怪獣ランドにようこそ。

山本田口

第1話 初めての怪獣。

 俺の名前は、星野秀一。25歳のプータローだ。何しろ、飽きっぽい性格で、

バイトが長続きしない。

ちょっと前に、やっと採用された、コンビニのバイトすら、三日と持たなかった。

 やることがないので、ウチでのん気にゲームをしていると、三つ年上の姉ちゃんが久しぶりにやってきた。

姉は、一年前に結婚して、ウチを出て行った。話では、もうすぐ赤ちゃんが生まれるらしい。

ちなみに、姉ちゃんの旦那というのは、先日、えん罪を確定させた、有名な一流の弁護士だった。要するに、玉の輿というやつだ。

「秀ちゃん、また、バイト辞めたんだって?」

「まぁね」

「まぁねじゃないでしょ。アンタも、いい年なんだから、いつまでもブラブラしてないで、ちゃんと働きなさいよ」

「わかってるよ」

「お父さんもお母さんも心配してるのよ」

 両親は、俺に対して、余り口出しはしない。よく言えば、放任主義だが、息子の俺に対して、興味がないようにも見える。だから、バイトを辞めてウチにいても、特に何も言わない。

 ちなみに、父さんは、外交官で、母さんは専業主婦をしながら、趣味で保護犬の活動をしている。

経済的には、まったく困ってないので、俺一人くらい仕事をしていなくても、特に問題ない。

あるとすれば、世間的なことだ。25歳にもなって、無職というのは、やっぱり、恥ずかしいことだと思う。

それは、俺もわかってる。でも、飽きっぽい性格だけは、直しようがない。

「だから、優しいお姉ちゃんが、アンタにバイトの口を探してきてあげたわ」

「ハァ?」

 俺は、テレビ画面から目を離して姉ちゃんを見た。正直言って、余計なお世話だ。

「ハイ、これ。明日、面接に行ってきなさい」

 俺は、ゲームを止めて、その応募用紙を見た。

「なにこれ?」

「なにこれって、怪獣ランドよ」

「知らないんだけど」

 俺は、怪獣ランドなどというような、怪しげなところは知らない。

「早い話が、怪獣がいる、遊園地よ」

 俺は、深いため息をついて、応募用紙を突き返した。

「バカバカしい。遊園地なんて、この年で行くわけないだろ」

「なにを言ってんのよ。今のアンタは仕事を選べる立場じゃないでしょ。とにかく、先方には、連絡しておいたから

明日、必ず行くのよ。いい、わかったわね。行かなかったら、姉弟の縁を切るからね」

 珍しく、あの姉ちゃんが、強い調子で言うので、圧倒されたまま、それを受け取ってしまった。

確かに、そろそろバイトでもしないといけないのはわかってる。

でも、遊園地というのは・・・

俺は、子供は余り好きじゃないし、怪獣ランドって、聞いたこともない。

そんな遊園地があることすら、知らないのだ。どうでもいいやという感じで、俺は、ゲームを再開した。


 翌日、俺は、やることもなく、暇を持て余していた。無職とはいえ、ずっとウチにいるのもきつい。

別に、引き篭もりというわけではない。だから、外出するのは、嫌いじゃない。

目的がないと、外に出る気にならないだけなのだ。

そんな時、昨日、姉ちゃんが置いて言った、アルバイトの応募用紙が目に入った。

「暇だし、行ってみるか」

 俺は、それくらいの軽い気持ちで行ってみることにした。

特に採用されたいとか、ここでバイトがしたいとかいう気持ちは、一ミリもない。

 行き方を調べたら、ウチから一時間ほどかかることがわかった。しかも、乗り換えが二回もある。面倒だなと思いながら、ウチを出たのは、ただの気まぐれだった。

 電車を乗り継いで最寄り駅に到着した。改札口を出ると、俺は、呆然と立ち尽くしたまま、しばらく動けなかった。

改札口を出ると、目の前にそびえ立つのは『ようこそ、怪獣ランドへ』と書かれた、でかいゲートだった。

そして、改札口からは、次々と降りてくる人たちの群れに、俺は飲み込まれるようにゲートに進んだ。

 平日の昼間なのに、家族連れやカップルたちが多く、特に子供が多い。

近くの幼稚園の子供たちが大勢で来ている。ぞろぞろと入場ゲートに入っていく大勢の人たちに紛れるように俺も歩いて行った。

 と言っても、俺は、ここに遊びに来たわけではない。バイト募集の面接に来たのだ。俺は、チケット売り場の列には並ばず、入場ゲートの係に直接話をしに行った。

「あの、すみません。アルバイト募集の面接に来たんですけど」

 ゲート係の若い女性に言うと、その人は、にっこり微笑むとこう言ったのだ。

「来てくれたんですね。ありがとうございます。話は、園長から聞いているので、

どうぞ、お通りください」

 そう言って、ペコリと頭を下げた。俺は、よく事情がわからないまま中に入った。

入ってみたのはいいけど、ここは初めてなので、どこがどうなっているのかわからない。目の前には、ジェットコースターや大きな観覧車などがあって、見た感じは、

普通の遊園地だった。

園長が待っているということは、きっと事務所に行けばいいのだろうと思いながら、場所を探していると通路を掃き掃除しているおじさんに声をかけられた。

「もしかして、アンタ、面接に来た人かい?」

「そうですけど」

「それじゃ、事務所に行けばいいよ。この道を真っ直ぐ行けば、わかるから」

「ハイ、ありがとうございます」

 俺は、そのおじさんに軽く会釈してお礼を言ってから、言われたとおりの道を歩いた。

しかし、何で掃除のおじさんが、俺のことを知っているのか不思議だ。

たかが、バイトの面接にきた俺を知ってるわけがない。客との区別がつくわけがない。

 そんな不思議な感覚を感じながら歩くと、すぐに事務所らしい建物が見えてきた。

二階建ての事務所で、プレハブ小屋みたいな感じで、とても遊園地の事務所には見えない。

「大丈夫なのか?」

 俺は、そんな不安を抱えたまま、とりあえず、事務所のドアを開けた。

「すみません。アルバイトの面接に来たんですけど」

 そう言ってみたものの、中には、誰もいなかった。

「あの、すみません。面接に来たんですけど、どなたかいませんか?」

 もう一度、少し大きな声で言ってみたものの、誰も返事がない。

「なんだよ。せっかく来たのに・・・」

 俺は、少しムッとしたので、このまま帰ろうと思った。

「ごめん、ごめん。ちょっと忙しくて、遅れちゃったね」

 そう言って、ドアを開けて入ってきたのは、オーバーオールを着て、頭に麦わら帽子を被ったおじさんだった。

しかも、オーバーオールの胸に、怪獣のプリントがついている。

麦わら帽子を脱ぐと、頭は、真っ白の髪だった。

「ごめんね。面接に来たんだよね。私が、園長の早田進次郎です。よろしく」

 そう言いながら笑った顔は、いかにも遊園地の園長らしい、優しい笑顔だった。

「こっちで話を聞こうか」

 そう言って、俺を空いた席に案内した。椅子に座ると、園長は、紙コップで

コーヒーを持ってきてくれた。

「よく来てくれたね。ありがとうね」

 そう言って、うまそうに園長もコーヒーを飲んだ。

「それじゃ、とりあえず、履歴書を見せて」

 そう言われて、俺は、持っていたバッグから履歴書を見せた。

でも、園長は、ざっと見ただけで、机に置いた。

「星野秀一くんね。それで、いつから働ける?」

「えっ? 採用なんですか」

「そうだよ」

 俺は、余りにも不意な話に、返事が詰まってしまった。

まさか、いきなり採用されるとは思わなかった。採用されても、遊園地で働く自分を想像できないし正直言って、好きで選んだ仕事ではないので、うれしいという気持ちはなかった。

「どうかな? できれば、なるべく早く来てほしいんだけどね」

 そう言われても、返事に困る。暇だし、無職だし、バイトはしなぎゃいけない立場だから、明日からでもいいし、何なら、今からだっていい。

でも、なんて言えばいいかわからない。

「そうだな。それじゃ、明日からってことでいいかな?」

「ハ、ハイ」

「よし。それじゃ、明日の九時までに、ここに来て。仕事の話とか、詳しいことは、その時に説明するから。今日は、これで帰っていいよ。何なら、遊んで行くかい?」

「い、いえ、大丈夫です。それじゃ、今日は、これで失礼します。ありがとうございました」

 俺は、想定外のことの連続で、どう考えたらいいかわからないので、とにかく、すぐにでもここから出て行きたかった。

頭の整理をしないと、体が動かない。それが、ぼくの最も悪い癖であり、短所なのだ。何事も、頭の中で一度考えて、整理してからじゃないと動けない。

何か指示されても、すぐに行動に移せないので、いっしょに仕事をしている人たちとも動きが遅れる。分かっちゃいるけど直せない。頭で納得してからじゃないと、動けないという困った性質なのだ。

 俺は、帰り路を歩きながら、なんでこんなことになったのか、わからないまま帰宅した。

そして、これが、俺の運命を変えた場所でもあった。そのことに、この時の俺は、まだ気が付いていなかった。

 俺と怪獣ランドの話は、まだ始まってもいない。


 翌日、俺は、眠い目を擦りながら、久しぶりに早起きして、九時前に怪獣ランドにいた。ゲート前で園長がわざわざ待っていてくれた。

「おはよう」

「おはようございます」

 挨拶くらいはできる。それくらいの常識は、持っているつもりだ。

「それじゃ、行こうか。あっちが、従業員用の入り口だから」

 そういって、正面ゲートの脇を抜けて、壁伝いに少し歩くと、そこに『従業員出入り口』と書かれた

小さなドアがあり、そこから中に入る。入ると、すぐ、目の前が事務所になる。

 俺は、園長の後について、事務所に入ると、従業員の人たちが、たくさん待っていた。

「皆さん、おはようございます」

「おはようございます」

 園長の朝の挨拶が始まった。

「今日の予定は、特にありません。いつも通り、平常運転でお願いします。それと、今日から、新しく入ったアルバイトくんを紹介します」

 そう言われて、手招きされた俺は、園長の隣に並んで立った。

「星野秀一くんです。初めてなので、いろいろ教えてあげてください」

「初めまして、星野秀一です。よろしくお願いします」

 俺は、頭を下げて挨拶した。すると、従業員たちから、軽い拍手が起きた。

なんだか照れ臭い。今まで、いろんなバイトをしてきたけど、初日から、ちゃんと名前をみんなの前で紹介されたことはない。しかも、拍手で迎えられるなんて、一度もない。俺は、どんな顔をしていいのかわからない。

なのに、他のみんなは、笑顔で俺を優しく迎えてくれた。

こんな時、どう反応すればいいんだ・・・

「それじゃ、労働条件は、これに書いてあるから、後で読んで名前を書いて判を押して、明日でいいから持ってきて。

それと、キミの仕事は、怪獣たちのお世話ね。今、紹介するから、こっち来て」

 俺は、書類を持って園長の後について行く。園長は、二階に上がる階段を昇っていく。

俺は、階段を昇りながら、気になることを考えた。俺の仕事は、怪獣のお世話って、どういう意味だ?

 二階に着くと、そこは、食堂になっていた。

「ここは、休憩室を兼ねた、社員食堂だから、お昼は、ここで食べてね。まだ、時間じゃないから、おばちゃんたちも来てないけど、11時くらいになると来るから大丈夫だよ。お~い、もうすぐ開園の時間だぞ、みんな、出てきなさい」

 園長は、壁に向かって声を張り上げた。何をしてんだ、園長・・・

すると、驚くことに、何もない壁がポッカリと穴が空いたのだ。そして、その中から、なにかが出てきた。

「園長、おはようございます」

「おはようございます。お腹空いたよぉ~」

「ピグゥ~」

 なんだ、こいつら・・・ 何者だ? てゆーか、何なんだ。

俺の頭は、瞬間的に思考回路が停止した。俺の常識の範囲を超越している。俺の目は、どうかしたのか?

驚くよりも、固まってしまった。完全に思考回路が停止したのだ。

「紹介するよ。怪獣ランドのマスコットというか、一応、従業員の怪獣たち。右から、ピグタン、カネドン、グースカね」

 なにを言ってるんだ園長は、頭がおかしいのか? 今、怪獣とか言ったよな。

しかも、従業員て・・・

「星野くん、大丈夫?」

「えっ、イヤ、その、これは、一体どういうことですか?」

「見たとおり、怪獣だよ」

 そんなわけないだろ。怪獣って、この世にいるわけがない。アレは、空想の生物だ。人間が考えた、特撮番組に出てくるもので、現実にいるわけがない。

「わかりました。着ぐるみですね。もしかして、この中に入るってことですか?」

 怪獣の着ぐるみに入って、子供たちと遊ぶって仕事なら、ごめんだ。

俺は、体育会系じゃないので、体力的に自信がない。その前に、そんな仕事は、やりたくない。

よし、帰ろう。悪いが、辞めよう。こんな仕事は、やっていられない。

「あの、園長。申し訳ありませんけど・・・」

「アレぇ、この人が、今度の新人くんなの?」

「ヘェ~、今度は、男の人なんだ」

「ピグゥ~」

 俺の言葉を遮るように、怪獣たちが俺の周りに集まってきた。

何をする気だ? 近寄るんじゃない。不気味すぎるだろ。

 俺は、後ずさる。しかし、その背中を囲むように怪獣が止める。顔が引きつっているのが自分でもわかる。

俺は、考えてからじゃないと、行動できないんだ。まずは、事情を聞かせてほしい。

「あの、園長、これは・・・」

「だから、怪獣だよ」

「なにを言ってんですか。怪獣なわけないでしょ」

 俺は、着ぐるみと決めつけて、背中に回って、ファスナーを探す。

普通は、怪獣映画などは、着ぐるみの背中に人が入るファスナーがついているはず。

でも、そんなものはどこにもなかった。目を凝らして見ても、そんなものは見つからない。

「なにしてるの?」

「それより、お腹が空いたよ」

「ピグゥ~」

「わかった、わかった。それじゃ、そろそろ開園の時間だから、入場ゲートに行こうか。星野くんもいっしょにね」

 俺は、声も出ない。なにを言ってるのか、まったく理解不能だ。

そんな俺は、怪獣たちに囲まれて、園長に手を引かれて、事務所を後にする。

そのまま、正面ゲートまで連れて行かれた。その間に、園長が話してくれた。

「この子たちは、本物の怪獣だよ。ただし、小さいだけ。大きくはならないミニ怪獣たち。子供や人間が好きで、危害は加えないから、安心してね」

 俺は、園長と三匹の怪獣たちと正面ゲートに向かった。その間の話は、全く耳に入ってこなかった。

いくら説明されても、俺の頭では、非常識すぎて理解できない。

「それじゃ、キミも、お客様には、ちゃんと挨拶してね」

 そう言って、入場ゲートを出ると、すでにお客さんたちが列をなしていた。

そして、開門の音楽が鳴った。

『胸に付けてる、マークは流星、来たぞ我らのウルトラマ~ン・・・』

 どっかで聞いたことがある歌だ。俺が子供の頃に聞いたことがある。

怪獣たちが出てくると、子供たちが集まってきた。子供たちだけじゃない、大人たちも寄ってきた。

「カネドン、おはよう」

「グースカ、握手して」

「ピグタン、可愛い」

 すでに人気者として定着しているらしい怪獣たちは、子供や大人たち一人一人と、

握手をしたり写真を撮ったりしている。

「皆様、ようこそ、怪獣ランドへ。これから、入場いたします」

 園長が挨拶をすると、子供や大人たちが、カネドンと呼ぶ怪獣の口の中にお金を入れていく。

何をやってんだ・・・ 訳がわからない。もはや、頭の中が真っ白だ。

「星野くん、キミも、お客様に挨拶して。それから、怪獣たちを誘導して」

 そんなことを言われても一歩も動けない。体が固まったまま動けない。だって、頭が理解してないから。

俺が呆然としている間も、怪獣の口にお金を入れると、お客様たちは、ゲートを入って行った。

「星野くん、しっかりして」

 園長に背中を叩かれて、やっと現実に戻った。

「園長、これって、どういうことなんですか?」

「さっき説明したでしょ。キミは、この子たちのお世話係をしてもらうの。簡単でしょ」

「簡単じゃないですよ。なんなんですか、怪獣って。全然、意味がわからないんですけど」

 俺にとっては、当たり前の常識的な質問だ。それなのに、園長は、笑っているだけで、特に何も言わない。

「とにかく、がんばってね。私は、仕事があるから、後は、よろしくね。この子たちを連れて、園内を歩くだけでいいから簡単でしょ。他に何もすることないから。もちろん、慣れてきたら、他の仕事もしてもらうけどね。じゃ、頼んだよ」

 そう言うと、園長は、軽い足取りで事務所に戻って行ってしまった。

やっぱり逃げよう。辞めよう。こんなの仕事じゃない。怪獣の世話なんて出来るわけがない。

しかも、目の前は、駅の改札口だ。このまま電車に乗って帰ればいい。

そう思ったけど、財布がポケットにない。

持ってきたバッグに入れたまま、ロッカーに入れておいたのを忘れていた。

「それじゃ、行こうか」

「ねぇ、キミの名前は?」

「ピグゥ~」

 怪獣に話しかけられた。だけど、なんて答えていいかわからない。怪獣に話しかけられることなど生まれて一度も経験がないので、返事ができない。

俺は、知らない人から声をかけられたり、道を聞かれたりすると

答えに詰まる。もしくは、逃げる。それくらい、すぐに行動を起こせない、アドリブが効かない人間なのだ。

「ほら、行くよ」

「お仕事、お仕事」

「ピグゥ~」

 俺は、怪獣に手を引かれるようにして、園内を歩くことになった。

「あの、キミたちは、ホントに、怪獣なの?」

 やっと口から出た言葉が、この程度である。情けないにもほどがある。

「そうだよ」

「そうなのだ」

「ピグゥ~」

 そう言われても、にわかには信じられない。

「ぼくは、カネドン」

「おいら、グースカ。こっちは、ピグタンだよ」

「ピグゥ~」

「俺は、星野秀一」

「星野くんか」

「アレ? どっかで聞いたことある名前だぞ」

「ピグゥ~」

 俺は、顔を引きつられながら、怪獣たちと園内を歩く。その間も、すれ違う子供やお客様たちと触れ合ったり握手をしたり、写真を撮ったり、人間たちと仲良くしている。俺は、何をするんだっけ?

怪獣たちの世話係だっけ。お客さんたちを誘導したり、整理しなきゃいけないんだ。

黙っていると、怪獣たちの周りに人だかりができて、歩けなくなる。

「えっと、止まらないで、歩きながらにしようか。写真撮影は、順番にね」

 バイト経験だけは豊富なので、この手のことなら、黙っていてもできる。

子供たちと歩きながら、俺は、怪獣たちの後ろをついて行くことしかできなかった。


 園内を三匹の怪獣たちの後について歩いていると、遊園地だけに、いろんな乗り物がある。当然、そこには、係員がいる。まずは、メインのアトラクションと言える、ジェットコースターに行ってみる。

 すると、俺たちを見つけた、係の若い男の人が声をかけてきた。

「よぉ、新人。少しはなれたかい?」

「いえ、まだまだです」

「そのウチ、なれるさ。そうそう、俺は、ジェットコースターの担当ね。よろしく」

「星野秀一です。よろしくお願いします」

 俺は、そう言って、挨拶した。

「ビックリしただろ。本物の怪獣だもんな」

「まだ、信じられません」

「それくらいでビックリしてたら、この職場じゃ持たないぞ」

「えっ?」

 俺は、驚いて、その人の顔を見た。他にも驚くことがあるのか?

「お客様たちには、秘密だけど、ここの従業員は、全員、宇宙人だから」

 小声で言うその一言に、俺は、またしても思考回路が停止した。

なんだって? ここの従業員は、全員、宇宙人だって? なにをバカなことを言ってるんだ。この人は、頭がおかしくなったのか?

「キミ、どうしたの?」

 思考回路が停止して、固まった俺に心配して話しかける。

「あの、今、なんて言いました?」

「だから、キミ以外は、全員、宇宙人なんだよ」

「なにを言ってんですか。冗談はやめてください」

「冗談じゃないよ。俺も、アソコにいる彼女も、みんな宇宙人だよ」

 そう言って、コーヒーカップの係をしている、女性を指さした。

「そんなバカな・・・」

「キミって、頭が固いんだねぇ。まぁ、今は、仕事中だから、また、後で話をしようか」

 そう言って、彼は、持ち場に戻って行った。俺は、彼の後姿を見送りながら、またしても動けなかった。

「秀一くん、どうしたの? ほら、次に行くよ」

「仕事中だよ」

「ピグゥ~」

 俺は、三匹の怪獣に手を引かれて歩き出した。それでも、頭の中は、パニック状態が続いている。

俺は、フラフラしながら歩いていると、肩を叩かれた。足を止めて振り向くと、若い女性がいた。

「星野くんて言ったっけ?」

「ハ、ハイ」

「初めまして、あたしの担当は、メリーゴーランドよ」

「ど、どうも、星野秀一です」

 俺は、ドキドキしながら挨拶した。彼女は、俺よりも、少し年下みたいな、可愛い女の子だった。

「どうしたの? なんかあった?」

「イヤ、別に・・・」

 俺は、まだ、頭の整理がついていなかったので、まともな返事ができないでいる。

「もしかして、怪獣ランドの秘密を聞いちゃったのかしら?」

「秘密?」

「星野くん以外、ここで働いている人は、みんな、宇宙人て話よ」

 もうダメだ。頭から湯気が出て、オーバーヒートだ。

この可愛い女性も、宇宙人だというのか? そんなバカな。そんなことがあるわけがない。第一、宇宙人なんて、この世にいるわけがない。俺は、UFOの存在も信じていない。まして、宇宙人なんて、いるわけがないんだ。

「あの、あなたも、宇宙人なんですか?」

「そうよ」

 いともあっさり認めた彼女は、当たり前のように笑った。

俺は、今、どんな顔をしてるんだろう? 俺の顔の前を、怪獣の大きな手がヒラヒラさせている。

「秀一くん」

「秀一くんてば」

「ピグゥ~」

 何度も言うが、俺は、頭の中で、話を整理してからじゃないと、体が動かないんだ。想定外の常識とは思えない話をされても、すぐには反応できない。

「いけない、仕事に戻らなきゃ。また、後でね」

 彼女は、そう言って手を振りながらメリーゴーランドの方に走って行った。

「秀一くん、行くよ」

「仕事だって」

「ピグゥ~」

 俺は、今、どこにいるんだ? とても地面を歩いているようには思えない。

足が地についていない気がする。まるで、雲の上を歩いているようだ。歩いたことはないけど。

 俺は、焦点が定まらない目で周りの景色を見ながら歩くと、次に案内されたのは、ふれあい広場だった。

そこは、うさぎやモルモット、ヤギなど、小動物と子供たちが直接触れ合える動物広場だ。

木で周りを囲まれた、ミニ動物園という、いかにも手作り感満載の看板を潜って、中に入ると子供たちが動物たちと遊んでいた。

「こんにちは、見学ですか?」

 話しかけてきたのは、どう見ても高校生くらいの女の子と男の子の二人だった。

まさか、この子たちも宇宙人なのか? 俺は、そんな目で二人を見ていた。

「あたしたち、双子なんです」

「よろしくお願いします」

 そう言って、帽子を取って、丁寧にお辞儀をする二人に釣られて、俺も頭を下げる。

「星野秀一です」

「やっぱり、地球人て、カッコいいわね」

「ハァ?」

「だって、ここで、唯一の地球人なんだもん。あたし、地球人に憧れてるのよ」

「ちょっと、なにを言ってんだよ。失礼だろ」

「えへ、ごめんなさい」

 そう言って、舌をペロッと出して、頭を下げる彼女見て、俺は、なんて返事をしたらいいのかわからない。

「あの、やっぱり、キミたちも宇宙人なの?」

「そうですよ。秘密だけどね」

 小さな声で言ったのは、男の子の方だ。こんな子供の宇宙人もいるのか?

てゆーか、宇宙人の子供って何なんだ?

「秀一くんは、みんな宇宙人って言われて、ビックリしてるんだよ」

「おかしいよね」

「ピグゥ~」

「しょうがないでしょ。そんなこと、いきなり言われて、驚かない方がおかしいもの」

 俺は、そんな会話を聞きながら、夢を見ていると思っていた。

怪獣ランドは、宇宙人の侵略基地なんだ。ここにいる人たちは、みんな、人間に化けた、侵略宇宙人なのか?

イヤ、そんなはずはない。だって、宇宙人なんて、この世にいるはずがないのだから・・・

この期に及んでも、俺は、まだ、目の前にいる二人のことが、信じられなかった。

 さっきの従業員も含めて、全員がグルになって、俺を騙しているんだ。

これは、ドッキリカメラか何かに違いない。そうだ。それしか考えられない。

「ごめんなさい。今、仕事中だから、お昼休みにちゃんと話しますね」

 そう言って、二人は、子供たちの方に戻って行った。

俺は、怪獣たちに連れられて、再び園内を歩くことになった。

その後も、行く先々の乗り物の係の人たちに挨拶した。しかし、その誰もが、みんな笑顔で『キミ以外は、みんな宇宙人だから』と、軽く言われて、俺は、何も信じられなくなっていた。

 

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