ」

「キリカ姫だよ」

「ピグゥ~」

「全然、そう見えないんだけど」

「キリカちゃんをお姫様と思わない方がいいよ」

「気が強くて、厳しいから、覚悟した方がいいよ」

「ピグゥ~」

 三匹の怪獣たちは、彼女をかなり恐れているようだ。確かに、その雰囲気からして、俺も同意する。

「あの怪獣・・・ じゃなかった。宇宙恐竜の子供は、知り合いなのか?」

「あの子は、ロンて言うんだよ」

「宇宙恐竜の子供だよ」

「ピグゥ~」

「それはわかったけど、何で、怪獣なんて飼ってるんだ?」

 俺は、カネドンたちに聞いてみた。

「あの子の親は、悪い宇宙人に殺されて、迷子になっていたのを、キリカちゃんが保護したんだよ」

「まだ子供だからね。ペットというより、家族の一員て感じかな」

「ピグゥ~」

 理由を聞いて、やっと納得した。確かに、あの宇宙恐竜のことは同情する。

両親を殺されて、子供一匹で広い宇宙を生きていくことはできないだろう。

それを助けたというのは、彼女もいいところがあるじゃないか。さすが、お姫様だ。

俺は、かなり見直した。口は乱暴でも、優しいとこもあるようだ。

「こら、お前たち、何してる。早くしろ」

 後ろをのそのそ歩く俺たちは、早くも怒られてしまった。

見ると、キリカさんは、ロンの背中に乗っていた。

子供とはいえ、宇宙恐竜の背中に乗って歩く女の子なんて、初めて見た。

スカートで馬に跨るようなもんで、下着が見えてしまいそうで、ハラハラした。

なのに、ちっとも気にする素振りもない。ロンは、首を左右に振りながら静かに歩いている。馬に乗ったことがない俺は、少し乗ってみたくなった。


 俺と怪獣たちは、早足で追いつくと、ちょうど開門の音楽が鳴った。

「キミぃにも、みえぇる、ウルトラのほしぃ~・・・」

 なんか歌が違うけど、そこは、気にしないようにする。

正門のゲートを開けると、すでに長蛇の列だった。俺たちが出て行くと、子供たちが一斉に騒ぎ出す。

「カネド~ン」

「グースカ~」

「ピグタァン!」

 子供たちが怪獣たちに駆け寄ってくる。俺は、怪獣たちを守ろうとするが、子供たちの数に押されてどうすることもできない。さすが連休中は子供が多い。

親が止めるのも聞いてない。

「こらぁ~! 一列に並べ。整列しないと、ツマミ出すぞ」

 そこに、彼女がものすごい声を出して、手をパンパン叩いた。

子供たちの歓声が、一瞬にして静まり返る。

「ちゃんと並べ。順番だ順番」

 まるで、学校の先生のようだ。子供たちは、彼女に言われて、きちんと並び始める。

そして、一人ずつ、カネドンの口の中に入場料のお金を入れていく。その後、グースカやピグタンと握手をしたり、写真を撮ったりして、ゲートの中に入っていく。

「そこ、横入りするな。時間はある。慌てるな」

 宇宙恐竜のロンから降りた彼女は、腰に手を当てて子供たちに指示を出す姿は、爽快そのものだ。しかも、そのロンに対しても子供たちが集まってくる。

「ロンだぁ」

「乗りたい、乗りたい」

 子供たちは、ロンにも集まってくる。

「騒ぐな。順番だ、順番」

 そう言って、キリカさんは、子供たちを数人ロンの背中に乗せていく。

子供たちは、大喜びだ。ロンもおとなしく子供たちを背中に乗せて歩いている。

親たちは、その様子を写真に撮ったり手を振ったりしている。

 よく考えれば、子供を怪獣の背中に乗せるなんて、ものすごく危険な行為だ。

なのに、そんなことは、誰も思っていない。みんな笑顔で楽しそうなのだ。

 ここは、怪獣ランドだ。それが、ここでは、当たり前の光景なのかもしれない。

その後、俺たちは、子供たちとカネドンたちを引き連れて園内を歩く。

「かいじゅうぅ~、かいじゅう、だいかいじゅうぅ・・・」

 子供たちは、意味不明な歌を歌いながら楽しそうだ。

俺は、どうしたらいいのかわからない。子供は、基本的に苦手だし、小さい子供と触れ合ったことがないので、どう接したらいいのかわからないのだ。

「どうした、青年?」

「イヤ、別に・・・」

 キリカさんは、不安そうな顔をしている俺の顔を覗き込んだ。

「ここは、子供の遊園地だぞ。もっと、楽しそうにしないとダメだぞ」

 確かにその通りだ。俺は、気持ちを切り替えて笑顔を作った。

子供たちは、親とアトラクションの方に走っていく。

俺は、怪獣たちと園内を散策する。キリカさんは、ロンの背中に乗ったままだ。

俺たちは、しばらく園内を歩きながら、子供たちの相手をしたり、写真を撮るなどする。

「青年、ちょっと休憩しようか」

 そう言うと、キリカさんは、ロンから降りると傍にあったベンチに座る。

怪獣たちもホッとしたように、ベンチに腰かけた。

「おい、カネドン、ちょっと来い」

 キリカさんは、足を組んで、カネドンを手招きした。

カネドンは、少し不安そうに目をキョロキョロさせながら近づいていく。

「喉が渇いた。そこで、ジュースを買って来い」

「えっ、ぼくが?」

「当り前だろ。あたしは、お金は持ってないからな。お前が出しておけ」

「イヤ、でも・・・」

 カネドンは、なぜか、大きながま口のような口のチャックを閉めた。

すると、キリカさんは、立ち上がると、カネドンに迫る。

「うぐ、うぐ・・・」

「口を開けろ」

「うぐ、うぐ・・・」

 カネドンは、口を押えて顔を左右に振る。いったい、何をする気なのか、俺は見ていることしかできない。

すると、キリカさんは、カネドンの口のチャックを強引に開けさせると、大きな口の中に手を突っ込んだのだ。

「ぐぅぇ・・・」

 カネドンは、苦しそうにもがき出す。

「静かにしろ」

 さらにキリカさんは、口の中に手を入れたかと思うと、今度は、顔ごと口の中に突っ込んでいった。

「エギュェ~」

カネドンの頭がグルグル回り出し、目を白黒させる。

「ちょ、ちょっと、キリカさん、何してるんですか。カネドンが苦しそうですよ」

 俺は、慌てて止めに入る。このままじゃ、カネドンが死んでしまう。

見ていたグースカやピグタンもおろおろするばかりだ。

 すると、キリカさんは、カネドンの口から顔を出した。

しかも、その手には、小銭がいくらか握られていた。

「さっさと出さないから、そんな目に合うんだ」

 キリカさんは、カネドンのお腹の中から、子供たちが払った入場料を取り出したのだ。

「ウゲェ~・・・」

 カネドンは、咽ながら、小さな目から涙が溢れていた。

「大丈夫、カネドン?」

 俺は、心配して駆け寄ると、カネドンは泣きながら頷いた。

振り向くと、キリカさんは、ロンを連れ添って、目の前の売店に向かっていた。

「ちょっと待って」

「どうした、青年?」

「そのお金は、どうするの?」

「決まってるだろ、そこで飲み物を買うんだ」

「イヤイヤ、そのお金は、入場料でしょ。使っちゃまずいですよ。園長に怒られますよ」

「少しくらいは大丈夫だ。おばちゃん、オレンジジュースを二つくれ」

 キリカさんは、俺の言うことなど、まったく聞いてくれない。

てゆーか、それって横領だろ。いくら少額とはいえ、まずくないか。

「キリカさん、園長にバレたらどうするんですか」

「仕方ないだろ。あたしは、地球のお金なんて持ってないんだから」

 そう言われると、星のお姫様だからお金なんて持ってなくても当たり前かもしれない。それに、お金がないから、ここでアルバイトをしているわけで、それはそれで理解できる。

だからと言って、カネドンの口から、強引にお金を取っていいわけではない。

「あぁ~、うまかった。やっぱり、地球の飲み物は、うまいな」

「ウミャ~ン」

 すっかりジュースを飲み終えて、ご満悦な彼女は、ロンの背中に跨ると再び歩き出した。三匹の怪獣たちも、呆れて無言だった。

「カネドン、災難だったな」

「ハァ~」

「先が思いやられるね」

「ピグゥ~」

 三匹の怪獣たちの気持ちは、俺にも痛いほどわかる。連休は、まだ、始まったばかりなのだ。


「あのぅ、これが、台本なんですけど」

 俺は、昼休みに恐る恐る差し出したのは、連休中にステージで行う、怪獣ショーの台本だった。

ショーと言っても簡単なもので、三匹の怪獣たちが歌ったり踊ったりするだけで

最後は、サイン会や撮影会をする程度だ。俺は、司会役を仰せつかり、台本を渡して、段取りを覚えてほしかっただけだ。

彼女の役割は、いわゆるショーのお姉さん的なことで、俺とのやり取りやショーの進行役だ。

「なにこれ?」

 キリカさんは、かつ丼を食べながら俺を見上げて言った。お姫様なのに、まるで、男のような豪快な食べ方だ。見ていて感心するくらいだ。かつ丼をかっ込みながら、片手で台本を受け取るとパラパラとページを捲って、とても読んでいるとは思えない。俺は、初めてのことだけに、セリフとか段取りとか、昨日の夜に必死で覚えた。

「つまんない。書き直し」

 あっさり却下だ。でも、これは、俺が書いたわけではない。

毎年、この台本を使ってやってるというので、使いまわしだ。書いた人は、たぶん、園長だろう。

「でも、毎年、この通りにやってるっていうから・・・」

「アンタ、バカ? こんなの、子供が喜ぶと思ってるの?」

 彼女は、かつ丼の大盛りをきれいに平らげると、お茶を飲みながら顔を顰めて言った。

「でも、毎年、この通りだって・・・」

「やってないわよ」

「それじゃ、どうやって?」

 俺は、当たり前の疑問を口にした。すると、ビックリするような一言を言った。

「バン!」

 彼女は、人差し指を俺に向けて、ピストルの形にして言った。

俺は、いきなりのことで、呆気に取られて固まってしまった。

まさに、思考回路が停止したわけだ。

「ハアァ~」

 彼女は、そんな俺を見て、盛大な溜息をもらして肩を落とした。

俺は、なにか失礼なことでもしたのだろうか?

「青年。お前は、地球人だろ?」

 なにを当たり前なことを聞いているんだ? 俺は、黙って頷いた。

「だったら、バンと言われたら、やられたぁとか、死んだ真似をするのが、わからんのか?」

 なんだそりゃ? 俺の頭は、完全に思考回路が停止した。

「青年、お前は、吉本を見てないのか?」

 またしても、意味不明なことを言われた。

「吉本新喜劇を知らないのかと聞いてるんだ」

「し、知らないけど・・・」

「ハアァ~・・・ まったく、地球人と言うのは、ホントに頭が悪いな。もっと、勉強しろ」

 それは、何の勉強なんだ? 学校では、習わなかったぞ。

「カンぺーちゃんは知ってるか?」

 俺は、首を横に振った。

「パチパチパンチは?」

 同じく、顔を横に振る。

「かいぃ~のは? ごめんくさいは? 池野メダカは?」

 もう、何が何だかわからない。連発される単語は、聞いたことがない。

「もう、いい。お前とは、やってられん。勉強し直してこい。話は、それからだ」

 そう言うと、彼女は、機嫌を悪くして席を立ってしまった。

俺は、訳がわからず立ち尽くしているだけだった。

「秀一くん。テレビで、お笑い番組は、見たことないの?」

 カネドンに言われて、俺は、やっと現実に戻った。

「見たことあるけど」

「だったら、吉本って知ってるでしょ」

「名前くらいは聞いたことあるけど・・・」

「秀一くんは、大阪って行ったことある?」

「ない」

「それじゃ、ダメだ」

 なにがダメなんだ? なんで、大阪に行ったことがないとダメなんだ?

俺は、東京に生まれて、東京で育った。関東から出たことがない。旅行も箱根や伊豆くらいだ。

阪神ファンでもないし、お笑いと言えば、落語とか漫才だ。

 すると、カネドンは、グースカやピクタンと何かひそひそ話を始めると、ロッカーから一本のビデオを持ってきた。

「これを見て、勉強して」

「なに、これ?」

「これを勉強しないと、キリカちゃんは、秀一くんの言うことを聞かないよ」

「わ、わかった」

 俺は、渡されたビデオを手に取った。これは、きっと、難しいビデオなのかもしれない。

「午後は、キリカちゃんと回るから、秀一くんは、これを見て勉強してて」

「でも、俺もみんなと回らないと・・・」

 俺は、カネドンに言うと、巨大な顔を横に振りながら言った。

「きっと、これを勉強しないと、口を聞いてくれないから、とにかく、秀一くんは、これを見て」

「わかった」

 俺は、ガックリと肩を落とした。何しろ、お姫様が口を聞いてくれないというんじゃ一大事だ。

三匹の怪獣たちは、彼女と園内を回ることになった。俺は、休憩室にあるテレビでビデオを見ることにした。


 たっぷり二時間見た。初めて見た番組だけに、すごく新鮮だった。

でも、東京育ちで、東京のお笑いしか知らなかった俺としては、どこで笑っていいのかわからない。

開場のお客さんの笑い声がすごくて、釣られて笑うシーンはあるものの、どこがおもしろいのかわからない。むしろ、考えてしまうほどだった。

「どう、秀一くん、勉強になった?」

 事務所に戻ってきた怪獣たちから聞かれても返事に困る。

これが、勉強と言われても、意味がわからない。俺は、お笑い芸人になるわけじゃないんだから。

「少しはわかったけど、大阪のお笑いは、俺には難しいよ」

 正直な感想だった。すると、カネドンたちは、笑いだした。

「そこ、笑うとこなの?」

「関西人なら、常識なんだけど、秀一くんには、わからなかったみたいだね」

 怪獣に言われると、ちょっと腹が立つものの、言い返せない自分にも腹が立つ。

「どうだ、青年。少しは、わかったか?」

 キリカさんがやってきて、当たり前のように言った。

「勉強になりました」

「よし。だったら、それを今度の舞台で役に立てるようにがんばれ」

 なんでそこが上から目線なんだ? そう思ったものの、口に出せるはずがない。

「とにかく、今度の日曜日から、ショーが始まるから、それまでしっかり勉強するように」

 キリカさんは、そう言うと、怪獣たちを引き連れて、正面ゲートに向かった。

俺の感想など、まるで聞く耳を持たない感じだ。お姫様だから、仕方がないと思うようにする。

 閉園時間となり、お客様たちを送りに行った怪獣とキリカさんが戻ってきた。

「秀一くん、今日も一日お疲れ様でした」

「明日もよろしくね」

「ピグゥ~」

「ありがとう。明日もよろしく」

 俺は、そう言って、帰る支度を始める。そこで、ハタと気が付いた。

お姫様は、どこに帰るんだろう? ウチはどこなのか? 素朴な疑問だ。

「あの、キリカさんは、どこに帰るんですか?」

「そうだな。園長のウチに泊まることになってるけど、今夜は、お前のウチに行ってやろう」

「ハアァ?」

「お前のウチには、前の園長と副園長がいるんだろ? 久しぶりに会いたくなった。それに、ベルにも会いたい」

 ちょっと待て。ウチに来るなんて、急に言われても無理だろ。

固まっている俺に、彼女は周りの従業員たちに挨拶しながら帰り始めた。

「それじゃ、お前ら、また、明日な」

「キリカちゃん、お疲れ様」

「また、明日もよろしくお願いします」

「ピグゥ~」

「どうした青年、帰らないのか? 早くしないと、電車が出るぞ」

 彼女は、座ったまま立ち上がれない俺に言った。

「ちょっと待って」

「待ってじゃない。電車の時間だぞ」

「それは、わかってるけど、ウチに来るって・・・」

「心配するな。ほら、行くぞ」

 彼女は、まるで自分のウチに帰るように事務所を出て行く。

俺は、怪獣たちに見送られて、慌てて後を追った。

「キリカさん、ちょっと待ってよ」

「なんだ、なにか問題でもあるのか?」

 問題大ありだ。ウチに来るなら、母さんに一言言わないと後で怒られるのは俺だ。

「母さんに言わないと、いきなり来ても何もできないよ」

「そんなことか。このあたしを誰だと思っているんだ? お前の両親とはすでに知り合いだ」

 そう言うと、先に立って歩き始める。裏口に行くと、すでにダックストレインが待っていた。

他の従業員たちとそれに乗り込んでいく彼女の後について、俺も乗った。

「全員乗ったので、出発するワン」

 犬の運転手が言うとドアが閉まった。俺は、席に座ると、急いで携帯電話で母さんに電話した。

「もしもし、母さん」

『あら、どうしたの?』

「どうしたのじゃなくて、これから帰るんだけど・・・」

 そこまで言いかけて、いきなり電話を奪われた。

「もしもし、副園長。久しぶり、キリカです」

『あら、キリカちゃん、元気。どうしたの、地球に来たの?』

「これから帰るんだけど、今夜、そちらに行ってもいいかしら?」

『まぁ、大歓迎よ。今夜は、お父さんも早く帰るから、ご馳走を作って待ってるわ』

「と、言うわけだ」

 そこまで言って、電話を突き返された。

「もしもし、母さん、あのさ・・・」

 そこまで言って、気が付いた。すでに、電話は切れていた。

彼女も彼女だが、母さんも母さんだ。俺の話を少しは聞いて欲しい。

俺は、諦めて電話をカバンに仕舞った。

 今夜は、どうなるんだろう・・・ まさか、お姫様がウチに来るなんて、考えていなかった。

地球の食事なんて、口に合うのか? 俺の頭の中は、果てしない宇宙のようだった。

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