第4話

「ハーンテッド公爵令嬢ワルイザ」

「はい」

「申し訳ないが、君との婚約を破棄させていただきたい」

「――あの平民とのお約束ですの?」

「約束、と言えば約束だ。彼女を幸せにすると誓った、自分とのだが」

「わたくしは幸せにしてくださいませんのね」

「……すまない」


 放課後、王家の馬車に迎え入れられアルベルト様と一緒に四頭立ての馬車の中でオーベル王子に言われたのは、大体予想通りの事だった。

 おそらくお茶会で突然言い出せばわたくしが癇癪を起すとでも思ったのだろう。でもそんな覚悟はとっくに出来ていたから、わたくしは特に驚かず、むしろ心は凪いでいた。だってわたくしは悪役令嬢。本当ならお茶会の席で断罪されるべきだったのだろう。朝から待ち受けて学友をけなしていたこと。その学友がただの学友ではなかったこと。それを考えれば随分優しい選択をしてもらったものだ。


 ターニアにはおそらく知らせてはいないのだろう。わたくしを庇うと踏んだから。たしかにあの娘なら自分よりも小さな相手から『王子様』を奪うことに難色を示しそうだ。でももうどうでも良い。あんな娘、妃教育でヘロヘロになればいい。その時は手を貸してやっても良いかな。なんて悪役令嬢らしくない思考が浮いてきた。五年の妃教育は民を思いやることも入っている。あの娘も民だというなら、気遣ってやろう。それがわたくしのせめてもの矜持だ。


「怒られないのが逆に怖いぐらいだよ、ワルイザ」

「いいえ。朝から覚悟はできていたことでしたから」

「一日中その真っ赤な目で過ごしていたのかい?」

「だとしても王子にはもう関係ございませんでしょう?」

「それは――」

「分かっておりましたわ。だってわたくし、悪役令嬢ですもの」

「物語の?」

「そう。幸せになれないとは決まっていましたもの」


 自分の立ち位置さえ理解していれば、別に悲しむことも無い。ライカは明日までいると言っていたから、おもいっきり美味しいものを作ってもらおう。それで喉に流し込んで。飲み込んでしまおう。本当は言いたいこと。裏切者。破廉恥。厚顔無恥。言ってやりたいことは沢山抱えているのだ。でも王家の馬車で送られている以上、そんなことは言えたことじゃない。分かっていて乗ったんだから。


 わたくしだけ不幸になるのが、物語ではお約束なのだ。どんなに恋しく思ったって、悪役令嬢は幸せになれない。王子は平民に奪い取られる。平民向けの物語だからそうなっているんだろうけれど、現実にも起こるものは起こるのだ。せめてどちらかを側室に、とも思わない。比べられるのは好きじゃない。

 好きじゃないからこれ以上傷付く前に頷いておくのだ。わたくしは選ばれなかった。悪役令嬢のセオリーと言うものがある。ならばせめて、潔く退場しよう。それがわたくしなりの、けじめのつけ方。わたくしと言う物語の、決着のつけ方。王子に捨てられた令嬢なんて行先は聞いたことも無い。僅かな例外を残し、みんな幸せに暮らしました。その『僅かな例外』がわたくしなのだ。


「そんでさーワルイザちゃん」


 ばかに明るい声のアルベルト様は、まだ声変わりもしていない。小さなころのオーベル様の声もこんな感じだったな、思いながら顔を上げると、顔を覗き込まれた。泣き疲れ果てて何の感覚も沸かないけれど、彼がどこか嬉しそうなのは分かる。


「次は俺と婚約しない?」


 何言ってんだこいつ。


 にこにこしながら、でもちょっと頬を赤らめながら、アルベルト様は目を見開いたわたくしをじっと見て来る。


「ワルイザちゃんは生まれた時からずっと兄さんのものだったけれど、もう違うんでしょ? じゃあ生まれた時から君のものだった俺を婚約者にしてよ。ずっと我慢してたんだよ。兄さんが諦めるかどうかは分からなかったけれど、賭けに勝ったのは俺だったみたいだしっ」

「は?」

「兄さんがワルイザちゃんを娶るなら、義姉として愛していこうと思っていた。だけど兄さんに婚約を覆すほど惚れる相手が現れたなら、次は俺の番でしょう? ずっと待ってたんだ。ずっとずっと、八年も。それに王弟妃の仕事なんて王妃の下位互換だから、今までの妃教育も無駄にならない。良いでしょ? ねぇ、ワルイザちゃんっ」


 にこにこしながら傷心の乙女に何言ってくれてんだろう、この王子は。

 まあ元王子婚約者の行先として妥当ではあるんだろうけれど、ちょっと人を馬鹿にしすぎてやしないか。


 はあーっとわたくしは溜息を吐く。もう良い。どうにでもなれ。オーベル様は私のものにならない。ならせめて義妹として。それは殆ど今と変わらない扱いだろうけれど、そうして傍にいてやることにしよう。ターニアにも昔から知っていることを、あることないこと吹き込んだりして。

 例えば突然の婚約者決定に八歳にしてお漏らしをしたことだとか? くつくつ笑うと、二人の王子は顔を合わせる。


「良いでしょう。でもわたくし、ターニアに今更愛想良くは出来ませんからね、王子。アルベルト様も、家庭の不和が増えたとお考えくださいな。わたくしはワルイザ・ハーンテッド。悪役令嬢もただでは引きませんわ」


 笑うわたくしに、二人はきょとんとして、でも取り敢えずはへらりと笑い合っていた。

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