第6話

 広げておいた振袖を畳み、畳紙たとうしで包む。

 寂しいと感じてしまうのは、心のどこかで、この美しい振袖を夫となる人にも見てほしいと思っていたからだろう。

(馬鹿ね。お相手はわたしになんか興味もないのに)

 くすりと自嘲の笑みをこぼす。

 人並みな結婚生活ができるなどという幻想を抱いてはいけない。

(身の程をわきまえなければ)

 はじめからあきらめておけば、失望せずに済む。 


 初めての部屋、初めてのベッド。

 窓に雨戸はなく、カーテン越しの月明りで室内は真っ暗ではなかった。

 疲れているのに横になっても眠ることができず、美月は何度目かの寝返りをうった。

 新婚初夜だというのに、夫の顔さえまだ知らない。

 行李で丸くなりながらもこちらを見上げるミィに、視線だけで語りかける。

(ねぇ、ミィ、明日は旦那さまにお会いできるかしらね)

(何と言ってご挨拶したらいいのかしら)

 猫は小首をかしげただけで、やがてゆっくり目を閉じた。

 さまざま思い巡らすうちに、美月もいつしかうとうととまどろみかけていた。


 そうして夜もすっかり更けた頃、美月は浅い眠りから覚めた。

 階下で物音がしたのだ。

 階段をのぼる、大きな足音。

(旦那さまが、お戻りに?)

 美月は夜着の上に羽織をまとい、手櫛で髪を整えた。

 先に寝んでいたことを恥ずかしく思うが、出迎えないのはもっと失礼だ。

 ドアを引き開けると、ちょうど目の前を通り過ぎる洋装の背の高い人影が見えた。煌だ。

「あの……お、お帰りなさいませ」

「近寄るな!」

 低い声で怒鳴られ、身がすくんだ。

 煌は自分の部屋の前で足を止め、暗い廊下で肩越しに振り返る。

「部屋に入って寝め。俺に近付くな」

 先刻よりは穏やかな声だったが、それだけに冷たく響いた。

 煌は自室に入ると、音を立ててドアを閉ざした。

 美月は呆然と立ち尽くしたが……やがてあきらめ、部屋に戻って静かにドアを閉めた。


(やはり、わたしとの結婚がお気に召さないのだわ)

 ベッドに潜り込み、そう思う。

(わたしだって、来たくて来たわけじゃないけど)

 そのうえ、夫は冷たく怖い男のようだ。

 だが、ここを出ても行くあてなどない美月だ。もちろん実家には帰れない。

 それに、結納を交わして嫁いだ以上、美月が勝手にここを出ては三條西家に迷惑がかかる。


 しばらくすると、ふたたび階下から階段をのぼる足音がした。

 先刻とは違う、スリッパを履いた遠慮がちな足音だ。

(タキさんかしら)

 足音は美月の部屋の前を通り過ぎ、その先で止まった。

「お薬をお持ちいたしました」

 廊下から聞こえる声。やはりタキだ。

 その後のやりとりは聞き取れなかったが、やがてタキは階段をおりて出て行ったようだ。


(お薬って言ったわよね)

(旦那さまはお怪我をなさったの? それともご病気かしら)

 気になるが、近寄るなと言われたのにようすを窺いに行くわけにはいかない。

(明日、タキさんに訊いてみよう)

 そう決めて、とりあえず今夜は寝ようと布団を引き上げた。

 けれど、やはり気になって目が冴える。


 布団の上をのしのしと歩く、猫の気配。

 擦り寄る温もりに、ほっと胸も暖まる。

「ミィ、慰めてくれるの?」

 肩口に丸くなってゴロゴロ喉を鳴らす猫を撫でながら、美月は眠ろうと眼を閉じた。

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