第22話 彼の力に歴史あり

 2025年6月21日。幸太は目を覚まし辺りを見回す。


 けして派手ではないが、どこか品を感じられる家具。大きく柔らかい、少し重厚感を感じられる純白の寝具。そして、太陽の光が差し込む大きな窓とそれに張り巡らされた細かな鉄格子。そして幸太は自分がなぜここにいるのかを思い出す。


「そうか……俺はあの時……」


 思い出される最後の記憶。血まみれになった棒を持つ村人、頭から血を流し叫ぶ陽翔、手当てをしてくれたホニャイヤダの人。……そしてモパンは死んだと告げるまどか先輩の顔をしていた女。彼女は告げた。俺の居場所がある、俺が人を幸せに出来る。彼女はそう言った。幸太の覚悟は決まっていた。


「ここが、俺の居場所……俺は誰かを幸せに出来る……」


「えぇ、そうよ。ここが貴方の居場所よ」


 声の聞こえた方を幸太は向く。そこには冨峯まどか先輩がいた。


「あ、あぁ……」


 幸太は怯える。あの時、まどか先輩はまどか先輩ではなかったからだ。


「大丈夫、大丈夫よ。私はまどかよ」


 そう言ってまどか先輩は震える幸太を抱きしめる。


「貴方を傷つけないわ」


 まどか先輩はただただ優しく幸太を抱きしめてゆっくり語った。


「ほんとうに?……」


「えぇ、本当よ。私は貴方の先輩よ?誰が傷つけるものですか。あの日貴方達を助けたのは私なのよ?」



 そしてまどか先輩は幸太にあの日の真相を伝える。


「貴方はあの日、救世主教会信者の村人に暴行を加えられて頭を強く打ったから記憶が混乱しているの。でも大丈夫、私は貴方を傷つけない」


 まどか先輩の言葉に幸太は気持ちが落ち着いてくる。


「そして、村人全員で貴方達に暴行を加えている所に、彼らに命令をした集団がやって来たの」


「え?だってゼコウさんだっていましたよ?……」


「そう。あの集団を指揮していたのは、貴方も知っているゼコウよ。でもね、彼の本当の姿は違ったの。彼の真の目的は暴力による征服なの。国を取り戻すと言っていたのは彼らの手で国を乗っ取ると言う意味よ。そしてモパン達を知ろうとしたのは征服の為に彼らの技術が欲しかったから。そして貴方を助けたのは、貴方を助けて手駒にするため。結局は貴方の力が目的なの」


「そんな……。で、でも、僕には力なんて……」


 まどか先輩は続けて話した。


「彼らの狙った貴方の力。貴方もすでに気付いているんじゃないかしら?自分の周りで思った事が起きているって……」


 幸太は驚く。


「でも……」


「そう、貴方の周りでは不幸しか起きない……。それは、貴方がその力を理解していないからなの。本当は貴方だってその力でみんなを笑顔に出来るのよ」


「ほんと?」


「えぇ、だから言ったじゃない。貴方はみんなを幸せに出来る方法があるって。そしてそれは貴方自身もなのよ?」


「俺が……誰かを幸せに出来るのなら俺はやります……」


「ありがとう。私達はその力を知り世界を救うための組織「DKZ」。通称ウロボロスよ。貴方はまずはその力が何なのかを知らないといけないわ」


「はい……」


 そして幸太はまどか先輩に連れられて部屋を後にした。



 長い通路を抜けた先の部屋で幸太は、老人と出会う。


 「こちらの方はアドラーさん。貴方の力の事を教えてくれるわ」


 「お待ちしておりました。福永幸太様。私の名前は、プロメテウス・アドラー。貴方にその力の真実とそれに関わる世界の歴史をお伝えしましょう」


 幸太に対して老人は丁寧に挨拶をする。


「よろしくお願いします……」


「長い話になりますが、貴方には必ず聞いてほしいのです……」


 そしてアドラーは話し始める。


「まずはその力が何なのかを説明致します。福永様にある不思議な力の源流は「オーラ」と呼ばれるモノにあります」


「!?」


 幸太は驚く。それは以前、モパンを攻撃した人が話していた事と同じだったからだ。


「おや、大丈夫ですか?」


「あ、すいません。続けてください……」


「かしこまりました。そのオーラは遥か昔の遥か未来で作られた思念集合体になります」


「遥か昔の遥か未来?……それは一体?」


「そうですね、今は何を言っているのか全く分からないと思いますが、後でわかりますのでそのままお聞きくださいませ」


「あ、はい……」


「その遥か昔の遥か未来で作られたオーラには特別な力がありました。それはオーラに選ばれた者の願いを叶えると言う力でした。そのため過去にオーラに選ばれた者はその力を使って奇跡を起こしたり悟りを得たと言います。それが現在、神や聖人と呼ばれ、またオーラ自体の事を聖杯、アークなどと呼ばれるようになります」


「え……」


 幸太は歴史で習った人物などを思い浮かべた。


「恐らく今、福永様が思い浮かべた方もオーラに選ばれた者です」


「!?」


 幸太は自身の考えが読まれている事に驚いていたが、アドラーは続けた。


 「しかしそんな奇跡の力を起こすオーラを知った、時の権力者は何とか彼らの力を我が物にしようと、彼らを唆したり殺して力を奪い取ろうとしたわけです。しかしその権力者たちの目論見は叶う事はありませんでした。オーラは選ばれた者にしか憑依せず、また憑依者が死なない限りオーラは離れません。離れた後も次の憑依者の元に消えるため誰もそのオーラを手にすることは出来なかったのです。その非道な行為や実験が後の世に語られる、悪魔や悪魔崇拝、宗教弾圧などと呼ばれたものの正体になります。ここまでは大丈夫ですかね?」


「はい、ギリギリ大丈夫です……」


「かしこまりました。では続きを始めますね。ここまではオーラを巡る歴史をお伝えしましたがこの歴史、現在で約――回目の歴史となっております」


 唐突に語られたアドラーの一言に幸太は理解が追い付かなかった。


「え?――回目?」


「はい、そういう反応をされるのが正常だと思います。普通の人間が感知できるものではないですので。ですが、日常生活でこんな事を感じた事はありませんか?見知らぬ場所や未経験の状況でそれを知っていると。それはこれまで繰り返されてきた歴史の記憶を感じ取っているのです。それをもう少し意識的に行ったものが予言や予知夢などと言ったものも同じです。歴史と言うのは基本的に同じことを繰り返しますからね。ですが彼らでは前回の歴史のほんの少しの情報しか得られません。ですが、オーラを手にした人物はこれまでに起きた歴史と今回の歴史の終末までを見る事が出来るのです。それはオーラが遥か昔の遥か未来で作られた思念集合体であるからです」


 アドラーはさらに淡々と話していく。


「そもそもオーラがなぜ遥か昔の遥か先で作られたのかを説明致します。この世界の最初の歴史を仮にオリジン、そして現在の歴史をN-1と呼称しましょう。オリジンではN-1と同じような歴史を辿りますが、遥か先の未来で完成した文明を作りました。それはとても発達した社会でユートピアと呼べるような世界でした。しかしそれも終わりを迎えます。資源の枯渇、星の崩壊、多くの生命が消失しました。もはや世界は理想郷ではなくディストピアでした。そんな滅亡寸前になってようやく世界は戦争を止めて救済の道を探したのです。人々はそれぞれの信じる神や救世主に祈りました。しかし彼らの信じる者たちは現れる事はありませんでした。抗えない滅亡を前に、残された人類は最後の希望として、全てを救うモノ、神を作り出そうとしたのです。それがオーラなのです。残された人々はオーラに願いました。助けてほしいと。しかしオーラの決断は世界のリセットでした。オーラは世界をリセットさせ、再び創世から新たな歴史が始まりました。その世界でオーラは人伝いに憑依を繰り返し歴史を体験していきます。そこでオーラが見たものはオーラを巡り繰り返される争いとディストピアでした。再びオリジンと同じく滅亡寸前に追い込まれた人類はオーラに願いました。そして再び歴史は繰り返されていくのです」


「まさか、それから――回目の世界が今だと言うんですか?……」


「はい、その通りです」


 アドラーは淡々と返した。


「でも、そんな力があるのになぜ世界は滅亡に向かってしまうんですか?聖人とかは知ってるんでしょ?力を使って奇跡を起こせばいいじゃないですか」


「はい、彼らは知っていました。しかしオーラの力では救う事は出来ないのです」


「どういうことです?」


「オーラは選ばれし者に奇跡を起こす力を与えます。しかし奇跡には代償が存在します。誰かを救えば、誰かが傷つきます。等価交換と言うものですね。与えた分必ずマイナスが発生します。そのため大きすぎる願いには必ず大きすぎる代償がやって来るのです。過去に何度か滅亡の未来を変えようと力を使った憑依者もいましたがその結果は滅亡によるリセットでした。そのためオーラに選ばれた憑依者、聖人などと呼ばれる者達はオーラで世界の滅亡を防ぐことは出来ないと考えて、それぞれ人に精神的な進化を促すための教えや予言を残すようになりました。現在世界中で教えられている宗教などはそのための教えなのです」


「言っている事はわかります。でも、そんな昔の事わかるはずないですよね?」


「いいえ、わかります。それぞれ聖人と関り、オーラの力、繰り返される世界と破滅の歴史、今の世界の未来の滅亡、そしてそれを回避するための教義を学んだ者たち、いわゆる弟子たちは、それぞれの子孫に口伝などの方法で聖人たちの教えを紡いでいるからです。彼らは現在でも滅亡を阻止するためにあらゆる場所で動いています。フミネも聖人から学んだ弟子を祖先にもちます」


「え?宇宙人なのに?」


「私達は確かに地球から遠く離れた惑星ヨロパに住んでいるけどルーツは地球よ?遥か昔に高度に発達した文明が飛び出したのがルーツみたいね」


「そうだったのか……」


「ちなみに私も聖人の弟子になります。あ、今何歳なのかはシークレットです」


「……」


 もはや幸太は反応もしなかった。

 


「しかし、長い歴史の中でそれぞれが学んだ教えは少しずつ変化をしていきました。本来は未来の滅亡を防ぐための人の精神的進化を促すための教えが、いつしか個人の幸せの為の物となっていき、今では私利私欲の為に利用されるようになりました。そんな状態を憂いたある聖人の直系である、セルグスク家の当主によって始まったのが、我々DKZ Die Kenner des Zirkels 通称ウロボロスなのです。我々の目的は聖人の教えを守り、人々を精神的に進化させて未来の滅亡を防ぐことになります。しかし、現在の世界、N-1は既に滅亡の淵にいるのです」


「え?……まさか……」


「はい、現在の異常気象は全て、未来の滅亡に伴う現象です。聖人の予言にこんなものがあります。選ばれざる者が力を手にした時、世界は破滅に向かう。1999年7の月、選ばれざる者、極東に現る。13年後、力をその身に宿す。8年後、契約の始まり。第一の破滅が訪れる。3年後、崩壊の始まり。第二の破滅が訪れる。1月後、代償の時。最後の破滅が訪れる。その後に円環の理は無に帰すであろう。これがその聖人の予言です。そしてその最後の破滅、つまり世界の滅亡の時が今から2週間後、2025年7月5日。そしてその選ばれざる者が貴方、福永幸太様になります」


「そ、そんな……。俺が力を持ったから世界が滅亡している!?……」


「左様でございます」


「さらに、私たちの星でも同じような伝承が語られていたわ。青き故郷で選ばれざる者、全てを滅ぼすってね。実際に宇宙規模で異変は起き始めているわ。何年も前からね。だから私は地球に来たの……」


「そしてその選ばれざる者が力を手にすることはこれまでの歴史で初めての出来事です。つまり今回の滅亡で世界は真の滅亡を迎えます。だからこそ貴方にはその力の事を知っていただきたかったのです」


 幸太は問う。


「で、でも俺はそんな世界の滅亡を防ぐことは出来るんだよな!?」


 アドラーは幸太の顔をじっと見つめて返した。


「もちろんでございます。貴方様は世界の滅亡を防ぐことが出来ます」


「それはどうしたらいいんですか!?俺、何でもしますから!」


 アドラーは返す。


「ありがとうございます。その方法につきましては我が主であり、現セルグスク家当主のヘラクレス・フォル・セルグスク公爵閣下が直にお伝えになられます。ですが、長い説明でお疲れでしょう。本日はこのままお休みになられて方法についての説明は明日に致しましょう」


「で、でも、もう滅亡が近いですよ!急がないと!」


「何事も焦って万全でない事が原因で滅亡を防げなかったら元も子もございません。まずはお体の休息を優先為されてくださいませ」


「そ、そうですか、わかりました……」


「ありがとうござます。それでは明日、お時間になりましたらお迎えに上がりますので、それまではお休みくださいませ。フミネ、福永様をご案内してください」


「かしこまりました。行くわよ?」


 そして2人は部屋に戻っていく。



 そして数時間後、アドラーのいる部屋にある人物が訪れる。


「アドラー、お連れしたわよ」


「お待ちしておりました、橘陽翔様。本日も私より選ばれし者である陽翔様にご説明をさせていただきます」


「……」


 陽翔はただただ黙りじっとアドラーを睨んでいた。


 これにて第22話、おしまい。

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