第21話 彼の痛みに救いなし

 2025年6月19日。午前6時10分。


 双見村は未明の土砂崩れの影響で道路が土砂に埋もれてしまい完全に孤立状態だった。


「うわぁ、こりゃひどいですよ……隣町にも出れませんね……」


 土砂崩れの確認にやって来た村人の常田は言う。


「あぁ、これの撤去にへたすりゃ数週間かかるかもしれんな……」


「これも、最近言われてる異常気象の影響でしょうかね?」


「間違いないな、深夜にいきなりドカッと降り出しただろ?あれで崩れたんだわ。村もこないだあった暴風雨と地震で家を壊された人もおるのにこれじゃぁ……」


 彼らの住む山間の村、双見村は先日以降暴風雨と地震が連日発生して、住居倒壊、停電や水道管の破裂などライフラインの断絶が起きていた。それの復旧のために市に救援を要請していた所に未明の土砂崩れが発生。救援も入る事も出来ず完全に双見村は孤立状態に陥っていた。


「それでも、僕たちで何とか出来る事はやっていきましょうよ」


「そうだなぁ……」


「あ!村田さんあれ見てよ!あれ人の手じゃない!?」


「え?……本当だ!ありゃいかんはよ助けな!?常田は村に戻って、救急の準備と人を呼んで来い!」


「わかりました!」



 その後土砂崩れの現場で、村人による救助活動が始まる。


「おい!生きとるか!?気張れよ!」


「ハジメさん!そっち掘って!」


「2人じゃ!2人おるで!」


「諦めるなよ!」



 それから数時間後。


 村人たちは土砂崩れの現場にいた2人の男性を救助、村にて応急手当を始める。

 住民の素早い救助や応急手当があったおかげなのか、2人の息は止まっていなかった。そして……。


「……ん……。ここは?」


「お!?兄ちゃん目を覚ましたか!みんな兄ちゃんが目を覚ましたで!」


「ホントか!?よかったぁ!」


「兄ちゃんよう頑張ったな!」


 目を覚ました幸太は周りの歓喜の声に何があったのか理解できなかった。しかし段々と思い出す。なぜ自分がこうなったのかを。


「陽翔!陽翔は何処ですか!?」


 幸太は周りを急いで見回して問いかける。


「おうおう、落ち着けや。その体でそんなに暴れたら死んじゃうぞ?」


「ハジメさん、けが人に死んだらとかいうもんじゃないで!お兄さん大丈夫よ。お連れさんはさっき目を覚まして、今外で顔を洗ってるわ」


 住民のその一言を聞いて幸太は安心したのか、再び枕に頭を下ろす。


「あ!兄ちゃん死んじまったんか!?」


「だけぇ、そんなこと言うもんじゃないって言っとるだろが!息しとるよ。お連れさんが無事で安心して緊張の糸が切れたんよ」


「そ、そうか……。よかったわい。まぁ見つかった時もこの兄ちゃんお連れさんをかばうような形で埋まってたもんな。相当大事な人だったんだろう……」


 そして幸太は再び眠りに落ちた。

 

 そしてお昼頃、再び幸太は目を覚ます。


「……ん?……あぁ……」


「おう、兄ちゃん起きたか!?よく寝とったな、飯食おうや!」


「え?飯?」


「おうよ昼飯!」


 そしてその人は幸太を連れて外に向かう。


「あの、すみません……もしかして手当てしてくれたんですか?ご迷惑をおかけしてますよね。すぐに出ていきます……」


「あぁ、俺は何もしとらんけどな!助ける事は当たり前よ!はっはっは!ほら!」


 その人が建物の扉を開く。


「兄ちゃん、元気なって良かったねぇ!」


「なんだぁ、わりかし元気そうだが!」


 そこには、空き地のような場所に集まった人々の声と笑顔だった。


「え……」


「なに、そこで突っ立っとるだ!こっち来て飯食うで!」


「あっ、ちょ!」


 幸太は女性に引っ張られて椅子に座らせられる。


「ほら、これ食べんさい」


 女性は具材がいっぱい入った味噌汁と箸を渡してくる。


「いや、頂けないですよ……僕は……」


「何言っとるだ!飯食わんと死んじまうで?ほら!お連れさんも食べとるがな」


 そう言って女性は笑顔で幸太の隣を指さす。


「え?」


 幸太は隣を見る。


「やっと起きたんだね幸太。さぁご厚意に甘えていただこうよ?」


 そこには元気そうな陽翔が味噌汁を食べていた。


「な!?お前なぁ……」


 幸太は味噌汁を返そうと思ったが、女性が笑顔で見ていたのでその圧に負けた。


「いただきます……」


 お椀に口を付けて汁を少しすする。


「!?……お、おいしい……。おいしいですよこれ!」


 幸太は無我夢中で箸を付けて食べ始めた。


「このごぼうも!シイタケも!人参も!すっごくおいしい!……おいしい、です……」


 幸太は気付くと涙を流していた。


「あ、あれ……涙が……」


「そうかいそうかい、あったかいお味噌汁で緊張がほぐれたんだねぇ。美味しいって言ってもらえてこっちも嬉しいよ。ありがとうねぇ」


 そう言うと女性は笑顔で笑った。


「本当にありがとうございます……」


「感謝よりもご飯食べな!おかわりもあるからねぇ!」


 そして女性は笑ってその場を後にした。


「本当に良い人たちだね……」


「あぁ、すごく優しくてあったかい人たちだな……」


 あったかい味噌汁を食べながら、2人はじわじわとあったかい気持ちに包まれていった。

 


 村人たちに囲まれて幸太達は彼らの話を聞いた。


「本当に最近は大変でなぁ……。この村も最近起きている異常気象ってやつにやられちまってなぁ……」


「そうそう、道も電気も水道も全部だめになっちゃったんよ。兄ちゃんたちの所は大丈夫だったか?」


「はい、すっごい雨とかが降ってたりしてたけどそれは大丈夫でした」


「そうかそうか!よかったなぁ。そういえばどこから来たの?」


「あ、隣のT市からです」


「え?T市!?T市複合災害って大きな災害があったとこだが!大変だったろうに……」


「そうですね、あの時は本当にダメかなって思ったんですけど、いろんな人が復興のためにボランティアをしたりして何とかなってましたね」


「よく諦めずに頑張ったなぁ!うちの村も負けてられんな!」


 そう言って話す彼が見ていた村は、複合災害が発生した時のT市の街並みととてもよく似ていた。見渡す限り屋根がしっかりついている建物は数軒しかなく、他はほとんどが倒壊していた。恐らく今自分たちがいる場所も少し前までは家があった場所なのだろうとわかる空き地だった。


「俺たちもこのご恩を返すためにも、お手伝いできることはさせてもらえませんか?」


「僕達頑張りますから!」


 2人は村人にお願いをする。


「そうかい!?ありがとうよ!でも、それは君たちが元気になってからにしようや。君ら怪我人だで!?だから、今はしっかり休んで怪我が治ったら頼むわ!」


「そうですか……」


「おう、んで元気になったら外に出る道をふさいでる土砂を撤去して家に帰って病院に行けよ?」


「いやいや、道が開通しても手伝いますよ!」


「いやいや、大丈夫だ。兄ちゃんたちの体の方が心配だからなぁ。元気になって手伝ってポックリ死なれたら困るからよ!はっはっは!」


「こらぁ!またハジメさんそんなこと言って!ちょっとこっち来んさい!」


 奥から女性に怒られてハジメさんはしょんぼりその場を後にした。


「ここの人も異常気象で辛い目に遭ってるのに、あんなにやさしくしてくれるなんてな」


「そうだね。だからこそあの人たちに恩返しをしなくちゃね……」


「まずは元気になるところから始めるしかないな……」


「うん!」



 それから数時間後の午後6時過ぎ。


 2人は晩御飯を村人と一緒に食べていた。


「あんたら本当に運がいいねぇ……土砂崩れに巻き込まれてそれだけの怪我で済んだんだから」


「本当ですよね!話を聞いて僕らもビックリしましたよ!包帯ぐるぐるだけで助かるなんて!」


「私らの応急処置が良かったんよ!はっはは!それにしてもあそこで何してたんよ?」


「あぁ、僕ら昨日ぐらいから気分転換にここら辺の山に来てたんです!」


「あぁ?そうなの!それであの急な豪雨で起きた土砂崩れに巻き込まれたわけね……」


「いやぁ、運が悪かったんですかねぇ~」


「助かったんだから良いのよ!ところでお兄さんたち名前は何て言うの?」


「僕は橘陽翔って言います。こっちがふく、福沢幸太です!」


「そ、そうかい!ほいじゃあこの焚き火に当たってゆっくりね~」


「ありがとうございます!」

 

 そう言って村の女性はそそくさと離れていった。そして、幸太達から離れた場所にある建物に向かう。


「なぁ、ハジメさん。あの人ら昨日ぐらいから裏手の山におったらしいで?」


「え、昨日!?あの裏手の山に入れる道はこの村の中にしかないけど、ここ数日の災害の中、誰も他所者は見てないで?……名前なんて言ってたかいな?」


「タチバナハルトってのと、フクザワコウタだって……」


「あの子らT市から来たって言ってたで……。ちょっと待っとけ!」


 ハジメさんは、奥からラジオを取り出して電源を入れる。


「……繰り返します。現在逃走中の国際指名手配の男、福永幸太は現在M県I市に潜伏していると思われます。男は気象操作兵器を持っていると思われ、現在世界中で被害を発生させています。お心当たりある方はすぐにお近くの警察にご連絡ください……」


「ちょっとまってよ?あの子フクザワコウタって言ってたんだろ?」


「タチバナって子が言ってたけど、苗字言う時に少し詰まってたで……」


「とりあえず、村のみんなを集めよか!?」


「やっぱり、ここ数日の間で他所の人間が村に来たのを見たもんはおらんよね?」


 村人たちは全員が縦に頭を振る。


「そうなって来ると、怪しいよな……」


「名前もフクザワとフクナガで似とるで!きっと間違えて本名を言いそうになったんだ!?」


「それに彼らが来たって言った日に変な大雨が降ったでな?」


「それを言ったらその数日前には地震と大雨だで!」


「気象操作兵器を持ってるってニュースで言ってたでな……」


「間違いないんじゃないか?」


 その瞬間、建物が少し揺れる。


「うわぁぁ!地震だ!」


 しかし地震はすぐに収まった。


「まさかだでな……」


「この地震も彼らが?」


「しかしだな……」


「このままじゃあ、僕らは殺されてしまうぞ!」


「相手はテロリストって言ってたもんな!」


「やられる前にやらにゃ殺される……」


 そうやって村人が不安と恐怖を感じている中、扉が開く。


「皆さん!大丈夫ですか!?」


 幸太と陽翔はさっきの地震で被害が無いか、心配で走って見に来たのだ。


「う、うわぁっぁぁ!」


 幸太の脳内に鈍く重い音が響く。幸太はその音を聞きながらゆっくりと意識が消えていく。


「幸太!?……貴方何やっているんで!……」


 陽翔が幸太を棒で殴りつけた村人に詰め寄る。


「あっ、あっぁぁ!」


「う……」



 陽翔は目が覚める。


 ――なんだ?眩しいなぁ……。うっ後頭部が痛い……。いったい何が……。え?……。

 

 虚ろな目で目の前に移る光景を見る。そこには焚き火の前で誰かが倒れて、その周りを人が囲んでいる様子だった。


 その光景を見続けていると段々とその倒れている人の様子が見えてきた。その人は頭から血を流して全身の包帯からは血が滲んでいる。顔や腕、足など素肌が出ている場所は全体的に赤くなっておりところどころ赤紫色になっていた。


 そして、ようやくその人の顔を認識できた。いや、本当は最初から出来ていたのかもしれない。ただ、その現状を信じたくなくて目を逸らしていただけなのか。陽翔は叫ぶ。


「こ、幸太!?」


 村人は陽翔の声に反応して顔を向けたが、すぐに村の入り口側を向いた。


「なんだと!?……どういうことだ!?」


 そこにはゼコウ達、ホニャイヤダの救助隊が棒立ちでそこにいた。村人はただただそれを真顔で見る。


「……全体、彼らを保護せよ!

 」

 戸惑いつつもゼコウが号令を出す。村人たちは理解できないかのような顔をするが、無抵抗で幸太達から離される。

 


 それから数時間後、幸太は意識を取り戻す。


「は……ると」


「隊長、幸太君意識取り戻しました!」


「よかった!……。君が橘陽翔君だね?本当に無事でよかった……」


 ゼコウが陽翔に話しかける。


「は、はい……」


「何があったのか教えてもらえるかな?」


「僕も全く理解はしていないんですけど、いきなり幸太が村人から棒で頭を殴られて倒れたんです。そして僕もそのあとに殴れたのかなと……」


「それで気が付いたら、今の状況だったわけだ……」


「はい……」

 


「ちょっと幸太君!まだ立ったらダメだよ!?」


 奥で隊員の叫びが聞こえる。見ると幸太が村の入り口に向かってふらふらと歩いている。


「何してるんだ!幸太君!」


 ゼコウも同じく走って止めに向かう。


 幸太は途切れ途切れで呟く。


「ぼ……僕はいたら……いけない人間……なんです……。僕のせいで……モパンさん……は死んだ……。この村の……人も苦しみ、世界中で……悲しみが……増える。僕に……居場所は……ない」


「え、モパンが死んだ?……」


 ゼコウは幸太の呟いた言葉に動揺を隠せなかった。その時、声が聞こえた。

「そうよ。貴方の所為でみんなが悲しみ、苦しみ、そして死んでいくわ。あのモパンのようにね」


 声の先には、フミネが立っていた。


「どうしてお前がそこに?……」


 誰もが驚きで動けない中、フミネは幸太に向かって一直線にやって来る。


「まどか……先輩?」


「そうよ、福永君。貴方の居場所はもうどこにもないわ……。でもね、まだ1つだけ貴方の居場所があるわ。そして貴方には皆を幸せに出来る方法があるの」


「ほん……とうに?……」


「えぇ、本当よ。だから私と一緒に来なさい。そして貴方のその力で世界を救いましょう」


「うん……」


 幸太はただ小さくそう答えた。フミネは幸太を抱き寄せる。そして。


「それじゃあ、一緒に行きましょうか。橘幸太君、君も一緒よ。おいで?」


「お前はフミネじゃない!誰だ!?」


 気を取り戻したゼコウはフミネに叫ぶ。


「うるさいわね……。そうよ。私の本当の名前はフミネでも冨峯まどかでもない」

 そう言いながらフミネだった者の顔が段々と変わっていく。


「我が名はミフジだ」


 その瞬間幸太は今自分が抱かれている人物の顔を見て驚愕する。

 そこにいる人物はあの日、モパン達を攻撃したあの女性だった。


「え?」


 そこで幸太の記憶は途切れる。


「橘陽翔、こっちへ来い。さもなくばここでこいつを殺すぞ」


 ミフジは幸太を見ながら陽翔に問いかける。


「陽翔君!いう事を聞いてはいけない!」


 ゼコウは叫ぶ。しかし陽翔はミフジの元に向かう。


「いい心がけだ」


「な……」


「しょうがないでしょ……」


 陽翔はポツリと呟いた。


 そしてミフジの後ろにいきなり巨大な人工物が現れ扉が開く。


 乗り込む前にミフジは立ち止まり、ゼコウの方を振り向く。その瞬間に彼女の顔はフミネの顔に変わり、笑顔でゼコウに告げる。


「ひとつ言っておくわ。貴方達は蟻同然だけど今回は良い仕事をしたわね。しかし今後貴方達の居場所は地球上に存在しないわ。蟻は蟻らしく穴に潜って怯えなさい」


 そう言い残して彼女達はその場から突如消えた。

 

 ゼコウ達はその光景をただ見ているしか出来なかった。


 これにて第21話、おしまい。

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