第2話 三匹の怪獣たち。

 園内にまたしても、どっかで聞いたことがある歌が流れた。

『胸に、つけてる、マークは流星・・・来たぞ、我らのウルトトラマ~ン』

 なんだって、こんな歌が流れるのか、意味がわからない。

「お昼だ、お昼だ」

「お腹空いたから、ご飯を食べるよ」

「ピグゥ~」

 三匹は、とたんにはしゃぎだした。どうやら、お昼休みらしい。

俺たちは、三匹と事務所に戻ることにした。そして、二階に上がる。

社員食堂らしいそこには、すでに何人かの職員の人たちが、食事をしていた。

 俺もお腹が空いていたので、とりあえず、厨房の前に行ってみる。

すると、メニューがいくつか書いてあった。

『ラーメン・200円』『チャーシューメン・300円』『日替わり定食・400円』

『ご飯大盛り・100円』『焼肉定食・500円』

などなど、普通の定食だが、値段が異常に安い。社員食堂の食事は、どこも安いけど、それにしても安すぎる。

 俺は、メニューを見ながら、一番安いラーメンを食べてみることにした。

食券売り場を探してみるが、そんな券売機はどこにも見当たらない。

俺は、財布からお金を出して、カウンターに行こうとすると、怪獣に呼び止められた。

「今日は、ぼくがおごってあげるよ」

「カネドン、太っ腹だね」

「ピグゥ~」

 怪獣におごられる俺は、少し情けない。

「別にいいよ」

「気にしない、気にしない。だって、僕たちのお世話してくれるんだもん。それくらいやるよ」

「そうだよ」

「ピグゥ~」

 そう言われると、俺は、ありがとうと言って、財布をしまう。

すると、カネドンと呼ばれた茶色の怪獣が、大きな口に手を入れた。

「ハイ、200円」

 そう言って、百円玉を二個差し出した。

ちょっと待て。今、口から出しただろ。それって、どうなんだ? 俺は、差し出した手が止まった。

その手に、百円玉を二個乗せた怪獣は、そんな俺を見て笑っているように見えた。

 そこに、園長がやってきた。

「星野くん、どうですか。少しは、慣れましたか?」

 俺は、思い切って言ってみた。

「園長、これは、どういうことなんですか? 俺以外は、みんな宇宙人て、ウソですよね?」

「ウソじゃないよ」

「そんなこと、信じられるわけないでしょ。この世に、宇宙人なんているわけがないです。みんなして、新人の俺をだまして喜んでいるんですか? それって、イジメじゃないんですか」

 そこまで、一気にいった俺を、園長や怪獣たちは、ニコニコしながら聞いているだけだった。

「それじゃ、キミは、どうすれば、信じてくれるのかな?」

「どうすればって・・・そもそも、宇宙人なんているわけないんだから、信じるとかそんなことできませんよ」

「困ったなぁ」

 園長は、腕を組んで考え込んでしまった。怪獣たちも同じような仕草をしている。

だいたい、宇宙人がいるなんて、ナンセンスとしか考えられない。

アニメやマンガでならいくらでも見ているけど、今は、現実の話をしているんだ。

信じるとか信じないとか、そういう問題ではない。俺の脳内が、そう叫んで拒否している。

 すると、午前中に会った、アトラクションの人たちがやってきた。

「園長、どうしたんですか?」

「星野くんがね、キミたちのことを信じてくれないんだよ」

「そうなの? ねぇ、星野くん、キミって、意外に頭が固いのね」

「そうじゃないんです。俺は、この目で見たこと以外は、信じないんです」

「それじゃ、簡単だよ。見せてやるよ」

 そう言うと、若い男の人が俺の前に立った。すると、その男の姿が光に包まれた。

次の瞬間、男の姿が変わった。

「えっ!」

 それは、顔が三面もあり、体中が黒いストライプがある白い体だった。

顔は、おかっぱ頭のように黒く、ピンク色の大きな目がある。

泣いた顔、笑った顔、怒った顔と、顔が三つもあるのだ。

しかし、それは、ほんの数秒の出来事だった。あっと思ったときには、元の人間の姿に変わっていた。

「どう、これが、ぼくのホントの姿だよ」

 そう言うと、人懐っこい笑顔を見せた。俺は、もはや、言葉もなかった。

すると、肩を叩かれた。振り向くと、そこには、ふれあい広場にいた双子が立っていた。

「あたしたちも見せてあげるね」

 女の子の方が言うと、二人の姿が変わった。それは、ピンクと青い狼だった。

「えっ、え~っ!」

 俺が驚いていると、あっという間に、元の人間の姿に戻ってしまった。

「これが、ぼくたちのホントの姿なんだよ。ぼくたち、ウルフ星人ていうの」

「ウ、ウルフ・・・星人て?」

 みっともないことに、声が震えている。なんなんだ、この子たちは・・・

そこに、今度は、厨房にいたおじさんがラーメンを持ってやってきた。

「ほらよ。腹減ってんだろ。食いな。これは、俺のおごりだ」

「ありがとうございます」

 俺は、そう言って、おじさんを見上げてお礼を言った。しかし、その目に映ったのは、人間ではなかった。

全身が七色に光って、両目が金色に点滅している。両手は、ハサミのようなものになって、上半身は目玉だけがギョロギョロ動いていた。

「えっ、あの・・・」

「驚いたか。これが、俺の正体だ。バーダン星人て言うんだ」

 そう言うと、厨房に戻って行った。その後ろ姿は、すでに元のおじさんになっている。

「なんなんですか。これって、なにかの仕掛ですか? 手品とかマジックとか、コスプレとか・・・」

 俺は、頭がパンク寸前だった。今、目の前に起きたことが、脳内で処理しきれず、パニックを起こしていた。

「とにかく、ラーメンが冷めないうちに食べたら」

 園長に言われて、テーブルに置かれたラーメンを見た。湯気が出ていて、おいしそうなニオイがする。

俺は、腹が減っていた。でも、このラーメンは、宇宙人が作ったことになる。

絶対、なにか入ってる。食べたら、俺も宇宙人にされてしまうと思った。

「どうしたの? 食べないの。だったら、ぼくが食べちゃうよ」

 いきなり、横から怪獣が手を出して丼を掴むと、器用に箸を使って、俺のラーメンを食べ始めてしまった。

「うまい、うまい。やっぱり、親父さんのラーメンは、うまいよ」

 その怪獣は、あっという間に、ラーメンを食べてしまった。しかも、スープまできれいに飲んでいる。

ラーメンを食べる怪獣なんて、見たことない。そもそも、怪獣は、ラーメンなんて食べない。

「こら、グースカ、それは、星野くんのラーメンだから、食べちゃダメだろ」

「ごめんなさい、園長。だって、おいしそうだったんだもん」

 そう言って、その怪獣は、俺にごめんと謝った。怪獣に謝られても返事に困る。

俺は、すっかり空っぽになった、ラーメンの丼を見下ろした。そこに、ある物を見た。

「これって・・・」

 俺は、空のラーメンの丼を手にすると、そこについているマークを見詰めたまま、厨房を振り向いた。

そこに書いてあったマークは、ラーメン好きならだれでも知っている、有名なラーメン店のマークだった。

しかも、そのラーメン屋は、ミツランガイドの三ツ星のお店だ。

一杯、1200円もする高級ラーメンだ。俺も一度だけ食べたことがあるが、ものすごくおいしかったのを覚えている。

しかし、そのラーメン屋は、突然閉店して、それきり移転したとか、どこに行ったのか、誰もわからないままだ。

そのラーメン屋と同じ丼なのだ。驚かないわけがない。

俺は、立ち上がると、厨房に向かって歩くと、丼をおじさんに見せながら言った。

「これって、ミツランガイドのラーメンと同じですよね?」

「そうだよ」

「そうだよって・・・」

 あっさり、認めたおじさんを見て、俺は、またしても思考回路が停止した。

そんなバカなことがあるわけがない。三ツ星のラーメンが、怪獣ランドなどという、遊園地の社員食堂でたったの200円で食べられるなんて、どう考えても信じられない。ということは、宇宙人がラーメン屋をやっていたということになる。

こんなバカなことがあるわけがない。

このおじさんは、宇宙人で、ミツランガイドに乗るほど、うまいラーメン屋をやっていたということになる。

「アンタ、俺の店に来たことあるのか?」

「一度だけですけど・・・」

「そうかい。ありがとよ」

「あのお店は、どうなったんですか?」

 それは、どうしても聞きたかったことだ。ラーメン好きの中でも、不思議に思っている話だった。

「再開発で出て行くことになってね。そうは言っても、俺は、宇宙人だろ。店を借りるのって、大変なんだよ。あの店だって、借りるのがホントに苦労してね」

 俺は、またしても意味不明な言い訳を聞いて目眩がしそうだった。

「そんなとき、園長に声をかけてもらってね。ここに店を出すことにしたんだ」

「でも、200円ですよ?」

「そうだよ」

「お店では、もっと高かったですよね?」

「そうだな」

「いいんですか。たったの200円なんですよ」

「別にいいさ。俺は、金のためにやってるわけじゃない。店をやってた時は、家賃とか光熱費とか食材とか人件費とかいろいろかかったから、あの金額にしてただけで、今は、そんなもんなにもかかってないから、タダでもいいくらいさ」

「た、ただって・・・」

 俺は、空いた口が塞がらなかった。

「とにかく、ラーメン食べな。昼休みが終わっちまうぜ」

 そう言って、もう一杯、ラーメンを作ってくれた。

今度は、怪獣に取られないように、自分で食べることにする。

一口食べると、口一杯に、うまみが広がった。あっさり醤油の縮れ麺がよくあった。

スープがたまらなくうまくて、一気飲みしたくなるほどだった。

箸が止まらず、あっという間に完食してしまった。もちろん、スープも一滴残らず飲んだ。

「うまかったぁ・・・」

「そうかい、ありがとよ」

 おじさんは、厨房から声をかけてくる。

お腹も膨れて、一息ついたところで、園長に向き直った。

「園長、ちゃんと説明してください」

 俺は、頭の中を一度白紙の状態にして、話を聞くことにした。

そして、園長は、静かに話を始めた。

「何度も言うけど、ここにいる従業員は、全員、宇宙人だよ」

 俺は、軽く頷くだけで、返事はしないで話に集中することにする。

「ここにいる宇宙人たちは、みんないろいろな理由でここに来ている。自分の星を無くして、地球に辿り着いた者。自分の星を侵略されて地球に逃げてきた者。観光に来て、そのまま居着いてしまった者。親を亡くして、地球に保護されてきた者。それぞれいろいろな理由があって、ここに来ているんだ。そして、今は、地球人として

この星で暮らしている。中には、地球人と結婚して家庭を持っている者もいるし、子供がいる者もいる」

 園長の話は、どう考えても荒唐無稽としか思えない。でも、園長の顔は、真面目で真剣そのものだ。冗談とかシャレで話しているとは思えなかった。

「彼らは、みんな地球人として、キミと同じように、普通に暮らしているんだよ。でもね、宇宙人には、戸籍がない。だから、普通に就職するというのがとても難しいんだ。そこで、私は、そんな彼らの居場所を作ろうと思った。それが、怪獣ランドなんだよ」

 確かに、言われてみれば、宇宙人が就職するなんて、無理に決まってる。

戸籍どころか、住民票もなければ、学歴もないから、履歴書が書けない。

「それを助けてくれたのは、キミのお父さんなんだよ」

「えっ!」

 いきなり、身内の名前が出てきて、俺はパニくった。なんで、ここに父さんが出てくるんだ?

「星野くんは、お父さんから昔の話は聞いたことはないかな?」

「ありません」

 確かに、俺は、父さんの若い頃の話は聞いたことがない。俺が生まれる前の話は、特に聞いた記憶がないのだ。

「私とキミのお父さんとは、若い頃は、いっしょに怪獣や侵略宇宙人と戦っていたんだ」

 俺は、言葉が出てこなかった。驚いたとか、ビックリしたとか、そんなレベルの話ではない。

俺の父さんが、怪獣と戦っていた? そんな話は初耳だし、とても信じられない。

「キミが生まれる前の話だ。地球は、悪い宇宙人から狙われていた。眠っていた大怪獣が目を覚まして、街を破壊して、大暴れしたんだ。そんな時、怪獣や宇宙人から地球を守るために、防衛軍が結成されてね私とキミのお父さんも、そのチームの一員として戦ってきたんだよ」

 確か、そんな話は学校で勉強した覚えがある。俺が生まれるずっとずっと前の話で、日本の近代史として勉強したことがある。その時のことを必死で思い出す。

「長い年月をかけて、私たちは戦って、やっと地球の平和を取り戻した。でも、それは、私たちだけじゃない。私たちと一緒に戦ってくれた、ヒーローがいたんだよ」

 俺は、つばを飲み込んで園長の言葉を待った。

「それは、光の巨人だ。光の国から地球を守るためにやってきた、巨大な銀色の巨人だった。彼は、時には私たちを助けて、宇宙人や怪獣たちと戦った。そして、その役目を終えたとき、彼は、光の国に帰ったんだよ。だって、そうだろ。やっぱり、地球は、地球人の手で守っていかないとね」

 その話も聞いたことがある。謎の巨人の話だ。超能力というか、不思議な力で怪獣や宇宙人を倒して地球を守ってくれた伝説の話だ。俺もテレビの特集番組で見たことがある。

だけど、実際に、この目で見たことは一度もない。もちろん、怪獣や宇宙人もだ。

「地球に平和が戻って、防衛軍は解散して、私たちは、それぞれの道を歩むことになった。キミのお父さんは、外務省だったかな?」

 俺は、黙って首を縦に振った。

「その時、彼らと知り合ったんだ。彼らは、地球を第二の故郷として、地球人として生きる道を選んだ。そんな彼らのために、働く場所、居場所を作ろうと思った。そこで、キミのお父さんに相談したんだよ」

 俺は、固唾を飲んで、園長の次の話を待った。

「お父さんは、賛成してくれてね、防衛軍時代の人たちにも協力してもらって、ここを作った。宇宙から飛来して行き場を失った、この子たちも引き取った」

「それで、ここを作ったんですか」

「そうだよ。そうそう、キミのお母さんにも、ずいぶん助けてもらったなぁ」

「えーっ!」

 今度は、母さんの登場だ。予期せぬ人の登場に、俺は、またしても目眩がしてきた。なんで、母さんがここに出てくるんだ?

「あの頃は、まだ、二人とも結婚する前だったかな。私は、従業員になってくれる宇宙人たちを探し回っていてその間のこの子たちの世話とか、ここを作るための準備とか、全部、やってくれたんだ。キミのご両親には、ホントに世話になってばかりで、感謝しかないんだよ」

 そんな話は、母さんからも聞いたことがない。両親の独身時代の話など、子供にとっては、余り興味はないが今度じっくり聞いてみようと思う。

それにしても、あの母さんが、そんなことをしていたとは意外だった。

おっとりして、天然な母さんからでは、想像がつかない。

「それにね、キミのお姉さんも学生時代は、ここでアルバイトしていたんだよ。キミと同じように、この子たちのお世話係としてね。確か、美鈴ちゃんといったよね」

 確かに、俺の姉さんは、美鈴という。もはや、声も出ない。両親だけでなく、姉さんまでがここで世話になっていたとは、今の今まで知らなかった。

「あー、思い出した。星野くんのお姉さんて、ベルちゃんなんだ」

「美鈴ちゃんて言うんだよ」

「ピグゥ~」

 怪獣たちが一斉に騒ぎ出した。

「そうだったのか。やっぱり、星野くんは、ベルちゃんの弟さんなんだ」

「ねぇ、美鈴ちゃんは、元気でいる?」

「ピグゥ~」

 三匹の怪獣たちは、嬉しそうにはしゃぎだした。

「姉さんは、結婚して、もうすぐ、子供が生まれるんだ」

「それは、よかったね」

「また、久しぶりに会いたいなぁ~」

「ピグゥ~」

 なんだか、胸の奥が熱くなってきた。なぜだかわからない。だけど、なぜか、さっきまでの気持ちとは違った。

「つまり、キミは、ここに来るべくして、来たということだ。これも縁だね。そうは、思わないかな?」

 園長の言葉に、俺は、ゆっくりと頷いた。

「どうですか? これで、宇宙人のことは、少しは信じてくれた」

「まだ、全部を信じられないけど、納得しました」

「そう。よかった」

 園長の人を包み込むような笑顔が素敵だ。でも、まてよ。てことは、園長も宇宙人てことだよな。

園長は、どんな宇宙人の姿をしているんだろう? でも、それは、知らなくてもいいかもと思い直した。

「それじゃ、そろそろ昼休みも終わりだから、午後からもよろしく頼むよ」

「ハイ」

 俺は、立ち上がって、深く頭を下げていた。少し前は、どうやって辞めるか、どうやってここから逃げるか考えていた自分が恥ずかしくなった。俺の父さんも母さんも姉ちゃんも、ここに縁がある。

だったら、俺もがんばってみたくなった。午前中の自分とは、別人になったつもりで働こう。


 遅くなったけど、怪獣たちを紹介します。

まずは、カネドン。全身が茶色でヒレのようなものが体中を覆っている。

二足歩行でちゃんと手も足もある。申し訳程度についている短いシッポが可愛い。

問題は、顔と頭だ。とにかく、でかい。財布をそのまま顔にした感じで、口にはチャックが付いている。

口も大きく、人間なんて一飲みしそうなくらい大きい。触角のようなものが顔から突き出ていて、その先に目が付いている。こんな小さな目で見えるのか不思議だ。

そして、食事が、お金なのだ。それも、小銭限定なのだ。胸に料金メーターが付いていていくら食べたのか一目でわかるようになっている。

怪獣ランドの正面ゲートで、入場料を払うとき、カネドンの口にお金を入れるのが楽しくて列に並ぶ子供たちが多い。もちろん、チケットの券売機はあるが、カネドンの口にお金を入れてから入場するのが目的な怪獣好きの人も多い。

子供好きで、人懐っこくて、誰とでも仲良くなれる性格のようだ。

 次に、グースカ。全身が黄色で、黒い斑点がある。お腹がポッコリ出ていて、白いのが特徴だ。二足歩行で、短い手足が可愛い。これまた、短いシッポが特徴的。

そして、顔がとにかくでかい。口もでかい。目もでかい。まん丸で、表情が豊かに見える。なぜか、頭に小さな王冠を被っているが、何の意味があるのか不明である。

好きな食べ物は、ラーメン。何杯でも食べられるらしい。要するに、食いしん坊なのだ。体中がモコモコした毛に覆われていて、触るとフワフワで癒される。

名前の通り、暇ができると、すぐにイビキをかいて寝てしまう。

子供たちの人気者で、若い女性にも人気があるらしい。

 最後が、ピグタン。身長が130センチくらいしかない、小さな怪獣だ。

全身が真っ赤で、トゲだらけだ。でも、触ってもちっとも痛くないし柔らかい。

二足歩行の短い脚は薄いピンク色で、唯一怪獣らしい爪がある。

両手は、だらんと前に下げたままブラブラしている。よく見れば、手というか、長い指に見える。でも、ちゃんと爪もあり、怪獣らしさが見える。

顔は、魚そっくりで、口が横一文字の薄いピンク色の唇で、表情がまったく変わらない。小さなクリクリの二つの目には、長いまつ毛がクルンとカールしている。

食べるものは、草だった。しかも、雑草。園内を歩いているときに、道端に生えている雑草が大好物らしい。

気が付くと、道にしゃがんでムシャムシャと食べている。おかげで、園内の雑草が生えてない。歩くというより、ピョンピョン飛び跳ねながら、歩いている。

言葉は『ピグゥ~』としか話さないが、カネドンとグースカが訳してくれるので、コミュケーションに不自由はない。

好奇心の塊で、ちょっと目を離すと勝手にどこかに行ってしまう。

 そんな三匹の小さな怪獣たちを従えて、俺は、園内を歩きながら、お客様たちと交流する。三匹の怪獣たちを見ると、子供たちはすぐに集まってくる。

写真を撮ってとか、握手してくれとか、とにかく人気がある。それは、大人も同じだ。特に女性には、人気があるらしい。

人間の男として、ちょっと悔しい。てゆーか、この怪獣たちは、オスだろうか、メスだろうか??

 俺は、アトラクションの前を通ると、従業員の人たちと、言葉を交わしたり挨拶も忘れない。

俺は、三匹を従えて歩くだけなので、楽なもんだ。お客さんが群がったりすると、整理するくらいである。

「ちょっと休憩しようよ」

 太ったグースカがそう言って、勝手にベンチに座った。

「お腹が空いたなぁ」

「さっき、ラーメン三杯食っただろ」

「ちょっと、足らなかったんだよ」

 三杯も食っておいて、まだ、足らないとは、ドンだけ食うんだ。

「ぼくもお腹が空いたなぁ」

「カネドンは、さっき、お金をたべただろ」

「もっと、欲しいよぉ」

 さすが、金を食べる怪獣だけに、説得力がある。

それに引き換え、ピグタンは、ベンチの裏にしゃがんで、雑草を食べている。

どうせ食べるなら、野菜のが体によさそうだけど、名前も知らない雑草ばかり食べている。

「休んでないで、そろそろ行くよ」

 俺は、三匹にそう言って立たせると、再び歩き出した。

と言っても、太り過ぎというか、足が短いというか、歩くのが遅い。

園内を歩くだけでも、大変そうだ。確かに、お守役がいないと、進みそうにない。

ちょっと歩くと、勝手にベンチに座ったり、道端の草を食べたり、居眠りしたり、とにかく自由過ぎる。

「もっと真面目に働けよ」

 俺が言える立場じゃないとは思うけど、言わずにいられずに、声に出してしまう。

「もう、疲れたよ」

「お腹も空いたし」

「ピグゥ~」

「なにを言ってんだよ。ほら、行くよ。事務所に戻れば、休めるだろ」

 俺は、そう言って、手を引いて無理くり立たせて歩かせる。

そうは言っても、歩くのが遅すぎて、事務所に戻るのは、いつのことやらという感じだ。

 それでも、何とか事務所に戻る。三匹は、椅子に座ると、早速、居眠りを始めた。

のんきな怪獣たちだ。侵略宇宙人よりは、ましだけど、これじゃ、街を破壊したり、大暴れするなど、ちっとも怪獣らしくない。これはこれで、安心だけど、怪獣がこれでいいのか?もっとも、俺も休めるから、これはこれで楽だ。

 しかし、そうもいかない。これでも仕事中なのだ。

「お前たち、そろそろ閉園の時間だぞ。お客様たちを送りに行きなさい」

 園長に言われて、俺は、三匹を引き連れて、正面ゲートに向かった。

閉園の時間になると、帰るお客様たちを見送るのも、怪獣たちの仕事なのだ。

「バイバイ、グースカ」

「カネドン、また、来るね」

「ピグタン、またね」

 子供たちが、最後まで、三匹の怪獣たちと別れを惜しんでいる。

怪獣たちは、子供たちと握手をするなど、サービスしている。

一応、仕事をしているという自覚はあるらしい。

 またしても、閉園の音楽が鳴って、お客様たちは帰って行く。

この音楽は、どっかで聞いたことがあるけど、何の歌なのか、俺は思い出せない。

「きぃたぞ、我らの、ウル~トラマ~ン」

 音楽に合わせて、歌いながら駅に向かう子供たちを見送って、俺の仕事も終わる。

事務所に戻って、本日の仕事も終了だ。初日にしては、濃すぎる一日だったけど、何とか無事に終わってよかった。

「星野くん、ご苦労様でした。やってみて、どうかな? これからも続けていける」

「ハイ、大丈夫です。明日からもよろしくお願いします」

 俺は、そう言って、頭を何度も下げた。

「それじゃ、明日からもよろしくね。明日からは、九時までにここに来てね」

「ハイ、わかりました」

「それと、帰りは、どうする?」

「電車で帰りますよ」

 もちろん、ここまでの通勤は、電車で来ることになる。

でも、時間が時間なので、ちょうど、会社員や学生の通勤通学時間と重なるので電車がものすごく混む。

しかも、ウチからは、乗り換えが二回もあるし、一時間くらいかかるのは、正直言って、つらい。

今朝のことを思い出すと、これが毎日続くと思うと、かなりうんざりする。

「キミさえよければ、送迎するよ」

「送迎なんてあるんですか?」

「自宅から通っている従業員もいるし、みんなそれに乗ってくるんだよ」

「だったら、俺もお願いします」

「それじゃ、これあげるから、無くさないでよ」

 そう言って、渡されたのは、パスだった。

「そこに、自分の名前を書けば、大丈夫だからね。送迎は、今朝の従業員用の入り口前で待っていれば来るからそれに乗ってね。キミのウチの前まで、送ってくれるから。来るときは、ウチの前で待っていれば、送迎が来るから、それに乗ればここまで送ってもらえるよ」

「ありがとうございます。助かります」

 俺は、園長に何度もお礼を言って、怪獣たちとも今日は、これでお別れだ。

「またな、明日から、よろしく」

 俺は、そう言って、怪獣たちと握手をしてから事務所を出た。

「またねぇ」

「明日も待ってるからね」

「ピグゥ~」

 怪獣たちに手を振って、従業員用の入り口に向かった。


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