第5話

「……以上により、ターニア・クレイグを新たな王太子婚約者として発表するものとする」


 ざわざわと騒がしい会場で、私とアルベルト様は暢気に紅茶を飲んでいた。お茶会なんだから茶を飲んで何が悪い。いくつもの目が私を見ては慌てて逸らす。度胸も張り合いもないな、思いながら、暗記させられた王家の血筋を思い出していく。

 クレイグ公爵は先々先代の王の弟だったっけ。だったら別に血の流出にはならない、むしろ王家に帰って来たってことだろう。それで構うまい、思いながら私はレモンパイを食べる。ライカが作って行ってくれた、私の大好物だ。彼女はまた旅に出てしまったけれど、きっとそのうちまた現れるだろう。その時は何を頼もうかな。サンマのみりん干しかな。魚は好きなのだ。内陸国だけに。


「そしてワルイザ・ハーンテッド嬢だが――こちらはアルベルト第二王子の婚約者として、今後扱っていくものとする」


 ざわざわざわざわ。うるっさいなあ。わたくしが納得してることだから良いのよ。納得したことだから良いのよ。悪役令嬢なりの幸せってやつを手に入れたんだから、それで良い。


「ワルイザちゃんっ」


 アルベルト様に腕を差し出され、私はそこに指を掛けエスコートされてあげることにする。


「第二王子アルベルト、ワルイザ・ハーンテッド嬢の許しを受けその婚約者に名乗りを上げました。否やがなければ拍手で祝って下さい」


 ぱち、ぱち、とささやかなものが、やがて大きくなっていく。わああああ、と婚約者の乗り替えが済んだところで私はターニアの前に出た。

 バレエシューズで思いっきり足を踏ん付けてみたけれど、きょとんとされただけだった。本当にこの平民娘は図太いって言うか、鈍感だって言うか。はーっと息を吐いて、私はにっこりと笑って見せる。


「妃教育はわたくしがして差し上げますわ、ターニアお義姉様。言っておきますけれど、わたくし、厳しくてよ?」

「それは光栄です、ワルイザお嬢様。厳しくされた方が燃え上がる性質ですので」


 もしかしてわたくしが今までやって来た嫌がらせの数々って、王子とターニアの絆を深めるだけのものだったのかしら。そう思っているといっそこの平民娘が恐ろしくなる。鈍感であることがこんなにも恐ろしいとは。王妃になった時が大変だけど、わたくしが教えるんだからそう大変なことにはならないだろう。と思いたい。ダメってことに燃える性質だったら困るけれど。


 レコードが掛かって、それが舞踊曲のものだったことに、ティーカップを置いた何組かの夫婦や婚約者連れの貴族たちが入っていく。僕たちも、とアルベルト様に誘われたけれど、その前にしておかなくてはならない確認が。


「ターニア、ワルツは踊れて?」

「え? いえ、勉強以外の作法はさっぱりで」

「じゃあわたくしがリードしてさしあげるから、ついていらっしゃいな。妃教育は早くから始めた方が良くってよ。あなたもう十六歳なんですから、遅すぎるぐらいですわ」

「え? わわっ、ワルイザ様!?」

「はいアイン、ツヴァイ、ドライ。基本のステップさえ覚えればあとは殿方に任せてしまえばいいから、少し我慢なさい」

「えっターニア、もしかして私持って行かれてる……?」

「兄さんは一歩遅いのが欠点だよねえ。まあ僕もワルイザちゃん持って行かれたし、一緒に踊る? 兄さん」

「嫌だよ弟とワルツとか鳥肌が出るよ」

「それはそれで失礼だな……ほら兄さん、早くターニアさん取って来て! 僕はワルイザちゃんと踊るから!」

「わわっ」


 女二人のステップに割り込んできた王子は困り果てた顔をしていたけれど、私は黙って身を引いた。二つの意味で。そして私の手はまだ子供体温のアルベルト殿下に取られる。手袋越しなのに暖かくて気持ちいい。背はわたくしの方が少し高かったけれど、そう不格好にはならなかった。お互い上流階級で生きていないのだ。まったく。


「殿下、ステップ乱れてますよ」

「音楽に合わせて適当に踊れれば良いじゃない。ワルイザちゃんって意外と真面目っ子だよね」

「意外ではございませんわ。わたくしはワルイザ・ハーンテッド。誇り高き公爵令嬢、そしてアルベルト殿下の婚約者なのですから」

「えへへー。ワルイザちゃん好きっ」

「わたくし、は」

「まだ言えなくても良いよ。いつか言わせて見せるから。だって僕たち、まだ八歳なんだよ? 兄さんたちの半分だ。その頃に言ってくれれば良い。僕のことを、王子様って」


 悪役令嬢って幸せになって良いのかしら。

 くすっと小さく笑って、わたくしはアルベルト殿下を振り回すステップを踏んでみた。

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悪役令嬢でも幸せになって良いですか? ぜろ @illness24

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