もしかして

かねおりん

もしかして

社会人3年目を迎えたあたしは後輩たちの指導を任される程には仕事に慣れ、若干ではあるものの手取りにも余裕が増えてきた頃、第一次結婚ラッシュに見舞われていた。




幼馴染たちが次々と結婚していく姿に、あたしの心はざわついていた。




みんなどうして結婚を決めたんだろう?頭の中では思うものの、わざわざ幸せど真ん中の新郎新婦に事細かに聞くことは出来なかった。




あたしは夫婦が離れない関係じゃない事を知っているから結婚に後ろ向きなのだけど、結婚していく幼馴染たちが幸せに離れないでほしいと願いながら式に参列していた。




結婚式の二次会では未婚仲間とお互い探りを入れながらおしゃべりを楽しんで、家に帰って引き出物のカステラを呆然と眺めていた。




結婚する理由ってなんだろう?




あたしの両親はあたしが出来たせいで結婚することになってしまったと母親だと名乗る人に聞かされていたけど、子供が出来なくても結婚を選ぶ理由が想像出来なかった。




あたしは鎹になれなかった子だったから、結婚を続ける理由は子供の存在ではないのだろうと思っていた。




それでも、世の中には子供を愛していない親などいないという言葉が常識のように溢れかえっていた。




「愛してなんかいなかったってはっきり言われてるし」と独り言を呟いたりしていた。




結婚式の招待状はだいたいおばあちゃんちに届くのでおばあちゃんには結婚式に行ってきたあと電話で報告をする。




「今日はどんな御式だったんだい?花嫁さんは洋装だったのかい?」と。




「今日もきれいなドレスだったよ、お色直しのドレスも素敵だったし幸せそうだったよ」と伝えると、嬉しそうに話を聞いてくれた。




おばあちゃんは早く結婚しろとは言わない。




娘でもある母親と名乗る人のこともあるからだろうか?




「明日カステラ持って一回そっちに帰るね」と言うととても喜んでくれる。




翌日、久しぶりに帰ってきたおばあちゃんの家でカステラを食べながらふと、おばあちゃんになんでおじいちゃんと結婚したのかを聞いてみた。




「当時は見合いをして結婚をするってのが多かったがねぇ、じいさんとは恋慕の末、親の反対を押し切って結婚したんだけんどな、なんでと聞かれるとなんでだったかなんて思い出せねぇなぁ。その時代の常識みたいなもんだったからってのはあるわな」




学生の頃や成人したばかりの頃なんかは彼氏が出来れば、将来結婚しようねなんて口約束はよく聞いたものだったけど、別れればそれでおしまい。




「今の時代におばあちゃんがあたしくらいだったとしても、おじいちゃんと結婚したかったと思う?」と聞くと、




「そりゃそうだねぇ、じいさんに惚れたんはばあちゃんの方だったし、いい男だったんだぁ、じいさんは」と惚気を聞かされ始めていた。




時代としては同棲だの事実婚だのなんて順序が違うなんて言われた時代だったろうし、そもそも3月3日を大切にしてきた日本の文化は結婚を前提にあるのだろうから、おばあちゃんの意見は今のあたしの欲しい答えにはならないかなぁと思っていたら、




「あんたが結婚に興味を持つとは思わんかったが、少し安心するもんだな」とおばあちゃんはホッとしていた。




親と離れて暮らしていたあたしが結婚を不幸な物と位置付けているんだろうかと心配していたのかもしれない。




「おじいちゃんと結婚しておばあちゃんは幸せだった?」と聞くと、




「いい男だったじいさんも、結婚してみりゃ大酒のみでしょっちゅう玄関で寝ちょるし、昔ながらの亭主関白ってもんだから、毎日が幸せしかなかったわけじゃないわい。でもな、じいさんが死んでから思い出す毎日は今となってはもう目の前にはないしのう、それにじいさんと結婚してなかったら出会えなかった妖精さんがおるからのう」と話してくれた。




「妖精さんて、もしかして……」少し照れ笑いしながら続きを聴いた。




「あれは二十年以上前だったのう、雨が降る夜にじいさんが珍しく酒を飲まずに傘も差さずに帰ってきたことがあって、どうしたもんだろうかと出迎えたら『雨に濡れた小さな妖精さんが降臨されとった!』とじいさんが慌てておって、ばあちゃんも慌てて湯を用意したりして、妖精さんを助けて我が家に居ついてもらったんじゃよ」




あれ?あたしって拾われっ子だったの?と新たに湧き出る不安を他所におばあちゃんの話は続いた。




「その妖精さんは本当に御転婆で悪戯もよくするけど、居てくれるだけでばあちゃんもじいさんも、あんたの母さんのことも笑顔にしてくれたもんで、思えば結婚してから変わったじいさんに嫌気がさそうが、頑張って育てたつもりの子供が思い通りにならなくて悩んで辛い想いをしていても、じいさんの最期を看取れたのは妖精さんのおかげだったろうなぁ」




御転婆で悪戯も良くしていたであろうあたしはすっかり照れてしまっていた。




「えへへそうなんだ」子は鎹にならなくても、孫は鎹になるのかもしれないなとまで思っていた。




「あんたもだいぶ世話してもらったのに覚えてないんか?」と言われるまでは。




「え?妖精さんてあたしのことじゃないの?」と心の声がそのまま出てしまった。




「わははは、そりゃじいさんはあんたが初孫でメロメロだったけど、ばあちゃんにしてみたらあんたはじゃじゃ馬のような孫だったわい。妖精さんとはまた違うわい」




ガーン!照れまくっていた自分が恥ずかしいがあたしもお世話になった妖精さんてなんの事だろう?




あたしがお風呂に入れようとした雛人形ではないだろうし、と頭を抱えていたらおばあちゃんが押し入れからアルバムを持ってきた。




「妖精さんの写真があったはずだが」と言いながらページをめくっていくと、あたしの寝姿の写真を指差し、




「ほれほれ、世話になってたろう」とおばあちゃんは言う。




この子は……あたしが産まれる前からこの家にいたワンコだ。




いつもそばで一緒に寝てくれていたワンコが妖精さんだったのか。




「人間社会で生きてると無駄に言葉が通じるような気がして、相手が思い通りにならないことに苛立ちを覚えたりするもんでな、そんな時じいさんが拾ってきた生まれて間もないであろう手のひらに収まる大きさの子犬が今にも死んでしまいそうで、じいさんが神からの授かりものだとなんとか助けなければと焦ってそう呼んでいたんじゃが、




本当に授かりものだったんだろうと思ったのはギスギスした家族関係がその妖精さんヒトリの降臨によって、一致団結してみんなを笑顔に導いてくれて、その上あんたも母さんのお腹に宿って、世話までしてくれて、今こうしてばあちゃんの目の前に居てくれるんじゃから、じいさんと結婚してなかったら今はきっと目の前にあんたもいなかったろうなぁ」




犬は安産の神様として祀られているもんな。




おじいちゃんは犬好きだったのか?孫が欲しかったのか?




「まぁ、結婚なんてものは始まりは些細なきっかけでなんぼでも出来る、紙切れ一枚提出すれば出来るもんだからするだけなら無料で出来るわい。でも、家族を続けるってのは家族だけの小さな枠組みの中に誰かの助けが必要って事に気づくか気づかないかで大きく変わってくるもんだ」とおばあちゃんは言った。




そういうものなのか、あの母親と名乗る人は助けを求めることが下手な人だったのかもしれない。




まぁ、いつか家族が出来て本当におばあちゃんにひ孫を見せてあげられる心の余裕がほんの少し増えた気がした。




「あんたが結婚するならばあちゃんみたいにじいさんみたいないい男を捕まえんしゃい」と嬉しそうにカステラを頬張ってお茶をすするおばあちゃんの長い惚気話に若干の胸やけと羨ましさを感じつつ、




明日も仕事頑張ろう~と遠回しにあたしの存在を肯定してくれたおばあちゃんに感謝ながら家路についたのだった。




ワンコの名前はなんだったかなぁ?


おしまい

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もしかして かねおりん @KANEORI

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