第2話:変化の始まり
その日から、高橋の中で何かが変わり始めた。
仕事中も、あの銀行強盗の映像が頭から離れない。特に、人質たちの恐怖に満ちた表情が焼き付いていた。
同情?いや、もっと複雑な感情だ。ただの好奇心を超えた何か。
「人間って、極限状態でどう変わるんだろう…」
昼休み、近くのコンビニでサンドイッチを買いながら、また事件のニュースをスマホで探していた。
犯人は三十代の男性。借金まみれで追い詰められての犯行だという。「普通の人間が極限状態でどう変わるか」という記事に釘付けになった。
「高橋さ-ん、昼休み終わりますよ~」
同僚の声に飛び上がるように反応し、慌ててスマホをしまった。
「あっ、ああ、今行くね」
その後も、彼の心は静まらず仕事へ集中心は戻らなかった。企画書を作りながらも、頭の中は別の場所をさまよっていた。
夜、家に帰った高橋は、いつもより無口だった。
「パパ、どうしたの?」と美咲が心配そうに尋ねた。
「んっ?あぁ、なんでもないよ。ちょっと疲れただけ」
真由美は夫の様子に気づいていたが、何も言わなかった。
十年以上連れ添えば、夫がたまに塞ぎ込むことを知っている。そのうちまた元に戻ると思っていた。
しかし、高橋の変化は一時的なものではなかった。
次の日から、彼はネットで様々な事件や事故の映像を漁るようになった。銀行強盗、ハイジャック、人質事件…。
それらを見るたび、何か奇妙な高揚感を覚えた。特に、極限状態での人間の反応に強い関心を持つようになった。実は、これは昔から彼の中にあった好奇心だった。ただ、今まではそれを抑え込んでいただけなのだ。
「人がギリギリまで追い詰められた状況ってなんだかワクワクしちゃうなあ」
そんな幼稚な言葉が脳裏に浮かび、自分でも驚いた。
数週間後、会社の飲み会で、いつもはあまり喋らるほうではない高橋が妙に饒舌になっていた。
「あのさあ…、たまに考えたことある?人って、命に関わるような危機に直面したら、どう反応するかって」
周りはちょっと引いた表情だったが、酒の勢いもあって気にせず続けた。
「例えばね、今ここに突然銃持った奴が入ってきたら?パニくる奴もいれば、逆に冷静になる奴もいるだろ?それってさ、なんか面白くね?ハハッ」
「うわー高橋さん、急に怖い話ねぇ」女性社員が笑いごまかそうとした。
「いや、真面目な話だって。人間の本能的な部分って、ヤバくねえ?」
そんなこんなで飲み会は妙な立ち位置になりつつも、最後まで終わりお開き。
いつのように代わり映えしない帰途へとついた。
深夜に帰宅後、高橋は寝室で真由美に唐突に聞いた。
「お前、命の危険感じたらどうする?」
「え?何よいきなり」真由美は目を丸くした。
「いや、興味あるんだよ。最近ずっと考えてて」
「…わかんないわよ、そんなの。怖い話やめてよ」
真由美は夫の質問に困惑しながらも、「疲れてるのね」程度に考えて追及しなかった。けれど、彼女の心には不安の種が蒔かれていた。
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