第13話

 朝食の時刻になり、美月は食堂の席に着いた。

 テーブルに食事が並べられても、煌の姿はない。

(やはり、わたしは避けられているのかしら)

 落胆しかけたとき、ようやく煌が現れた。

 開襟の白いシャツにズボンという洋装が、身に馴染んでいる。

「すまない、遅くなったか」

 タキがいれば適切な言葉を返してくれたのだろうが、今朝は慣れない使用人たちが給仕してくれているため誰も口を開かない。

 出すぎたことにも思えたが、美月は沈黙に耐えられずに返事をする。

「いいえ、少しも」

「そうか」

 それだけのやりとりだが、少しだけ場が和んだ気がした。


 食事を始めても、ふたりのあいだに会話はなかった。

 煌のことを何も知らない美月は、訊きたいことがいろいろある。久良岐家のこと、煌の家族のこと、仕事のこと……。

 だが、話の糸口が見つからないし、食事中に話をするのは行儀が悪いと思われるかもしれない。

(せっかく、はじめてお食事をご一緒できたのに)

 残念に思ううちに食事は終わり、食後のお茶が供された。

 お茶をひと口飲んで、煌は語りかけるでもなくぽそりと言う。

「誰かと食事を共にしたのは何年ぶりだろう」

「まあ、わたしもです」

 思わず相槌を打った美月に、煌が顔をあげる。

「あなたも? だが、三條西家には……」

 美月の場合、両親は亡くしたが同居する姉がいた。

 さすがに離れに軟禁されていたのだとは言えず、美月は言い訳めいた説明をする。

「その、父が亡くなってからは、跡を継いだ兄はまだ学生寮におりますし、それで姉は当主名代として多忙でしたので」

「そうか。三條西家ともなれば、さまざまあるのだろうな」

 煌がどんな「さまざま」を思い描いたのかはわからないが、美月は曖昧にうなずいた。

 煌が言う。

「俺は婚儀にも出られず、あなたにも義姉上にも失礼なことをした。実家さとに戻る機会があったら詫びておいてくれ」

 その婚儀にも姉は出席しなかったことを、煌は知らないのだろう。

 美月は返事ができなかった。

 すると、煌は誤解したらしく、

「いや、実家に帰れと言ったわけではなく」

 そう言葉を足して、気まずげに顔を背けた。その横顔は不機嫌なわけではなく、ただ言葉を選びかねて困っているように見えた。

(このお方は……)

 初対面の晩に怒鳴られて以来、美月は夫を怖いひとだと思い込んでいた。だが、ほんとうは不器用なだけの心根の優しい人なのかもしれない。

 美月はそう思った。そうであってほしいという願望も半分はあったのだが。


 この日は昼過ぎに出勤する煌を、美月ははじめてまともに玄関で見送ることができた。

「いってらっしゃいませ」

「ああ」

 それだけの会話だが、少しだけ妻らしく振る舞えた気がして嬉しい。


 夕方にはタキが戻ってきて、

「奥さまにもご迷惑をおかけして、申し訳ございませんでした」

 と、帰りが遅くなったことを詫びた。

「いいえ、わたしは何も。お孫さんのご容態は?」

「お医者さまのお話では小さいうちはよくあることだとかで、朝には熱も下がって、遊びたくてだだをこねるのを抑えるのが大変なくらいでございましたよ」

 安心した顔で報告してくれるのを聞き、こちらも煌には薬を使わずに済んだことなどを説明した。

「それはよろしゅうございました」

「ええ」

 少しずつではあるが、新しい暮らしに馴染めてきたような気がする美月だった。

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