第3話 送迎電車は、ダックスフンド。

 俺は、従業員用の入り口を出ると、同じように送迎を待っている、他の従業員たちがいた。

「あの、送迎があるって聞いたんですけど、ここでいいんですか?」

「そうだよ。キミも、送迎を使うんだね」

「ハイ」

「送迎は、楽だよね。ラッシュにあわずに済むもんね」

「そうですね」

 そんな会話をしているこの人も、宇宙人なんだよなと思うとちょっと不思議な気がする。

宇宙人が、送迎を使って、通勤しているなんて、なんだかおかしくなる。

 俺の他にも、おじさんやおばさん、若い女性もいるし、男の人もいる。

みんなここで働いている従業員の宇宙人たちだ。

「キミが、星野くんだろ」

「ハイ」

「怪獣ランドで、唯一の人間なんだよね」

「たぶん・・・」

「美鈴ちゃん以来だね。これから、がんばってよ」

「あの、姉のこと、知ってるんですか?」

「姉って、もしかして、美鈴ちゃんは、キミのお姉さんなのかい?」

「そうです」

「ヘェ~、そうなんだ。やっぱり、なにか縁があるのかなぁ」

「ねぇ、ベルちゃんは、元気にしてる?」

「ハイ、元気ですよ。結婚して、もうすぐ子供が生まれるんです」

「そうなの。それは、おめでとう」

「ありがとうございます」

 どうやら、姉ちゃんは、ここでは有名らしい。

「また、会いたいなぁ。遊びに来るように言って」

「わかりました」

 まだ、顔と名前が一致しないけど、姉ちゃんのおかげで、一気に仲良くなれそうだ。

「あっ、来たよ」

 男の人がそう言って、指を刺すと、向こうから何かがやってきた。

「マジっすか!」

 そこにやってきたのは、犬だった。俺は、送迎というから、てっきりバスだと思っていた。しかし、そこに来たのは、観光バスくらい大きな犬だった。

しかも、よく見れば、ダックスフンドだ。まさか、これに乗るのか?

「ワンワ~ン、お待たせしましたワ~ン」

「もしかして、これに乗るんですか?」

「そうだよ。送迎電車だから」

「送迎電車? バスじゃなくて」

 こんなところに電車なんて走ってない。そう思って下を見ると、そこには、タイヤではなく車輪があった。しかも、線路まで引いてある。

「ウソォ!」

 思わず声が出るのも当然だ。地面にレールが敷いてあるのだ。てことは、この上を走るということになる。

イヤイヤ、それは、ダメだろ。勝手に道路に線路を敷いて電車を走らせるなんて、無謀にも程がある。俺の頭は、またしても思考回路が停止した。

「なにしてんの? 早く乗ってよ。後ろがつかえてるのよ」

 女の人に言われて、慌てて電車に乗った。

「パスを見せるワン」

 いきなり運転手に言われて、慌ててポケットから園長にもらったパスを見せた。

「星野秀一くんですね。覚えましたワン」

 見ると、運転手は、まんま犬だった。しかも、ダックスフンドそのものだ。

なのに、人の言葉を話して、肉球が付いた手でハンドルを握っている。

俺は、頭がパニックになりながら、空いている席に腰を降ろした。

他の人も乗ってきて、半分くらい席が埋まった。

「それじゃ、出発進行するワン」

 運転手のダックスフンドが言うと、ドアが閉まって、電車が走り出した。

どうやって走るのか、俺は気になって、前を見たり、窓からの景色を見たり忙しい。

「キミ、初めて?」

「ハ、ハイ」

 後ろの席の人から話しかけられて、振り向いて返事をした。

「これは、便利だよね。毎朝の満員電車に乗らなくてもいい、ウチまで送り迎えしてくれるんだから、通勤が楽だよ」

 そうなんだ。俺のウチまで、送ってくれるのか。その前に、この人は、通勤してるんだ。

ということは、自宅に住んでいるということになる。宇宙人なのに、家があるんだ。

「あの、ちなみに、ウチまで、どれくらいかかるんですか?」

「キミは、どこに住んでるの?」

「武蔵小杉です」

「アソコか。タワマンがたくさんあるところだね」

「ウチは、普通の一軒家ですけどね」

 俺のウチは、タワマンから見下ろされる、昔ながらの普通の一軒家だ。

「ぼくのウチまでが、だいたい7~8分くらいだから、キミんちまでは、10分ちょっとかな」

「えっ、そんなに近いんですか?」

 普通に電車で来たら、ウチからここまでは、約一時間くらいかかるのに、10分ちょっとって、どういうルートなんだ?

そんなことを話していたら、いきなり窓から見える景色が変わった。

 外はすっかり夜だ。窓から見える景色は、暗くてよくわからない。

それなのに、突然、車体が揺れると、急に持ち上がった。すると、それまで見えていた車窓が、小さくなっていくのがわかった。

「ちょ、ちょっと、この電車って・・・」

 俺は、かなりビビって、周りの人に聞く。でも、俺以外の人たちは、驚く様子もなく、平然としている。

「お静かに願いますワン」

 運転手のダックスフンドから注意された。しかし、この電車は、間違いなく空を飛んでいるのだ。

夜空に向かって、走り出しているのだ。前を見ると、窓の外には、夜空に向かって、線路が伸びているのが見えた。

その線路の上を電車が走っている。ジェットコースターが昇る感じとはレベルが違う。

「驚いたかい。この電車は、空飛ぶ電車なんだよ」

「空飛ぶ電車って・・・」

 もう、何が何だかわからない。一体全体、どうなってるんだ?

「この電車は、銀河鉄道監理局から、独立したローカル列車ですワン。従業員の自宅と怪獣ランドの間だけを走る電車なんだワン。星野くんは、パスがあるから、ちゃんとキミのウチまで、送迎するワン」

 わかったようなわからないような説明を聞きながら、俺は、もう一度座り直した。

そうこうしていると、電車は、下に向かって降りて行った。そして、あるマンションの前に降りると、ドアが開いた。

「それじゃ、お先に。運転手さん、ありがとう」

「お仕事、お疲れ様でした。また、明日、迎えにくるワン」

 そう言って、従業員の一人が降りて行った。ドアが自動で閉まると、再び走り出して、空に向かって飛んで行く。

そんなことの繰り返しが何度かあって、次は、俺の番らしい。

「星野くん、間もなく、ご自宅に到着するワン」

 運転手のダックスフンドから言われた。でも、どうして、この運転手は、俺のウチを知っているんだ?

実際、たったの12分で帰宅した。電車がゆっくり降下していく。周りの景色が少しずつ大きくなってきた。

だけど、俺のウチの前に、こんな電車が止まっていたら、近所の人が大騒ぎになる。

場合によっては、警察沙汰だ。大丈夫なのか? 俺は、それが心配になった。

「お待たせしました。星野くん、到着しましたワン」

 俺は、周りを気にしながら席を立って、降りていく。

「ありがとうございます」

「明日は、8時30分にお迎えにくるから、ここで待っててくださいワン」

「わかりました」

「くれぐれも遅刻しないように、お願いですワン」

「はい、それじゃ、お疲れ様でした」

 そう言って、電車を降りると、ドアが閉まる。

「ワンワ~ン」

 警笛なのか、犬の鳴き声なのか、わからない音がして、電車はゆっくり走り出した。そして、俺の目の前で、電車は夜空に向けて登って行った。

いったい、どういう仕組みになっているんだ? てゆーか、線路はどうなってるの?

 俺は、半分呆然としながら夜空に消えて行く電車を見上げていた。

「秀一、何してんだ?」

 後ろから声をかけられて振り向くと、父さんが立っていた。

「父さん・・・」

「今、帰りか? そんなとこに突っ立ってないで、中に入ったらどうだ」

 そう言って、父さんは先に玄関に入って行った。俺も慌てて後を追った。

「お帰りなさい」

「ただいま」

「あら、秀一もいっしょだったの?」

「家の前で、突っ立ってたんだよ」

「なにしてるのよ。早く入ればいいのに」

 母さんは、そう言いながら、父さんを迎え入れる。

姉ちゃんが家を出てから、第二の新婚気分に戻ったらしく、俺がいるのに、ラブラブモード全開の両親なのだ。

「もうすぐご飯ができるから、着替えてきて」

「今夜もご馳走だな」

「あなたの好きな、トンカツよ」

「そりゃ、うれしいな」

 俺がいるのを忘れてないか? 万年ラブラブ夫婦は、俺の前で普通にキスとかしてるし、スキップでもしそうな軽い足取りで、部屋に入っていく父さんを見て、ため息しか出ない。

「アンタもそんなとこに突っ立ってないで、着替えてらっしゃい」

「う、うん」

 俺は、軽く頷いて、二階の自分の部屋に戻って、着替えることにした。

部屋に戻って、着替えながら、頭の中を整理した。父さんにも母さんにも、聞きたいことが山ほどある。

どこから聞こうか、俺は、考えながら一階に降りていく。

「あのさ、母さん・・・」

 俺は、リビングについて、自分の席に座りながら、母さんに話しかけた。

「ハイ、あなた。メンチカツもあるわよ。先に、ビールを飲みます?」

「そうだな。もらおうかな」

 俺の話などまったく聞く耳を持ってないらしい。母さんは、いそいそと父さんの世話を始めた。

ビールを冷蔵庫から持ってきて、コップといっしょにテーブルに置くと、それを注ぐ。父さんは、うまそうに一口飲むと「キミに注いでもらうビールは、世界一おいしいよ」などと、当たり前のように言う。

「ありがとう、あなた。愛してるわ」

「私もだよ」

 だから、俺のことを無視するな。子供の前で、よくそんなことが言えるな。つくづく感心する夫婦だ。

「あの、母さん、ちょっと、話があるんだけど」

「今、ご飯を作るのに忙しいから、ちょっと待ってて」

 俺の話は、聞く気がないらしい。俺は、気を取り直して、父さんに聞くことにした。

「父さん、話があるんだけどさ」

「なんだ?」

「今日、バイトに行ってきたんだけど」

「お姉ちゃんから聞いてるよ。怪獣ランドでバイトするんだってな。どうだった、今日が初日だったんだろ」

「それなんだけどさ・・・」

「今日のメンチカツは、うまいな。肉汁たっぷりじゃないか」

「そうでしょ。あなたのために作ったのよ」

「そうか。いつもありがとう。こりゃ、ビールが進むな」

「飲み過ぎないでよ」

 だから、俺の話を聞いてくれって・・・ 今は、ラブラブモードは、一旦停止にしてほしい。

「父さんは、若い頃って、怪獣ランドの園長と知り合いだったの?」

「そうだよ」

 今まで、一言も話してくれなかったのに、いともあっさりも認めてしまって、俺は、絶句してしまった。

「それがどうかしたか?」

「あの頃のお父さんは、すごくカッコよかったのよ。悪い宇宙人とか、怪獣と戦ってね。あたしにとってもヒーローだったわ」

「おいおい、そんな昔の話は、もう、忘れたよ」

「あたしは、一度も忘れたことありませんよ」

「キミだって、あの時は、必死で私を助けてくれたじゃないか。あのときのことは、私も忘れてないぞ」

「もう、あなたったら・・・」

 話が脱線してる。横道どころか、違う話になってる。まずは、俺の話を聞いて欲しい。

「あのさ、園長とは、どんな知り合いなの? 父さんは、若い頃は、何をしてたの?」

「なにって・・・ う~ン、一口に言えば、地球の平和を守っていたというのかな?」

「そうよ。お父さんがいたから、地球は平和なのよ。アンタも感謝しなさい」

 母さんが口を挟むと話が進まない。頼むから、ちょっと黙っててくれないかな・・・

「それで、園長って、もしかして、宇宙人なの?」

「なんだ、お前、聞いてないのか?」

 父さんは、ビックリしたような顔で聞いてきた。

「ここだけの話だぞ。誰にも言うなよ。友だちとか、知り合いとか、彼女にも言うなよ」

 俺は、大きく頷いた。しかし、彼女はいないので、言いようがない。

「早田くんは、今も元気かい?」

「元気ですよ」

「彼は、光の国からやってきたヒーローなんだよ。地球の平和を守るために、侵略者とか怪獣と戦ってくれたんだ。その名は、ミラクルマン。お前が生まれるずっと前の話だから、知らなくても仕方がないがね」

 父さんは、遠くを見つめるような目で懐かしそうに話した。

「お父さんがお前くらいの頃は、防衛軍で毎日戦っていたなぁ」

 父さんの昔話を聞くのは、もしかしたら初めてかもしれない。

「お父さんたちが戦って、地球に平和が戻ってきた時、ミラクルマンは、光の国に帰ったんだ。防衛軍は解散して、隊員だった人たちは、みんなそれぞれ違う道に進んだわけだ」

 そんな昔の話は、俺は初めて聞いた。学校で歴史の授業で習った気もするが、正直言って、真面目に聞いてなかったし昔の話だけに、都市伝説的な話だから、余り信じていなかった。

それなのに、その中心人物が俺の父親で、バイト先の園長だったとは驚きだ。

「あの時、お父さんは、すごいケガをしたのよね」

「それを助けてくれたのが、母さんだったな。ずっと看病してくれたな。それがきっかけで、結婚したんだったな」

「そうよね。包帯だらけのお父さんから、結婚してくれって言われたときは、うれしかったわ」

 またしても、二人でイチャつき始めた。子供の前で、よくそんなことができるなと、感心するより呆れてしまう。

「それと、姉ちゃんもバイトしてたんだって?」

「そうよ。言ってなかったっけ?」

「全然知らないんだけど」

「あらそぅ・・・」

 母さんは、トボけてキッチンに向かった。この辺は、天然というより、場の空気を読んでいる気がする。

「姉ちゃんもバイトしてたって、ホントなの?」

「そうだよ。学生時代に、お父さんの紹介で、アルバイトをしてたぞ」

「聞いてなかったから、ビックリしたよ」

 そこに、タイミングよく、姉ちゃんから電話がかかってきた。携帯電話のスイッチを入れる。

『もしもし、お姉ちゃんだけど』

「ハイハイ、何?」

『怪獣ランドでバイト始めたんだって?』

「そうだよ」

『初日は、どうだった? ちゃんと仕事してる?』

「何とかね」

『あの子たち、どうしてる?』

「あの子たちって、誰?」

『決まってるじゃない、グースカ、カネドン、ピグタンよ』

 きっとそうだろうと思った。姉ちゃんは、電話なのに、すごい勢いで話しかけてくる。もっと、小さい声で話しても聞こえるのに、なぜか、少し興奮しているような感じだ。

「みんな、姉ちゃんのこと覚えてたよ」

『そうなの! うれしい。また、遊びに行きたいなぁ』

 電話の向こうでも、すごく喜んでいるのが目に見える。

『秀ちゃん、がんばってね。あたしの分まで、みんなのお世話をするのよ。それと、園長さんにもよろしくね。余り迷惑かけちゃダメよ』

「わかってるよ」

『それじゃ、バイト、がんばってね。お姉ちゃんも応援してるからね。あの子たちにもよろしく伝えてよ』

 そう言って、電話が切れた。せっかちな性格なので、姉弟なのにまったく似てない。

「お姉ちゃんからでしょ」

「そうだよ」

「やっぱり、心配してるのよ。アルバイト、がんばりなさい」

 母さんは、食事をテーブルに置きながら言った。

確かに両親に心配かけるのは、俺の立場としては、決して褒められることじゃない。

とりあえず、心配かけないように、バイトをがんばろうと思った。


 翌朝、珍しく7時に起きた。朝食を食べている父さんと母さんが驚いていた。

「どうした、こんなに早くから起きるなんて?」

「バイトだよ」

「そうか。だったら、さっさとご飯を食べろ。遅刻したら、いかんぞ」

 朝から父さんに注意されて、なんとなく気まずい。

母さんが、俺の分の朝食を並べた。今朝の朝食は、パンとハムエッグとミニサラダにコーヒーにヨーグルトだ。

「いただきます」

「はい、どうぞ。しっかり食べてね」

 母さんがそう言って、コーヒーを入れてくれた。

「あなた、今夜は、帰れるの?」

「そうだな・・・ ちょっと遅くなるかもな」

「遅くなるようなら、電話くださいね」

「わかってるよ」

「あなた、愛してるわ」

「私もだよ」

 なんで、食事の最中にキスなんてするんだ? しかも、子供の目の前で。ここは、日本でアメリカじゃないぞ。

日本人は、食事中とか子供の前で、キスは絶対にしないはずだ。俺は、結婚しても、子供の前では、絶対にキスなどしない。

「ご馳走様」

 俺は、さっさと食事を済ませて、部屋に戻って着替えることにした。

呆れてものも言えない、万年ラブラブ夫婦のことなど放っておいて、俺は、出勤の準備を始めた。

財布やスマホなど、外出に必要な物をバッグに詰めて、肩から掛ける。

一応、鏡で服装と髪型を確認して部屋を出る。時計を確認してから、階段を下りる。

「行ってきます」

「いってらっしゃい」

「気を付けていけよ」

「大丈夫。送迎があるから」

 そこまで行って、うっかり口を滑らせたことに気が付いた。

父さんと母さんの目がキラリと光るのを俺は、見逃さなかった。

「おい、まだ、あの送迎は、やってるのか?」

「父さんも知ってるの?」

「当り前だ。アレを作ったのは、お父さんだぞ」

 なんだって! 朝から、俺の思考回路を止めるようなことを言うな。

俺の父さんが、あのダックスフンドみたいな、謎の送迎電車を作ったというのか?

そんなバカな・・・ そんな話は聞いてない。その前に、そんなもの作れるのか?

作れるわけがない。

「あなた、見に行きましょうよ」

「よし、行こう。秀一、何をしてる。早くいくぞ」

 そう言って、俺の背中を押して、玄関を出て行こうとする。

「秀一、ダックストレインは、何時に来るんだ?」

 なんだって? 今、なんて言った? 俺の聞き間違いじゃなければ、ダックストレインと言わなかった?

朝っぱらから、思考回路が止まったままの俺には、もはや理解不能だ。考えるのは、辞めよう。

 俺は、時計を確認した。8時30分に家の前に来ると言ってたので、約束通りなら、あと五分で来る。

空を見上げると、今日も青空で雲一つない快晴だった。気温も春になったばかりとはいえ、少し肌寒いが風もなく、穏やかな春の陽気だ。

 そんな時、見上げた空に、小さな点を見つけた。その点が、次第に大きくなって、こっちにやってくる。

まさか、アレが送迎電車なのか? 空を見上げていると、線路がこっちに伸びてきた。やがて、地面に線路が伸びると、その上を昨日の電車が走ってきた。

そして、俺の目の前でちゃんと止まったのだ。

「おはようございます。どうぞ、お乗りくださいワン」

 そう言って、ドアが開いた。

「やぁ、ダックスくん、久しぶりだね」

「ワ~ン、久しぶりだワン、星野元園長」

「キミも相変わらずね。元気そうで何よりだ」

「うれしいワン。会えて、感激だワン」

 なんだ、この会話は・・・ 俺を置いてけぼりで、犬の運転手と爽やかに話をする父さんにビックリする。

しかも、父さんのことを、元園長といった。これって、どういう意味だ?

「おはよう、あなたも元気そうね」

「ワォ~ン、奥様も・・・ お久しぶりですワン」

「この子のこと、よろしくね」

「ワンワン、もちろんだワン」

 そう言うと、犬の運転手は、運転席を下りてきて、両親と固い握手を始めた。

「ほら、早くいかないと、遅刻だぞ」

「そうだったワン。また、遊びに来てくださいワン」

「もちろんだ」

 そう言うと、父さんと母さんは、背中を押して俺を電車に乗せた。

俺は、空いている席に座ると、すぐにドアが閉まって、電車が出発した。

窓から外を見ると、両親がにこやかに手を振っていた。

頭の整理がつかないうちに、電車は青空に向かって、飛んで行った。

 とにかく、一度、職場に就くまでに、出来る限りのことを考えようと思った。

父さんたちには、この電車が見えること。そして、犬の運転手と知り合いということ。父さんのことを元園長といったこと。思いつくことは、まだある。

どこから突っ込もうか考えていると運転手の方から声がかかった。

「星野くんのお父さんが、元気そうでよかったワン」

「あの、父さんのこと、知ってるんですか?」

「当り前だワン。この電車を作ったのは、キミのお父さんだワン」

 そうだ。まずは、そこから話を聞きたい。俺の脳がフル回転を始めた。

「空飛ぶ電車なんて、どうやって作ったんですか?」

「それは、企業秘密だワン」

 俺は、思わずズッコケそうになった。企業秘密って、そこじゃないだろ。

「父さんが元園長って、どういうことなんですか?」

「そこは、今の園長に聞くといいワン」

 どうやら、この運転手は、言う気がないらしい。

何とかして聞き出せないかと、あれこれ聞いてみたものの、うまくはぐらかされてしまった。

そうこうしているウチに、何箇所か止まってその度に人が乗ってきた。

従業員なのはわかっているので、俺は、その都度挨拶する。

「おはよう、今日も元気そうだね」

「どうよ、少しは慣れたかい?」

 などなど、話しかけられるのは、まだ慣れてない俺としては、とてもうれしい。

そして、定刻通り、8時45分に怪獣ランドの裏口に着いた。

「ご乗車ありがとうございました。今日もがんばってくださいワン」

 運転手に言われて、俺たちは、電車を降りる。そのまま、裏口から事務所に歩いた。

「おはようございます」

 俺は、挨拶をしながら事務所に入ると、二階の更衣室で作業着に着替える。

と言っても、上着を着るだけで下は、ジーパンだ。しかも、なぜか、青いブレザーで、胸に流星バッジが付いている。

星型のバッジから短いアンテナが伸びて、園内で通信できるという便利なものだ。

 着替えて一階の事務所に行くと、すでに従業員と園長が待っていた。

「皆さん、おはようございます」

 まずは、毎朝恒例の園長の朝の朝礼から一日が始まる。この日の注意事項や予定などの報告だ。それが終わると、俺は、怪獣たちと正門の入場ゲートに向かう。

「星野くん、今日もよろしくがんばってね」

「ハイ、よろしくお願いします。ところで園長、後で聞きたいことがあるんですけど」

「それじゃ、お昼休みにでも聞こうか」

 そう言って、俺は、三匹の怪獣を引き連れて、事務所を出て行った。

「おはよう、秀一くん」

「今日もよろしくです」

「ピグゥ~」

「おはよう、グースカ、カネドン、ピグタン」

 こうして、俺の一日が始まった。


 お昼になって、事務所に戻ると、早速、疑問に思っていたことを園長に聞いてみた。

「ダックストレインは、従業員の送迎に作ったものなんだよ。アイディアは、私だったけど、それを作って実現させたのはキミのお父さんなんだよ」

 園長は、昔を思い出すような遠い目で話し始めた。

園長の話によると、当時は、地球人として暮らす宇宙人は、少なかった。

そんな地球に暮らす宇宙人を探し出して、生活と仕事を確保するために、園長は、世界中を歩き続けた。

あらゆる国に行って、そんな宇宙人をスカウトしてきた。その間、留守を守ったのが、俺の父さんだった。

しかも、三匹の怪獣たちの世話をしていたのが、俺の母さんだった。

そこで、知り合った二人が、いつしか付き合うようになり、ついには結婚して、俺が生まれたというわけだった。

「だけど、あんな電車をどうして走らせることができるんですか? 普通の道ですよ。しかも、線路もあったし、空も飛んで」

「そりゃ、そうだよ。普通の道路を電車が走っていたら、ビックリするし、今の法律では、許可されない」

「それなら、どうして・・・」

「キミのお父さんが、銀河鉄道監理局にかけあってくれて、廃線になった電車を払い下げてきてくれて走ることになったんだよ。だから、あの電車の周りは、結界が張られているから、普通の人には見えないんだ。地上を走ると、車やバスの邪魔になるだろ。だから、空を飛ぶことにしたんだ」

 わかったようなわからないような話に、俺の思考回路は、止まったままだ。

そんな話をどう信じろというんだ? だいたい、銀河鉄道監理局ってなんだ? 

そんなの聞いたことがない。

そんなところと、父さんが知り合いとか初耳だ。

父さんの人脈は、そんなに広いのか?

「てなわけで、キミのお父さんには、ホントに世話になりっ放しでね。だから、今度は、その恩返しじゃないけど息子のキミに、いろいろと教えてあげたいと思っているんだよ。園長としてではなく、個人的にね」

 そう言って、園長は、明るく笑った。そう言われても、息子の俺は、イマイチ、ピンとこない。

何しろ、予備知識がまったくないのだ。少しは、父さんや母さんの過去の話でも聞いていればいいけどほとんど知らないので、実感がわかない。午後からの仕事は、そんなことをぼんやり考えながら園内を怪獣たちと回った。

 相変わらず、怪獣たちは、子供たちに人気者だった。今日は平日なので、土日とちがって、のんびりできるのがうれしい。

比較的落ち着いてゆっくり回れる。それでも、ふれあい広場などに行くと、写真撮影とか握手してくれとか俺も、そこそこ忙しい。それでも仕事をしている実感もあって、俺も次第に慣れていった。

 それから数週間がたって、俺も他の従業員たちとも仲良くなって、話もするようになった。

怪獣たちとも、コミュニケーションも取れるようになって、うまくやれて行けた。

 そして、来週は、ゴールデンウィークが待っている。きっと、毎日、大忙しだろう。

連休中は、イベント広場で怪獣ショーもあるので、その打ち合わせなど、怪獣たちとも話し合っている。

ショーと言っても、舞台の上で、怪獣たちと歌ったり踊ったり、ダンスをする程度だ。

撮影会や握手会もあるし、俺も司会役として、段取りを覚えないといけない。

テレビ局の取材とか、近隣の市や県などのコラボ的なイベントもあり、警察からも安全キャンペーンの一環で取材もあるし、何かと予定が目白押しだった。

 そんなある日の朝のこと。いつものように出勤して、事務所に集まり、園長から朝礼を聞く。

「おはようございます。いよいよ、来週は、連休が始まります。忙しくなると思いますが、今年も皆さん、よろしくお願いします。くれぐれも事故などないようにしてください」

 そこまでは、俺にもわかる。万が一にも、子供にケガなどさせたら大問題だ。

気を引き締めないといけないと、俺もそこだけは、注意するつもりだった。

「人手が足りないと思うので、今年も、助っ人を呼ぶことになっています。例年通り、キリカさんを呼んでます。他にも、数名、係員として来てもらうことになっているので、よろしくお願いします」

 確かに連休中は忙しい。だから、助っ人を呼ぶというのもわかる。

俺としては、短期のアルバイトとか期間限定の従業員のことだと思っていたが、大間違いだった。

その助っ人というのは、宇宙人だからである。宇宙人が、宇宙から、わざわざ地球にアルバイトに来るのか?

話が壮大すぎて、もはや理解不能だ。なので、俺は、考えないことにした。

自分のやるべきことをすればいいと、思うようにしたのだ。

「星野くん、ちょっといいかな」

 俺は、朝礼の後に園長から呼ばれた。

「ゴールデンウィークは、忙しいと思うから、よろしく頼むよ」

「ハイ、わかりました。ショーの段取りとか、教えてください」

「それは、キリかちゃんが来るから、彼女に聞いて」

「キリカちゃん?」

 俺の頭に、?マークがいくつも浮かんだ。

「キミは、初めてだったね。キリカちゃんというのは、私の知り合いの娘でね、その星のお姫様なんだ。毎年、この時期には、臨時でアルバイトを頼んでいるんだよ。キミは、キリカちゃんといっしょにやってもらうから、そのつもりでね。怪獣たちは、もうわかってるから、大丈夫だから安心して」

 またしても、思考回路が停止しそうな話だ。知り合いの娘が星のお姫様って、どういうことだ? そもそも、お姫様が、地球でアルバイトなんてするのか?

「園長、キリカさんてどんな人なんですか?」

「う~ン、私の口から説明すると、長くなるからねぇ・・・」

 園長は、腕組みして額に皴を寄せて考え始めた。

「彼女のお父さんとは、ちょっとした因縁があってね。その縁で、彼女をこの時期だけ、借りてるんだよ」

 ちっとも説明になってない。だいたい、キリカさんて、どこのなんて星から来るんだ?

因縁て、園長とどんな過去があるんだろう? 本人が言いたがらないので、俺から聞いていいのかわからない。きっと、深い事情があるんだろう。

「心配しなくても、可愛い子だよ。ちょっと、気が強いけど、素直ないい子だから」

 園長は、それだけ言って、仕事に戻ってしまった。

俺も仕方なく仕事に行くことにした。園内を怪獣たちと歩きながら、聞いてみよう。

 ところが、三匹の怪獣たちは、なぜか、いつもと違って、微妙に元気がない。

なんか、悪いものでも食ったのか?

「どうしたんだよ、今日は、余り元気がないじゃん?」

 俺が話しかけても、怪獣たちは上の空だ。なにがあったんだろう?

「なんかあったのかよ。俺でよければ、話を聞くぜ」

 そこまで言うと、怪獣たちは、足を止めるとそこにあったベンチに座って、深いため息を漏らして下を向いた。

「どうしたんだよ。なにがあったんだよ」

 俺は、立ったまま下を向いている三匹に話しかけた。

「今年もキリカちゃんが来るんだよ」

「イヤだなぁ・・・」

「ピグゥ~」

「おいおい、元気出せよ。キリカちゃんて、誰なんだよ?」

「キリエル星のお姫様だよ」

「すっごい、美人だよ」

「ピグゥ~」

 なるほど。お姫様が来るとなると、やっぱり、扱いが大変なのかもしれない。

だけど、美人というなら、俺としては、話は別だ。違う意味で、期待できる。

美人なお姫様とお近づきに慣れて、しかもいっしょに仕事ができるなら、正直言って、うれしい。

「ハァ~」

「フゥゥ~」

「ピグゥ~」

 なのに、三匹は、揃ってため息を漏らして、余りうれしそうではない。

「いったい、どうしたんだよ」

 俺は、訳を聞きたくなって、怪獣たちに詰め寄った。

「来ればわかるよ」

「秀一くん、頼りにしてるよ」

「ピグゥ~」

 いったい、どういうことなのか、俺には、さっぱりわからない。

しかし、一週間後、実際にキリカさんと会って、俺は、そのわけがやっとわかった。


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