第2話

 日中は明るい格子窓の下に卓袱台を置き、縫い物をするのが美月の日課だ。

 美月を育ててくれたばぁやが、三條西家の娘としての才能がないのならせめて針仕事くらい身に付けましょうと仕込んでくれたのだ。

 今では着物ならひととおり仕立てられるようになった。万が一、この家を追い出されるようなことになっても、和裁で自活できるかもしれない。

(ばぁやのおかげだわ)

 そのばぁやも、父が亡くなったあとは解雇されて去ってしまったけれど。


「お嬢さま」

 縁側から声を掛けられ、美月は立ち上がった。

 いつも食事などを運んできてくれる使用人のサトが、どっしりとした風呂敷包みをふたつ胸に抱えて庭先に立っていた。

「それは?」

「美子お嬢さまから、こちらのお振袖と訪問着を仕立てるよう託ってまいりました」

 サトは包みを縁側に置くと、その場で風呂敷をひらく。

 それぞれ美しい絵羽に白い胴裏と色鮮やかな八掛地が添えてある。それに、必要な糸もひと揃え。

 言いおいて立ち去ろうとするサトを、美月が呼び止める。

「待って。先日の銘仙めいせんが仕上がったところだから、持っていってちょうだい」

「もうできたんですか?」

 驚くサトを待たせ、美月は銘仙の着物を畳みながら言う。

「お姉さまに似合いそうなきれいな柄だったから、柄合わせに時間がかかってしまったけど」

「仕立て屋じゃないのですから、根を詰めてまでなさることじゃありませんよ」

 呆れたという口調ではあったが、サトなりに美月の境遇を気遣ってくれているのかもしれない。

「では、こちらはお預かりしていきますよ」

 サトは銘仙を抱えると、母屋のほうへと立ち去った。


 美月は布地を風呂敷ごと部屋に運び、あらためて鬱金うこん色の布の上に絵羽を広げて眺めた。

 振袖は美しい友禅に刺繍を重ねた意匠だ。訪問着も、おそらく一点ものの手書き友禅。

 いずれも高価なものであり、それ以上に、上品で美しく、目を惹く品だ。

 美月は思わず感嘆の息を漏らした。

(きれいな着物。でも、お姉さまのお好みにしては少しおとなしい……?)

 華やかな美貌を誇る美子は、身に付ける着物も煌びやかなものを好む。さらに、三條西家の当主代理として振る舞う今は、人目を惹く大胆な色柄を選ぶようになった。

 だが、目の前の晴れ着二点は、華やかではあるものの派手ではない。

(日本舞踊のお弟子さんに贈るものかしら)

 幼いころから日本舞踊を習っていた美子は、今はもう師範であり弟子もいる。以前、教え子が名取になったときには、そのお祝いに着物を贈ったこともあった。

 弟子とはいえ良家のお嬢さま相手ならば、贈り物もこれくらいの品でなければならないのだろう。

 離れに隠れてひっそりと暮らす美月には、想像することしかできない別世界の話だ。

(それでも、こんなすてきな着物を間近に見て触れるのだもの、仕立てができて良かった)

 美月はふふっと笑い、針に糸を通した。

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