第7話 お誘い
春空の下、学校法人天ヶ崎学園高等学校の入学式が行われた。
僕と伸司は席が前後なため、気軽に話をすることができた。問題があるとすれば、社長令嬢のアリサさん。僕と伸司の仲をじっくり観察している。もう、怖くて堪らない。
「では、ロングホームルームを終わります。明日から本格的に授業が始まりますので、準備をしっかりしておいてください」
担任の西川京子先生が教室内を見渡した。その途端、先ほど決まったクラス委員長が号令をかける。
「起立!」
皆一斉に立ち上がり、西川先生に視線を向ける。
「礼」
お辞儀をして席に着いた。これで今日は帰れる。
「明菜、このあとどうする?」
「このあと?」
チラッとアリサさんの方を見た。
実は、入学式が始まる前にアリサさんから食事会をしようと誘われたのだ。因みに伸司抜きでするかはアリサさん次第。さて、どうなるんだろう。
「どうした? もしかして、アリサさんと何処か行くのか?」
「うん。その予定なんだけど……」
アリサさんと目が合った。
すっごい冷や汗が出た。なんなんだ、このプレッシャーは!
「五十嵐さん、お待たせしました」
「え? あっ、うん」
目が合ってから、ものの数秒で目の前にやってきた。しかも、伸司を見ている。
「何? 俺の顔に何か付いている?」
「秋山君でしたよね。貴方も来ますか?」
「何処に行くの?」
アリサさんが溜息を吐いた。
なんか伸司に対しての態度が冷たいような……。
「ホテルです。そこで食事会を」
「ホテル? 俺も行って良いの?」
「良いですよ。だからお誘いしているんです」
伸司の目が輝いている。そんなに嬉しいのか、食事会。
「アリサさん、両親に連絡入れても良い?」
「御両親ですか? 五十嵐さんの御両親も参加されますよ」
いつ決まったんだ、そんなこと。僕は聞いていないぞ。
「そうなの? なら、行こう」
立ち上がってバッグを肩に掛けた。伸司も準備万端だ。
「では、正門前まで行きましょう」
お父さんとお母さんは先に行っているのか。ということは、水島社長と食事会をするってことか。失礼のないようにしないと。
「アリサさん、お父様は元気?」
「お父様ですか? 元気に働いていますよ」
「そうか……。元気で良かった」
アリサさんの父親、水島誠一郎様とは以前お会いしたことがある。その時はお花見を一緒にしたっけ。懐かしいな。
「五十嵐さん、ひとつお願いがあるのですが」
「何でしょう?」
「明菜さんとお呼びしてもいいですか? 友達として呼びたいんです」
「良いですよ」
「それと、敬語はやめてください。他人行儀に感じてしまうので」
敬語は駄目か。まあ、本人がフレンドシップに話してほしいと言っているのなら失礼のない程度に話そう。
「分かりました。アリサさんも同じように話して」
「はい」
親しき中にも礼儀ありだ。それは絶対忘れないようにしよう。
「あの、アリサさん。俺は何で誘われたの?」
「秋山君を誘ったのは、明菜さんの親友だからです。それにおふたりはお付き合いをしていますよね。女子生徒が噂していましたよ」
伸司の表情が固まった。
なんて情報網だ。もうそんなことまで知られているとは。
「確かに付き合っているけど、何でそんなに機嫌が悪くなるの?」
「それは、私も明菜さんを狙っているからです」
伸司が首を傾げた。
何故に狙っているんだ。同性だぞ。
「何故に?」
「私も明菜さんの親友になりたいんです。自分が一番親しいからって堂々と接するのはやめてください」
何か呑み込めたようだ。伸司がひとりで納得している。
「成程な。俺と明菜の仲が良いから、やきもちを焼いているのか」
「そうです。分かりましたか?」
「分かった。けど、やめない」
アリサさんが可愛く怒っている。
頬を膨らましちゃって。可愛いな、もう。
「アリサさん、落ち着いて。伸司も意地にならないで」
「ここで意地にならない彼氏が何処にいるんだ。俺は負けないぜ」
「はあ…………、もう好きにして」
これは駄目だ。完全に意地になっている。
「さあ、靴に履き替えて行きますよ」
自分の靴箱の前に立って靴を取り出した。何だか外が騒がしいな。
「明菜、部活動の勧誘をしているぞ」
「そうなの? でも、今日はこれから用事があるから、また明日にしないと」
「男子バスケ部の先輩に一声掛けておくのは駄目か?」
アリサさんが伸司の隣に立った。伸司に助言でもするのかな?
「秋山君、男子バスケットボール部に入るのですか?」
「うん。推薦してもらったから入るよ」
「そうですか。挨拶だけなら良いですよ」
「分かった。ちょっと行ってくる!」
伸司が男子バスケットボール部の部員のもとに駆けて行った。
推薦をもらっているのなら仕方がない。僕はアリサさんと先に行くか。
「アリサさん、先に行こう」
「はい」
正門に向かって歩く。
アリサさんって華奢だな。でも、出るところはしっかり出ている。スタイルが良くて可愛いなんて羨ましい。
「五十嵐さん」
「はっ、はい!」
「五十嵐さんは自分が可愛くないと思っているのですか?」
いきなり凄い質問が来た。正直に話すか。
「少しは可愛いと思っているよ。でも、アリサさんほどではないよ」
「博一さんの言う通りですね。貴女は自分の良さをよく分かっていない」
自分の良さを分かっていない?
お父さん、アリサさんに何を吹き込んだんだ。
「確かに自分の良さを理解していないかもしれない。でも、それは思春期を通して分かるものじゃないかな」
「五十嵐さん、思春期を通して分かるものではないですよ。自分を冷静に分析して初めて分かるものです。もしかして、反抗期ですか?」
「違うよ! 反抗期じゃないよ!」
「はっきり申し上げますが、貴女はずば抜けて美人です。私とタイプは違いますが、可愛さもずば抜けています」
僕がずば抜けて美人で可愛い。初めて言われたな。
「そうかな。なんか照れる」
「五十嵐さん、自分を過小評価しないでください。そうしないと、敵意を向けてくる人が現れます」
「そうなんだね。分かった!」
話していたらあっという間に正門に辿り着いた。
「明菜、待ってくれ!」
伸司が走ってきた。息切れしていない。さすが、運動部。
「秋山君は助手席に乗ってください。私と五十嵐さんは後ろに乗ります」
「了解」
僕はアリサさんと後部座席に乗り込み、ホテルに移動した。
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