孤児院?

960年9月20日

アフガニスタン南部 カーブル空軍基地


隣接する避難キャンプの人数は日に日に増えている。

私たちも食料配給の任務を担当することが増えてきた。


「アーシャちゃん、おはよー!」

「エリカ、おはよう」


シアの娘、アーシャもよく私たちと遊ぶようになった。日本語も簡単な会話ならできるようになっている。どうやら少佐が熱心に教えているらしい。

小児性愛者ではないと思うのだが……そろそろ憲兵に相談した方がいいのかもしれない。


「はいはい、順番ですよー」

「これ、どうぞ」


並んでいる住民に次々と作った食事を手渡す。今日のメニューはチーズマカロニとライ麦パン。週に一度は食べている気がするが、みんな飽きないのだろうか。民間への配給メニューも増やしてほしいが、治安が安定するまでは難しそうだ。


約2時間かけて配給を終え、今週の任務は完了した。


基地に戻ると、中に設けられた孤児院から子どもたちのはしゃぎ声が聞こえてくる。覗いてみると、少佐がいつものように子どもたちと絵を描いていた。

軍基地に孤児院があるのは普通じゃないが、少佐の判断で基地内に設けられたらしい。「一番安全なのは軍基地だから、ここに置くのが妥当だろう」とのことだ。

本当に憲兵に相談したほうがいい案件かもしれない。


私たちの帰還に気づくと、すぐに女の子たちがルカに駆け寄る。彼女は子どもたちにかなり好かれているようだ。ルカも嫌がらずに腰をかがめ、子どもたちの目線に合わせる。


「ルカお姉ちゃん、遊ぼう!」

「遊ぼう遊ぼう!」

「いいよ〜今日は何しようか?」

「おままごとっ!!」

「またおままごとか〜。で、お姉さんは何をすればいいの?」

「アメノウズメっ!」


ニコニコしながら子どもたちを見ていたルカの表情が一瞬凍る。みんな一斉に少佐の方を振り返る。


「なんでまた少佐はラハマちゃんたちに変なこと教えるんですか!?」

ルカが激怒した。普段あまり怒らない彼女が珍しく怒りを露わにしている。

ルカの足にしがみついている子がラハマちゃんだろうか。その子も少し怯えている。


「日本語教育には日本神話が一番便利なんだよ、中尉。価値観と文化を同時に学べるからね。

私は部屋に戻るから、あとは君たちに任せるよ。あ、あと3時には定時ミーティングがあるから、今後の作戦概要もしっかり聞いてくれよ」


そう言い残して、少佐は仮設の孤児院から出て行った。パタンと扉が閉まる音を、みんな唖然と聞いた。


しばらくの静寂のあと、ラハマちゃん(?)が「おままごと!おままごと!」と騒ぎ始め、先ほどまでの賑やかさが戻ってきた。


ルカとエリカは子どもたちに連れられておままごとを始めるらしい。本当にあの題材でやるみたいだ。エリカはアマテラス役だろうか。即席で作られたダンボールの空間に閉じ込められている。


わいわい騒ぎながら進むおままごとは、物語の原型を失っているが、みんな楽しそうだ。


隣ではシエリとマリが読み聞かせを始めていた。あれこれ探した結果、「因幡の白兎」を読むことに決めたらしい。みんな真剣に聞き入っている。シエリたちも演技に熱が入っている。


そんな彼らを、部屋の隅で壁に寄りかかって見ていると、一人の女の子が近づいてきた。アーシャだった。さっきまで読み聞かせを静かに聞いていたはずなのに……


「お姉ちゃん、魔法教えて」


彼女の口から出た言葉に驚いた。どうやって私たちが魔法を使えることを知ったのだろう。少佐が口を滑らせたのだろうか。

だが、どこで聞いたとしても、その答えに困ってしまう。


イグニスには適性がある。少女であることはクリアしているが、日本人であることはクリアしていない。さらに魔法が使えるかは才能による。無闇に「できる」と言っていいのだろうか。

彼女に無駄な努力に希望を持たせていいのだろうか。そんなことを考えてしまう。

それでも彼女は期待のまなざしを向け続けている。


「…ならできるよ。きっとできる。頑張った子にはお天道様がしっかりご褒美をくれるからね」


ふと祖母の口癖を思い出した。今では無責任な言葉だと思うが、祖母の言葉で不利益はなかった。


膝をついて彼女と同じ目線になり、優しく語りかける。


「神様に助けてくださいってお願いするんだよ。そのときに出したい魔法をイメージするんだ。そうすれば神様が手助けしてくれる」


単純すぎる答えだが、彼女は嬉しそうに表情を輝かせた。


「私にもできる?」

「ああ、きっとできるよ。アーシャは賢いからね」


頭を撫でると、彼女は嬉しそうに「お姉ちゃん、ありがとう!」と言って庭に飛び出していった。

「うぅん、うぅん」と言いながら、魔法を出そうと頑張っているようだ。


魔法は簡単に出せるものではなく、すぐにはできないし、もしかすると一生できないかもしれない。

しかし、努力した記憶は結果が出なくても将来に良い影響を与えることが多い。子どもはいつか現実に気づくけれど、その時まで夢を持ち続けてほしい。


部屋に目をやると、疲れて眠り始めている子も多くなっていた。時計はもう2時半を指している。


「そろそろ戻ろう」


そう言うとみんな渋々立ち上がり、「バイバイ」と別れを告げて子どもたちと分かれた。


アーシャはまだ魔法の特訓を続けている。彼女の神様は、いつか彼女を見つけてくれるのだろうか。


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