自問自答
死者は28名、重傷者が2名。それが今回の戦いの損害だった。
その中には、運悪く…いや、彼の性格からすれば必然だったのかもしれない。彼は撤退するソ連軍の一人も逃さないと、最後の最後まで戦い抜いた。皆を率い、理知的な彼は、愚かにも命を投げ出した狂人に気づくのが遅れた。
本来、射線上にはいなかった彼だったが、重機関銃の弾道に自ら飛び込み、身を挺して仲間の命を守ったのだ。
もしもう少し早く気づいていれば、あるいは逆にもう少し遅く気づいていれば、彼は今も村を導いていたかもしれない。きっと20年後には、もっと大きな規模で人を率いる存在になっていただろう。
彼を失った部隊は、ソ連軍を追い払った功績にもかかわらず、どこか皆暗い顔をしている。現在はあの屈強な男が指揮を執っている。今は撤退したソ連軍の装備を回収しているところだ。今回は退けたが、次にまた退ける保証はない。彼の死を嘆いて立ち止まる時間は、今の彼らにはない。
どこからか青年たちが装甲車を引っ張り出してくる。損傷が軽微だったものを即席で修理したらしい。男たちは次々と銃器を積み込んでいく。
死体を漁り物資を調達する様はハゲタカのようで、正直見ていられない。しかし、生きるか死ぬかの瀬戸際にいる彼らに倫理を説く立場ではない。
2時間近く回収を続け、私たちは村へ戻った。どうやら避難民は無事に脱出できたらしい。
村はもぬけの殻で、出発前の活気はすっかり失われていた。
村人たちは峡谷から運び出した武器を村の地下倉庫に運び入れている。一部は村の中で、一際立派な建物の前に集まり、今後の村長を誰にするか話し合っていた。
「シアさん、残念だったね…」
「いい人そうだったのに」
「少佐の代わりになってくれたらよかったのに」
私たちは村の外れの丘で焚き火を囲み、戦闘糧食のレーションをつまみながら迎えを待っていた。
第三次以降の輸送隊が現地に到着し、状況を報告したらしい。先ほど偵察機が村の上空を飛んでいたので、無線で作戦成功を伝え、迎えのヘリが必要なことを少佐に連絡してくれたようだった。
クラッカーにジャムをつけてボリボリ食べる。
アフガニスタンの荒野は、日中の暑さが嘘のように冷え込み、谷間を抜ける風が強く吹き上げている。
「うぅ、寒い」
汗で少し湿った隊服が、さらに体温を奪っていく。皆、焚き火に近づき体を温めていた。
「ヘリ、まだかなぁ…」
「さっき連絡したばかりだから、あと20分はかかるでしょ」
「あっ、エリカ! 私のチョコ食べないでよ」
「いいじゃん。減るもんじゃないし」
「減るってば」
エリカとマリは焚き火の周りでじゃれ合っている。さすがに本気ではなさそうだが、ところどころ徒手格闘術の動きが漏れ出している。
あっ、エリカが投げられた。
わいわい騒ぐ様子を微笑ましく見ながら、私は少し離れて丘の木に腰をかけた。
アフガニスタンの夜空はとても美しかった。
眺めていると、不意に後ろから声をかけられる。シエリだった。
迎えがもうすぐ到着するらしい。彼女は不思議そうに近づいてきて、顔にジャムでもついているのかと見える。
「隊長…泣いてる?」
そんなはずはないと思いながらも、私は目元を拭った。確かに泣いていた。シエリに言われるまで気づかなかったのだ。
今日初めて会った村の人たちに悲しみはあったが、これほど強く思い入れるとは思わなかった。
頭の中でその理由を探る。ふと思い出したのは父のことだった。
私の父は日系アメリカ人だった。私は幼い頃、日本に帰っていた母方の祖母に引き取られた。だから父の顔すら知らない。
幼い頃、周囲の人は父のことを凄い人だと褒め称えていた。どうやら若くして医者だったらしい。ひたすら父を讃えられても、私は父を知らなかった。
戦争が始まると、周囲は父を国を裏切った国賊と罵った。ひたすら罵られても、私は父を知らなかった。
今も父についてほとんど知らない。しかし、周囲の話を総合すると、彼はシアのような人物だったのだろう。聡明で夢想家でお人好し、どこか抜けている…そんな印象を受けた。
あの短い時間で、私はシアを父親と重ねていたのかもしれない。そう結論づけて、再び目元を拭った。
「すまない。昔のことを思い出していた」
「ううん、謝らなくていいよ。それより隊長、もっと色々話してほしい。私、隊長のこと何も知らないし」
「まぁ、そのうちね…それよりヘリはあとどれくらいかな」
「こちらパーピリオ。アルファ部隊、聞こえるか?」
「こちらアルファ1。随分早かったな」
「ハハッ、遅れて野垂れ死なせたら少佐に叱られますからね。それより合流ポイントに良さそうな場所はありますか、大尉?」
「村の中央広場で頼む。着陸場所はこちらが発炎筒で示す」
「パーピリオ了解。付近で待機します」
「戻るか」
「はい、隊長」
村に戻り、村の代表にヘリの着陸許可をもらう。結局、次期村長はあの屈強な男になったらしい。不慣れだが、現地の言葉で接触する。
「今回は作戦への協力ありがとうございました。村長のことは残念でしたが…」
「いえ、お礼を言うのはこちらの方です。怪我人がこれほど少なかったのは貴方方のおかげですから。あと彼は…シアは聖戦を戦い抜いたのです。悔いることではありません」
周囲に集まった村人たちも感謝を伝えてくれた。彼らはこうして何度も死を乗り越えてきたのだと感じた。もう誰一人、曇った顔はしていない。
発炎筒で簡易的な発着場を作ると、間もなく迎えのヘリがやってきた。村人たちは私たちを英雄のように丁重に送り出す。
全員が乗り込むのを確認し、ヘリはローターの回転数を上げた。
「さようなら。神のご加護を」
「ばいばーい」
その言葉を最後に、ヘリは完全に離陸し高度を上げていく。村人たちは山を越えるまでずっと手を振り続けていた。
数分もすると、皆眠りについていた。本来の予定よりも過酷な戦いだったため、相当に疲れていたのだろう。
「その時が来たら…か」
シエリに言った言葉を思い返す。私は、自分自身について知る日は来るのだろうか。
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