第6話 桜並木の下で

 ――四月十日、木曜日。

 僕と伸司は、学校法人天ヶ崎学園高等学校の前にある桜並木の下を歩いている。

 

 「綺麗だね。伸司」

 「そうだな」


 真新しい制服に身を包んだ僕を、伸司がじろじろと見ている。それもそのはず、彼女の初お披露目だからだ。同じくバスケットの特待生で入った友人に、僕という彼女ができたことを伝えている。しかも、堂々と。

 僕から言わせれば、何でそんなに平気なんだと言いたい。


 「かろうじて桜の花びらが残っているな。俺達を祝福しているようだ」

 「そんな大げさな。気候のせいじゃない?」

 「おい、夢がないようなことを言うな。せっかく綺麗に咲いているのに」

 「ごめん。でも、本当に綺麗だね」

 

 伸司がお前の方が綺麗だと言いたげな表情を浮かべている。そんなことを言われたら恥ずかしくなってしまうのは必至だ。けど、伸司は遠慮しない。


 「明菜の美貌が桜の花びらによって一層輝いて見えるぜ」

 「あの、ちょっとやめてもらえない? 恥ずかしいから」


 屈託のない笑顔で笑っている。

 この人は本当に自分正直だな。嘘を嫌っているだけはある。


 「恥ずかしいか? でも、事実を言っているだけだぜ」

 「もう……、伸司は馬鹿正直だな」


 伸司が立ち止まった。どうしたんだろう。


 「明菜、真面目に話していいか?」

 「うっ、うん、いいよ」

 

 真剣な眼差しを向けている。これは本気だ。


 「俺は何があっても明菜を裏切らない。それにお前を一生幸せにするって博一さん達にも話したから、俺を信じてくれ」

 「うん、分かった。信じるよ」


 伸司がコクリと頷いた。僕も伸司を信じてこれから生きよう。


 「さて、真面目な話はこれくらいにして、学校に急ごうぜ」

 「うん」


 僕と伸司は、桜並木の下を天ヶ崎学園高等学校に向かって走った。




                  *




 天ヶ崎学園高等学校の掲示板に新入生のクラス表があった。僕と伸司は運良く同じクラス。お互い顔を見合わせて胸を撫で下ろした。


 「同じクラスだ。良かった」

 「そうだな」


 クラスも分かったし、教室に行こう。


 「伸司、教室に行こう」

 「うん」


 ん? 一際輝いている女子生徒がいる。しかも、近くには使用人と思わせる人が……。


 「どうした? 明菜」

 「ううん、何でもない。早く行こう」

 「そうか? ならいいけど」


 もしかしたら、あの人がお父さんの言っていた社長令嬢かもしれない。話し掛けられたら失礼のないようにしないと。お父さんの立場が悪くなるようなことはしないようにしよう。


 「明菜。綺麗な子がいたけど、知り合いか?」

 「何でそう思うの?」

 「いや、考え事していたから」


 伸司にはお見通しか。教えておいても大丈夫だし、話だけでもしておくか。


 「お父さんから会社のご令嬢様が同じ学校に入学されるって話を聞いたんだ。それと、挨拶をするように言われているんだよ」

 「会社のって博一さんが勤めている会社か? なら、挨拶しないといけないな」

 「そうなんだよ。同じクラスだったらどうしよう」

 「普通に接すれば良いんじゃね? 他人行儀に接したら、それこそ失礼だ」

 「そうかな。なら、フレンドシップに話してみるよ」

 

 下足室に到着した。各自、自分の靴箱の前に立つ。


 「どうしたの? 伸司」

 「あの……。いきなりだな、これ」


 入学式も終わっていないのにもうラブレターが入っていた。伸司はやっぱりモテるな。

 

 「どうするの?」

 「丁重に断る。俺には彼女がいるからな」

 

 伸司がラブレターをバッグに入れた。

 どうやって断るのか気になるけど、信じてもいいよね。


 「えーっと、教室は一番奥か」


 普通科一年A組が僕達の教室。普通科はA組からE組まである。その隣は特別進学科らしいけど、僕達には関係ない。


 「よし! 明菜の前だ」


 廊下側の一番目と二番目の席に僕達の名前が貼ってある。これは運命か?


 「秋山と五十嵐なら当然か」


 席に着いて周囲を観察する。

 同じ学校の生徒はやはりグループを作っている。僕は相変わらず女子に人気がない。


 「明菜、来たぞ」


 クラス表を見ていた社長令嬢が教室に入ってきた。

 まさか、同じクラスとは……、緊張してきた。

 

 「席はちょっと離れているな。って、こっち来るぞ」


 一際輝いている美少女が僕めがけてやってきた。


 「あの、少しよろしいでしょうか?」

 「はい、何でしょう?」


 美少女が軽く深呼吸をした。挨拶かな?


 「お名前は五十嵐明菜さんでお間違えないでしょうか?」

 「そうです。五十嵐明菜です」

 「私、アリサ・クリフォード・水島と申します。博一さんには大変お世話になっております」

 「こちらこそ、父がお世話になっております」


 社交辞令はこれくらいにして、本題に進もう。


 「あの、いきなりで申し訳ありませんが、お友達になりませんか?」

 「良いですよ。お友達になりましょう」

 

 アリサさんの表情が一気に明るくなった。


 「ありがとう御座います! 知り合いがいなくて心寂しかったので、本当に嬉しいです」

 「僕も嬉しいです。これから仲良くしていきましょう」

 「はい!」


 なんて可愛らしい笑顔なんだろう。抱き締めたくなる。


 「では、そろそろロングホームルームが始まりますので、これで」

 「はい、また後で」


 アリサさんが軽く手を振って自分の席に着いた。

 もうそろそろ担任の先生が来る。入学式、どれくらいで終わるかな。


 「明菜、良かったな」

 「うん、良い子そうで良かったよ」


 まさか、伸司を狙うような真似はしないよね。

 何か不安だ。

 


 

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