第10話
タキがいなくとも、夕食の支度などは母屋の使用人たちが滞りなく済ませ、いつもどおり洋館へと運んできてくれた。
煌の帰りは遅く、美月はこれもいつもどおりにひとりで食事を済ませ、自分の部屋に戻った。
それから、猫のために用意してもらった魚のほぐし身の皿を床に置く。
「旦那さまは、いつお戻りになるのかしらね、ミィ」
はぐはぐと魚に食いつく猫の小さな頭を見下ろしながら、尋ねるともなく声にする。
そして、裁縫箱の横に置いた薬の包みに目を向けた。
頻繁に使用すれば体に障るという薬。
そんなものに頼らなければならない過酷な仕事をしているのだと思うと、あらためて煌のことが心配になった。
(できれば、今夜は薬を使わずに済みますように)
胸の内で願ってみるが、それは状況しだいだ。
夜が更けても、煌は帰ってこなかった。
美月はベッドで横になったが眠れそうになく、あきらめて針仕事の続きをして煌を待つことにした。
階下で、物音がした。
(旦那さま?)
階段をのぼる耳慣れた足音。間違いない。
美月は針を針山に戻して、ドアを開けようとした。その瞬間、
「部屋から出るなっ!」
低い声で怒鳴られ、ドアノブに手を掛けたまま動けなくなった。
足音が、部屋の前を通り過ぎる。
煌の寝室のドアが開き、音を立てて閉ざされた。
美月は、自室のドアの前で立ち尽くした。
(どうしよう……)
そこからでは、煌のようすがわからない。
妻ならば、部屋から出るなという夫の命令に従うべきなのだろうか。
(でも……)
美月は意を決して、薬を手にして部屋を出た。
足音を忍ばせて廊下を進み、煌の部屋の前で立ち止まる。
立ち聞きのようで気は引けるが、ドアに寄ってようすを窺う。
押し殺したうめき声が聞こえる。
(やはり苦しんでいらっしゃるのだわ)
「旦那さま?」
廊下からの呼びかけに、返事はない。
美月はドアノブに手を掛けた。
鍵はかかっていない。
思い切って、ドアを押し開けた。
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