見えない偵察者
ブリーフィングルームに入ると、少佐はすでに椅子に腰掛けて居眠りしていた。私たちが入ってきたのに気づくと、「んんっ」と背伸びをしながら椅子を回してこちらに体を向ける。腕時計をちらりと見て、時間通りであることに満足したように頷いた。
「早速だが、作戦説明を始める」と少佐は切り出し、一枚の写真をボードに貼り出した。
写真には3人の少女が映っていた。隊服から察するに、ソ連軍所属らしい。
「彼女たちが確認されたのは9月17日、キシム渓谷だ。同日、第223自動車化歩兵中隊が大打撃を受けた場所だ。隕石魔法による攻撃でな。この写真はその中隊の戦果のひとつと言える。中隊は彼女らを見つけてソ連軍と断定し交戦を開始、数発命中させたが、彼女たちは逃げて無力化には至っていない」と言いながら、少佐は地形図を広げた。
「問題は彼女らが逃げた地点だ。丘の裏に逃げたが、そこには遮蔽になる構造物はない。普通の人間なら自動車化歩兵から逃げ切るのは不可能だ。しかし彼女たちは傷を負いながらも逃げ切った。つまり彼女たちは常人ではなかったのだ。B系魔法、いわゆる土魔法の痕跡はなかったから、恐らく隠蔽魔法を使ったのだろう。
だが問題は、彼女たちがこの荒野で何をしようとしていたのかだ。隕石魔法を撃つだけなら、わざわざ前線まで出てくる必要はない。貴重なイグニスをここまで前線に持ってくる意味は何なのか?」
少佐は一息つく。私たちに考えろということだろう。だが、私たちはまったくピンと来ず、思考を放棄していた。
それを見かねた少佐が言葉を続ける。
「ここで最初の
恐らく彼女たちは魔法を三段階で発動させている。第一に小惑星の発生、第二に小惑星を地球の重力圏内に誘導、第三に大気圏への最終誘導だ。
宇宙開発局の見解では第一、第二段階まではほぼ確実だ。小惑星は突然地球周辺に現れ、明らかになんらかの力で軌道が調整されているという。ただ、この第一、第二段階が同一イグニス(メテオ01)によるものかは不明だ」と、ボードに簡単な図を描きながら説明を続ける。
「問題は第三段階だ。隕石魔法の命中率は良くないが、観測手がいるかどうかはここ3か月疑問視されていた。今回の目撃で、その存在がほぼ確定した。
そして本題だ。今回の接敵は偶発的としか言えない。中隊規模に隕石魔法を落とすとは思えない。ではソ連軍は何を狙っているのか。
現状、有力な候補は第402野戦砲兵大隊だ。ここの地対地ロケットがソ連軍機甲師団に大きな損害を与えている。
今回はこの大隊を囮にして、イグニス観測隊を誘き出して狩るのだ。」
少佐の言葉に室内がざわついた。大隊規模の後方部隊を囮にする作戦は聞いたことがなかった。
騒ぎを鎮めるため、少佐はボードを叩きながら言った。
「まあ、囮にするが殺すわけではない」
そう言って懐から報告書を取り出し、読み上げる。
報告書は国防高等研究計画局(DAPPA)の研究成果で、現状の長距離対空ミサイルに小改造を加えることで、大気圏突入前の隕石に命中させることが可能になったという内容だった。一定の大きさなら複数発の着弾で軌道を変えることもできる。
つまり今回の作戦は、「砲兵大隊を囮にして偵察イグニスを誘き出し無力化。その間に放たれた隕石魔法は対空ミサイルで迎撃する」というものだった。
「知っての通り、敵は隠蔽魔法を使う。君たちでなければ対処できない」と少佐は続ける。
隠蔽魔法は、より高位のイグニスでないと暴けない。それがイグニスが偵察部隊に徴用される理由だ。
「少佐、結局私たちはどう動けばいいのですか?」と、ブラボーチームの隊長サナエが手を挙げて質問する。
少佐は「いい質問だ」とでも言いたげに答えた。
「砲兵大隊を囮に使うが、次も必ず砲兵大隊が狙われるわけではない。だから君たちはこれまで通り、アルファとブラボーで別行動をとる。アルファは東部、ブラボーは西部に展開し、
質問をいくつか受けて、ブリーフィングは終了した。
1960年9月25日 アフガニスタン北部
「怪我人は多少出たものの、すでに完治し、作戦遂行に問題はありません」
目の前の少女は淡々と告げた。
イグニス投入後、戦況は明らかに好転しているわけではない。
なにより、ここ最近、米軍イグニスの動きが活発ではない。初弾で全滅させられなかったとはいえ、米軍イグニスの数が我々の想像よりも少ない可能性もある。
米軍イグニスについてはまだ謎が多い。推測だけで悩んでも仕方ない。
そう結論づけ、私は机の上から彼女に視線を戻した。
「そうか。ではこれからも引き続き働いてもらう。次の目標はこれだ」
作戦説明中も彼女は終始無表情だった。まるで不気味な人形のように。
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