第10話 月光浴、そして新たな課題

 カーテンを開けた窓から射し込む月の光を浴びているのはイトだ。鼻歌をうたっていてずいぶんとご機嫌な様子。その手には、今日、リドから贈られたチューリップの刺繍のハンカチを持っていた。


 「イト、お待たせ。いつもの、やろっか」

 寮の浴場から部屋へ戻ってきたリドは、窓辺に置いた椅子に座っていたイトに、声をかけた。

 リドに気づいたイトは、リドの顔を見ると笑顔になり、椅子から降りる。そして、イトの私物が仕舞われている棚からスプレーボトルと櫛を取り出してきた。

 イトは椅子に座り直し、リドはスプレーボトルと櫛を持ってイトの後ろに立った。

 リドはイトの髪を手に取り、スプレーをシュッシュッとかけた。

 スプレーボトルの中身は天然水だ。最近はこうして夜に、月光浴をしながらイトの髪の手入れをして浄化するのがルーチンになっていた。


 「気に入ったみたいで良かった」

 リドは櫛を動かす手は止めず、イトが手に持つチューリップの刺繍がされたハンカチをチラリと見てそう言った。

 「うん。とっても気にいった。ジアルドせんぱいみたいに、わたしも服のポケットに、まいにちいれて、もちあるこうかな」

 「ジアルド先輩?」

 イトは、シンシアがサフィロスから贈られたハンカチを毎日、制服のポケットに入れて持ち歩いているということを、リドに説明した。

 「へぇ〜素敵な話だね。じゃあ僕も、イトからもらったハンカチを毎日、持ち歩こうかな」

 リドのその一言に、イトは後ろを振り向こうとした。

 「ほ、ほんとう!?」

 「わ、イト。危ないよ! 櫛に髪が絡まっちゃうから」

 「ご、ごめんなさい」

 イトは前を向き直す。リドは再び、丁寧にイトの髪を櫛で解いていく。

 「イトがくれたハンカチを持ち歩いていれば、毎日、良いことが起きるだろうね」

 「うん。そうなるように、わたしの想いをいっぱいこめたから。そのハンカチに」

 リドは櫛を動かす手を止めて、イトの頭を優しくなでた。二、三度なでた後は、イトの髪に指を通す。

 するすると、さらさらと、引っかかることなくイトの白い髪がリドの指を通す。

 月の光を浴びて、イトの髪は、より神秘的な輝きを放っているようだった。

 「うん。綺麗だ」

 「おしまい?」

 「うん。終わり。さぁ、そろそろ寝ようか」

 リドとイトは、寝支度を始め、明日へ備えた。



 「みなさんには、調べ学習をしてもらいます」

 教壇に立つのは、宝石人形の歴史などを教えてくれる教師だ。

 「一種類の宝石について詳しく調べてきて、レポート用紙一枚にまとめてください。提出日に発表もしてもらうので、発表用の原稿なども用意しておくといいでしょう」

 発表というワードに嫌そうな声を上げる生徒もちらほらいた。

 先生は生徒たちの反応に、ニヤリと笑う。

 「ちなみに、レポートの出来栄えだけでなく、発表の様子も成績に入りますからね」

 その一言に、生徒たちは「ひえぇ」と情けない声を出した。


 「さて、調べ学習の件なのですが……。イトは、なんの宝石について調べたい?」

 休み時間に入ると、すぐにリドとイトは話し合いをする。

 「うーん。トルマリンみたいに、色がいろいろある宝石について、しらべてみたいな」

 「色が豊富な宝石……あ、じゃあサファイアとかいいんじゃないかな」

 リドの提案に、イトはパッと目を輝かせた。

 「サファイア、それがいい! わたし、サファイアをしらべたい……!」

 「じゃあ、決まりだね。僕たちは、サファイアについて調べよう。さっそく放課後は、図書館に行って調べてみよう」

 イトは頷いた。そんなときだ。

 「イトちゃーん。調べる宝石、決まった〜?」

 ガバッと後ろから抱きついてきたのは、クリソスだ。

 「クリソス君。うん、きまったよ。わたしたちは、サファイアをしらべることにしたの。クリソス君たちは?」

 「ボクたちはねぇ、ターコイズについて調べるんだ。クリソベリルキャッツアイと同じく磨き石!」

 「ターコイズ……たしか、キレイな青緑色の石、だよね?」

 「そうそう。旅のお守りとして最適って言われたりするんだよね。クリソベリルキャッツアイの石言葉に『守護』ってあるから、守り石で有名なターコイズには興味があるんだよね〜」

 「そうなんだ……」

 ちょうどここで休み時間が終わりを告げる鐘の音が聞こえてきた。

 「あ、休み時間おわっちゃった〜。じゃあね、イトちゃん! お互いに調べ学習がんばろーね」

 クリソスはそう言って自分の席へ戻っていった。

 この調べ学習での学びを通して、成長したいなと、ひそかにイトは思った。


 放課後、リドとイトは図書館へと向かっていた。その道中、あるものを見た。

 「す、すごい……人がいっぱい」

 イトはボソリと呟く。

 イトの視線の先には、人だかりができていた。

 人だかりの中心に、煌めく青い髪が見えた。たぶん、サフィロスの頭部だ。隣にいると思われるシンシアは人に埋もれて見えなくなっていた。

 今回の調べ学習では、本で調べる以外に人から話を聞くのもOKとされている。

 「さすがだね……ジアルド先輩とサフィロスさんはこの学校の有名人だもんね」

 リドは苦笑いで人だかりを見ていた。

 「サファイアについて、しらべるから話を聞けたらっておもったけど……むずかしそうだね」

 イトは少しだけ肩を落とした。そんなイトの様子を見たリドは、励ますように、イトの頭をぽんぽんと軽くなでた。

 二人は気を取り直して、図書館へと向かった。

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