第11話

 一瞬、風が舞った。

 窓辺の薄いカーテンが、ひらりと大きく煽られる。

 だが、次の瞬間には静寂が訪れていた。


 窓は、閉ざされている。

(今の風は、どこから?)

 薄暗い室内。

 半開きのカーテンから差し込む月明かり。

 正面奥のベッドの上に、煌が倒れ伏していた。

(旦那さま!?)

 さっきまでのうめき声は、もう聞こえない。

(失礼いたします)

 美月は口の中で失礼を詫びて、煌の枕元に恐る恐る歩み寄った。

 そっと顔を覗きこむ。

 煌はかすかに眉をひそめているものの、さほど苦しそうではない。

 呼吸も落ち着いて、眠っているように見える。

(ああ、もうご自身で浄化なさったのね)

 ホッと胸を撫で下ろす。

 これなら薬も要らないだろう。

 三條西家の娘でありながら美月が持ち得なかった力を、煌は持っているのだ。

 その事実に、美月はいまさら嫉妬も覚えない。

 むしろ姉に対する気持ち同様、憧憬と尊敬の念で煌を見る。

(そういえば、わたしはお姉さまが悪霊を祓うところも見たことがなかったのだわ)

 美子が家で依頼人に憑いたモノを祓うときでも、邪魔になってはいけないからと美月は遠ざけられていたのだった。


 窓から差しこむ月明かりの下、美月はあらためて煌の顔を見た。

 精悍な、整った顔だ。年齢は二十代前半くらいだろうか。

 トクンと、胸が高鳴った。

 黒く濃いまつげが影を落とし、それが少年のように愛らしく見えた。

 そう思って見るせいか、隙のない美貌も、寝顔はどこか無防備であどけない。

 それほど深く眠っているのか。

(お疲れなのだわ)

 過酷な任務を終えて帰宅し、己の身に引き受けた瘴気を自身で浄化した煌。

 おそらく精根尽き果てているのだろう。

 きゅんと、胸が締めつけられた。

(せめて、わたしにお姉さまの半分でも力があれば、旦那さまのお役に立てるのに)

 そんなふうに思ったのは、初めてかもしれない。

 煌を手助けしたいのに、何もできないのが口惜しい。

(わたしにも、力があれば良かったのに)

 情けなくて、涙が出そうだ。

 美月はきゅっと唇を噛み、涙をこらえた。

 それから、横たわる煌が風邪をひかないよう、肩まで布団をかけた。

(旦那さま)

 心なし、さっきより穏やかな寝顔に見え、美月はホッとした。

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