第5話
タキが吹き抜けの階段を下りる足音を確認し、美月は行李の蓋をそっと開けた。
――みゃぉ――
薄い座布団に座った猫が、美月を見上げてかそけき声で鳴いた。
「ごめんね、ミィ、ずっと閉じ込めて」
ミィを胸に抱いて謝罪する。
猫を連れて嫁に来るなど非常識だとは思ったが、世話をしてくれる者もいないあの離れに置いてくることができなかったのだ。
婚礼の振袖を脱いで、紬の普段着に着替える。
この部屋にはひとり用のベッドがあるだけで、箪笥も衣桁もなかったので、とりあえず脱いだ振袖一式はベッドの上に広げておいた。
それから猫用の小皿を持って階下の台所へ行き、水を汲んで戻る。
半日閉じ込められていた猫は、待ちかねたように皿の水を飲んだ。
「今はこれしかないけど、あとでなにか食べ物をもらってくるからね」
美月はそう言って、袋から煮干を出して手に乗せた。
猫はそれには見向きもせず、部屋中を壁に沿って匂いを嗅ぎながら確認して歩く。
そうしてようやく満足したのか、煮干を食べて行李に飛び込み、座布団の上で丸くなった。
その晩は、夕餉の支度が整う時分になっても煌は帰宅しなかった。
「お帰りになられるかどうかもわかりません。どうか、奥さまは先にお召し上がりください」
半刻ほど待ったところで、タキがそう言って温め直した食事を勧めた。
洋館一階の食堂。
八人はゆったりと食事ができそうな長いテーブルで、美月はひとりで夕食をとった。
ひとりで食事をすることには慣れているが、部屋もテーブルも広すぎる。
(寂しさは、空間の広さの分だけ増すのだわ)
そんなふうに考えて、気を紛らしてみる。
並べられたのは祝い膳でもあるのか、小さいながらも鯛の添えられた贅沢な献立だった。
美月は塩の振られた皮目を除けて鯛の身をほぐし、こっそり懐紙に取り分けた。
食事を終えて部屋に戻り、
「ほら、ミィ、今夜はごちそうよ」
鯛の身を小皿に移して、猫に与える。
ガツガツと美味しそうに食べる姿を眺めるだけで、幸せな気分になれた。
煌は、まだ帰宅しない。
(わたしを避けていらっしゃる?)
考えてみても仕方のないことだ。
美月はミィの小さな頭を指先で撫で、窓の外に目を向けた。
ガラスに映るのは自分の顔で、その向こうには深い闇が透けている――。
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